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ケイコとマチコ  作者: Tro
風の便り
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ケイコとマチコ

それは少々、昔の話になるでしょうか。


野原がどこまでも続く地方の風景。低い雲にそよぐ風、そこをトンビがピーヒャラと鳴きながら悠々と飛びまわっています。小さな丘、というより丘陵といったほうが相応しいかもしれません。


そこで、ヤッホーと叫んでみても、その声は返っては来ません。そんな、少し寂しい場所の一本道。一本と言っても真っ直ぐな所はごく僅か。クネクネとしていて、おまけに水溜りがいくつも出来ています。ということは、雨が止んだ後といことでしょう。


ピーヒャラ〜、トンビが横着にも翼を広げたままクルクルと舞い、狙いを定めました。それは美味しい獲物か、それとも彼女でも見つけたのでしょうか、さあ、どっち。


鋭い急降下で狙うは人様のカバン、なんという罰当たりで大胆な。そんなものが道端に転がっていました。これは? ええ、拾うしかないじゃあ〜りませんか。大金がそこに入っているかもー、と考えたトンビです。きっと今晩の夕食は豪快にキメようと、既にお腹を鳴らしていたのかもしれません。


トンビにとっては都合よくカバンは大口を開けて日向ぼっこ。さあ、持ってけドロボー状態です。そこで、選びに選んだのは……なんと、紙でできた封筒。そのペラペラなところが気に入ったのでしょうか、なんという欲の無いことです。


一通の手紙を咥えたトンビは宙を舞いながら、その価値を考えます。俺にとって、または私にとってこれは意味のあるものなのかどうか、さあ、どっち。


ペッと封筒を吐き捨てたトンビです。その封筒は無情にも空中をヒラヒラと落ちていくではないですか! トンビのイケズ。


しかしです。捨てるトンビあれば拾うシルフィードありです。ヒラヒラ封筒の両脇に小さなシルフィードのケイコとマチコが協力体制で封筒の落下を支えています。


「やだー、何すんのよー。これー、私のだかんね」

「はあ? ばっかじゃないのぉ、私が先に見つけたのよ」


風が吹けば飛んでいきそうな、そんな小さなシルフィード。背中にこれまた小さな羽をブンブンいわせて封筒を取り合っている、とても微笑ましい光景が展開されています。さあ、どっちが勝利をもぎ取っていくのでしょうか。


ビリビリ、ギザポン。ああ、とうとう封筒は敗れてしまい、中身がポロリです。こうなっては勝負どころではありません。敗れた封筒をマチコが、中身の便箋をケイコが拾いました。どちらも自分の体よりも大きいぞ、さあ、取得物は警察に届けましょう。


「どうすんのよぉ、ケイコ。あんたのせいよ」

「ばっかじゃないの。引っ張るからよ、欲張るからよ、マチコがバカだからよ」


こうして討論しながも地上に舞い降りたケイコとマチコです。それぞれの手には敗れた封筒と便箋が握られていました。一度掴んだ幸せは絶対に離さない、そんな意気込みが伝わってきそうです。ですが――


「いーらないっと」とせっかく掴んだチャンスを放棄するマチコです。そして羽をバタバタさせて飛び上がりました。勿論、捨ぜりふも忘れてはいません。


「それ、あんたが届けるのよ」

「なんで私がー」

「だってぇ、あんたが破いたんでしょう、責任取りなさいよってことぉ」

「だから、なんで私がー」

「ケイコだからよぉ」


「ちょっとねー」とケイコが言いかけたとろこで風がビューンと吹いて参りました。マチコはそれに乗りながらブーンスカスカと飛んでいった、または吹き飛ばされていったのです、バイバイ。


お宝を独り占めに出来たものの、厄介な仕事を頼まれてしまったケイコです。フーとため息をつくと、序でに頬も膨らませてプンスカ。その後、敗れた封筒に書かれている住所をフムフムと読むと、「案外、近いじゃないの」と呟いて心を落ち着かせます。


そうして便箋を片腕で抱え、もう片方をお空に向けました。

「う〜ん、いいよ、その調子よ」と目を閉じて精神統一。暫くそのままの姿勢でいると、西風がビヨーンと吹いてきました。伸ばした手でそれを掴むようにすると、スピューンと舞い上がるケイコです。


西風はいくつもの丘を越え、封筒の届け先にひとっ飛び、と思いきや今日の西風は超特急、一味も二味も違います。おまけに上がったり下がったりのコークスクリューのサービス付き、思わず吹き飛ばれてしまうケイコです、あう〜。


気がつけば、別の穏やかな風に乗り換えることに成功したケイコは、ホッと胸を撫で下ろします。フムフム良かったじゃんと幸運を喜んでいいると、あれ? 手紙が無いことに気がつきました。どうりで両手と心が軽いはずです。


慌ててキョロキョロすると、別の風に手紙がヒラヒラと。速攻で回収に向かいますが、今日の幸運を使い果たしたケイコに不運が襲います。あと少し、少しで手が届く、そんな場面で手紙は水溜りにポチャンと落ちてしまいました。


「ホゲッ! どうしよう〜」と嘆き哀しむケイコの目の前で、折り畳まれていた手紙が水に濡れ、開かれた状態で少しづつ沈んでいくのでした。そして、書かれている文字のインクが水に溶けだし、その使命と寿命が尽きていくのです。


「待ってよ〜」とケイコは嘆願しますが、それも虚しくポコポコと水溜りの底へと(いざな)われていきます。そこでケイコは「勘違いしないでよね」とブツブツとボヤきながら手紙を読んでいくのでした、ヨミヨミ。


手紙を読んだことでフラフラのケイコです。そして焦ってもいます。それは早く覚えたことを吐き出さないと忘れてしまうからです。ですが、体の小さいケイコがバカだということではありません、アホなだけです、はい。


風を捕まえたケイコは脇目も振らずに手紙の届け先に飛んでいきます。今度は快適な旅になるはずでしたが、まだ不運は終わってはいないようです。というか、幸運は明日までお預けです。


穏やかな風が一変、それはまるで意地悪をするかのように、いいえ、それははっきり言って意地悪そのものでしょう。ゴーと吹き上げたかと思うとピタリと止み、アレーとケイコが叫ぶとまた吹き始める、そんなご機嫌斜めな風でした。


やっと、目的地である白くて大きな家が見えて参りました。そこで風から手を離したケイコは錐揉み状態で落下していきます。どうやら重たくなった頭のせいで上手く姿勢を制御できないようです。


「あう〜」

上と下、右と左が分からなくなった、要は目を回したケイコは家のあちこちに当たりながら転がり、2階の小さな窓にぶち当たりました。それはまるで窓をノックするかのような、トントンという音がしたようです。


「だれ?」

部屋の中にいる若い女性が窓の音に気がついたようです。ですが、それは2階の窓、外から誰かが窓を叩いたとは考えづらいところでしょう。その女性は部屋着のまま、ベットの脇に座っていたところから窓に視線を移したのでした。


ケイコは窓枠の底に引っ掛かり、なんとか窓によじ登ろうと、羽と足をばたつかせます。それが小刻みに窓を叩く音となり、部屋の彼女を驚かせていますが、「はよ、はよ開けてー」とケイコの断末魔が彼女の耳に届くことはありません、幸運は明日からです。


不気味に震える窓に怯える彼女です。ですがその正体を知りたい誘惑もあったのでしょう。ちょっとだけ勇気を、と立ち上がり、その場から窓の様子を伺うのでした。しかし、見ただけでは分かりません。それでも小刻みに震える小窓です。


アレらが驚ろかしに来るにはまだ早い時間です。それに外は良い天気、これは窓を開けなさいという何かの啓示などでは、と勇気の種を芽吹かせ窓に近寄っていきます。そして窓を見ると……風が悪戯して揺らしているのでしょう、と安心していると、そこに復活したケイコの登場です。


「「キャアァァァァ」」

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