八話 二丁拳銃
スノウイエティは冒険者ギルドに運び込むことで換金することができた。
相変わらず臭い二人だったけど、思わぬ大物を仕留めて受付嬢は彼らを見る目を変えた。
鼻は覆いながらも、凄い凄いと何度も褒め称える。
是非、もっと仕事を受けてくれないかとも頼み込むが、アンスはそれを断った。
「今回の稼ぎだけで十分だ。また金が必要になったら来させていただくよ」
「そんなぁ。スノウイエティの討伐を最速タイムでこなしたというのに、勿体ないです! 」
「私は日々旅の身、弟子は修行の身、お金はそれほどいらないのですよ」
「でも、スノウイエティはAランクの魔物。もう一度同じような仕事をすれば一年は働かないで済みますよ? 」
と、それでも受付嬢はあきらめずにしがみつく。
しかし、アンスは首を横に振った。これ以上はやらないらしい。
冷静に窘められて、受付嬢はなくなくあきらめざるを得なかった。
アンスがなぜいつも金欠なのか、スカイはちょっとだけ理解できた。
一年分の給金が入るならやってもいいのでは? と思ったが師匠の考えには黙って従った。
スノウイエティ討伐分の金だけを受け取り、二人は冒険者ギルドを後にした。
すぐさま杖師のもとへ向おうとした彼らだったが、その後ろから先ほどのギルドの受付嬢に呼び止められた。
「まーって。待って待って! 」
片手に何やら持ち、息を切らせながら二人に追いついた。
「あの、これ貰ってきました。ゴールドカードです」
はあはあと息を整えながら、カードをアンスに差し出す。
「ギルドマスターからもらいました。実績のある冒険者の便宜を図るためのものなのですが、スノウイエティをあの時間で討伐したあなたにも受け取る権利はあるとギルド長から判断していただきました」
息が整ったところで、受付嬢は再度鼻を覆いながらカードを渡す経緯を話した。
「ゴールドカードがあれば冒険者ギルドで仕事を優先的に受けられるだけでなく、一般人の立ち入りが制限されている地域や施設に入ることができたりするんです」
「ならば、それは彼に渡して」
アンスはスカイを指して言った。
「え? この子ですか? 」
彼女は戸惑った。相手はまだ10歳にも満たない子どもなのだ。なくされても困る。
「スノウイエティはほとんど彼が仕留めたようなものだし、後数年もすれば私なんかよりもはるかに強くなるよ。ゴールドカードを渡すなら私より彼のほうが適している」
そう言われて受付嬢は驚愕した。
「本当にこの子が倒したんですか? 」
「そうだよ。もう一度やれば私抜きでも倒せるだろう」
たったっと、スカイの元に駆け寄り、ゴールドカードを渡す。
「これからよろしくね。困ったことがあったら是非冒険者ギルドへ! 」
鼻を覆いながらスカイと握手を交わす。
無事カードを渡すことができて、受付嬢は満足そうに帰っていった。
アンスが受け取っておきなさいというので、スカイは懐に納めた。
二人はホクホクにあったまった金貨袋を片手に、再び杖師のもとへ。
杖師というのはその名の通り、杖を作る者のことだ。
ヴィンセント家長男と次男の杖を作ったとされる店もこのヤガータの街にある。
有名な杖師を訪ねて二人は早速その店へと入り、杖の注文をした。
拳銃の資料を渡して、細部の設計についてまで話し合う。
とにかく魔力の通りがいい素材を頼む、とアンスが説明した。
「ご予算と、ご要望を考慮しまして、レイジングドラゴンの背中からとれる鉱石を加工して作りましょう。いかがですかな? 」
スカイはそこらへん全然詳しくないのでアンスに任せっきりだ。
「分かったそれでいい。お金は多めに渡しておくから腕のいい杖師に作らせて欲しい」
「はい、そのように致します」
「では、これは全部ここに置くよ。足りなかったらまた言ってくれ」
杖師とアンスとの交渉が終えられた。
金を全部置いていったので、足りないと言われても追加の手持ちがない。
そこらへんはアンスの交渉術なのだろうとスカイは理解した。
二人は店を後にして、いつもの森へと戻ることにした。
それからの日々は杖ができるのを待って、また特訓の日々に戻る。
体術の時間は少しばかり減り、代わりに書物を読み込む時間が増えた。
魔法の種類、その詠唱時間、更には魔物がどういった魔法を覚えるかといった知識をスカイは頭に叩き込んでいく。
書物の中には過去の偉人の魔法も記されており、どういったパターンで魔法を使っていたとか、コンボ技などもかき込まれていた。
眠りにつく瞬間まで、スカイはがむしゃらにそれらを読み込んだ。
あらかじめ聞いていた杖の完成時期を迎え、そのころまでにはスカイは書物の内容を全て暗唱できるほどまでになっていた。
杖を取りに再び森を出た二人は以前にもまして汚れきっており、道行く人に避けられたりした。
杖師の元でも、鼻を覆いながら対応される。
「ちょうど三日前に完成したばかりですよ」
木の箱から取り出されたのは、確かにレイジングドラゴンからとれる鉱石を加工して作られた古代兵器の銀色に光る拳銃だった。しかも、二つもある。
「いやね、うちの職人が珍しいものを作らせて貰ったと喜んで、勢いで二つ目も作ってしまったんだ。是非二つとも受け取って欲しい。もちろん料金はそのままでいい」
「ご厚意に感謝します」
アンスはそれを受け取ると、スカイにそのまま手渡した。
「君は魔力弾の重複詠唱が可能だ。二丁拳銃のほうが様になるし、かなり強力な杖になりそうだね」
「うん。ありがとう、おじさん」
スカイは杖師のおじさんにお礼を述べて、二丁拳銃を手にした。
ぐっとくる重さがある。
それは成長する過程で筋肉が付けば気にならない程度のものだった。
グリップが効いており、強く握っても滑りづらい。
そして、レイジングドラゴンの鉱石特有のものか、油断していると自然と魔力を吸い取られるような感覚がある。
アンスが魔力の通りやすい材質を、と言っていたが、間違いなくこの素材は魔力の通りがいいとスカイは感じていた。下手をすると魔力が垂れ流しになりそうなほどだ。
良い買い物ができて、再度杖師とこの素材を選んでくれた師匠に礼を述べる。
「杖師のおじさん、いい仕事してるよ。それと、師匠。これすっごく気に入りました! 」
お礼を言われたアンスは照れ隠しのためか、いつもより強くスカイの頭を撫でまわした。
二人のそんなやり取りを見ていた杖師のおじさんは、ふと、あることに気が付く。
あれ? あまりに薄汚れていたため見分けがつかなかったが、子供の方はヴィンセント家三男の顔に似ていると。
確か魔力量がかなり少なく、実家から放置されているとのうわさが出回っているあの三男坊だ。
「あのー、すみませんが、もしやスカイ・ヴィンセント様では? 」
一応確認を取っておく。
どう答えようかと悩んだが、嘘をつく必要もないと思い、スカイはそうだと言った。
「ああ、やっぱり。普段より父君からは大変良くして貰っております。そのご子息様がいらしたのに、今まで気が付かずに申し訳ありません」
「別にいいよ。俺はたぶん実家から何も引き継げないし、家名すらそのうち取り上げられるかもしれないような人間だ。気遣うだけ損だよ」
「いえいえ、そうはいきません。杖に関して困ったことがあればいつでも私どもの店へお越しください。ご相談に乗らせていただきます」
スカイの口からは噂通りのことが聞けた。しかし、この杖師の店主はどうもスカイのことが気になった。一商人としての勘が言っているのだ、この少年には不思議な力を感じる。きっと良く尽くしても損にはならないと。それどころか思わぬ益をもたらすかもしれない。下手をすると、実際に目にして凄いと感じていたヴィンセント家長男と次男よりもはるかに……。
「今回の杖を作ったのは私の息子です。まだまだ若造ですが、杖師の腕に関しては私を凌ぐほどのものです。特に新しい技術に目がなく、今回のような杖の依頼は大好物なのです。もしよろしければ、杖の使い心地の感想や、改良点など、暇なときにでも店に来て息子と話してやってください。杖師の腕向上のためでもありますのでご遠慮なく」
そこまで言われてしまえば、スカイもわかったと言わざるを得なかった。
杖を大事に握りしめて、二人は店を後にしようとしたが、再度店主に呼び止められる。
店の奥から持って来たのか、手土産の甘味と魔石から作ったアクセサリーを手にしていた。
それをスカイに渡し、最後にああこれも大量に余っていますので、とさりげなくお風呂入場券も渡してきた。
本当に余っているかのようなすごく自然な渡し方だったけど、流石に勘づく。スカイは、やっぱり自分たちって相当臭いんだなぁ、と思った。
素直に二人はお風呂屋へと直行する。そして、あまりの汚さにお風呂屋から次回以降の出禁を食らことになった。