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ケイコとマチコ  作者: Tro
#3 虹を渡る風
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#3.2 街の風

春の風がぼんやりとし始めた頃、マチコの日課はケイコを探すことになっていました。風に乗り丘陵を彷徨い、かつて遊んでいた場所を訪ねます。高原、その近くの森、そして海岸線。そのどこにもケイコの姿はありませんでした。


「ケイコのくせに」


それがマチコの口癖にもなっていました。きっとどこかで遊んでいるに違いない、それとも自分を見たら逃げているのかも、それも最初に出会った時のように、と思うマチコです。


自分と会うことを避けている。それは、きっとまだ怒っているからだと思うマチコは、次第にケイコを探すのが面倒になってきたりもしてきました。それでもケイコを探すことを止めないのは、それ以外にすることがないから、暇つぶしだからと理由をつけては、今日もどこかの空を飛び続けるのでした。


もちろん、ケイコの家も訪ねてみました。しかしそこにもケイコの姿はなく、家に帰った様子もありません。まあ、家に帰って来ていたかどうかはマチコの想像でしかありませんが。


それとそうそう、マチコがケイコの家に入れたのは、マチコの部屋が家の隣にある、というこで出入りが出来るらしいです。実際の所、ケイコの家と言っても森のようなものですから、明確にここからが家の入り口、という線があるわけではありません。その辺は曖昧ですが、要は『隣のよしみ』と言ったところでしょうか。


話は戻って、ケイコが『お婆ちゃんのところ』と言ったことを思い出したマチコです。マチコも一度は行ったことのある場所です。そこで、森を通り過ぎ、人里近くまで飛んで来ましたが、それらしい建物が見当たりません。


「あれぇぇぇ、無いよぉぉぉ」と、うろ覚えのマチコです。しかし、周囲をクルクル回って探すのが面倒なマチコは、そのまま街の中へと進んで参ります。


歩道のような場所をふわふわと漂いながら、風に任せっきり。この辺にはケイコは居ないだろうと、風に吹かれるまま散策するマチコです。行き交う人たちにはマチコの姿は見えていないので、マチコの方から避ける必要があります。


でも、都会育ちのマチコにとってはお手の物。ひょいと移動して……ドヒャっと人の背中に当たり、次こそはと華麗にターン……ドヒャ、今度こそ優雅にサラリ……ドヒャっの連続。どうしたのでしょう、何時もの……何時ものことは知りませんが、これでは目を閉じた方がマシかもしれません。


都会に比べれば圧倒的に人の数が少ないというのに、それでも注意散漫なのか上手く避けられないマチコです、ドヒャ。


こうして、自分に呆れたマチコは郵便ポストの上で一休みです。ここで心を落ち着かせ、楽しく飛び回ることだけを考えれば問題はありません。そう、いつもの通り、それが大切です。


「田舎の風は意外とヤンチャなのね。どうりで私に合わないわけよ」


腕組みをしながらウンウンと頷き、人にぶつかってしまう原因を考査するマチコです。そうして、「気をつけよう」と対策を立てたところで、移動開始です。


「ちょっと、あなた」


マチコが、どの風に乗ろうかと思案している時です。買い物カゴを携えた女性がマチコに気づき、立ち止まって声を掛けてきました。もちろん、それを無視するマチコです。


マチコは、どの風にしようかとアレコレ見定めていると、先の女性が、


「あなた、あなたよ、ちょっと」とまた声を掛けてきました。それでも、見えていないと思っているマチコは、どれにしようかな、あれかな、これかな、それともこっち? ん? と、その時、女性と目が合ったようです。そうしてお互いが、


「「ん?」」と見つめ合うのでした。

「えっ、ええっ」とマチコは一歩、いえ二歩下がって驚きの声をあげます。


しかし、そこはマチコ、人に見られたのは、これが初めてではありません。ごくたまに居るのです、マチコたちが見える人が。ではそんな時、マチコは何時もどうしているのでしょうか。はい、ササッと飛び去ってしまうのです。そうすると、大抵の人は目の錯覚だと思うようです。


今回も見なかった振りをして飛び立とうと、ヒョイっと風に乗ると、


「あっ、ちょっと、あなた、ケイコ?」と女性が呼び掛けてきました。それに、

「なんですって?」と返しましたが、一旦、風に乗ってしまうと急には止まれないマチコです、そのまま進んでいきます。


「あー、あ〜」と手を伸ばして、待ってよーの女性は、背中を向けて遠ざかっていくマチコにシュンとしてしまうのでした。


しかーし、吹き返しの強風に乗って戻って来たマチコです。そしてまた郵便ポストの上に着地すると、


「ちょっと、オバさん。ケイコのこと、知ってるの?」と女性を指差すのでした。

「えっ、あなた、ケイコじゃないの? そうなんだ、そうよね、それもそうよ」


女性は一人でウンウンと納得すると、今度は小さな声で、


「ねえ、あなた。ちょっと私の家に、そうね、遊びに来ない?」とマチコに顔を近づけて話すのでした。そうしないと郵便ポストに話し掛ける変な人に見られるからでしょう。


「なんでよぉぉぉ」と警戒心を露わにするマチコです。誘拐されては大変ですからね。

「ケイコって、あなたのお友達のこと?」

「友達ってわけじゃぁぁぁ」

「知ってるわよ、ケイコちゃんのことなら少し」

「ケイコ『ちゃん』? ちゃん?」

「でも、ここで長話はちょっと。だからね、いらっしゃいな、いいでしょう?」

「騙したら風で吹き飛ばすわよ。それでもいいんなら」

「はいはい、いいわよ、どうぞ」



女性宅の玄関が開くと、「どうぞ」の前に入ってしまうマチコです。そして部屋の中をブンブンと飛び回ると、テーブルの上で寝ている猫を発見。その猫を暫く睨んでいましたが猫の方は相手にしていません。そこで猫の肩に座ったマチコです。


ですが猫はそれを嫌がり、少し体をブルっとさせ、それで猫からずり落ちてしまうマチコです。それでも何が気入ったのか、何度か肩に乗っては落とされ、落とされては乗るの繰り返し。結局、猫のお腹に寄りかかるように座ることで落ちつきました。


そんな、猫のもふもふで寛いでいるマチコに顔を寄せてくる女性です。


「本当に居るのね〜、今でも信じられいくらいよ」

「あんまり近づかないでよ、鼻息で飛んでしまいそうだから」

「あらあら。ところで、少しだけ触ってもいい?」

「ダメよ。それよりケイコのこと、知ってるんでしょう、教えてよ」

「そうだったわね。ケイコはね、私の名前もケイコなのよ」


ケイコおばさんはテーブルの横にあるソファーに座り、目を閉じると記憶を探るように、「う〜む」と唸ります。そうして、


「眠くなってきたわね」と欠伸をするのでした。

「はあ? なにそれ。私、帰る」と言ったマチコですがモフモフに埋もれたままです。


「ごめんごめん、あんまり陽気が良いものだから。えっとね、どこから話しましょうか、うん、そうね。

私の母が昔、妖精に会ったという話を聞いたことがあるのよ。でもほら、それを信じろっていう方が難しいでしょう。

それで、母が言うには、その妖精の名前はケイコ。そう、私と同じ名前ね。

まあ、名前が同じってところで怪しいのだけど。

で、母はその子のために赤いバッグを作ってあげたそうよ、それも二つ。

一つはその子用で、もう一つがその子のお友達のってわけ。

それでよ――」


ケイコおばさんは、またマチコに顔を近づけると、


「ほら、あなたの持っているバッグ、それ赤いじゃないの。それを見たとき、あの話は本当だったんだーって思ったのだけど、あなた、ケイコじゃないのよね」と、指でマチコのバッグをツンツンするのでした。それを嫌がるマチコは、


「ちょっと、おばさん、やめてよね」と言いますが、それでも止めないオバさんです。

「ねえ、それ、ちょっとだけでいいから、見せてくれないかしら、ね」と強請(ねだ)るオバさんです。


なにかと頼まれると嫌とは言えない性格のマチコは、渋々といった感じでバッグを渡してあげます。すると、


「わあ、可愛い。良くこんなものが作れるものよね。ああ、私には小さすぎて……普通の大きさでも無理だわ」と、諦めてマチコに返すのでした。そして、


「ねえ、それをあなたが持っているということは、あれよね、お友達なんでしょう? あの子の」と、マチコがバッグを首から下げているところで尋ねました。


「違うわよ」

「じゃあ、なんなの? それともあれ、あの子からそれを盗んだの? おー怖」

「違うわよ! なに言ってるのよ、ケイコから貰ったに決まってるじゃないの」

「そう。ならやっぱり、お友達なのね」

「だから違うって。そうねぇぇぇ、ケイコの保護者ってところかしら。お姉さんとか」

「お姉さんか〜、いいわね」


マチコが寄りかかっていた猫が目を覚ましたようで、手足をうーんと伸ばし、どこかに行こうとします。それを猫の肩付近を叩いて諦めさせるマチコです、にゃー


「そうだ!」


いきなり声を上げるマチコです。そうしてバッグからビーズ玉を取り出すと、それをオバさんに見せます。ビーズ玉をくれた人の娘なら持っているかもしれないと考えたのです。


「ねえ、これと同じ物って、持ってない?」

そのカラフルな色の輝きはマチコの背後にいる猫の目も輝かせるのでした。当然、それにちょっかいを出す猫の手です。それをビシッと(たしな)めるマチコです。


「まあ、綺麗ね。ちょっと見せてくれる?」


ビーズ玉を手に取ったオバさんはジロジロと鑑定。ムム、これは! という顔で立ち上がると部屋の奥の方へ。そして暫くガサゴソ・ガッチャンしてから戻って来ました。そして、


「無いわね〜、見たことはあるのだけど、残念でした」とビーズ玉をマチコに返しました。それにガックリのマチコですが、バッグにしまいながら、


「無いならしょうがないわね、まあいいわ。これをくれたお婆ちゃんに会えばいいんだもんね。ところで、前にお婆ちゃんの家に行ったことがあるんだけど見当たらないのよね、どこだっけ」


「お婆ちゃん? ああ、お母さんのことね。そう、家ねぇ、もう無いわよ」

「なんで?」

「誰も住んでいないから」

「はあ?」

「もう、えっと〜、10年くらい前よ、亡くなったの」

「それじゃあケイコはどこに行ったのかしら」

「私? あっ、あの子の方ね。どこにって、もしかして会いに行ったとか?」

「うん」

「それは残念ね。もう少し、いえ、もっと早くならね〜」

「ふーん」

「あなた、ケイコちゃんを探しているの? 居なくなったの?」

「私、帰るわ」


ブーンと飛び立ったマチコは玄関に向かい、それを追うように猫も玄関へ。そして猫は器用に玄関を開けるのでした。そのマチコに、


「ねえ、また遊びにいらっしゃいよ、待ってるから」のおばさんに、

「気が向いたらね」と外に飛び立つマチコです。


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