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六十二話 あの男は逃げ足が速い

スレインズが高等魔法学院を襲撃したとき、バランガはタイミングの悪いことにトイレでお腹を下していた。

顎の骨を折っており、傷む部分を気遣いながら繊細に用を足していたのだ。


あごの骨は、先日許可なく魔法戦闘を行ったために、生徒会に所属するスカイに魔力弾を撃ち込まれて負傷した部分である。

レース家は代々顎にコンプレックスを持っている一家であり、その呪いの為かバランガ自身もスカイと戦う度に顎を痛めていた。

無力化された際に大けがを負い、さらに学則違反ということもあり1か月の停学を言い渡されている。

本当はもっと厳しい処分が下りてもいいはずなのだが、そこはレース家の持つ財力と権力で学院側に圧力をかけている。レース家が得意中の得意分野なのだ。


魔法訓練を行う高等魔法学院では怪我が頻出するため、このようなしっかりとした設備の病院が敷地内に用意されている。

といっても、経費削減のため大抵の生徒は怪我が治りきる前に病院を追い出される。

死ななければ大丈夫、という結構なスパルタ精神を持つ場所だ。


しかし、やはりそこはレース家。

スパルタ精神などどこへ行ったのか、バランガには完全個室かつお手伝いさん付き、さらには毎日贅沢な食事が彼の前に用意される。

停学というより、ただの金持ちの療養である。


そんなバランガに、いよいよ天が罰を与えようとしたのかどうか定かではないが、彼が夜中食べたデザートのせいで酷い食あたりをした。次の日にトイレで延々苦しんでいたところへ、スレインズがタイミング悪く来た次第である。


バランガほどの自信家であれば、賊の侵入など自分の実力をもってして成敗してやると言い放つような感じがするが、流石に体調が悪すぎた。

まともにパンツもはけない状態では、傲慢なこの男でも戦う気などは起きやしない。


敏感にトイレから外の音を聞き分けたバランガは、病院内にもスレインズが押し入ってきたことを悟る。

病室で療養中の生徒も関係なく連行されている様子も理解した彼は、このままだと自分も連行されることを予測した。

トレイで最後のひと踏ん張りをして、悪いものを出し切ったバランガは、トイレ内の窓から外へと逃げた。

2階という高さも関係なく飛び降りる。

それなりに運動神経の高い男であった。


こうしてバランガは腹を激しく下していたことが逆に幸いして、スレインズの手を逃れていた。

どこまでも悪運の強い男であることは間違いない。

侯爵令嬢アエリッテは盗み食いで難をしのぎ、子爵家長男はトイレから脱出するという、まともに拘束された生徒たちが知ったら怒り出すような酷い有様である。おまけに伯爵家三男坊のスカイは外にいて無被害という豪運。

やはりこの世界というのは平等ではないのかもしれない……。


無事スレインズの網から抜け出したこの男に、生徒たちを解放しようという正義感が湧き上がるはずもない。

外に出てようやく掴めてくるスレインズの規模の大きさと実力の高さ。

こんなやばそうな状況で、敢えて歯向かうなんて馬鹿のやることだと心の中で笑いながら、自分だけは学校敷地内から立ち去ろうとする。

しかし、バランガの前には学校敷地と外を分かつ強力な結界が立ちはだかる。


この結界はカネントによって作り出された強者をより強くはじく結界だ。

魔力総量を日頃から自慢しているように、バランガの魔力総量は世間から見て天才と呼べるものである。

そんな天才的な魔力総量を誇るバランガが結界に引っ掛からないわけがなかった。


どうにもこうにも突破できない結界。

魔法をぶつけても、体をぶつけても、帰ってくるのは折れた顎への痛みだけである。

「馬鹿な……!?」

バランガは最悪の状況を脱したかに思えて、実は最後の壁を越えられないことを知った。

「この俺が!下民ども同様!監禁されて言い訳がない!」

叫んでも事態は一切変わらない。

結局バランガの実力では結界を打ち破れないのだ。


しかし、ここからがこの男の悪運の強さが発揮される場面である。

なんと少し離れた場所で、結界の外にぞろぞろと騎士団が現れだした。

すぐさま駆け付けようとして、バランガは思い直す。


隠れてやり過ごそうと。

バランガは騎士団ならこの結界を突破できると踏んだ。

しかし、自分の存在がバレたとき、最悪助力を頼まれる可能性がある。


下民と思っている奴らに、助力するつもりなど一切ない。

騎士団が結界を壊したとき、そこからひっそり自分だけ逃げだせればいいのだ。


ずる賢いバランガはそういう計画を立てて、様子を見守った。

しばらくして憎きスカイが中にいるのが見えた。

レメの様子も見える。


スカイが難を逃れたことにはじめ苛立っていたバランガだが、何やらスカイたちが揉めだした。

レメがジェーン・アドラーに斬りかかったかと思えば、出たくて仕方がない結界に、なんとスカイが自分の意志で踏み入る。

「馬鹿かあいつ……!?」

なぜ入れたのかわからないが、校舎方面へと駆けて行くスカイをバランガはどこまでも嘲笑った目で見送った。


バランガから見て、馬鹿といえばもう一人いる。

騎士団長に斬りかかったレメである。

「馬鹿同士、お似合いってやつだな」

騎士団長の威光も実力もバランガならある程度知っている。

故にレメの行動がおかしくて仕方がない。

憎きスカイと仲良くするレメは、同じく憎き対象である。

ボロボロにされてしまえばいい、とバランガは醜く隠れて笑っていた。

「いててて、笑うと顎が痛い」


レメに斬りかけられたジェーンだが、彼女は怒るどころか、戦いをどこか楽しんでいた。

初級魔法から上級魔法まで持てるもの全てを使うレメとは違い、ジェーンは初級魔法だけでレメの攻撃をさばいていく。

その勇敢さ、将来性を確かめるかのように、見極めながら、優雅に、そして楽しそうに。


バランガからしたらそれが気に入らない。

「早く叩き潰せ!」

騎士団長に歯向かったのだ。てっきりレメが手酷くやれると思ったのに、いい感じに戦いだしている。

憎き端くれのレメがやられないことに、どこまでもじれったさを感じる。


そんな戦いがしばらく続き、終わりを告げる合図が騎士団からジェーンへと報告がなされた。

「結界がもう少しで破れます」

「そうか」

レメと楽しそうに戦っていたジェーンの聖剣が光りだす。

発せられる異様な魔力に、レメはここが潮時だと理解した。

すぐさまジェーンから離れて戦闘を離脱する。


この判断の良さはスカイの期待していた通りだし、ジェーンから見ても非常に好感の持てる引きっぷりだった。

引き時をわきまえている魔法使いは死なない、これは何よりも大事なことである。

レメの優秀さを目の当たりにして、この件が片付いたら正式にレメを騎士団に誘おうと考えたジェーンだった。


聖剣に集まった魔力の塊は、無駄にされることなく、突破しかけている結界へとぶつけられた。

先ほどまで絶対の守りを誇っていた結界が割れる。

一部が割れると、敷地内を覆っていた結界全てが弾け飛んだ。


一度呼吸を整えたジェーンが、声を張り上げる。

「突撃!」

容赦のない声が響く。

王命は総攻撃なのだ。細かい指示はいらない。

スレインズをただ討つのみである。


騎士団が全員突撃したのを見届けて、バランガはほくそ笑む。

計画通り騎士団が結界を破り、自身はまんまと無事に逃げおおせる。

この男、悪運だけは伊達ではない。


余裕も感じられたので、ゆっくりと傲慢な態度で敷地内を後にする。

王都で何か美味しいものでも食べようと思案する。

何せ一か月の停学中は学校敷地内を出られないのだ。出たら退学。

贅沢三昧出来ていたとはいえ、やはり王都の贅沢に比べたら質素なものである。


「バランガ!?」

逃げ切れるかと思った矢先、バランガの目にレメが立ちはだかる。

一度息を整えたレメは、騎士団に続いて敷地内へと向かおうと思っていたところだった。

大事な生徒会長スルン・イストワールの救出、そして先に入っていったスカイの安全も確かめなければならない。

そこへ思わぬ遭遇。

一番会いたくないと言っても過言ではないバランガが目の前にいるのだ。

両者驚いたが、レメはあまり彼に構う気はない。必要な情報だけ聞き出そうとした。


「無事なのね。他の生徒たちは?」

「ふんっ、俺ほど高貴になると、賊共も恐れをなして捕えようとしないらしい。他の生徒どもはまだ捕まったままだ」

「そう、一人逃げてきたのね。情けない」

「は?下民がこの俺を貶めるか!」

もっともな指摘をされておきながら逆上するバランガ。

真っ当な意見はこの男には通用しないということをレメは理解していない。


憎き端くれのレメが相手であるし、もうここは安全圏に近いといってもいい。

キレたバランガはここでレメと一戦交えてもいいと思っていた。

いい憂さ晴らしになりそうな気がしたのだ。

レメがスカイと仲が良いことをバランガも知っている。

レメを倒した場合、復讐される恐れもあるが、学則を盾にしたら流石のスカイもむやみやたらに手は出してこないだろうという予測を立てる。スカイも退学は怖いはずと勝手に想像する。

実際は学則を盾にしても、退学をちらつかせても、スカイが止まることはない。

そこら辺をバランガは少しはき違えていた。


やり合う気満々になってきたバランガとは違い、レメにそんなつもりはない。

逃げたければ逃げて貰っても構わない。とにかくバランガに構う気はない。

そんなことよりも急いで中の状況を確かめたいと思っていた。


そんな二人の思惑など、簡単にぶっ壊す衝撃が突如起きた。

比較的二人に近い位置で大きな魔力を持つ者同士がぶつかり合った。

ブラロスとジェーンがいよいよぶつかり合ったのである。


生じてくる異常な魔力の波動に、レメは足を止め、バランガも毒気を抜かれた。

一刻も身を隠した方がいい。そんな野生の勘が働く。


それでも前になんとか足を踏み出したレメだった。

その直後、魔力の波動だけでなく、物理的な岩が凄い勢いで飛んできた。

空から無数に降り注いでくる、隕石の大群のような黒い塊の岩たち。

どちらかの魔法が弾き飛ばされて来たものだろうと見て、レメが刀を抜き放つ。

魔法を詠唱している時間はない。


力尽くで切り捨てていく。

しかし、手数も多く、威力も強い。

なんとか自分の身は防げているが、隣から声が上がる。

「たっ、助けろ!俺を助けろ!」

レメのように杖も持っていないし、顎も痛い。なにより食あたりから復帰したばかりでは自分でさばけるはずもない。

ここまで悪運だけで、飛んでくる岩を避けていたバランガだった。


自慢のウォータードラゴンは物理干渉型なので、呼び出して盾にすればいいのだが、高貴なウォータードラゴンはそういう使われ方を最も嫌う。一度そうやって使えば最悪二度と呼び出しに応じて貰えない可能性もある。だから呼び出せない。

この場合は、そんな都合よりもパニックで使い魔のことなど忘れているだけだった。


忌み嫌っているバランガを助ける義理なんて一つもないはずなのだが、レメはなぜだか自分でも説明がつかないままバランガを守った。

スカイが始め助けるつもりのなかった生徒を、結局は自分の身を犠牲にしながら助けに行った。あの行動に感化されたのかもしれない。


自分に飛んでくる分だけでもなんとか捌けていたのに、今度はバランガに飛んでいく分まで捌く必要がある。

魔法さえ使えれば訳ないが、猶予なく飛んでくる岩が詠唱を許してくれないし、ジェーンとの戦闘で魔力をかなり消費していたのもある。

今は魔法の詠唱はやはり厳しかった。

必死に守るレメと、ただ震えて身を固まらせるバランガ。態度だけ乙女なバランガである。


必死に岩を切り捨てるレメだったが、バランガの方を優先して処理していたため、自分に飛んできていた岩を一つ見落としていた。

死角から降り注いだ岩が側頭部に直撃する。

「うっ……!」

続く岩は何とかして処理し、ようやく降り注ぐ黒い岩が止んだ。

魔力の波動は止まないの戦闘はまだ続いているらしい。


危険な状態にある生徒たちのもとへ、再度向かおうとしたレメだったが、頭から流れてくる生温かい血が視界を遮る。

そして、ぐらりと視界が揺れた。

今更にダメージが来て、レメはその場に膝をついた。

「こんなところで……倒れるわけには……」

そんな気力も虚しく、レメはその場で意識を失って仰向けに倒れこんだ。


「ほっ。俺様は無事だな」

隣で守られていたバランガは奇跡的にまで悪運が強く、まさか無傷だった。

自分を守ってくれたレメを顧みることもない。

逃げるチャンスが来たと喜び、その場を走り去ろうとした。


しかし、がさりと背後から音がして、人の気配が現れる。

何かと気になったバランガは振り返り、そこで地獄の化身を見ることとなる。


カネントとの戦いを終えて、生徒の解放も見届けたスカイがレメを迎えに来ていたのだ。

ブラロスとジェーンの戦いは側を上手に避けながらここまで来た。

来てみて、そこにあった光景がこれである。


血まみれで倒れこんでいるレメ。

顎の包帯以外は無傷なバランガが側に立っている。


バランガがレメを襲ったと思わないはずがない。

「バランガ、貴様……。殺す!!」

スカイの本気の殺意に、バランガの生命体としての直感が全身全霊で逃げろと叫んでいた。

悪運の強いバランガだったが、ようやくその悪運が尽きたかに見えた。



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