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ケイコとマチコ  作者: Tro
#1 遊ぶ風
9/39

#1.4 出会う風

ムクッと立ち上がったケイコです。


「大丈夫だもん、ケイコ、できるもん!」と、何やら決意すると、両手を上げてユッサユッサと手を振り始めました。これ、風を掴もうとしているのです。そして、ムッと気合を入れと、ビューンとひとっ飛び。その向かう先は浜辺。昨日、上手くて来なかった波乗りに再挑戦です。


沖合までビューン、そこでグググと急ブレーキを掛けて左にターン。良い波が迫ってきました。リズムに合わせて手を離すと波の上に……とはいかず、相変わらず水の中にポチャーンです。すると、トビウオのようにスポーンと海中から跳ね上がり、そのまま砂浜へと降り立ちます。


因みに、ケイコは水に濡れることはありません。それは全身を風で覆っているからなのです。ですが、それを意識してやっているわけではなく、本能的なようなものです。


さて、ケイコもバカではありません。腰に手を当て目を閉じ、マチコの波乗りの様子を思い浮かべるイメージトレーニングをしています。そう、遊びに真剣に取り組むケイコなのです。


マチコの波乗りは足の裏に風を送り、波と一緒に移動していました。はい、これは遠目には滑っているように見えるだけのインチキです。ですが、素直なケイコには水面に足を付けて豪快に波乗りをするマチコの勇姿だけがイメージとして残っていた、または焼き付いていたのです。


「こうして、こう。この時、足はこっち、こっちの足はこっち」


目を閉じたままのケイコはイメージトレーニングにより、体があっちふらふら、こっちふらふらですが、完璧なイメージ、カッコよく波しぶきをあげる自身の姿が整いつつあります。そうしてとうとう、「うん!」という力強いケイコが完成したのです。


早速、両手を上げて風を探します、もう、ユッサユッサと手を振るケイコではありません。しかし指だけは動かします。そうして掴んだ風も力強く、ムムムと波に挑むケイコです。イメージトレーニングの成果が発揮されることでしょう。


風から指を離したケイコです。そこにビックな波が押し寄せてきました。勝負は1回こっきり。いざ! 勝負、勝負。


ケイコの根性も虚しく、波に揉まれていくケイコです。そして、諦めてしまったのでしょうか、海から這い出てきません。ケイコの行方はどこに? あれ? あれ? (くま)なく捜索すると、いました、波に打ち上げられたケイコ、砂浜にゴロンです。



マチコは海からの風に乗り、内陸部へと進んで行きます。そうして見えてくるのは山ばかり、海岸線を辿って行けば良かったと、後悔先に立たずのマチコです。


風に揺られ揺られてなんのその。自然豊かな風景に飽き飽きしながらも、行く宛のない風まかせ。それは知らない街、知らない世界が待ち受けているのだろうと、半分だけ期待しながら空を漂います。


暫く、本当に暫くぶりに小さな村のようなものが見えて参りました。そこにはどんな事が待ち受けているのか、自分を歓迎してくれるだろうかと、また半分だけ期待するマチコです。


「どんな子が居るんだろう」


その小さな村に近づいた頃、マチコは耳を澄まして風の声に聴き入ります。そして、ため息をひとつ。村には風の子(シルフィード)は居ないようで、聞こえてくるのは動物の鳴き声と数人の人の声だけでした。


「いないんじゃあぁ、仕方ないわねぇ」とそのまま村を通り過ぎるマチコです。それと同時に、遠くの風にも耳を澄ましますが、もうそこにはケイコの声はありません。


「なんで、だろう」


マチコはケイコの声を探した自分の気持ちが分かりませんでした。その『何故』を考えながら、そのまま進むマチコです。そうして高い山は低く、小さな村は街に変わっていき、そろそろかなと思った時、また耳を澄ませました。


街の音は人や物の音が混ざり合い、判別が難しくなってきます。そこで風の子(シルフィード)の声だけを聞き分けるのは無理なようで、もっと近づかないと、行ってみないと分からない状態でした。


「私が住んでた街よりも、ずっと小さいけれど、街って感じね」


そう言いながら、その街に降りてみようかどうか悩むマチコです。そこで、不意に一番遠い風に耳を傾けたのでした。その音は何も言わず、シーンと静まり返っていることに不安を覚えるマチコです。


あの、声の大きいケイコの声が聞こえない。それはもう、寝てしまったのかもしれないし、そうでないかもしない、どっち? どっちなの、なんで聞こえないの、と繰り返すマチコです。そして、


「なんでかなぁ、もう会うつもりは無かったのに、なんで心配させるのよ、あの子は」とぶつぶつ言いながら、その場をクルクルと回り出すマチコです。


「まさか、まさかね。でも、だって。あぁぁぁ、なんなのよぉぉぉ、全く、あの子は、もうぉぉぉ」


クルクルと回るのを止めたマチコは超特急で、今来た風の道を引き返すのでした、ビューン。



その頃、ケイコは知り合いのアホウドリに乗って沖合を眺めていました。それは仲良しイルカの群れを探し、その背中に乗って波乗りをしようと考えたからです。しかし、イルカの群れがこの付近に回遊してくるのは夏の季節、今はまだ春真っ盛りです。


「居ないね〜」としょんぼりするケイコは、そのまま海辺に向かいます。その途中でアホウドリから降りると、小さな波めがけて波乗りに挑みます。今度こそ、と意気込むケイコですが、その顔に根性が宿っていません。これが最後の挑戦となるかもしれない大事な機会というのにです。


それは、どう頑張っても私にはできっこない、という諦めの境地かもしれません。でも、どこかで、『できるかも』と淡い期待だけは持ち続けるケイコでもあります。


しかし、そんな中途半端な気持ちで挑んでも良い結果は得られないというもの、それが掟です。ほら、案の定、小さい波だからと油断した隙に、ポチャッと沈んでいくケイコです。


砂浜に寄せる波、それはザブーン。そこにケイコの土左衛門が横たわっていました。そして、精も根も尽き果てたケイコに追い打ちをかけるようにザブーンが続きます。遊ぶ体力は無限でも気力と根性には限りがあるのです、はい。


「ちょっとぉ、あんたぁ、なにやってるのよぉぉぉ」


ピクリともしない土左衛門に声をかけるマチコです。その表情は呆れつつも、心配しきった顔でもありました。もし返事がなかったら、もしこのままだったら、とヤキモキするのでした。


「マチコ〜、おかえり〜」


最後の力を振り絞るようにしてマチコを見上げるケイコです。それでもその顔は笑顔に満ち、安心したのか、ガクッと頭を下げてしまいました。


「おかえりじゃないわよぉ、あんたってっもぉぉぉ、しょうがないんだからぁ。そんなになるまで遊んでたらねぇ、消えちゃうわよぉ、たぶん」

「へへ」


「で、なにしてたの? まさか、アレを? おバカなあんたには無理だって」

「できるもん、あと、もう少しだもん」

「懲りないわねぇ、仕方のない子。そんじゃぁ」


マチコはケイコに手を差し伸べると、それを掴んで立ち上がるケイコです。するとマチコは、「じゃあぁ、行くわよぉぉぉ」とケイコとダンスをするかのように組むと、その姿勢で海に向かいます。


そして、微かに浮かんでいるケイコとマチコは、ススーと滑るように進むと、波際を超え海の上を水しぶきを上げながら滑って行きます。


「キャハハハ」


ケイコは歓喜の声を上げ、大喜びです。何度も落ちた海の上を、何度挑んでも出来なかった波乗りが、今、マチコと一緒に出来るようになりました。


いいえ、これはマチコがケイコをリードしているからこそ出来ていることなのです。


「ほらぁ、あんたもやるのよぉ、ほらぁ」

「キャハハハ」


マチコが何を言っても喜んでばかりのケイコです。そんな、はしゃぐばかりのケイコを見ながら、「あんたってぇ、もうぉぉぉ」と言うマチコも楽しそうな顔で一杯です。


こうしてマチコは、暫くはここに居ようかな、私が付いていないと大変なことになりそうだから、この子はアホだから仕方ない、と思ったそうです。

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