表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/88

五十九話 混合魔法

体育館の扉前からスカイの方に歩み寄っていくカネント。

その隣を素早く通り抜けてレンギアが人質となっている生徒解放の為に体育館内へと駆け込んだ。


当然存在は視認しているし、止めようと思えばできたカネントではあるが、既に目的は人質から離れている。

解放されて困るとしたら、彼らが加勢に入って鬱陶しいくらいのことだ。

しかし、既に生徒会副会長にブラロスが圧倒的な力の差を見せつけている。賢く冷静な彼らなら下手な加勢などせず避難することが最優先だと判断できると踏んでいるので、見逃している。


目の前のスカイに集中することができるこの状況下をカネントはありがたいと思っていた。

顔色が悪く、いつも控えめな彼だが、ブラロスと長い間つるんでいるだけあって、彼だけ平和主義というわけなわけがない。

ブラロスの中にどうしようもないくらいの破壊衝動があるのだとしたら、カネントの中には制御しうる破壊衝動があるだけの違いだ。

結局は似たもの同士だから一緒に楽しめていたのだ。


「その目。放って来る威圧感。物腰、冷静さ、何をとっても強者のそれですね」

一歩一歩近寄りながら、スカイへの評価を口にしていく。

間違いなく今から始まる戦闘を楽しみで仕方がない様子である。


「あんたは顔色が悪いな。病院にでも行ったらどうだ?学校敷地内にあるぞ」

貴族が多く通う高等魔法学院なだけあって、保健室のほかに、しっかりとした設備の整った生徒専用の病院もある。先日公式戦の後で、スカイと揉めて怪我をしたバランガなんかはそこでVIP待遇で療養中だ。

「知っていますよ。しっかりとそこも占拠しいますからね」

「怪我人たちは?」

「抵抗しない限りは優しく体育館内へと導いています」

抵抗しない限りという部分が引っかかる。

バランガが入院していて、突如スレインズが駆け込んで来たとして、彼が大人しく指示に従うとは思えない。きっと痛い目を見ているに違いないと想像できた。

スカイが敢えて心配してやる必要もないが、最近あまりに不憫な彼を少しくらい憐れんでも罰は当たらないだろうとは思っていた。


「どこまでも不敵な生徒さんですね。その力強い視線が、どこかブラロスをも想起させます」

力強くカネントから視線を外そうとしないスカイをそう評した。

彼からの正直な賞賛だった。

「俺をあんな熊男と一緒にされては困る」

「最強の騎士団長と呼ばれていた方に似ているって、誉め言葉じゃありませんか?」

「いいや、全然褒めていないな」

スカイが褒められて喜ぶポイントは、使い魔とかである。なかなか奇術師の選択を褒めてもらえることがないので、そこを褒められるときっと喜ぶ。

強いと褒められてもいまいち喜べない。

強いなんて、自分で既に知っているからだ。


「まあ話はそろそろおしまいにして、始めましょうか?」

もちろんさしでの対決だ。

スカイもそのつもりである。二人の距離感からしてもそろそろお互いの警戒域に入る。


ブラロスとジェーン・アドラーが潰し敢えばそれでいい。

スカイがカネントを倒せばスレインズも自然と指揮を失うだろう。

集中すべきはやはり目の前のカネントであった。


スカイの警戒域に踏み入ったカネントに、神速を誇る魔力弾を二発撃ちこむ。

ただ立っているだけで倒れそうな顔色をしているカネントが、これをまともに受けたらひとたまりもないだろうが、当然魔力弾は届かない。

彼の目の前で魔力弾は何か透明な壁に防がれた。


宙に黒く小さな穴が開き、その魔域から使い魔がひょこっと姿を現す。

全身薄いエメラルド色をした、リスのような生物が出てきた。

額にはめられた赤い宝石から精霊族だとわかる。


「私の使い魔、スククスです」

スカイには見覚えのない使い魔であったが、それは精霊族のカーバンクル。

レメの使い魔ピノ同様、ピエロにはない癒し要素をふんだんに持っていた。


カネントが神速を誇る魔力弾を防ぐことができたのは、この使い魔のおかげがある。

バリアの化身、それがカーバンクルという使い魔の力である。


昔からブラロスとともに育ってきたカネントにとって、そのあまりに強大な力を受け止めて隣に立つためには最強の防御を必要とした。

カネントには魔法の才能があったし、カーバンクルと契約して以来その才能はさらに加速することになる。


しかし、それでもこれだけ瞬時にバリア魔法をはれる使い手は通常いない。彼の魔法には種も仕掛けもあった。


魔力量を気にしながら、それでも次々に魔力弾を放っていくスカイ。

正面からは当然防がれるものの、魔力操作で軌道をずらせて横から、下から、さらには上からの軌道でもすべてにピンポイントでバリアを張られて防がれてしまう。

全て受け切ったブラロスとは対照的である。


この間、ただやみくもに打ち込んでいたわけではない。

スカイは使い魔ピエロを召喚しているのだ。その能力トリックメーカー『当てても外しても』を行使して魔力弾の威力を既に限界の2000まで高めている。

ここまでの魔力消費量、スレインズのメンバーを倒した分も含めて150ほど消費している。


それにしても、カネントのバリア魔法はどこまでも正確である。

一遍に大きなバリアを張ることなく、魔力弾一発一発ごとに丁寧にバリアを合わせている。

魔力消費量の節約と見てよさそうだが、単純に腕の自慢もあるのかもしれない。

あるいは、そうして実力を見せて心を折る戦術か。


「これは私のスククスの力です」

バリアを瞬時に張っている力はカネントの魔法ではないという。

「しかし、ここまで瞬時に高性能バリアを張ることは通常不可能です」

スカイもその点を気にしていたが、詳しい知識があるわけではないので分析できないでいた。

考えうるのは、時間制限か、はたまた学園を覆う結界魔法のような条件付きか。


条件付きでバリアを強めているのなら破る方法はある。

それなら以前公式戦でもセイントドラゴンが張った結界を破しているし、突破口があるのではないかと思えてくる。


「結界魔法とバリア魔法の違いは何か。それは時間と場所してにあります」

まだ余裕があるからなのか、カネントが再び説明に入る。

時間をくれるのはありがたいし、自分で分析できるわけでもないので、彼の余裕を素直に受け止める。

その間、魔力を回復する飴を一つ口に入れた。

なかなか高い商品なので、金欠気味のスカイは高級食材を頂くような気持ちで飴を大事に舐めた。


「結界は場所を固定して、長い時間そこに張らせる必要があります。場所を動かなさい故広く張れるし、精度は非常に高いが、出したり消したりの素早い操作ができない欠点があります。故に戦闘向きではない」

これが真実かどうかスカイには判断できないが、この場合カネントは真実を述べている。

教師にでもなったかのような語り口だ。

やはり彼には絶対に勝てるという自信と、そして余裕があるのだ。


「一方でバリア魔法は場所を固定する必要がない、そして出したり消したりの素早い操作ができる。しかし、結界には制度の面で劣るし、持続性がないのが欠点です」

自ら欠点まで述べてくれている。当然だが正確にスカイの頭に記憶され、分析される。突破口がないかという検証が行われる。


「しかし、これはあくまで一般論です。通常のバリア魔法ならこんなスピードでは出せません。5秒に一枚出せれば上出来です。それにあなたの異常なスピードから放たれる異常な魔法の威力にも対処できないでしょう」

魔力弾がトリックメーカーの効果によって、徐々に威力を高めていることをカネントは敏感に気づいていた。

威力2000をもってしても突破できないバリア魔法。

それを瞬時に張れるこの男はやはり自分で言う通り一般論からは外れている。


「それを可能にしているのは何か?一つはブラロスのカムイ同様、私のスククスが成長しているということです。それでもまだ足りない。本当に大事なのは、下準備ですよ」

何か急に教訓っぽい話になり、スカイは思わず首をひねった。

「高等魔法学院の周りに結界魔法、そしてバリア魔法を強化させるための魔石をふんだんに埋め込んでいます。魔石は高等魔法学院の敷地内をフィールドと認定して、中にいる人物の結界魔法、バリア魔法を強めてくれています。それが私とスククスの力を高めていると言う訳ですね。戦いというのは、何も持っている実力だけでぶつかる必要なんてないのですよ。準備して、対策して、作戦を練って、それで勝利を得てこそでえしょ。結局は勝ったものが正義なのですから」

やはり強力すぎるブラロスとずっと一緒にいることができるだけの男である。

そうして今まで最強の男の側にいてこられたのだ。

並大抵の努力ではないし、正論でもあるが、いまいちそれらを説明する意図が見えてこない。

それも仕方がない。まじめなスカイとは違って、カネントはただこの場を楽しみ、体だけでなく心まで折ろうとしているのだ。それが彼なりの戦闘の楽しみ方でもある。

意図なんて掴めないで当たり前である。


普通ならこんな攻撃が簡単に防がれる状況、そして最もな話を聞けば絶望し、軽く心を折る魔法使いもいるかもしれない。

今のカネントの状態なら、アエリッテのオールインを使用したとしても突破できない可能性が大きい。

それほどまで、完璧に近い絶対防御が完成している。


しかし、スカイの目からは全く光が消えていない。

育った環境が過酷ゆえの図太い精神。このくらいで心が折れるような男ではない。

あくまで相手のブラフかもしれないと、2000まで威力が高まった魔力弾を正面から打ち続ける。


流石に上級魔法を上回る威力だ。何発か打てばバリアにも罅が入り、そして割れる。

それでも魔力弾はカネントに届かない。

割れそうなくらいを見計らい、瞬時にまた新しいバリア魔法が張られるのだ。

ここは私のフィールドである。そう言っているかのようにカネントがニヤリと笑った。


「ただ守っているだけじゃありませんよ」

風の性質、中級魔法ポイズンエア。詠唱時間5秒。消費魔力量600。


魔法の詠唱を見て、スカイは相性の悪さを感じ取った。

ポイズンエアは対象の周りに体の自由を奪う毒霧を2分間撒く魔法である。


その性質から、魔力弾での威力相殺のできない魔法となる。

防ぐには詠唱完成する前に、詠唱を中断させる必要があるのだが、当然バリア魔法がその前に立ちはだかる。ほかに二分間息を止めるという手立てもあるが、かなり苦しい対策である。


正面から魔力弾を打ち続けていたスカイは、一旦その我慢比べを止めた。

魔力量が勿体ないが、あれしかないと判断する。

『無色の七魔』発動。

瞬時に魔法の詠唱に入る。

光の性質、中級魔法武器強化。消費魔力量400。それが無色の七魔によって倍となる。消費魔力量800を支払って、スカイは武器強化に入った。


詠唱時間3秒でラグなしのスカイが先に詠唱を完成させる。

威力2000となった魔力弾に、武器強化が上乗せされる、スカイにしか使用することのできない混合魔法が完成する。


光輝く拳銃型の杖から、スカイは魔力弾を放つ。

2発、4発、6発、8発。


迫りくる魔力弾に、カネントは毎度の通り丁寧にバリア魔法を合わせる。

しかし、彼はスカイの混合魔法のことなど知るはずもない。

その威力は彼の想定のはるか上を行っており、バリアが突き破られ、初めて魔力弾がその体に到達した。


威力がバリア魔法によって減ったとはいえ、8発も武器強化の乗った魔力弾を受けて吹き飛ぶカネント。

その凄まじい威力に体が凄まじい勢いで地面を張っていき、彼が出てきた体育館の壁を突き破って中へと叩き戻されていた。


地面のえぐれ方、そして体育館の壁を突き破るほどの衝撃。

カネントの細く不健康そうな体を考慮しなくとも、勝負がついたと判断してよさそうだった。


魔力量を大量に失ったスカイが、疲労感を表に出す。

勝負を見届けていたアエリッテが労いに近寄ってきた。

初めて混合魔法を見せられたことで彼女も興奮していた。

バシバシと肩をたたいて賞賛の言葉を贈る。

いいものを見たから肉をご馳走してくれるらしい。

というか、彼女が食べたいみたいだった。


これでほとんどの仕事は終えられた。

体育館内は、レンギアとスルンの実力なら制圧しているだろうし、ブラロスとジェーン・アドラーの戦いはスカイの管轄外だ。

ゆっくりできるなと思い、レメでも迎えに行こうと思っていたスカイだったが、体育館から出てきたのは解放された生徒たちではなかった。


頭部から垂れる血を抑えながら、それでもしっかりした足取りで出てくるカネントであった。

相変わらず顔色は悪いが、まだまだ戦えそうなことは見てわかる。

「痛いですね」

「痛いじゃ、普通は済まないんだけどな」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ