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ケイコとマチコ  作者: Tro
#2 都会の風
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#2.3 競う風

マチコが路面電車から降りた場所は街の中心のようです。高いビルに囲まれた、先の見えない閉鎖感がマチコの中に、久しぶり! という感じで蘇ってきます。既に見えなくなってしまった路面電車を追いかける気力もなく、吹き抜けることのない風のように、その場に佇むのでした。


このままこの場所で待っていれば、いずれ路面電車は街を一周して戻ってくることでしょう。しかし、ケイコを待つ義理はありません。でも、それではケイコが迷子になってしまうのでは、と思われるかもしれませんが、ご安心を。帰りたいと思えば何時でも何処からでも家に帰れるのです。


ということで、トボトボと歩き始めたマチコです。街の中心と言っても相変わらず人の気配は無く、まるでゴーストタウンのよう。いくら知っている街とはいえ、不気味な感じを覚えるマチコです。


これは、もしかしたら誰かの『家』なのではないかと思い始めたマチコです。街全体が家? そうです、思い出してください。ケイコの家は森の中、というより、森そのものでした。ですから街全体が誰かの『家』と思えても不思議ではありません。


それに路面電車の大きさ、聳え立つビル、いま歩いている歩道、それら全てがマチコの体の大きさに比例しています。そして決定的なのが、誰も人が『居ない』ということでしょう。


基本的に『家』は、その住民の招待がなかれば入ることが出来ません。ですが、ケイコとマチコはここに招待された訳ではないのに『居る』ことになります。それはきっと、誰かの気まぐれなのだろうと思うマチコです。


トントン。


誰かがマチコの肩を叩きました。しかし、誰も居ないと思ったばかりです。ゆっくり恐る恐る振り返るマチコ、です。


「ねえ、あなた」


それはマチコに似た少女です。それも、人? いいえ、背中の羽がピクンと動いたのを見逃さなかったマチコです。


「えっ? 私?」

「そう、あなた」


久しぶりにケイコ以外と話をしたマチコは緊張しっぱなしです。普段はもう少し軽い感じの子なのですが、そんな自分を忘れてしまったマチコでもあります。


「私に、何か用?」

「うん。あなた、地元の子?」


見慣れた街並みに「はい、そうです」と答えたいところをグッと我慢して、「まあぁ、そんなとこ、かなぁ」と、答えると、「そうなんだぁ」と返されたことに、嘘じゃないし、と思うマチコでした。


少女は嬉しそうに顔をマチコに近づけると、


「私、田舎から出てきたばかりなのよ。それでね、良かったら都会の子に案内してもらいたと思ってたの。ねえ、あなた、案内してくれない? あなたの街でしょう」


マチコは、『田舎』でケイコを思い出し、『都会』で自慢したくなり、『あなたの街』でエヘンとなったようです。もちろん、快諾です。そこで、どう街を案内しようかと、あれもこれもと考えていると、


「じゃあ、鬼ごっこしましょう。あなたが鬼で」という提案にハトポッポのマチコです。なんでなんで? それに私が鬼? とクルクルと目と頭を回していると、その答えが返ってきました。


「都会の風って、変でしょう。吹き抜けないし、どこに向かっているのかも分からないの。そうでしょう? 危ないものねぇ。だから私を捕まえてみてよ。そうしたらきっと、この街のこと、良く分かると思うのよね、ね」


なんだか良く分からない理由ですが、わからない分だけ、わかった振りをしたくなるマチコです。もちろん、それも快諾してから、いよいよ、鬼ごっこの始まりです。


◇◇


ブーンと飛び立った少女は路上に出ると、赤信号の手前で静止しました。そしてプカプカと浮きながら、


「信号が青に変わったら始まりよ」

「わかったわ。ところであなた、名前は? なんていうの? 私はマチコよ」

「へえー、そうなんだ、名前があるんだね」

「そう、だけど?」

「ほら、信号が変わるわよ。用意は良い?」

「いつでも良いわ」

「私ねぇ、名前なんて無いわ。だって、そうでしょう? 名前がある方がおかしいんだから」


留まる風(シルフィード)たちには基本的に名前がありません。ケイコのように人から呼ばれるようなことでもない限り、無名といったところです。それで特に困るようなこともなく、出会いの少ない留まる風(シルフィード)たちにとっては大した問題ではないでしょう。因みにマチコは自分で付けた名前です。


さあ、信号が赤から青に変わりました、鬼ごっこの始まりです。まず、少女がダッシュをキメ、素早く逃げて――ではなく、そのまま動きません。どうしたのでしょうか、このままでは容易にマチコに捕まってしまいます。ほ〜ら、鬼役のマチコが物静かに少女に近寄り、そっと手を伸ばしてきました。


「つかまえた!」


それはマチコではなく少女の呟きです。そして猛ダッシュをキメる少女、一直線にズドーンと、それはまるで鉄砲玉のようです。『つかまえた』とは、どうやら風を掴まえたということでしょう、それも、かなりの疾風。遅れをとったマチコは茫然自失、しかし直ぐさま気力に再点火、燃える闘志で追いかけます。


マチコも風を掴んで猛追、としたいところ、吹いて来たのは『ゆっくりと行こうぜ』風。これでは到底、追い着くのは難しい。さぞ悔しがっていることでしょう、のマチコ、しかしその顔には余裕の笑みが。


それもそのはず、『お急ぎの方はこちらに』風に乗り換え、ここからが本番、伊達に都会で暮らしていたわけではないのよ、のマチコです、トピューン。


時折、振り返ってはマチコとの距離を確認する少女。その距離は徐々に縮まっているとはいえ、まだまだ余裕、お尻ぺんぺんです。


笑っていられるのも今の内、とばかりに次々と風を乗り換え、都会育ちの本領を発揮・見せつけるマチコ、あと少しと得意のお姉さん風を吹かせます、エイヤー。


このままでは何れ追いつかれると思ったのか、少女は体を傾け、交差点を綺麗なフォームで右に曲がって行きます、スムースです。


猛追するマチコはオーバースピードで交差点に進入! それでは曲がれないぞー、と思いきや、高く上昇しビルの壁面ギリギリを飛行、少女に追いすがります、アイヤー。


次の交差点を左に曲がる少女は、マチコに追い詰められているものの、どこか余裕の表情を浮かべています。さあ、次の十字路はどっち?


少女が体を左に傾けたのを見たマチコ、「これで頂き」と、オーバーシュートを見込んで突っ込んでいきます。そして少女の下から回り込んで大きく左に膨らむと――少女は体を一回転させ、そのまま直進だー、です。


左に曲がり、少女を追い抜いたと思ったマチコは少女を探しますが見つけることが出来ません、オロオロです。そこで上空に登り、そこから少女を探しますが、かえって離れたことで、移動する彼女の姿はどこにも見当たらないのでした、とさ。


◇◇


上空で一息つくマチコです。もう、少女を探すのは諦め、勝敗も付かないまま鬼ごっこも終了です。そこで改めて街を見下ろと、やはり見慣れた風景に複雑な思いが沸き起こってきます。それは、どこまでも同じで、それでいて同じではないことに、何か騙されたような気分なのでしょう。


しかし、そんな疑問もそれまでです。近くの公園で何やら光るものが。そんな光につられ舞い降りるマチコです。まるで虫が光に誘われているようにも見えますが、そこは好奇心旺盛、多感な少女と見てください。


小さな悩みなぞどこ吹く風、とばかり光に向かって一直線。その光は瞬きする度にマチコの心を掴みました。


近づいてみると、それは大きな回し車、その中で少女が一生懸命走っていました。どこまで走っても移動しないそれは、何だかおかしく見えたようです。そして、おかしいと言えば、そんなことをするのはケイコくらい。そう思うと何だかその少女がケイコに見えてきたマチコです。


「ケイコ? そこでバカみたいに走ってるのはぁ」


マチコが声を掛けたせいでしょうか、その少女は「あんぎゅー」と声を上げながら倒れ、そのまま回し車と一緒に回り始めるのでした、カラカラ。


「急に声を掛けないでよー、びっくりぽんたよー」


言い方はケイコに似ていますが、回し車の少女はどうやら違うようです。カラカラコロンと回し車が止まると、立ち上がった少女はまた走り続けます。それを見ているマチコには、何が楽しいのか分かりませんでした。そこで、


「ねえ、それ、面白いの?」と尋ねると、「あなたも、やる?」と返ってきました。それに首を振るマチコですが、「じゃあ、競争ね」と、ケイコと同様、聞く気はないようです。


早速、回し車を止めた少女はマチコに手を差し伸べ、乗るように催促してきます。それに掴まり乗り込んだマチコは、


「競争って、どうするの?」

「一緒に走って、倒れた方が負け」

「それ、面白いの?」

「さあ、行くわよ」


カラカラ・コンコン、問答無用で走り始めた少女です。勿論それにつられて走るマチコ、両方の息を合わせないと意外と難しいようです。もちろん、最初に倒れたのはマチコの方でした。


「アーハハハ、口ほどにもないわね」と高笑いの少女、それに闘志が湧き上がるマチコです。「今度こそ」と意気込みを語ります。そして再挑戦が始まると、お互い牽制し合いながら機会を伺うのです。その最中、マチコは、


「ねえ、あなた、名前はあるの?」

「ケイコ!」


その名前を聞いた途端、倒れるマチコです。もちろん、回し車と一緒に回りながらですが、


「本当?」

「そう、呼んだでしょう」

「それはねぇぇぇ、まあ、いいわ」


倒れたままクルクルと回るマチコ、何か良い案が浮かんだようです。それは――逆さまの位置になると、スクッと立ち上がり走り始めることでした。長い髪は下に垂れ下がり、それが自称ケイコ、以降ケイコ2号の視界を邪魔します。そして、「うりゃぁぁぁ」と全力で走るマチコです。その気合に押されたのか、「うぎゃー」と倒れるケイコ2号、クルクルと何時もより早く回っております。


「アーハハハ、どうよぉ、どう?」

「うぎゅー」


カラカラ・コンコン、疾走するマチコは、もう飽きてしまったのか、それとも勝利をモノにしたからでしょうか、走るのを止めましたが、逆さまの状態です。それは、ちょうど真下にケイコ2号が居たからでしょう、余裕のマチコです。


そうして、「うぐうぐ」言っているケイコ2号の隣に、逆立ちをする格好で降りると、体を捻って立ち上がます。そして傍でうずくまっているケイコ2号に手を差し伸べるマチコです。


ヘナヘナになっているはずのケイコ2号はシャキーンと立ち上がると、

「今日のところはこれで勘弁してあげる」と腰に手を当てて威張っています。


そんなケイコ2号に呆れるマチコは、ケイコ2号の顔が夕日に染まって赤くなっていることに気がつきました。そして回し車と自分たちの影が長く伸びているのを確認すると、もう帰ろうかなと思うマチコです。するとケイコ2号は、


「ねえ、あなた。どこから来たの?」とマチコに尋ねてきました。それに、

「どこって……あっちかしら」と、どこか遠くを見ながら答えるマチコです。

「そうなんだ。いいとこ知ってるから、そこ、いこ」と言いながら既に飛び立っているケイコ2号です。


全く、ケイコってバカばっかり、と思いながら付いて行くマチコです。その行き先は、おそらくこの街で一番高い塔のようです。その脚下に到着したマチコは塔を見上げるなり、

「たっかぁぁぁ」と思わず漏らしてしまいますが、

「ここじゃないよ、もっと上だよ」とケイコ2号が更に上を目指そうとします。

「ちょっとぉ、待ってよぉ。そんな高いところまで行くの?」

「行くよ」


ケイコ2号はマチコの手を引くと上昇する風に掴まり、ビューンとひとっ飛び、「あうぅぅぅ」と目を回すマチコにお構いなく、上を目指すのでした、トゥォー。


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