四十三話 ありふれたデート
公式戦を思い返して、改めてスカイは自分でもびっくりしていた。
無色の七魔で思わぬ組み合わせをしたが、あれほど強いとは思っていなかった。
これならば更なる魔法の組み合わせを探したら凄いことになるのではと展望が広がる。
上級魔法と上級魔法の組み合わせなら、とんでもない魔法が生まれてしまう。
直後に自分の魔力総量の少なさを思い出し、落ち込むスカイだった。
そして今は、借りた刀をどうやって返しらいか悩んでいた。
結局いい返し方が思い浮かばない。
スカイは本当に花を摘んで、刀と共に返したのだった。
それを今現在実行中。
「ふーん、そのお花たちが私へのお礼ってわけ」
「なんだよ。気に入らなかったのか?仕方ないじゃないか、別のモノが思いつかなかったんだよ」
「ぷっ」
必死に言い訳するスカイを見て、レメは吹き出していた。
闘技場で見るスカイの逞しさとは対照的な、なんとも不器用な感じが好ましく思えていた。
「貰ってあげる。でも足りないわね」
「他に何が欲しいだよ」
「そうね、前にアイスクリーム奢ってくれたでしょ?」
以前にレメとスカイがダンジョン内で上級生を救出したとき、グチグチとうるさいレメを黙らすためにスカイが施した手段がアイスを奢ることだった。
あれでレメの態度が一気に好転したのだから、かなり効果があったといっていい。
レメはその時食べたアイスのことを言っていた。
「またあれが食べたいわね」
「よし、ちょっと待ってろ。今金を渡す」
ガシっとスカイは胸倉をつかまれた。
「あんた死ぬの? 今死ぬの?」
先ほどの穏やかな顔から、レメの顔が一気に怒気に満ち溢れたものになっていた。
「なな、なんでそうなるんだよ。金なら今渡すって言ってんだろ」
「私がアイスクリームを食べるだけの小金をせびる様なせこい女に見えますか?アホのスカイくん、ええ?アホのスカイくん」
「いや、ちょっとせこいなとは思ったけど」
気が付けばスカイはお腹に鋭いパンチを叩き込まれていた。
これでレメに殴られるのは何度目だろうか。
「ふう、すっきりした。馬鹿ね、一緒に食べに行こうって言ってるんじゃないの」
少し頬をぷっくり膨らませながら、レメは言葉の真意を説明した。
このくらい気が付てい欲しいものだとレメはスカイに言いたかった。
「あまり甘いものは好き……行かせて頂きます」
言葉の途中で、レメの目から謎の光線が出てきそうなほど光り出したので、スカイは素直に行くことに決めた。
もう一発強烈なパンチを食らいたくはなかったからだ。
「よろしい。じゃあ明日休みを利用して行きましょう。ふふふ、何着ていこうかしら」
楽しそうに部屋に戻っていたレメを見て、スカイはようやく解放されたことを理解した。
「よくわからんやつだ」
そんな言葉を残してスカイは戻ることにした。
次の日、約束通り二人は王都に出向いていた。
オシャレをしたレメとは対照的に、スカイは頭に寝癖をつけていつもの通りの恰好だ。
それでもレメは文句を言わなかった。
そんな小さなことよりも、今日のデートが楽しみだったからだ。
そそくさとアイスクリーム屋さんへ一直線に行こうとしたスカイはレメに強制的にルート変更させられた。
「まずは服でも見に行きましょう」
逆らっていいことがないと知っているので、スカイは黙って付いていった。
どっちがいいと聞かれること十数回。
どっちでもいいと答えるところから始まり、次第に成長していったスカイは明確に意見するところまで成長した。
「じゃあ次はアクセサリーショップね」
「えっ!?」
「まだまだこれからよ」
まだまだあるらしい。
クタクタなスカイとは対照的にレメはどんどん元気になっていく。
アクセサリーショップでは端から端まで見たレメだった。
「スカイはどこか行きたいところない?」
あるはずもなかったが、無いと言ったらまたレメが不機嫌になりそうなので考えた。
そうだ、と思い出す。
予算的には厳しいが、少し気になっていたものを思い出す。
「バランガのやつから凄く良い香りがしたんだけど、あの香水どこで売ってんのかな」
「バランガ……」
その名前を聞いて顔を引きつらせるレメ。
「趣味悪いわよ」
「それもそうだな」
「でも、香水ね。心当たりがあるから、行きましょう」
レメが連れていってくれた香水屋さんは結構高価なショップだった。
完全に予算オーバー。
そして何個か探していくうちに、バランガの付けている香水があった。
いい香りだ、とスカイはやはり思う。
しかし、香りと共にバランガの顔も脳裏に現れる。
けたけたとにやけたあのおかっぱ頭とともに。
表裏一体の香水である。
「それがバランガの香水?」
「そうみたいだ」
「スカイ、こっちにしなさいよ」
レメが差し出した香りは、どこかで嗅いだことがあった。
「あ、これはレメの香りだ」
修行中接近するたびに香って来たレメのイメージにぴったりな香りだった。
「ふふん、よろしい。はい、バランガの香水と私が付けている香水、どっちか買ってあげる。どっちがいい?」
試すような顔つきのレメ。
香水なんていらないが、断るタイミングでないことも理解できた。
「レメのを、頼む」
当然こちらの結論に至った。
「ふふん!」
レメは少しだけ上機嫌になった。
そうして昼ごろまで王都を楽しみつくしたレメはようやくアイスクリームを食べにいくことを提案した。
「ようやくアイスクリーム屋に行ってくれるのか!?」
「ようやくって何よ。楽しかったでしょ?王都散策」
「……まあ普通だ」
「なによ。お金を払ってでも私と一緒に出かけたい男が何人いることか。この前だって誘われたんだから」
「ならそいつと行けよ」
「馬鹿ね。ホント馬鹿。馬鹿であほのスカイくんはなにもわかってないんだから」
「馬鹿でアホとか言いすぎだろ。アイスクリーム、どれが欲しいんだ?」
ちょうど話題のアイスクリーム屋さんについたので、メニューを確認していく。
「うーんと、ホワイトベリーアンドラズベリーミックスセンチュリーアイス一つ」
「何それ!?」
自分たちは食べ物の話をしているはずだよな、とスカイは少し混乱した。
「美味しんだから、これ」
「名前が凄いぞ」
「スカイは別の頼んでよね。はんぶんこしましょう」
一度で二度味を楽しめる作戦だ。
スカイは素直に提案に従った。
「ブラックフェニックスストロベリーデラックスアイス一つ」
うまく言い切れたことが、ちょっとだけ嬉しいスカイだった。
アイスクリーム屋さんの店舗内で休みながら、ガラス越しに二人は王都歩く人々見ていた。
手には注文したばかりのアイスがあり、二人はスプーンで掬ってその味を楽しんでいる。
「レメ、こっちの美味しくないぞ」
「えー、それを先に言われるともう欲しくないかも」
「はんぶんこ、だよな」
「もう、仕方ないなー」
自分もホワイトなんちゃらにすればよかったなーと思いつつも、はんぶんこできたので無事リスク回避できた。
一人で来ていたらこうはならなかっただろう。
それになんだか二人で食べているほうが美味しい。
今日ここまで出向いてよかったかもしれない、今更スカイはそんな気持ちになっていた。
「人多いな」
大通りを指してスカイが言う。
ヴィンセント領にこれだけ規模の大きい街はなかった。
それに森で育ったスカイには人が溢れること自体が珍しかった。
「王都だもん。イストワール領の中心地もこんな感じですごいわよ」
「へぇー。結構都会っ子なんだな、レメは」
「そうよ。だからこういう人の多いところの良いところも悪いところも知り尽くしているわ」
「例えば?」
「いいところは、そうね……。こういうアイスクリーム屋さんのような美味しい店が一杯あるところかしら」
「森にだって美味しいものはたくさんあったぞ。この時期のヴィンセント鳥なんて脂が乗ってて美味いんだ、これが」
「そういう感じの、がさつなのと一緒にしないでよ」
「む、がさつとはなんだ。ヴィンセント鳥の味は上品だぞ」
「違うのよ、あーわかんないかな。映えよ。映え。ヴィンセント鳥は美味しいかもしれなけど、全然羨ましくないじゃない。その点、王都にある店たちは華やかで、オシャレで、友達に自慢できるじゃない。そういった総合点が高いのよ。そういうのがいいの」
「ちょっと待て。ヴィンセント鳥を仕留めたら地元ではヒーローだったぞ。自慢できないといったのを取り消せ!」
「ヴィンセント鳥の話はどうでもいいのよ!」
スカイはなんだか納得いかなかったが、今は王都の話だ。
人が多い街の良いところと悪いところを聞いている途中だったと思い出す。
地元の話はもういいか、と自分を嗜めていた。
「すまん、ヴィンセント鳥の話になると少しむきになってしまう」
「ふーん、そんなに言うなら美味しいでしょうね。ねえ、いつか連れていってよ。ヴィンセント領」
「……あそこは実家だけど、俺の居場所ではないぞ」
「少しだけでいいのよ。スカイの生まれ故郷が見てみたいし、そこまで言うヴィンセント鳥の味も知りたいわ」
「そうだな。レメにはいろいろと世話になっているし、ヴィンセント鳥をいつかご馳走しよう」
スカイは実家にこそいい思い出はないが、森は違う。
あの森は自分を育ててくれた親のような存在だ。
そこに住む動物たちも、植物たちも仲間であり、命を分かち合う大事な存在だ。
レメが見たいというなら、自分が大事にしていた森だけでも見せてあげたいと思った。
その時ちょうど、アイスクリーム屋さんの店内の窓から大通りが見えるのだが、外でなにやらひと悶着起きたようだった。
女性の叫び声が店内にまで届いた。
ヴィンセント領の森に思いをはせていたスカイも、意識を引き戻される。
「なんだ? 」
「あー、こういう人が多くて繁栄している街の悪いところね」
レメは何か察しているようだったけど、スカイは相変わらず分かっていない。
首を伸ばして見るが、人だかりができていて良くわからない。
「十中八九、強盗でも起きたんでしょう」
「こんな真昼間からか!?」
「ありきたりよ。ここは王都だもん」
なんだか落ち着いているレメが凄く大人に見えるスカイだった。
自分もなんとか落ちつこうとするが、どうにもうまくいかない。
アイスクリームを急いでかきこみ、頭を痛めながらスカイは席を立った。
「ちょっと助けてくる」
「これだけ大事になったんだから、すぐ憲兵が来るわよ」
「……行ってくる!」
やはりレメほど冷静ではいられなかった。
駆けだしたスカイを見て、レメもなんだか少し嬉しくなった。
自分は優しい人を好きになったらしい、と胸にひっそり思いを抱いた。
レメ「バランガにヒロインの座は渡しません!」