五十話 レメ大先生
スカイとレメは、生徒会長スルンから貰った地図を見て捜索していた。
地図は王都の地図と、スルンが占った場所を照合して大体の位置を記したものだった。
もしもの為に二人とも杖を持ってきて、最悪使い魔を呼ぶことも許可されている。
学校敷地内同様、王都の街中でも一部の地域を除いて使い魔を呼ぶことは禁止されている。もちろん無暗な攻撃魔法も禁止されているが、特に使い魔に関しては厳しい。
ドラゴン族は特にその性能、サイズが際立っていることもあり、一度召喚しようものならば結構な騒ぎとなってしまうからだ。
その点、スカイのピエロと、レメのピノは小型の使い魔なのであまり目立つことはない。
奇術師は物理面に干渉しないし、精霊族サンダーバードは額の精霊石を除けばそこらの鶏と見間違うこともあるので、騒ぎとはなりづらい。
ことの緊急性もあり、生徒会の特権を利用して許可が出されたという訳だ。
「レメ、もしものときってあの鶏を呼んでくれるのか?」
「鶏ってなによ。ピノよピノ。厳正なる精霊族のサンダーバードで、契約条件も厳しいんだから」
「そうなのか、俺の奇術師はそんなこと全然なかったから知らなかったな」
「そうなのよ。契約したくても、能力値が見合ってないとお断りされるんだから。ピノと契約したかった生徒が何人断られたことか」
スカイは本当に知らなかったので、すこしだけ驚きの情報だった。
奇術師は契約したいと述べたらすぐに契約できたのものだ。
実際人気がないし、奇術師側からお断りすることはめったにない。もちろんあーだこーだのうるさい条件もない。そんな条件まで付けてしまえば、誰も奇術師なんていらないという悲惨な結果になりかねないことを奇術師も理解している。それほどに人気がない。もしもこの事実を知っていたらスカイも使い魔契約を考え直していたかもしれない。
ただ、その事実を知らないし、実際スカイとの相性は抜群なので二人にとっていい選択だったと言える。
しかし、スカイは奇術師の性質上、あまり戦闘時以外では関わりたくないと思っていた。
なんといっても、見た目こそデフォルメされた可愛らしいピエロなのだが、声はおっさんだし、テンションがおかしいし、酒も要求してくる。
その点、レメの使い魔はどうだろうか。
精霊族という輝かしい種族であり、サンダーバードという珍しい種類。
更には、あのモフモフとした見た目。どこからどうみても可愛らしい鶏である。
鶏の様にうるさく鳴くこともなく、変な匂いを発することもない。
モフモフしてて、温かくて、いい香りがしてて、可愛らしい。
つまり、スカイはレメの使い魔ピノともっとこう、深く関わりたいと思っていたのだ。
「あれだ、暇なら呼び出したらどうだ?」
「なんで暇なときに呼び出すのよ。緊急時にってことで会長からは許可を得ているんだから」
「そうか?あいつらだって魔域でいつも窮屈な生活をしているかもしれないし、ほら、こっちの空気を吸わせてみてもいいかも知れない」
やたらとスカイがピノのことを要望してくるので、レメは少しだけ警戒態勢に入った。
そして、ひらめいた!
「私のピノを食べる気ね!」
思えばスカイはヴィンセント鳥の話になるとやたらとテンションが上がる。
ヴィンセント鳥は空を飛ぶ鳥なのだが、レメはそれを知らない。鶏の一種なのかもと今更に思った。
「食べさせないわ!」
「食べねーよ!」
ただモフモフを味わいたいだけなのだが、レメに警戒されてしまったのでどうしようもない。
スカイはあきらめざるを得なかった。
「ピノは私が守る!」
先を行くスカイの後ろで、レメがなんだか決意を固めているようだった。
会長が渡してくれた地図に記されたポイントが近くなり、二人の無駄口がだんだんと少なくなってくる。
失踪したタルトンは、Eクラスの生徒ではあるが、それでも高等魔法学院の生徒である。
一般人と比べると魔法の技量は遥かに高いし、スカイから見ると彼は禁忌魔法の使い手でもあるので、攫った相手は油断ならないと思っている。警戒して損することはない。
少し離れた場所から、二人は目的地を視認した。
「あれって、大衆居酒屋じゃない」
あたりの雰囲気からもわかるが、貴族が済むような地区じゃない。
どう見ても庶民の地区、それも労働者が集うようなところであった。
二人が聞いた情報に寄ると、タルトンは貴族の両親を尋ねたはずである。
それなのに、どうして場違いなこんなところにいるのか。
「やっぱり占いが違うんじゃないか?」
「会長への失礼は、例えあなたでも許さないわ」
レメの拳が熱を帯びてきたので、スカイは素直に謝罪、および訂正することにした。
「すみません。占い最高です。本当にこの中にいるのなら、深酒か?」
「そんな訳ないでしょう。見える?道路を挟んで向かいの店で裁縫をしている女の人」
「ああ、見えるぞ」
二人は姿を隠しながら、大衆居酒屋とその向かいにある衣服屋さんを見ていた。
どこにもおかしな点はない、とスカイは思っていたのだが、レメはそうは思っていない。
「地区的に、どう見たって労働者向けの商売をする場所でしょう?あの女の人、薄い布地を裁縫しているわ。あれって女性向けの素材なの。完全に商売相手がズレているのよ。それに並んでいる商品とも種類が全然違う」
「そうなのか?よくわからん」
そんな知識がないスカイは素直にレメの話に耳を傾ける。
「それに裁縫をあんな店先でやる必要もないわ。集中できないでしょう?見たところ、並んでいる品に比べて、彼女の腕は大したことないし」
「それもそうだ」
「おかしな点はまだたくさんある。座り仕事なのに発達した下半身や、あの首元の傷。どう見たって裁縫を仕事にしている人の体つきじゃないわ。魔法使い、それも戦闘能力に長けた人と見ていい」
「凄いな、そんなことまで分かるのか」
「ええ、もっと褒めてもいいのよ」
「いい使い魔も持っているし、美人だし、頭もいい。レメは高スペックというやつだな」
「……どうも」
ポッとほほを赤くするレメ。あまり直接褒められることには慣れていないようだ。
「これらをまとめると、彼女はあの居酒屋に入っていく客の監視係。明らかに場違いな客が入ったら、すぐに報告が行くことでしょうね」
「なるほど。隠したい何かがあの中にあるという訳か」
「そう見ていいわ」
その場の状況を理解した二人は、タルトンが少なからずまずいことに巻き込まれたのだろうという予測をつけた。すぐに対処する必要がある必要が出てきた訳だ。彼の身が危ない。
しかし、どう入ったものか頭を悩ませる。
二人の年齢からして、場違いな客に認定されることは確実である。
まだ幼さの残る顔立ちで、昼間から大衆居酒屋に入るような人間は普通ではない。
「仕方ない。制圧するか」
「それこそ危ないわ。変な緊急スイッチが入っちゃうかも」
「じゃあどうする?」
「うーん、仕方ない。あれをしましょう」
「あれとは?」
……なぜだか、スカイは謎の不安感を感じた。それも結構大きな不安感を。
「ウィー!スカさん、もう一件飲みましょう」
「ウィー!ラメさん、いいねいいね、そうしようか」
レメの言う、あれとは、このことである。
近場の衣服屋で庶民の服を調達してきた二人は、レメのメイク技術で頬を赤く染めて、肩を組みながら如何にも昼間から飲んでいるダメ人間二人になり切ることだった。
(レメ……、これ大丈夫か!?)
(信じなさい。今のいい感じよ)
二人は小声で本心の対話をする。
スカイが不安いっぱいなのに比べて、レメは自信一杯である。
先ほどレメの頭がいいと言った発言を、スカイは訂正したい気分でいた。
「ウィー!スカさん、あの店良くない?最後にそこで飲みましょう!」
「ウィー!ラメさん、いいねいいね。僕はまだまだ飲めますよ!」
陽気に肩を組んでフラフラとしながら歩を進める二人。
スカイは陽気な雰囲気とは正反対に、本心は深海の様に暗く気分が沈んでいる。
(レメ……、裁縫の女がめちゃくちゃ見てるぞ!?)
(大丈夫よ。あれはただ単にダメ人間を軽蔑している目だわ)
これならば素直に入った方が注目されなかったのではないか、というほど裁縫の女がじっとふたりを見た。もう穴が開くほどというくらい見つめる。
「おい、こら!あんまり見るんじゃないよ!馬鹿にしてんの!?」
レメがアドリブを聞かせて裁縫の女に嚙みついたので、スカイもすぐさま便乗する。
「そうだそうだ。そんなに偉いのか!シラフがそんなに偉いのか!」
言ってて何言ってんだ俺?と思うスカイだったが、もう一周回り開き直って逆にはっきりと言いきれた。
「……ちっ」
二人が変な絡み方をしたので、それ以上関わりたくなかったのか、裁縫の女は舌打ちしただけでそれ以降は視線を辺りに散らせた。
監視に戻ったようだ。
まさか成功なのか、とスカイは驚いた。
レメが鼻を高くして、スカイにふんと笑いかけた。
馬鹿にできないものだな、と改めてレメの大胆さに感服させられたのだった。
店に入った二人は、すぐさま空いたテーブル席に座り、酔ったふりを続けながらも目ざとく店内を観察していった。
客が廃人みたいなのしかいなかったので、すぐに店員が注文を取りに来ることができた。
「注文は何にします?」
近寄って来た女の店員に、二人は酔ったふりを続けながら注文を伝えた。
「一番安いやつ持ってきて頂戴よー」
「おうおう、こっちはあまり金がねーんだよ」
リアルな事情である。
少し困り顔の店員だったが、こういうタイプの客のあしらいには慣れているのか、すぐさま了解した旨を伝えて店の奥に引っ込んだ。
「大成功ってところね」
「信じられん……」
「凡人には理解できない作戦なのよ」
それなら俺は凡人でいい、とスカイは本心から思った。
「さっきの店員は無関係と見て良さそうね。4人いる廃人たちは全員黒ね。大した実力じゃないけど、一応プロの魔法使いって感じね」
「それも分かるのか。俺の感想としてはさっきの店員も怪しかったけどな」
「素人は黙ってなさい」
「あ、はい」
レメ大先生の前にスカイは意見することを禁じられてしまった。
裁縫の女を見破った功績もあるので、この場は大人しく従うことに。
「それにしても、タルトンはどこに隔離されているんだ?店の奥か?」
「いいえ、こういった居酒屋には地下にお酒を保存する場所があったりするの。店の繁盛具合に比べて面積がかなり広いでしょう?間違いなく地下があるし、本業以外で稼いでいる証拠でもあるわ」
「流石レメ先生です」
「しっかりと学ぶように、凡人スカイ君」
だんだんと調子の出てきたレメが更にその思考を加速させていく。
「タルトンが隔離されたきっかけだけど、もしかしたら彼本人に原因がある訳じゃないかもしれない」
「なんでだ?」
「いえ、てっきり偽情報をつかまされた彼が、両親を探しに行くとろこを標的にされて捕まったのだと思ってたけど、そうじゃない可能性の方が高い。タルトンはそもそもそれほど現状裕福ではないでしょう?そんな彼一人をさらうには、ここの連中は規模が大きすぎる。冷静に考え直してみると、タルトンは巻き込まれたんじゃなかしら。おそらく、何か見てはいけないものを見たとか」
「90点ってとこかしら?」
突如第三者の声がして、ギョッとした二人だった。
側には先ほど注文を取りに来ていた女性店員さんがいた。
会話に夢中で二人はあたりへの警戒を緩めてしまっていた。
しかし、こうまで接近されるとなると、相手の実力がただ者でないことは明白だ。
分かりやすく、注文の代わりに彼女の手には杖が握られている。
「お利口さんな女の子ね。予想はほとんど当たっているけど、もう計画は開始されているから気づかれても大した痛手じゃないわ。それに流石にその変装はいただけないわ。すぐに連絡が来たし、見るからにバレバレだもの」
女性店員さんがにこりと笑った。友好な笑みでないことは明白だ。
レメの見立て通り廃人4人もすっかり正常に戻っており、それぞれが杖を手に持ち、二人に向けて構えていた。
「やっぱりバレてんじゃねーか。それに女性店員もグルだったし」
「どんな天才にも失敗はつきものよ。凡人は批判するだけで楽ね」
「む、それは悪かった」
確かにほとんどは正解だったのだ。自分は推測もせず、相手の少しのミスを責めるのは流石に男として、いや人間として小さいなと思ったスカイは素直に反省した。
そして、お詫びと言ってはなんだか、こう提案する。
「レメはやっぱり頭がいいよ。少し抜けているけどな」
「何よ、褒めるなら褒めきりなさい」
「ここまで良く導いてくれたし、後は俺に任せろ。これくらいの制圧なら、楽勝だ」
「じゃあ、お願いするわ」
手に顎を乗せて、レメはリラックスする態勢に入った。本当に加勢するつもりがないようだ。
レメにもここの連中が強いことは分かっている。
けれど、それ以上に彼女はスカイの強さを見てきた。
正直、相手になるとは思えない。
「あら、結構な自信じゃない?」
挑発とも取れる行動に、女性店員は少し頭の血管をピクリとさせた。
「そうね。今度スカイと生徒会の仕事をやるときは、下手な準備よりこっちのほうが早いかもね」
気の抜けた発言に、女性店員の苛立ちは3段階くらい上昇した。