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五十一話 空振り

服の中に隠していた杖をスカイも握った。

この間に攻撃してこなかったことを、更に言えば声をかける前にこうげきしなかったことを、彼らは後で後悔することになるだろう。


相手が一体なんの魔法性質か、または一体どのくらいの魔力変換速度なのか、今はそんなことはどうでもいい。

スカイが理解していることは、誰も自分より速い魔法使いなどいないということだけだ。

「私たちは悪い組織ではないわ。大人しく拘束されるのなら痛い目には合わせない」

女店員が言う。

「悪いが、どちらにせよ俺たちは痛い目をみるつもりはない」

スカイは全く話を聞く気すらなかった。


二丁拳銃を構えたスカイを見て、4人の廃人のふりをしていた魔法使いが魔法の詠唱を始めた。

女店員は座ったままのレメへの警戒なのか、視線をずっとレメに向けたままだった。


辺りに衝撃音が4箇所同時に起こり、それと同時男たちの叫び声も同時に店に響く。

わずか0,2秒、相手に魔法詠唱の頭の部分しかさせず、魔力弾4発でこの場を制圧したスカイだった。


倒れた廃人のふりをしていた魔法使いが、酒瓶の並べられた棚へと倒れ込み、バリンバリンと瓶の割れる音が続いた。

一瞬で起きた惨劇に何事かと女店員がようやく視線を向けると、彼女の額に突き付けられるスカイの杖。

「どちらにせよ俺たちは痛い目は見ないと言ったはずだ。タルトンの居場所は?」

女店員は動けなかった。

額を伝う汗の感覚を感じる。


相手はまだ学生に見える。負けるはずのない戦いから一転して、窮地に追い込まれてしまった。

彼女が冷静でいられるはずもなかった。


今更ながら、自分の愚かさを後悔する。

こんな凄腕の魔法使いを相手にしながら、今の今までずっと背中を向けていたのだ。

レメの態度に挑発されて視線が釘付けになっていたことは否めない。

自分の失態だと感じているのだが、正直彼女の注意がスカイに向かっていたところで結果は大きく変わらなかっただろう。

魔力弾が余分に一発撃たれただけである。

魔力総量の少ないスカイからしたら、たった魔力1節約できただけでもありがたい。

なにより、自力でタルトンを探す必要がなくなった。


「俺の魔力弾を食らえばダメージはあるが、一瞬で気を失う分ラッキーだと言える。けどな、今座っている女は俺と違って凶暴だ。あまり口を閉じているようだと、あいつの腹パンチが炸裂するぞ。めっちゃくちゃ痛いぞ」

スカイの謎脅迫になど一切ひるまなかった女店員だが、杖が向けられたままなので歯向かうことはできない。

仲間がやられた叫び声からして、スカイがとんでもないスピードで魔法詠唱を完成させたことは想像つく。

なんの魔法かはわからないが、対処できないのも理解できた。

あきらめがついたからなのか、女店員は逆に落ち着きを取り戻して先ほど浮かべていたような余裕ある顔に戻った。


「タルトンって子は、高等魔法学院の生徒で少しぽっちゃりした子かしら?」

「そうだ」

「ふふ、あのアンラッキーな子ね。安心して頂戴。無事だし、もともとターゲットは彼じゃないから」

スカイがレメに視線を向けた。

レメも頷く。

やはり予想通り、タルトンは巻き込まれただけみたいだった。

「場所は地下か?」

「そうよ、付いてらっしゃい」

これもレメの予測通り。


スカイに杖を向けられながら、女店員は地下への道を歩きだした。

途中、少し見えた厨房内ではコックが一人こちらを覗き見ていた。

「安心して、彼は本職のコックよ」

厨房の中からは芳しいスープの匂いがした。信じてもいいだろうと判断できる。


薄暗い地下室への階段を下りていく三人。

かつかつと足音だけがする中、レメが質問をした。

「タルトンはターゲットじゃないと言ったわね。じゃあ彼を攫ったのは、何か別の計画を見られたからかしら?」

「そうね」

「あなたの腰辺りにわずかに見える黒い狼の刺青だけど、最近王都の話題の中心にいる盗賊団スレインズの目撃情報と一致するわね。盗賊家業の最中にタルトンにでも遭遇したのかしら?」

どこまでもピンポイントな指摘をするレメに、女店員は思わず笑ってしまった。


「本当にお利口さんね。けれど、気が付くのが少し遅いかしら」

「どうして?」

「だってもう計画は実行されているから」

タルトンが攫われたのは二日も前である。

確かに実行されていてもおかしくはなかった。

そして彼らの組織は二人が先日見た通りかなりの実力を持ったメンバーが揃っている。今更止めに行ったとしても間に合わないことだろう。

それに、もしかしたら既に盗み終わっている頃かもしれなかった。

なのでやはり二人の目的は本来の通り、タルトンを救い出すことが最優先となる。


「一応計画はどこで行われているか教えなさい」

「どうせすぐに分かるわ」

どこまでも余裕な雰囲気にレメが少し苛立ちを覚えた。

それを感じてスカイが助け舟を出す。

「あまり調子に乗らない方がいい。あの女はすぐに腹パンチをしてくるぞ」

「そ、そう……」

……あまり助けにはならなかった。


地下への階段を下り切り、3重に鍵のかかった分厚い扉を開けた女店員は、中に二人を招き入れた。

中を見て二人は驚くこととなる。

上の店の敷地よりもはるかに広い空間がそこには広がっており、見える物資からして数十名がここにしばらくいたとこがうかがえた。

「少し臭いわね」

「そう?まあ換気性が悪いし、ついこの前までスレインズが詰めてたから」

「やっぱり」

「お友達は奥で縛られてるわ。水も食料も与えてるから、何も悪いことにはなっていないわよ」

見えるところにはタルトンがいないので、どんどん奥へと進んでいった二人は、物陰でスピスピ寝息を立てているタルトンを見つけた。


結構真剣に捜索していたのに、案外幸せそうに寝ているタルトンに二人は少しイラっとした。

そしてスカイが拳銃の先っちょで頭をガツンと叩く。

「いだっ!?」

目を覚ましたタルトンが何事かと辺りに首を振りまわして、そこに見覚えのある顔を見つける。

「スカイに、レメさん!ああ、生徒会が助けに来てくれたのか。いや、でもスレインズは特に悪い人たちじゃなかったんだよ。いやいや、そんなことはどうでもいい。俺は両親を探しに行かないと!」

さっきまでスピスピ寝息を立てていたとは思えないくらい、ペラペラと喋り出すタルトンだった。


彼を拘束していた縄をほどいてやると、タルトンは勢いよく飛びあがり、そのまま地下室を飛び出していった。

「俺、両親を探してくる!」

誘拐されていた自覚があるのかどうか怪しいほどのテンションでタルトンが駆けていく。

「追いかけなくていいのか?」

スカイがレメに向かって聞いたが、レメもお手上げといった様子だ。

「抱えて帰るよりかはましでしょ」

「でも会長への報告はどうするんだ?きっちり連れ帰らなくて怒られるだろう。お前会長のこと大好きだから落ち込むかなって」

「会長はそんなことじゃ怒らないわ。器の大きい人よ。無事だったんだし、いいじゃない」

何はともあれ、無事誘拐された生徒を解放したのだ。

二人の仕事は一旦完了したと見てよさそうだった。


「仲良く話しちゃって。私のことは忘れたのかしら?」

声がした方をから熱を感じられて、二人は急いでそちらを見た。


「スレインズは正義の盗賊団。間違った世界を正すのがブラロス様の理念。けれど、あんまり舐められっぱなしじゃなムカつくじゃない?仮のアジトを見られちゃったし、やっぱり痛い目を見てなさい」

彼女は魔法の詠唱に入っていた。

二人はタルトンの捜索で再び彼女から気を逸らしてしまっていた。


手に完成される火の性質上級魔法、オーガフレイム。消費魔力500で一般的なダメージ量が1200程度。火の性質の上級魔法にしては威力低めだが、ターゲットに当たるとオーガの形をした炎が嚙みついてくる魔法だ。

他の火の性質魔法に比べて炎が長くまとわりつく分、くらうとただでは済まないことは明白である。

女店員の怒り具合が魔法の種類に現れている。

学生二人にコケにされたままじゃ彼女のメンツが立たない。

実際、彼女はスレインズの幹部の一人でもある。


スカイが放たれてくるだろう上級魔法に合わせて杖を構えた。


「何を使おうが遅いわよ。上級魔法はもう完成したし、相殺なんてできやしないわ!」

「そういう間違った常識はよそで発揮してくれ」

放たれるオーガフレイム。

それに合わせてスカイが瞬時に重複詠唱で魔力弾を2発放ち、続けてまた2発放った。


オーガフレイムは相殺されて、続く魔力弾が女店員を捕らえて、上の4人同様に体に直撃するや否やその体を吹き飛ばして意識を刈り取った。

「なんだったんだ、こいつらは」

スカイが想定していたよりもスレインズが弱くて、少し拍子抜けした。

想定していた通りだと、もっと大物が出てきてもおかしくなかった。

しかし、そんなものはどこにもいやしない。端なる思い過ごしかと、スカイはもう考えるのをやめた。


薄暗くて少し匂う地下室を後にする二人。

この後、アイスクリームでも食べて帰ろうかとレメはそんなことを考えていた。

生徒会から特別に危ない仕事を頼まれたのだ。そのくらいの特権はあってもいいはずだ。


二人が地下から上にあがると、ちょうど中に踏み込んできた煌びやかな装備を身に纏った人たちから杖を一斉に向けられる。スカイとレメもすぐに構えた。

何事かとお互いに仰天するが、すぐに杖を引くように声が発せられた。

声の主は二人も知る人物の騎士団長、ジェーン・アドラーであった。


「また君たちか。どうやら先にアジトを突き止めていたようだね」

「ええ、目的は別ですけど、どうやらここはスレインズのアジトみたいですね」

知り合いと分かり、踏み込んできた騎士団が警戒の色を薄めた。


しかし、辺りの惨状を見て何か異常なことが起きていることは分かる。

やったのはこの若い二人と見ていい。


「下には何人いた?」

「一人倒れているのと、さっきまで捕まっていた学院生徒が一人だけですよ」

「ふむ、また空振りか」

ジェーン・アドラーは少し落ち込んだようで、近くにあった席を引き寄せて座った。


「前回捕まえたスレインズのメンバーから聞き出したアジトも空振りだった。今回も判明してすぐに来てみたが、またもブラロスはいないか」

「でも完全な空振りではないですよ。5人いますし」

「確かに。前回とは違って、まだ奴らの匂いもする」

「計画が実行されたとか言ってましたけど」

「また盗賊団の計画が実行されたのか。たっく、後手後手だな。カネント本当にむかつく。死ねばいい」

ジェーン・アドラーはスレインズの頭脳が誰だか知っているので、直接名前を挙げて侮蔑して見せた。

レメとジェーンのやり取り中、スカイはひっそりと存在を隠していた。


こんなところで鉢合わせしたのだ、先日の件も含めて、この後来るであろう猛追及をどうかわそうかとひっそりと考えていた。

しかし、そんな言い訳はしなくて済むことになる。


「騎士団長!」

居酒屋にすごい勢いで駆け込んできた騎士団の人間が、すぐさまジェーンの元に駆け寄って、何か耳もとで報告する。

かなり濃い内容を話しているみたいで、ジェーンの顔色がだんだんと怒りに染まっていくのが見て取れた。

報告を終えて騎士団の人間が下がっていく。


「じゃあ俺たちはこれで」

彼らがドタバタしているうちにここを去ろうとしたスカイだったが、無事ジェーンに呼び止められた。

「どこへ行く?」

「学生ですので、もちろん勉強のために学校に戻るだけです」

もちろん寄り道はするが、彼女に言う必要はない。


「それは無理だ」

「どうして?」

「たった今報告があった。高等魔法学院がスレインズに占拠された。敷地内にいる王女殿下ソフィア・ナッシャー様を含む全生徒が彼らの人質となっている。勉学に励みたいところ悪いが、まずはスレインズの処理を手伝ってはくれないかしら?」

「ああ……」

「ふん、正義の盗賊団が標的にしたのは高等魔法学院か。金に困って身代金目当てといったところか。堕ちたな、ブラロス」

危機的状況と見ていいはずなのに、どこか嬉しそうに笑うジェーン・アドラー。

もう相手も立てこもり、逃げも隠れもできない状況になったからである。

ブラロスを討つチャンスが来たかもしれないと、ジェーン・アドラーは考えていた。

一方、レメはアイスクリーム屋に行けそうにないことを悔しがると同時に、会長の身を案じている。

もう一人の人物スカイは、めっちゃ面倒くさいことになったな、と思わず頭を抱え込んだ。


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