八十三話 死神現る
「皆の者、良いな!高い報酬を払っているんだ。娘の命は絶対に守って貰うぞ」
王都にあるド級の金持ち屋敷、その玄関ホールに集まった魔法使いの集団。
金満商人に雇われた実力者たち。
ただし、それは一般人視点からのもので、スカイから見ると大したことのない連中ばかりだった。これなら金に困っている高等魔法学院の生徒を雇ったほうがまだマシだといえる。戦力になりそうなのは二、三人くらいだ。しかし、相対するのがアンス・ランスロットともなると、実際に対抗できるのはスカイしかありえない。
街中で声をかけられたとき素っ気ない態度だったスカイも、死神の名が出たことで一気に方向性の転換を求められた。
探すことなく相手からやってくるならそれが一番いい。
孤児院へ行く予定は取り消して、商人の屋敷で死神を出迎えることにした。
急遽雇いたいと言われたことで、スカイにはその場で金貨が支払われた。両者の都合が合致したため契約がすんなりと済んだわけだ。金のためにこの任務を請け負ったわけではない。たぶん。
「ったく、金払いが良いから請け負ったものの、死神相手とはこえーなー」
スカイの隣にいた人物がそう呟いていた。
しかし、それは見当違いも程遠い。
死神、アンス・ランスロットのターゲットは患者ただ一人だ。護衛になど興味の欠片もないだろう。ただし、今回のように厳戒態勢だと死神が現れない可能性もある。
厳戒態勢を嫌って来ない。そんなもの関係なく患者を優先させる。
アンスの性格を考えて、間違いなく後者だなとスカイは考え直した。
となると、黙って静かに治療するためにも、やはり戦闘は避けられない。
アンスは素早くこの大勢を無力化した後に患者と向き合うだろう、そんなことが想定される。
「さて、本気の師匠は一体どんなものか……」
修行時代、アンスとは何度も戦った。
手加減してくれていた時期もあった。最後らへんはほとんど全力で組み手をしたりもしたが、まだその神髄を見てはいない。
あくまで修行の中での全力だ。
使っていない魔法もあるし、スカイを傷つける目的もなかっただろう。
しかし、今は実戦だ。アンスの目的を達成するためにも全力でこちらを無力化していくことは間違いない。
スカイがすぐさま名乗り出れば穏やかに済むかもしれないが、そんなつもりは当然ない。
スカイの口元がニヤリと歪んだ。
修行時代、どれほど叩きのめされたか。最後らへんは多少やり返しもしたが、まだまだやり返し足りてはいない。
「かっかかか、師匠め、せいぜい後頭部に気を付けることだな」
修行時代、何度かアンスの後頭部を襲った悲劇が、今夜繰り返されるかもしれない。
屋敷が明るいうちに、それぞれの配置が決められていった。
指揮する者が一人いて、その強面の男が集まった面々のポジションを決めていく。
随分と商人の信頼を得ているみたいで、全権を与えられていた。乞われてここへやって来たはずのスカイだったが、その指揮者には気に入られなかったみたいだった。
「小僧が出しゃばってきおって。精々足を引っ張るなよ」
「おっさんがな」
たったの、こんな少しのやり取りで既に二人の間には大きな溝ができてしまっていた。
「高等魔法学院の生徒だかなんだか知らんが、そんなもの実戦の場では関係ないからな!」
「……気にしてるのは、そっちだろ」
「何を!?」
スカイは自分で高等魔法学院の生徒だと名乗っていない。それを口にしたということは、やはり劣等感か何かがあったのだろう。高等魔法学院はエリートの通う学校なので、僻んでくる連中はしばしばいる。どうやら彼もそのタイプらしい。
「あんたは見たところここで一番の実力者だ。何をそんなに卑屈になっている」
「小僧、言わせておけば」
「突っかかって来てるのはあんただろ」
バチバチと火花が飛び交う。他の魔法使いたちも気が付けば二人に注目していた。
「生意気だな。魔法が多少できるくらいで。言っておくが実戦じゃ魔法の才能だけではどうにもならない事態がしばしばある。例えば、いきなりこんな感じで殴りかかられたりな!」
スカイを上回る体格から、鋭い正拳突きが出た。
あまりの至近距離からの卑劣な奇襲だ。
しかし、やはり相手が悪い。
首だけをひょいっと曲げて、顔への攻撃をいともたやすくかわした。
「あんたは馬鹿か。この距離なら狙うは胴体、もしくは脚での股間。顔なら首から上だけでかわせてしまう」
実に合理的な説明をしていく。それと同時に実践して見せた。
スカイの脚がきれいに上がり、男の股間を蹴り上げたのだ。
悶絶。
卑劣な攻撃にも見えるが、一番効果的なのは言うまでもない。相手を楽に制圧したいスカイにとって、悩む必要性の欠片もない選択肢だった。
倒れた男を、スカイは気に掛ける様子もなく、他の魔法使いたちに顔を向けていく。
「あんたたちが今夜相手にするのは、少なくとも俺並み、もしくはそれ以上の体術を使う相手だ。魔法の実力は言わずもがな。自信がない者は貰った金を返して家に帰ることをおすすめする」
一連の出来事と、この言葉は大いに効いた。
もともとの不安も相まって、自信のなかった者たちが我先に逃げ出す始末だった。
もちろん、この事態に商人は激怒した。
しかし、実際は彼らがいたところで何の戦力にもならない。むしろ足を引っ張られる可能性の方がはるかに大きくてスカイは追い払ったわけだ。
残ったのは予定通り数名。
「どうしてくれる!こんな手薄では死神にまんまと付け入る隙を与えてしまう!」
激昂し続ける商人。
「安心しろ。俺を雇った時点であんたは最大の幸運を得ている。悪いようにはしないさ」
冷静すぎるスカイの言葉に、商人も次第にその気を静めることができた。
激昂していたから、いや、していなくても気づかなかっただろう。
スカイの言葉を正確に聞き取ってはいない。悪いようにはしない……という本当の意味合いを。
屋敷内が次第に静まっていく。
日がそろそろ暮れようという頃、ピリピリしていてもおかしくないような時間帯だったが、上座に座るスカイがどっしりとしているので他の護衛たちも安心することができていた。
実力を証明し、堂々とした姿も相まって、気が付けばスカイに護衛の指揮権が与えられていた。
応接間でくつろいでいた彼らだったが、スカイの合図でそれぞれの配置についた。
配置は効果的にしたが、正直なところ期待してはいなかった。
だから一階フロアと庭は全て彼らに任せて、商人と娘がいる2階はスカイ一人で受け持った。アンスの奇襲に、これなら一番反応しやすい。
深夜。
外が静止したように静かだ。屋敷の中はスカイの指示で薄暗くしてある。
裕福な地区なだけあって、夜中に飲み歩くような輩はいない。
野犬の足音でさえしっかりと聞き取れそうなほどの静寂だった。
商人も、娘も苦しんではいたが、眠りについた。
そんな時折、スカイが魔力詠唱の波を探知した。スカイにしては珍しく、なんの魔法か読み取れない。
数秒の猶予ができたが、どこから詠唱されたのかも読み取れていない。
かなり繊細な詠唱だし、足音や気配も感じられない。間違いなく実力者。そして、それはアンス・ランスロットの登場を予告していた。
「なっ!?」
およそ7秒後、足場が崩れた、そんな感覚に襲われた。
しかし、それは事実ではない。
詠唱された魔法をそこでさとる。
無の性質、上級魔法・ゼログラビティ。10秒間、指定範囲を無重力状態にする魔法だ。
完璧に備えていたはずの、スカイの足場がぐらつく。
踏みしめようとするが、体はすでに宙に投げ出されている。
視界が反転し、支えが効かない。
すぐさま壁にあった取っ掛かりを掴んでバランスを整えたその時、外から魔力弾が飛んできた。
中の人数と場所は咄嗟に判断されたらしく、飛んでくる数が的確である。
足場を崩され、薄暗い部屋の中で無色透明の魔力弾をよけられる者は一階にはいない。すぐさま制圧される。
しかし、二階にいたスカイは当然対処する。
同じく魔力弾を放って相殺し、魔力弾が飛んできた方向へと撃ち返した。
魔力弾は両者命中せず、しかし間髪入れず、すぐさま撃ち合いが始まる。
魔力弾の威力に違いはあるものの、スカイの方はバランス感覚を奪われて少し部が悪い。
きっかり10秒間、二人は撃ち合い、そして10秒後に止んだ。
侵入者が先に撃つのをやめたので、スカイも次の手を打つために部屋の中に潜んだ。
二人の撃ち合いは屋敷を大きく損傷したが、商人も娘も無傷なのだからその攻撃の正確さがうかがい知れる。
「ふっ」
そのとき、屋敷の外から笑い声が漏れた。
「どうして全力で来ない?スカイ!」
「あらら、バレてましたか」
二人とも顔は見えていないが、それに声がする前からお互いを確信しあっていたようだ。
「そりゃバレるだろう。こんな芸当、君にしかできないからね」
「久々に後頭部に痛みを与えてやろうと思いましてね」
「……修行時代が懐かしいな」
二人とも昔を思い出す。楽しく、充実した時間だった。
「師匠がゼログラビティ中に全力で来るようなら、俺も少しばかり全力を見せようかと思いました」
そう、スカイはあそこでアンスが全力でないと知った。
せっかく10秒間も得たフィールドの有利を、アンスはただ効果的とは思えない魔力弾を撃って時間をつぶしたのだ。
おそらく魔力弾を一瞬で相殺されたときに……。
「そうか。最初の魔力弾でスカイだと気が付いた。悪いが弟子と全力でやりあうつもりはない」
「つまらないですね。まあいいですよ、俺も師匠の邪魔をするつもりはないですし」
スカイが姿を現す。
アンスも屋敷の中に入っていった。
2階から、玄関ホールに佇むアンスが見えた。
凛々しい顔立ち。白く輝く髪の毛。きれいな立ち姿。不敵な笑み。そして、ファスナーの開いたズボン。
どれをとっても、師匠であるアンス・ランスロットその人である。
「成長したな、スカイ」
「師匠は変わりないですね」
螺旋階段を上がって、スカイのもとに寄っていくアンス。
二人はがっしりと握手を交わした。
「ちなみにですが」
「なんだい?」
「全力でやりあっていたら、俺が勝っていました」
「ほう?ラグナシを目覚めさせたのは私だ。対策を練っていないとでも?」
「師匠の知らない世界も、まだまだあるってことですよ」
二人が正面から見つめあう。
静かな時間が少し流れた。
途端、アンスがスカイの頭を腕で抱えた。
「このっ。生意気だぞ!師匠との久々の再開だ、茶でも出さんか!」
「いだだっ。ここ俺の家じゃないし、それに茶なんか飲まないし」
「ったく、でかくなりやがって。小さかったスカイはどこへ行った?」
久々の再開を楽しむかのように、二人はしばらくじゃれあった。
それを止めたのが、屋敷の主の声だった。
「な、なにをしておる!?そやつは死神ではないのか?」
ゼログラビティを食らっておきながら今頃起きた商人がアンスの存在を認めて、声を荒げた。
「あ、眠ってて」
アンスがすぐさま魔力弾を放って再び眠りにつかせてやった。
「ええ!?あの人魔法も使えない一般人ですよ」
「まあしばらく気絶してて貰った方がいい。それよりも、再開を喜ぶのはこのくらいにしようか。私にはやることがあるのだ」
「髑髏が出る病の治療ですか?」
「おや、知っていたか」
「まあ、ね。今日雇われたのも、師匠を網に引っ掛けるためですし」
「なに!?」
スカイに待ち伏せされていたことなど当然知らないアンスだ。
騎士団から狙われていることも知らないのだろう。
スカイはどこから伝えようかと思ったが、とりあえずは師匠のやりたいようにやらせることにした。
「治療がしたいんでしょう?俺は何をすればいい?」
「おっ、手伝ってくれるか、スカイ!!」
「ええ、表向きは護衛。本当の目的は師匠の手伝いですし」
「おお!?持つべきはやはり弟子だな!」
ならば、とアンスは自分の持参した荷物の整理に入った。
彼のやりたい治療に入るのだろう。
その間に寝転がる商人をベッドへと運ぶスカイ。
護衛の任務は少し裏切った形になったが、アンスは娘の治療に来たのだ。
スカイもそれを手伝うつもりでいる。
「まあ、悪いようにはしないさ」
約束通りの言葉を再度口にする。