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ケイコとマチコ  作者: Tro
#1 遊ぶ風
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#1.3 揃う風

砂浜で佇むケイコとマチコは、打ち寄せる波を目で追いながら、これまでの数々の挑戦を振り返ります。結局、ケイコは足の裏に風を通すという細かいことは出来ず、終始マチコに支えられての波乗りでしたが、それでも充分、楽しんだようです。片やマチコはケイコを支え続けたため、ヘトヘトのクタクタになってしまいました。


「あなた、どこの馬の骨なの?」

ニッコニコの笑顔で、そう切り出すケイコです。当然マチコは、

「はあ? なに! それぇぇぇ」と呆れた顔で返しながら、「それを言うんなら、『どこから来られましたか』でしょう!」と、開いた口が塞がらないマチコです。そのまま、「誰にそんな言葉を習ったのよ」という問いに、

「お婆ちゃん!」と元気に答えるケイコです。


「あっそう、それはそれは。ところであんたぁ、名前、あるの?」と聞くマチコに、

「私、ケイコ!」と、また元気に答えるケイコです。

「あっそう。そうね、私はね……マチコよ」とマチコが答えると、


「あっ!」と大きな声を出すケイコです。

「なっなによぉ、急に大きな声を出して」と戸惑うマチコを余所に立ち上がったケイコは、「付いて来てー」と飛び立ってしまいます。それを、「ちょっとぉ、待ちなさいよぉ」と追いかけるマチコです。


◇◇


着いた場所は古びた一軒家、そう、あのお婆さんの家です。その玄関先で、

「開けてー」と呼び掛けるケイコです。ですが、何度呼んでも中からは返事がありません。


「誰の家よぉ、留守なんじゃないのぉ」とマチコは言いながら玄関のドアを引いてみると、あら、開いてしまいました。「ねえ、開いてるわよ」とマチコが言った途端、その隙間から家の中に入ってしまうケイコです。「ちょっとぉ、待ちなさいよぉ。勝手に入ったら不味いんじゃないのぉ」との声も聞かず、家の中で、「お婆ちゃん」と呼び続けるケイコです。


後から家の中に入ったマチコは、薄暗い部屋の中を見て回ります。そこは、きちんと片付けれており、人が住んでいると言われれば、『そう』とも言えそうですが、それが、あまりにも整然としているので、マチコには、もう誰も住んでいないと思えたのでした。そこでまた、「あっ!」と大きな声を上げるケイコです。


ケイコはテーブルの上で何かを見つけて声を上げたようです。そして、

「マチコー、来てー」と呼ぶのでした。


テーブルに降り立ったマチコは、そこで小さな紙と赤いショルダーバッグを見つけました。それは、どこか見覚えのあるものでしたが、小さな紙に書かれている文字をヨミヨミしているケイコの姿を見て分かりました。そう、ケイコが持っているバッグと同じものです。


ケイコは、そのバッグを手に持つと、「これ、あげる。お婆ちゃんがね、マチコにあげなさいって書いてある」とマチコに突き出しますが、マチコは遠慮するように受け取りませんでした。


「はあ? 私にって。そのお婆ちゃん? 私、知らないよ」と言いますが、それでも、ムムッとバッグをマチコの前に出し続けるケイコです。それに、


「あんたがぁ、どうしてもって言うんなら仕方ないわねぇ」と受け取るマチコです。


小さな紙は、お婆さんからケイコに宛てた置き手紙でした。そこには、お友達に渡すように書かれていました。そして、お揃いのバッグで仲良くしてね、とも書かれていました。そのお婆さんは、娘と一緒に暮らすとになり、家は引っ越した後でした。ですが、いつ来るとも分からないケイコのために手紙とバッグを置いていったのでしょう。


お揃いのバッグを身につけたケイコとマチコです。同じものを持つということが初めての経験だったケイコは嬉しくてたまらない様子で、


「マチコ、お友達だよね」と尋ねます。そのマチコは戸惑ってしまったのか、

「お友達? まあぁ、そうかなぁ」と、取り敢えず、そういうことにしておこうかな、という感じでした。でも、そんなことは分からないケイコです、とにかく嬉しくて仕方がないという感じです。


◇◇


遊び疲れたせいか、欠伸をしながら「もう、帰ろうかな」とマチコが言うと、「うん、帰ろう、お家に。こっちだよ」と、早速、飛び立つケイコです。マチコは自分の家に帰るつもりでしたが、それを勘違いしたケイコが盛んに「こっちー」と誘うものですから、仕方なくケイコについていくマチコです。


お婆さんの家を出てから暫く飛んだ後、ケイコは振り返りるとマチコの手を取りました。そうして――周囲は一変、夜の森になりました。そこがケイコの『お家』ということになります。


ところで、ケイコの『お家』やマチコのピンクの部屋は一体どこにあるのでしょうか。それは決まったところに在るのではないのです。彼女たちが『入る』とか『帰る』と思うだけで、その入り口が開き、入ることが出来ます。そしてそこは何時も夜になっていて、寝ることが出来るのです。そこは、帰る場所、安らげる場所、そして自分だけの居場所と言っても良いでしょう。因みに家や部屋の区別はなく、それぞれが好きなように呼んでいるだけです。


「えぇぇぇ、ここなのぉぉぉ?」と困惑するマチコです。昆虫や小さな虫が大の苦手なマチコは、壁も天井も床もない森の中とあって、恐怖に震えるのでした。そこはマチコにとってはそこは家なのではなく、ただの森の中、自然そのものなのでした。そんなマチコに、


「そうだよ」と答えるも、既に眠そうな顔のケイコです。勿論、次は「寝よ」です。そのケイコの向かう先には大きな葉っぱが2枚、木から生えています。その右側に飛び乗ると、葉っぱは大きく揺れ、キャッキャ言いながら「おやすみ〜」と寝てしまうケイコです。


「ちょっとぉ、待ってよケイコ」

マチコは、地面にいるよりは葉っぱのほうがマシだと思い、左側の葉っぱに乗り込みますが、ユッサゆらゆらの葉っぱです。その葉っぱにしがみ付きながら、「虫とかぁ、いないよねぇ」と、ゆらゆらのマチコです。


そんなマチコにお構いなく、眠そうな声で「いないよ〜。ここ、家の中だもん」と答えるも、「本当?」と聞き返すマチコには答えないスヤスヤのケイコでした。


「マジでぇぇぇ」と、隣でスヤスヤのケイコを睨みながら横になるマチコです。そうするとマチコも遊び疲れていたせいで、直ぐに目がトロ〜ンとしてきました。それでも、ここはどう見ても家の中などではなく森の中。壁も天井も……と、上を見上げると、そこは無数の星が輝く満天の夜空が見えました。


それに思わず、「きれい」と声を漏らしてしまうマチコです。でもそれは、おかしなことでもあります。木々が生い茂る森の中、その地上付近から空を見上げれば森の木が視界を妨げるはずです。それでも、何も邪魔するものが無いかのように夜空が見えているのです。


半分、夢心地のマチコは輝く星に向かって手を伸ばしてみます。すると、星はマチコの手の中に収まり、指の隙間から眩い光を発しています。それに目が眩んだマチコは、そのまま深い眠りに誘われていくのでした、スヤッスーです。


◇◇


たぶん、夜が明けた頃。マチコはそっと葉っぱから降りると、まだ寝ているケイコに「さよなら」と言い、そのままブーンと飛び立ちました。本当はきちんとお別れしたいところだったようですが、気まずくなりそうな予感がしたので、黙って行くことにしたようです。


マチコにとっては、何も無いこの場所は気に入らず、さっさと次に行こうと決めていました。そのため、方角を決めようと高く高く舞いがるマチコです。


朝の上昇気流に乗って、一帯を見渡せるところまで上り詰めます。そこから見ると、遠くの果てまで同じような風景が広がっていました。これでは、かなり移動しないといけないと、ため息をつくマチコです。


そのマチコの耳元に、ケイコが自分の名前を呼びながら泣いている声が風に乗って聴こえてきました。それに、心のどこかが痛むのを感じたようです。


「なんでなのよぉ、なんでなの。昨日、会ったばかりじゃないのぉ、バッカじゃないのぉ」


彼女たちは、楽しいことや面白いことだけを求め、哀しいことや辛いことは直ぐに忘れるようにしているようです。それが彼女たちの有り様であり、長い時を過ごしていく秘訣なのかもしれません。


それは、彼女たちが決して笑うことが出来なかった生い立ち、そこに刻まれた、微かに残る記憶が、そうさせているのだと思います。そして、失った何かを取り戻そうと精一杯、遊ぶのでしょう。


ほら、もうケイコの泣き声は聞こえてこなくなりました。それで安心したのでしょう、マチコは風に任せて進み続けるのです。


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