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ケイコとマチコ  作者: Tro
風の便り
2/39

彼女とケイコ

「「キャアァァァァ」」


息ぴったしの彼女とケイコです。ケイコは窓ガラスに張り付いた大きな虫のような、そして彼女はそんなケイコを見たのは生まれて初めての体験です。しかし、ケイコをよく見れば、それは可愛らしい女の子です。羽が生えていること、それと、


「開けて〜、開けてよ〜、開けんかい!」と口の悪いのを除けば、ですが。


虫のようで、そうでないような。彼女は様々な可能性を探っていきます。そして導き出された答えは、虫なので無視しよう、でした。


「さようなら、私は何も見えない、聞こえないのです。では」と言い残すと窓から離れていきます。無視されたケイコは鬼の形相で窓を叩きますが、もう彼女には届きません。何故ならケイコは運が悪いのです、明日まで待ちましょう。


「手紙、手紙よー、持って来たのー」

「へえっ?」


思わず悪魔の囁きが彼女の心を揺さぶったのか、ケイコの声が聞こえたような、聞こえないような。それでつい窓を見てしまう彼女です。そうして窓ガラスに張り付いたケイコの姿に……笑うしかありません、ププ。


「彼からの手紙を持って来たのー。だから、ここを開けてー、開けろよー」


またまた『彼から』の声に動揺する彼女です。その彼とは、この町を離れ、一人都会に行ってしまった『彼』のことが彼女の脳裏に浮かびました。しかし、ケイコがほざく彼と、彼女が思い浮かべる彼が同じとは限りません。共通項は『彼』という言葉のみ。さあ、どうしますか。


窓をサクッと開けた彼女、そこに風がヒュールリーと舞い込みます。それと同時、チャンス到来とばかりにケイコが部屋に乱入、彼女の周囲をブンブン飛び回っています。


「ちょっとねー、早く開けなさいよ〜、まったくもう〜、グズなんだから〜」


ケイコの小さな声もクルクル回りながら騒がしくなった部屋です。彼女はケイコの乱暴な振る舞いに驚いたのか、顔に両手を当ててゴホゴホと咳き込んでしまいます。そしてそれが長く続くものですから、流石のケイコも心配になってきました。


「ねえ、大丈夫? 病気なの?」

「ううん、平気」


彼女は返事をしながら開けた窓を閉め、そのままベットに腰掛けましたが、それでもまだゴホゴホです。ケイコは向かいの机の上に降り立つと、行ったり来たりのオロオロを続けるばかりです。


そうして彼女は、体調が落ち着いてきた頃、顔から手を離すとケイコをジッと見つめ始めました。それにますますオロオロするケイコでしたが、その動きがピタリと止まると、


「なによ! そんなに見ないでよ」と頬を膨らませて怒り出しました。

「あら、ごめんさない。あんまり可愛いから、つい見入ってしまったの」

「当たり前でしょう、私、可愛いもん」


ケイコはクルッと回り彼女に背中を見せると、その顔は満面の笑顔でくしゃくしゃになっています。そして時折、背中の羽がピクンと動くのでした。


「妖精さん、今日はどんな用できたのかしら」

彼女からの問いにまたクルッと回って彼女と向き合い、

「妖精? 私は留まる風(シルフィード)よ」と、その時には笑顔が消えていたケイコです。


「それは失礼いたしました、留まる風(シルフィード)さん」

「私はねー、名前が……いいわ。それよりもねー、手紙を持ってきたのよ、あなた宛の!」

「それはまあまあ、ありがとうね」

「分かればいいのよ、分かれば」

「それでその……手紙って……」

「……」


暫く黙りのケイコです。ですがその最中、視線をあっちこっちに向けてはモジモジ、スヤスヤ、フムフム、トボトボ、そしてイライラのケイコです。


その小さな手には何も持っていないことは、見た瞬間に分かるというものです。それでも手紙を持ってきたと言うのだから、手品のようにパッと見せてくれるんだ、すごーい、と彼女は期待に胸を膨らませながら、今か今かとケイコを待っていました。


いつの間にか俯き加減のケイコは小さな体を震わせながら「トンビがね」と小さな声でボソボソと。勿論それが彼女には聞こえないことはケイコにも分かっています。それでも辛抱強く「ん?」と頷きながら待つ彼女です。そうして観念したケイコはべそをかきながら大きな声で、


「トンビがね、手紙を盗んだのよー、それを、それをねー、取り返したのよー」と泣きながら白状するケイコです。そんなケイコに彼女は手を差し出し、手の平に乗るように催促すると、そこにヒョイと飛び乗るケイコです。


「それはすごいわ、やったね。でも怖かったのよね」と彼女が指でケイコの頭を撫でようとすると、それを払い「怖くなんかないもん」と強がるケイコです。


「で、お手紙、トンビから取り戻してくれたのでしょう、ありがとうね。それで、手紙は……」

「無い、無いわよ」

「えっ」

「無いものは無いの!」

「そう」


両手を腰に当ててエヘン顔のケイコです。これで私の役目は終わった、そう言いたげな表情、すっきり顔のケイコに、またゴホンゴホンと咳き込む彼女です。それに「大丈夫」と答える彼女ですが、「そっか〜、無いのね」と残念一杯の気持ちは隠せそうもありません。それに慌てたケイコ、


「ばっかじゃないの。手紙……は無いけど、内容なら知ってるから」と、またエヘン顔に戻るケイコですが、「読んだの? 手紙」と彼女に言われるとまたシュンとしてしまうケイコです。


「ううん、いいのよ、読んでも。どうせトンビのせいだし、気にしないで。それよりも、なんて書いてあったの? ねえ、聞かせて」

「しょうがないわね、じゃあ言うわよ」

「うん」

「言うわよ」

「うん!」

「……」

「えっ、聞こえない。もっと大きな声で言ってくれる?」

「……」


彼女はケイコを乗せている手をそっと耳元に近づけ、耳を澄ませます。そこでケイコも彼女の耳に向かい、口に手を添えて「ごにょごにょ」と呟いたのでした。


「まあ!」

彼女は驚きの声を上げ、手の平にケイコが乗っているの忘れるぐらい大喜びのようです。


手紙の差出人は彼。その彼は今、この春から都会に住み、学校に通いながら日々勉学に励んでいるところです。そうして残してきた彼女に近況報告がてら手紙を書いたのでした。本当は彼女も彼と一緒に行くはずでしたが、体調が優れず、それを1年延ばしたのでした。


ケイコが彼女の耳元で囁いたのは一言、『愛してる』でした。勿論それ以外もたくさん手紙には書かれていましたが、ケイコにとってはそれはどうでも良いことだったので忘れてしまったのです。それでも重要なことだけは記憶に留めて飛んで来ました。


ベットの上で転げ回っている彼女です。時々、「ウッヒョー」とか「そうだよね」と金切り声を出してはゴホゴホと咳き込んで終わりました。それを高みの見物のごとく呆れながら見守るケイコです。


「ねえねえ」と彼女は急に真顔になると、大きな顔をケイコに近づけました。その鼻息で飛ばされそうなケイコは、


「なによ」

「お返事、書いてもいいかな」

「好きにすればー」

「でもー」

「なによ。あっ、私は持って行かないわよ。私を誰だと思ってるの?」

「でもー」


暫く、ムムムの彼女は「あっ」と何かを閃いたようです。そうしてまたケイコに顔を近づけると、


「伝言、頼めないかなぁ」

「伝言?」

「そうそう、伝言」

「なんで? 手紙を送ればいいじゃないの」

「うん、そうなんだけどね、そうなんだけど。でも、これって素敵じゃない? 手紙の返事が妖精さんからだなんて」

「その『妖精さん』って誰のこと?」

「う〜ん、ダメ?」

「いいわよって言うわけないじゃん、バカなの?」


「そっかー。でもね、もしよ、もし、彼の元に妖精さんが急に現れたら、きっと驚くと思うのよ。そうしたらね、凄いことじゃないの、ビックリよ、泣いちゃうかも。これって、どう? 楽しくならない? ねえねえ」


頼まれたら嫌とは言えないケイコです。ですがそれを素直に出せないケイコです。それに、彼女の言う『楽しい』に心惹かれてしまうケイコでもあります。


「しょうがないわね。気が向いたらしてあげてもいいかもよ。それに――」と言いかけたところで、「やったー、ありがとう」と彼女の笑顔で更に断れなくなったケイコです。


「でもー」と彼女は笑顔を仕舞い込むと、「彼、とっても遠くにいるの。だからね、やっぱり無理よね、ごめんなさい」とケイコに謝ります。それを受けてケイコはムムムとした表情を作ると、


「あなたね〜、誰に言ってるわけ〜。私よ〜、留まる風(ウンディーネ)よ〜」

「だって、そんなに小さいのに、すごく遠いのよ、無理よ」

「分かってないのね。風はね、どこにでも吹くものよ。だからね、どこにでも行けるの、分かった?」

「そうなんだ」


腕を組み、得意満面な顔をこれでもか! と言うくらい大きく見せているケイコです。おまけに有頂天のあまり、体を浮かせてもいます。でも、今日の幸運は尽きているので、着地の際、片足を踏み外してしまうのです。


「あっ」と言いながら落下するケイコをサッと拾い上げた彼女は、ケイコと向き合い、「彼に伝えて、私も愛している、と」と顔を真っ赤にしながら言い、それを聞いたケイコも顔を赤くしてしまいます。そうして二人は睨み合った後、二人して声を出して笑いあうのでした。


彼女の手の平から飛び立ったケイコは彼女の顔の前で静止すると、


「勘違いしないでよね、気が向いたらだからね」

「はい、わかっています」


すぐの返事に、更に何かを言おうとしたケイコの口が無言でパクパクと動いてから、


「わかればいいのよ、わかれば」

「そうそう、彼の住所なんだけれど」と彼女が言ったところで、ケイコは自分の口に指を立て、


「言わなくてもいいよ、どうせ覚えられないから」

「そうなの? でもー」

「いいの! でもその代わり、こうするの!」


ケイコはその場からエイッと跳ね上がると、彼女に頭突きをお見舞いしました。本当はおデコとおデコを合わせたかったのでしょうがそんな、手を抜くような子ではありません。全力で前向き、今日一日、不運な子です。


「痛ててて、何するのよ〜」と自分からぶつかっておいて文句を言うケイコです。

「ごめなさい、石頭で」

「まあ、いいわ、ちゃんと分かったから」

「それで、分かるの?」

「もう、私を誰だと思ってるの。それに彼、ここに来たことがあるでしょう」

「なんで分かるの?」

「彼と一緒に来た『風』が、まだ残っているからよ」

「『風』? 匂いとか?」

「違うわよ、『風』と言ったら『風』なの」


ケイコは言い終わると、フラフラと窓際まで飛び、そこの枠に降り立ちました。そして手をブラブラさせながら無言で過ごしています。その様子を見ていた彼女は「ん?」と首を傾げ、時々ケイコに向かって手を振るのでした。それに応えて手を振り返すケイコは何かを思い出したように「はっ」として、


「違うでしょう。もう用は済んだから帰るの! 開けてよね」と頬を膨らませます。

「ごめんなさい、気がつかなくて」

彼女は急いで窓を開けると、涼しくて乾いた風が少しだけ吹き込んできました。そうして彼女に背を向け、今にも飛んでいきそうなケイコは、


「ねえ、早く元気になりなさいよ、ね」と言うと、風に乗ってスーっと飛び立ったのでした。それを目で追う彼女はケイコが見えなくなっても暫く外の景色を眺めていました。


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