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ケイコとマチコ  作者: Tro
#3 虹を渡る風
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#3.3 幻の風

街の通りをスイーと進み、建物が途切れ始めた頃。風は森の手前で止み、空き地のような場所に降り立ったマチコです。


「確か、この辺だったような」の独り言は、一度だけ来たことのあるお婆さんの家を指しています。そうして空き地に向け手を丸めると望遠鏡のようにして覗き込みます。


するとどうでしょう。そこにお婆さんの家が出現、それでこの場所で間違いないことが確認できました。おっと、これは過去を覗き見る魔法か何かでしょうか! いいえ、単に記憶を呼び覚ましたに過ぎません。


「やっぱり、ここだったのね。だけど」


家もなく、お婆さんも居ない。それでは一体、ケイコはどこに行ってしまったのでしょうか。ということで自分の家に帰ることにしたマチコです。もう飽きてしまったのか、本日の捜索は終了、とのことです。



世界を見渡すマチコの眼、です。街全体どころか全てが見渡せる高〜いところから、少しづつ横に回転しながら見下ろしています。それは、いちいちケイコが遊んでいそうな場所に行くのが面倒だから、一気に見てやろうという魂胆です。


「別にぃぃぃ、ケイコを探しるんじゃないんだからね。ほら、高いところは気分がいいじゃないの。今日はね、そんな気分、なのよぉぉぉ」


何故か言い訳のようなことを言いながら、聞き耳を立てているマチコです。それは風を聞き分け、小さくても遠くても逃さず聴こう、ということらしいです。


ヒュールルル。遠くの風も近くの風も、いろいろな音を奏でながら、聞きたい声は聞こえては来ません。草木にそよぐ音、波の音、洞窟に嵌る音、人の声、軋む音。どれもが日常を過ごす音ばかりです。


ヒュールル。風の勢いは弱く、マチコの気持ちも弱くなったのでしょうか、次第に降下していくようです。そのつもりはなくても高い場所に留まるには、それなりの気概がなくてはいけません。


ヒュールルキャハハ。入り乱れる風、西から南から、そして時折、その逆の風が吹いて参ります。風に乗り、風を操ることを得意とするマチコたち。それでも好きではない風が吹く時もあるのです。例えばこんな、ヒュールルキャハハという風です。特に、『キャハハ』とは何でしょうか、ふざけるにしても程が有るというもの。


キャハハ。今度はハッキリと聞こえてきました。ムムム、これは何なのよぉぉぉ、と不快な音にご立腹のマチコ、何故か怒りと共に闘志も湧いてきたようです。


しかし、しかしです。この不快な音には聞き覚えが有るような無いような。そこでそれを確かめるべく音源へと一直線、ズドーンと突進して参ります、アイヤー


◇◇


到着した場所は、タンポポが咲き乱れていたところです。そこに――居ました、キャハハの元、ケイコです。タンポポの間をすり抜け、走り回っていました。それも何が楽しいのか、笑顔も満開です。とうとう見つけたケイコ、その姿を見なくなってからどれくらいの日数が経ったことでしょう。


しかし、久しぶりの再会だというのに冴えない表情のマチコです。それは、それはですね、ケイコの声が、笑い声が聞こえないのです。確かに口を大きく開けて、それは楽しそうに『はしゃいで』います。しかし、その声は風に掻き消されている訳でも小さすぎる訳ではないのです。


そして、一番マチコをガッカリさせたのは、ケイコの姿が透き通っていたことでしょう。それはまるで立体映像を見ているかのようです。遊んでいるケイコの様子が映し出されているだけのようです。その証拠に、


「ケイコ! ケイコ! 聞こえないの、ケイコ!」と、いくら声を掛けても振り向きも気づきもしないケイコ、完全無視です。


そこで、試しにケイコの体に触れてみましたが、それも見えている通り、ただ、空を切るだけなのです。


確かに、ケイコの声を頼りにここまで来たマチコです。ですが、その場所に居るというのに、その声は聞こえず、姿も見えるだけとなっていました。もう、何が何だか分からなくなってきたマチコです。


「ケイコの、バカー」


ケイコの姿は他の遊び場でも見ることが出来ました。なんとなく聞こえたケイコの声につられては、海、川辺、湖、そして森の中や街の周辺などを訪れました。そのいづれも、マチコが目にしては暫くすると消えてしまう、の繰り返しです。


「バカケイコー、どこにいるのよー、バカー」


マチコは、ケイコを探しているんじゃない、ただ気になっているだけ、と心の中で呟きながら、あっちこっちを彷徨うのでした。



夕方に近い時間、なんとなく忙しく感じ始める頃、ケイコおばさんは自宅のソファーに座り、目の前を落ち着きなく歩き回る猫を目で追っていました。その猫の背中に乗っているマチコも、どことなく落ち着かない様子です。もちろん、そんなことはお見通しのおばさんです。


「居たのよぉぉぉ、居ないのよぉぉぉ」と難しい顔のマチコです。おばさんのところにフラッと現れたマチコは、おばさんとロクに挨拶もせず、訪れてからずっとこんな調子です。きっと、マチコを乗せている猫もいい迷惑なことでしょう。ほら、


「姉さん。そろそろゴロンと横になりたいんだが」

「居たのよぉぉぉ、居ないのよぉぉぉ」

「聞いてます? 姉さん。そろそろ」

「あんたが歩かないで、誰が歩くのよ! 私は嫌よ」

「はあ、さいですか。では、もう少しだけ頑張ってみます」という具合でしょう。


ソファーで寛ぐオバさんは、目の前を行ったり来たりするマチコが気になって仕方がありません。それに何かと忙しい時間帯でもあります。


「あの子、まだ見つからないの?」

「別に、探してるわけじゃないし。でも、居たのよ、でも、居ないのよ」


そんな、はっきりとしないマチコに、フーと息を抜くオバさんです。これはきっと解決するか何かしないと、ずっとこのまま居座るのかも、と思ったりもしたようです。


「ねえ、それってどうゆうこと? 居るのに居ないって意味が分からないわ」

「あぁぁ、それはね、居たには居たのよ。それがね、本当は居なかったの」

「本当は居ない? ますます分からなくなってきた」

「もぉぉ、私も分かんないわよぉぉぉ」


マチコの説明に困り果てるオバさんです。居るようで居ない、そんなナゾナゾのような話は不得意なんだから、と言いたくなりそうでした。そしてつい、


「まあ、困ったわね〜」と零し、

「そうなのよ、困ったのよ」とマチコも零すのでした。そんな時、

「姉さん、誰か居ますぜ。挨拶しときましょうか」と猫が壁を睨みながらマチコに報告しました。もちろん、オバさんには『ニャルー』と聞こえただけです。


猫の不思議な態度に昔話を思い出したオバさんです。


「そういえばね、関係ないかもしれないけれど、昔、母から聞いたことがあるのよ。

それはね、まだ私が子供だった頃なんだけれど、(故人とは言えないはね)そこに居ないはずの人がそこに居てね、お話をしてたそうなのよ。

でもね、その人が見えているのは私と猫だけだったのよ」


「ふ〜ん、それで?」とマチコは素っ気ない返事をしましたが、その目は興味津々と言っているような輝きがありました、キラッっと。


「それで? そうね、少しお話したら、その人はどこかに帰ってしまうの。そう、なんていうか、その壁の向こう側に行ってしまうような? そんな風で」


「壁の向こう、ねぇ」


マチコは壁を見ながら、何やら考え事をしている風で、実は何も考えてはいないのでした。しかし、そんなマチコの様子に、壁の向こうと言ったことを後悔するオバさんです。それは既に、この世に居ないことを暗示してしまったのではないか。それはマズいかもと、何かを思い出したようにソファーから立ち上がりました。


そして、マチコが物思いに耽っている隙に、古い箱から小さな物を取り出すと、それをマチコに見せるのでした。そして、


「ねえ。これ、あの子の忘れ物だと思うのだけど、どう?」とドングリをマチコに手渡しました。それを受け取ったマチコは、

「はあ? なにこれ。まあ、いいわ、一応、預かっておくわ」とドングリをバッグに入れようとしましたが、大きすぎて入れることが出来ません。それで、「はあぁ」と溜息をつくと、そのまま抱えたのでした。


「私、帰るわ」とマチコが猫の背中から立ちあ上がると、

「ちょっと、待って。まだ渡したいものがあるの」とオバさんは綺麗な『おはじき』をマチコに見せると、何故かまた目を輝かせるマチコです。それでも、


「ん? まあ、どうしようかな」と勿体振るマチコです。

「ほら、こないだの、ビーズ、あれ、同じ物は無いって言ったでしょう。それの代わりよ」

「あら、そう。それなら仕方ないわね。貰ってあげる……けど、もう持てない……」


「それなら」とオバさんは『おはじき』を摘みながらバッグの中に二つ入れ、「一つはあの子の分ということで、ね」とバッグの口を閉じ、笑顔を向けるのでした。


少し重くなったマチコは、下を向いたまま「ありがとう」と言うと、猫の背中からピョンと飛び立ちます。しかしドングリを持っているせいか、そのままスーと降下してしまいました。


「大丈夫?」とオバさんが声をかけると、

「玄関を開けてくれない?」とマチコが言うと、慌てて玄関のドアを開けるオバさんです。


すると、開いた玄関から風が吹き込み、それに乗ったマチコは風と一緒になって部屋を一周、そして外に向けてビューンと飛び出したのでした。それを見送りながら、

「また、来てねー」と声をかけるオバさんです。


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