三十話 タルトン、カムズオン!!
タルトンという男はどこまでも不運な男だった。
貴族の家に生まれたにもかかわらず、幼少期乗っていた馬車が崖から落ちて川に流されてしまい、それ以来本当の家族とは会えていない。
しかし、不幸中の幸いとして山に住む賢者を名乗る老人に拾われて育てられる。
自分で賢者を名乗るような人だ、性格面は間違いなく変人といっていい人だった。
その自称賢者にタルトンは魔法を教えられた。
それは一般的に知られる魔法理論とは大きく違っていたのだが、タルトンにはそれしか学ぶ伝手がなかったため自称賢者の魔法こそが一般的なものだと思い込んでいた。
魔法をしっかり学べば、いつか立身出世につながる。
そうして世に出ればいい仕事を得られるばかりか、幼少期にはぐれてしまった家族とも再開できるのではないかと考えたのだ。
家族に会いたい、貴族に戻りたいという気持ちは常にあった。
数年の後、自称賢者のもとを発つと決めたタルトン。多くの魔法を教えて貰って実力がついたし、何より高等魔法学院へ通いたかった。
「お前に教えた魔法じゃが、世間じゃそれを禁忌魔法と呼ぶやもしれん」
山を下りる時、自称賢者かつ育ての親はそう言っていた。
世間とのつながりが楽しみで仕方なかったタルトンはその言葉を軽く聞き流していた。
王都に着いて、タルトンは早速高等魔法学院の入学試験を受けることに。
筆記試験は自称賢者から教わった内容でなんとかカバーすることができた。結構優秀な成績を収めたと言ってよかった。
そして続く実力試験で、タルトンは更なる躍進を遂げる。
実力を図るための実戦試験では相手となった教師を倒すことに成功した。
これは結構すごいことで、教師を倒したのはタルトンを含めて4名しかない。試験を受けた人数はこの数百倍である。
もちろんこの4名は全員合格。
筆記の成績も優秀だったタルトンは、自身のAクラス所属を確信していた。
Aクラスに入ればあらゆる優遇措置を受けられる。それを存分に利用して成績上位で卒業すればいい職を得ることができる。その先には念願の家族との再会、貴族としての生活も見えていたはずだった。
しかし、彼の不運はそこまで弱くない。
タルトンが実際に配属されたクラスはEクラス。
魔力総量もそれほど悪くない、しかも試験で教師を倒しているのだ。ありえない措置だった。
当然教師へ猛抗議しに行った。
そこで帰って来た回答が、タルトンの使用した魔法が使用可能魔法にカウントされないというものだった。
そこで思い出す。
自称賢者であり育ての親である、あの人が言っていたことを。
世間じゃ禁忌魔法と呼んでいる……。
禁忌魔法を軽く調べてみたが、世間じゃそんな知識を持つ物はいない。
自分に魔法を教えてくれた人は、どうやら普通の人間ではなかったとそのとき知った。
こうしてタルトンは高等魔法学院で大きく躓いたスタートとなってしまった。
しかし、入学して1か月も経つと、公式戦という実力で序列を覆せられるシステムがあることを知る。
これはチャンスだと彼は悟った。
使用可能魔法にはカウントされなかったが、公式戦で使ってはいけないというルールはない。教師を倒した時同様、ここの生徒も倒せばいいだけだった。
そしていよいよ公式戦の開幕がせまり、ランキング表が張り出された。
249位 スカイ・ヴィンセント
250位 タルトン
以上
タルトンのクラスには有名人が二人いる。
王女ソフィア・ナッシャーとビービー魔法使いのスカイ・ヴィンセントだ。
スカイの人となりは知らないが、ビービー魔法使いというのは知っていた。
魔力総量が1000未満の、劣等品のレッテルを張られた生徒のことだった。
クラスの皆が馬鹿にして陰口をたたいていたから良く知っている。
まさか、そのスカイ・ヴィンセントより自分のランキングが下だとは彼も思っていなかった。
本当はスカイが不戦勝をしているため、その配慮だったのだが、タルトンはそんなことを知る由もない。
彼は怒りに燃え上がり、スカイに公式戦を挑んだ。
あっさりと、受けて立つとの回答があった。
彼の不運はここでも発揮される。
スカイとの公式戦は結構早めに申し込みも済ませたはずなのに、なぜか二人の試合は繰り越されることに。タルトンは実に3週間もランキング最下位を背負うことになったのだ。
この悔しさ、怒りはなぜかスカイに向かった。
ぶつけてやろう、公式戦でこの怒りを! タルトンの心の炎は絶頂に達していた。
そして迎えた公式戦。
左サイド
タルトン Eクラス
魔力総量 5600
魔力性質 無
使用可能魔法 1種
対戦成績 0勝 0敗
ランキング 250位
右サイド
スカイ・ヴィンセント Eクラス
魔力総量 999
魔力性質 無
使用可能魔法 4種
対戦成績 3勝 0敗
ランキング198位
スカイはまさかの3勝を引っ提げて、ランキングも100番台に乗っけていた。
鴨が葱を背負って来た! タルトンはそう思ったのだ。
こいつを倒せば自分のランキングが跳ね上がることは間違いない。いい踏み台が目の前に現れた。
得意の禁忌魔法で仕留めれば、華々しいバラ色ロードに自分は再び戻れると夢みて。
いよいよ試合に臨むのだった。
使い魔はちゃんと呼んだ。
氷の霊獣、フィンが自分の肩にまとわりつく。
禁忌魔法の準備もできた。
試合が開始される。
勝てるはずだった。
ランキングが跳ね上がるはずだった。
やたらとスカイに向けられる注目の視線が自分に向くはずだった。
それがなぜか、禁忌魔法を詠唱する間もなく弾が飛んできたのだ。
そう、透明な弾が。
気が付いたときには10数発弾が体にヒットして、見た目に反して凄まじい衝撃に闘技場の端まで吹き飛ばされてしまう。
こうしてタルトンは何が起きたのかもほとんどわからずに敗北した。
ランキング
250位 タルトン
最初の対戦相手にも恵まれず、タルトンはまた最下位をひた走ることに。不運はまだ終わっていない。
怪我をしないはずの公式戦で指の骨を折ってしまったのだ。吹き飛ばされた時に着地がまずかった。
しかし、タルトンはなぜか負けた日以来清々しい気分でいた。
不思議だった。でも間違いない。
自分はあのスカイの超速魔法に魅了されたのだと気が付いた。
寝ても覚めてもあのとき受けた魔法が頭を離れない。あんな速い魔法があるのかと何度も思い返す。
そして次第にスカイともう一度話してみたいと思うようになった。
けど伝手もないし、公式戦を挑んだときの態度が良くなかった。
結構高圧的に挑んだのだ。
スカイはいつも一人きりでいる。なかなか近づきがたい雰囲気もある。
今更友達になれる可能性は低い気がした。
そんなタルトンの悩みに突如光明が差す。
それは生徒への知らせが載る魔導掲示板に表示されていた。
『一部生徒および教師からの申し立てにより、スカイ・ヴィンセントの魔力弾を反則行為と判断し、公式戦での使用禁止とする』
掲示板にははっきりとそう表示されていた。
現在勝ち星数でトップを行くスカイへの処罰は当然すぐに話題となっていた。
タルトンはそれほど友人が多い訳ではなかったので、この情報を知ったのは少し遅れたほうだ。
何か自分が受けた不遇と似たものを感じた。
磨かれきった美しさこそあれども、あの魔力弾のどこに不正があったのかと怒りに燃えた。
そして、気が付く。
これはもしやスカイと仲良くなるチャンスではないのかと。
このいかにもスカイが困りそうな不当な処分に、自分が新しい道を示してやれるのではないかと思った。
そう、自分の使える禁忌魔法ならば新しい可能性が。