九話 威力マシマシ
綺麗さっぱり体を洗った二人は清々しい気分で森へと戻った。
「杖が届いてうっきうっきだろうけど、チューニングが必要だからいきなり訓練では使えないよ」
「自分の魔力に徐々に慣らしていくのですよね? 」
「そうだよ。そもそもなぜ杖を持つかってところは知っているのかい? 」
「確か、威力が上がるとかそんな感じで軽く聞いた覚えがあります」
以前にアンスの無の杖の話を聞いたときに、そんなことを言っていたのを思い出す。
「生身で魔法を打つより、杖を媒介にしたほうが強力な魔法を打つことができる。それは杖の材質が人間の体よりも魔力を通しやすかったりもするし、杖の形が魔法のイメージにぴったりだった場合にもその威力を跳ね上げたりする。魔法使いには欠かせないものだね」
「師匠の無の杖は魔力を通しやすいって点に関しては影響なしですね」
「その分イメージにぴったりだ。私に命を救われた患者は……、1000を超えたあたりからもう数えていないな」
本当かどうか怪しい話に、スカイは目を細める。
アンスからはたまにこういった怪しい話が飛び出す。実家が貴族だっていう話にはまだ疑念を抱いく余地があったりする。
「君の杖は魔力を通しやすい点で良し、イメージにぴったりな点でも良し。早く成果を確認したいところだね」
「具体的にはどのくらい威力って上がるのですか? 」
「うーむ、人それぞれだ。この魔法は上がったけど、この魔法は影響なしってのもあったりする。私が見てきた中では1.5倍増が最高だったかな。通常だと1.1倍から1.3倍くらいだ」
杖一つでそんなにも変わることに驚愕する。
スカイの魔力弾は以前師匠から聞かされており、一発200の威力があるとのこと。
師匠が100だと考えると破格の威力だ。
それが更に、増加されるとのこと。1.1倍なら220.1.5倍なら300だ。随分と凄い威力になってしまうと思えた。
「将来、君が15歳を超えたら今度は使い魔とも契約することになる。その時使い魔の能力によって更に魔法に付加機能が付き魔法使いとして完成されるのだが、それなしでも君の魔力弾は恐ろしい威力になりそうだね」
「そういえば使い魔についてはあまり知らないです」
思わぬ面白そうな話に、スカイは一瞬で興味をそちらに引き込まれた。
「ははあ、伯爵家の英才教育を受けていても使い魔のことは詳しくなかったか。ま、使い魔は親から貰うものじゃない。悲劇の伯爵家三男でも心配しなくても手に入るから大丈夫だよ。私から説明することでもない気がするし、それはまた今度に」
「えー!? 」
駄々をこねたが、今は杖の方が優先だと窘められてしまったスカイだった。
ヴィンセント家当主も使い魔を連れてはいるが、スカイはあまり目にしたことがない。
それもそのはずで、ヴィンセント家当主の使い魔はドラゴン族であり、屋敷に常にいさせられるサイズではないので、普段は魔域と呼ばれる使い魔のみが入れる空間に入っている。それを幼い頃に何度か見ているはずのスカイだったが、既に忘れてしまっていた。
「師匠は使い魔を連れていませんが、逃げられたんですか? 」
「馬鹿を言うんじゃない。私の使い魔ほど従順なやつを見たことがない。愛情の深さ故、孤独な旅には連れていきたくなかったんだ」
「一緒なら孤独ではないのでは? 」
「……実家で父の手伝いもあるし。まぁそこはね、私の代わりに実家に尽くしてくれているという分業制だよ。ていうか、旅に連れていこうとしたら強引に撥ねつけられたんだった」
「従順じゃなくない!? 」
使い魔にもいろんなタイプがいそうだとスカイは思った。自分の使い魔は本当に従順なやつだといいな、とも思った。
「今は杖、杖! あいつのことを思い出すだけで腹が立つ! 帰ったら今度こそ主従関係を叩き込んでやる」
もう無茶苦茶な関係だ。杖の話が続きそうだったので、スカイは黙って話を聞いた。
「杖によって魔法の威力が高まるところまで話したね? では、続きといこうか。君はあれだけ書物を読み込んだから既に知っていると思うけど、一応復讐として話そう。魔法には大きく四つに分類される」
視線を向けられたので、続きはスカイが答えた。
「初級魔法、中級魔法、上級魔法、禁忌魔法もしくは古代魔法と呼ばれる四つに分類されます」
「その通り。弟子が優秀で助かる。私があの書物を暗唱できるようになるまで一年ほどもかかったのだけどね……。うーむ、治療師の書物はスラスラ頭に入るんだよ? 本当に! そこら辺が才能の違いってやつなのかな」
何やらぶつぶつとつぶやきだしたアンス。たまにこういうことがあるので、スカイは慣れている。こいうときは適当に頷いていればそのうち収まって、その後ちゃんと本題に戻ってくれる。
「さて、魔法はさっきの通り、4つに分類される」
ほら、と。
「この中で禁忌魔法もしくは古代魔法と呼ばれるものについては一旦置いておこう。まだわかっていないことが多いし、間違った知識をつけてるのは良くない。大事なのは先の三つの分類。古くから残る魔法本来の分類なのだが、何か特徴に気が付いたかい? 」
書物を読み込んでいる間でその特徴には既に気が付いていたので、スカイは自信をもって答える。
「初級魔法は詠唱時間が1,2秒前後に固まります。中級魔法は詠唱時間が3,4秒前後に。上級魔法は6,7秒前後に。ただし、無の性質は例外が多い」
「素晴らしい。他に気づいたことは? 」
「初級魔法は単体に対して。中級魔法は複数相手、上級魔法は一発が強力なので広範囲攻撃に向いていると思います」
「100点だね。本当に君は出来がいい。伝説のラグナシでなければ、治療師として私の弟子にしてやってもいいくらいだ」
どうも、とスカイはそっと応えた。
「では、ここからは書物に載っていなかった知識だ。この三つの分類には他にも特徴があって、それは威力による分類だ。威力というのは使い手によって変わるから正確な数値が出せない。故に書物には載っていないが、知っていて損はない。初級魔法は威力300~400。中級魔法は威力600~700。上級魔法は威力1000~1200といった目安がある」
「へえー」
「ただし無の性質は例外が多い」
そこも一緒なのかとスカイは笑ってしまった。
「仕方ないね。無の性質ってやつは結構特殊なんだ。世間じゃあその難しさを無能と決めつけてはいるけど、使いこなせれば本当に強いんだよ」
その点はスカイにもだんだんと実感が湧いてきている。
「さて、一般的な魔法の威力を知って貰ったところで、君の魔力弾の話に戻ろう。先日教えたけど、君の魔力弾は一発200ほどの威力がある」
あれっ、とスカイは目を見開いた。
一瞬威力が低いと感じてしまったからだ。
しかし、すぐに詠唱時間のことを思い出してホッとする。
「気が付いたようだね。魔力弾ってやつは詠唱時間が圧倒的に速い。君の魔力弾は分類的にいうとどれにも当てはまらない。敢えて名前をつけて言うなら初級魔法の下、基本魔法って感じかな。スノウイエティの咆哮も基本魔法に入る。私の父は魔法で清潔な治療用の水を作ったりする。かなりの精度だ。これも言ってしまえば基本魔法。こういったユニーク魔法っていうのは正式な書物には載らない。けど、ほとんどの人がなにかしら簡易なユニーク魔法を所持しているはずだ。戦闘用や、治療用、趣味用なんてのもある」
自分のは戦闘用。師匠の父君は治療用。趣味用っていうのはおそらくアンスが使う何かの魔法なのだろうとスカイは理解した。どうせ変な魔法なので詳しくは聞かないでおく。
「例えば杖を用いて君の魔力弾が1.5倍の威力になったとしよう。魔力弾の威力は300に。これは初級魔法に匹敵する威力だ。
具体的に例を挙げると、火の性質初級魔法ファイヤーボールがわかりやす。詠唱時間一秒。威力300。杖の威力底上げが1.1倍、魔力変換速度が50%だと仮定する。その人物が2秒間で出し切れるダメージ量は、たったの330。君の場合、2発目、つまり0,2秒で彼を上回ってしまうことになる」
こんな話を聞かされるたびに、この世界の根底にある魔力総量至上というものの愚かさを痛感する。
「さて、仮定の話はここまでだ。実際に測定してみようじゃないか」
杖を使った魔力弾、威力底上げの測定だ。
杖のチューニングには2,3日必要だ。魔力弾をバンバン打ち放つにはまだ無理がある。今の段階でそれをやってしまうと、最悪杖は魔力との相性を高める前に損傷を起こしてしまう。
ただし、先ほどからずっとスカイの魔力に触れ続けているためある程度のチューニングはできている。
魔力弾を一発撃つくらいなら問題はないと、アンスのお墨付きが付いた。
アンスはバックから茶色い布を一枚取り出す。
それを広げて、木の幹に張り付けた。
布には木の年輪みたいに小さな円の外を大きな円が、その外を更に大きな円が囲い無数の円が描き込まれていた。
「魔力弾をこの布の中心にある一番小さな円に向けて打って。君の魔力操作ならできるはずだ。高価だからはずさいないように! 」
今まで使わなかったのはそのためか。
もう少し冒険者ギルドで金を稼いではどうなのか、とスカイは思ったがそれは今度伝えることに。
今は杖の威力底上が早く知りたい。
拳銃のうち一つを右手に持ち、的の中心に向けて魔力弾を打つ。
見事綺麗に、中心に命中した。
布は中心部分から変色しており、その変色がどの円に到達したかで威力を測る。
アンスは布を何度か見て、ちらりとスカイを見る。そしてまた布の確認をして、ちらりとスカイを見た。
「なんなんですか? 」
「いやね。やっぱり君おかしいよ」
「師匠の方がおかしいです」
「だって君、魔力弾の威力が500も出ているよ。杖の威力底上げが2.5倍だなんて聞いたこともない! 」
どうやらスカイは拳銃型の杖と、相性抜群だったらしい。
魔法に精通しているアンスでも見たことのない威力底上げだった。
アンスの魔力弾の5倍の威力という点も凄いが、何より初級魔法、その威力の壁を超えていることに意義があるとアンスは興奮して述べた。
そんなことを言われてしまえば、杖への愛情が高まらないはずはない。
興奮して拳銃型の杖に触ろうとしたアンスを、スカイは撥ね退けた。
「うちの子に触らないで下さい!! 」
「うちの子っ!? 」