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三話 魔力変換速度


「魔力封じの欠点は理解したね? では、いよいよ私が君に目を止めた話に入ろうか」

アンスは書物を何冊か取り出して、スカイに手渡した。随分と古い書物だった。

「これらは毎日が戦いだった頃の古い知識が記された書物だ。今教えられているものと違ってかなり実践向けだ。いろいろ調べて分かったことだけどね、魔力速度は大昔は魔力変換速度と呼ばれていた」

「魔力変換速度? 」


「そう、それが時間と共に間違って伝わったみたいでね、今じゃ君が言うような解釈になり、呼び名も魔力速度と呼ばれるようになってしまった」

間違って伝わった。スカイにはどうにも素直に信じられない話だった。

「魔力変換速度とは……、言うよりやって見せたほうが早いかな」


アンスはそう言うと立ち上がり、右手をほぐし始めた。

「今から君に再度魔力封じをかける。このゼロ距離なら時間差なしで届くだろう。私が魔力を練り始めたら時間を数えてみて欲しい」

訳がわからなかったが、スカイは言われるがままにした。


アンスの右手に魔力を感じるとすぐさま数え始めた。

1,2,3,4,5,6,7,8,9,10……!


あの感覚が来た。魔力を完全に遮断されたかのような感覚が。一瞬息に詰まる。

アンスがすぐさま魔法を解いて、スカイはリラックスした状態に戻った。


「どう? 気が付いたかい? 」

「なんか息苦しかった」

「いや、そこじゃないんだけどね……。ほら、秒数だよ秒数」

「ん? あっ、そういえば、10秒まで数えたかも。さっき詠唱時間は8秒って」

「そこ! 賢いねー」

子ども扱いされているのは分かったが、なんだかちょっとだけ嬉しいスカイだった。


「正確には、私が魔力封じを発動するまで9,2秒かかる。8秒で完成するはずの魔法が、9.2秒かかっている。自分で言うのもなんだけど、これ実は結構優秀な数値なんだよ? 」

「いや、8秒で完成するものが9.2秒って、ダメじゃん」

スカイの素直な感想に、アンスはやれやれと両手をあげた。

若干イラっとしたスカイだったが、話の先を黙って聞くことにした。


「1.2秒多くかかった仕組みは、先ほど話した魔力変換速度によるものだ。私の魔力変換速度は87%。8秒で完成する魔法を打つ場合、13%のラグが乗り、結果完成するのに9.2秒かかる」

「やっぱりダメじゃん」

「そうかな? 私の統計データだと、この世界の魔法使いの魔力変換速度の平均は50パーセントだよ。同じ魔力封じを使うのに、彼らは実に16秒も要してしまう。更に言うと、上級魔法は6,7秒帯に集まる。彼らの上級魔法が12、14秒かかっている間に、私の魔力封じが上をとれてしまうんだ」

「……ちょっと、すごいかも」

少しずつ理解してきたスカイは、だんだんとアンスが本当にすごい人なんじゃないかと思えてきた。


「そして、私が君に目を止めた理由。どうやら君は私の魔力変換速度を、その年で上回ってしまっているらしい」

そう、それこそがアンスがスカイの前に姿を現した理由だった。

スカイが魔力弾でヴィンセント鳥を仕留めていた瞬間を木の下で見ていたのだ。そして魔力弾の完成スピードに驚愕した。おそらく自分より速いと。


「今から詠唱時間が一秒かかる魔法を教える。”魔力波”というやつだ。接近戦闘を好む相手を衝撃波で弾き飛ばす初歩的な無の魔法だ」

新しい魔法を教えて貰えるだけでも嬉しかったのだが、おまけに自分は随分と速いらしい。

スカイはワクワクしながらアンスが教える魔力波に集中した。


アンスが教える過程で、スカイは何度もその完成速度を計ってみた。

確かに一秒以上かかっている。正確にはわからないが、アンスの話は信じられるものだとわかって来ていた。


練習し始めて数時間もすると、かざした手の先から強烈な衝撃波が生まれて、目の前の木の枝を弾き飛ばした。

更に一時間もすると、まだ雑ではあるが一応魔法を習得した。

練習中、何度も魔力枯渇を起こしたスカイはアンスから謎の飴玉を貰って回復をしていた。王都でよく売られている魔力補給食品らしい。魔力が少ない分、回復も早いスカイだった。


「よし、これを左手に握って、もう一度魔力波を」

アンスから渡された透明な丸いガラス玉。それを言われるまま握って、右手で再度魔力波を起こした。

先ほどと変わらない威力で、木の枝を吹き飛ばす。

「玉をこちらへ」

ガラス玉を受け取ったアンスは片目で中を覗き込んだ。

「おー、魔力波発動時間、1.075秒。君の魔力変換速度は93%だ」

93%、ラグは7%。

かなり速いと理解していいはずだ。スカイは素直に喜んだ。

「君の魔力変換速度を100%にし、今の時代に伝説のラグナシを復活させたいのだが、私に弟子入りするきはないかね? 」

何一つ迷うことなく、スカイは首を縦に振った。


この日を境に、アンスはスカイの師匠となり、二人の修行が始まった。


「スカイが魔力弾しか使えなかったのは幸いだった。同じ魔法の練度をあげることが、成長期の魔力変換速度を高めるのにかなり有効だ」

次の日、魔力弾をひたすら打たされた後、食事の時にアンスはそう言ってスカイに聞かせた。


「確かに魔力弾の威力は初めて習った時に比べて格段に強くなったけど、どうせなら魔力封じや、魔力波のような多彩な魔法も習いたい」

「それはまた今度な。スカイは本当に魔力量が少ないし、それに今はその段階じゃない。今はとにかく魔力変換速度最優先だ」

魔力が少ないのは否定しないのかとスカイは思ったが、口にはしなかった。


「魔力弾ばっかり強くなってもなぁ。地味だからなぁ」

「そう言うな。魔力弾は実はかなり優秀な魔法だ。それに”無”の性質とも相性がいい。他の性質だとその性質の特徴が混ざり弾の威力が弱まる。純粋な高威力魔力弾を打てるのは”無”の性質だけだ。練度の話はまだしていなかったね。今度また計ってあげるけど、個別の魔法にも練度というのがある。それが100に達したとき、君の魔力弾は立派な武器になっていると思うよ」

「また新しい話が出た」

アンスからはスカイの知らない知識がポンポンと出てくる。

注意していないと聞き逃してしまいそうなので、アンスの話は聞き洩らすことのないように気を付けていた。


「それもまた今度だ。今はとにかくラグナシを目指してもらうよ。私だって伝説の存在を見てみたいのだ」

「伝説の存在ね……」

家のお荷物とされた身から、一気に出世したものだと思った。

もしもそんな存在になれるなら、あきらめていたいろんな道に活路が出てくる。


アンスからの指示はただただ正確に、そして速く魔力弾を打つことだけだった。

右手から左手からも、どんどん休みなく打ち続ける。

止まった小さな的に100発100中で命中できるようになったら、今度は飛んでいる鳥や野生動物の細かい部位を指定され、それをその都度狙って打った。

それも完璧になったころ、こんどはアンスとの追いかけっこが始まる。


アンスは体に赤いシールを何か所かはっており、森の中を逃げ惑う。

必死に追いかけながら、スカイはその赤いシールめがけて魔力弾を打ち放つ。

三回当てるまでその日の修行は終わらないし、シール以外のところに当てると後で罰が待っている。


アンスは魔法使いとしての腕が格上なだけでなく、身体能力もすさまじかった。

軽やかに逃げ惑うし、魔力弾を寸前のところでかわす。

スカイに姿を見つけられると、一秒で魔力弾が10発近く飛んでくるので、だんだんとかわし切れなくなるが、赤いシールに当たらなければいいだけのこと。寸前で体をよじったりして赤いシールに当たらないようにする。

始めの数日は、赤いシールに三回当てるのに丸一日かかっていた。

終わったころ、空の頂上に月が昇っていたものだ。

しかも赤いシール以外には結構当てているので、罰が加えられる。

木の枝にぶら下がって懸垂や、脚でぶら下がっての腹筋など、古典的な身体訓練メニューが追加された。


そうして一か月も経つと、夕方ごろまでには三回当て切っている。


「ふー、今日は早かったね。赤いシールに三発。それとイテテテ、後頭部に一発ね。罰としてスクワット100回ね」

「あー、惜しかった! 師匠の後頭部ががら空きだったからつい積年の恨みで魔力弾を放ってしまった! あれがなければ! 」

「スクワット200回にしとく? 」

「いえ! とりあえず、食事の準備をしてきます! 」

スカイの腕前は日に日に凄まじいスピードで上達していた。

スカイ自身も、師匠であるアンスもそれを感じていた。


夕食は、スカイが魔力弾で仕留めてきた川魚だった。

今日も塩をかけただけの丸焼きだ。

一日走り回った二人には、こんな単純な飯でさえご馳走だ。


「はい、スクワットしながら聞いてね」

「オッス! 」

食後、アンスの話を聞きながらスカイは罰を受けていた。

「まずは、素晴らしい成長スピードだ。魔力弾の練度も上がっているだろうし、何より魔力変換速度の上達も素晴らしい」

「ありがとうございます」

「私の年になると魔力変換速度ってやつはもうほとんど成長しない。君の年齢で出会えてよかったと改めて思うよ」

スカイの方こそ出会えてよかったと思っていた。


「それと、最近全然実家に帰ってないけど、大丈夫かい? 」

「見捨てられた身なので。この間久々に帰ったとき、なんだまだいたのか的な目を向けられました」

「……かわいそうに」

アンスは本当に軽く同情しながら、自分のバッグからいろいろ玉を取り出した。

そのうちいくつかはスカイも見たことのあるものだった。


「帰らなくていいなら、時間はたっぷりあるね。今日はね、君の成長を確認するため、いろいろと測定器具を用意したんだ」

スカイのスクワットが終わるのを待って、アンスは玉を三つ用意した。

それを握らせて、久々に魔力波を使うように指示する。


「魔力弾じゃなくて? 」

「魔力波のほうが正確に魔力変換速度を図れるからね」

結局そこを計りたいらしい。じゃあ、後の二つはなんだ? 

二つに見覚えはなかった。

「これと、これは? 」

「ああ、それは魔力変換率。こっちは練度を計るものだ」

練度は以前アンスが言っていたのを聞いたことがあった。魔力変換率はまた知らない単語だった。

魔力率、魔力変換速度とは違うものなのか? という疑問がスカイの頭をよぎった。


アンスの修行はいつも順序正しく段階を経て進歩していく。今は急いで知る必要もないので、指示に従うことにした。いつか説明してくれるだろう。ただ、肝心なあれだけは聞いておきたかった。


「師匠。師匠は魔力総量を計らない測らないのですか? 」

「え、なんで? 」

「なんでって……」

スカイは一瞬言葉に詰まってしまった。

「それは、魔力総量が大事な能力値だからですよ。普通の貴族家庭じゃ最低でも一週間に一度は測るそうです」

「魔力総量なんてどうでもよくない? 」

「ああ、そうですか……」

スカイはそれ以上何も言わなかった。

今の時代に生きていて、魔力総量をどうでもいいと言い切る人がいるとは思わなかった。

なんだか、それがスカイにとってはとても嬉しかった。


高揚した気分で魔力波を放った。

以前と大差ない威力だ。まぁ、この一か月近く魔力弾しか使っていないから当然なことだった。


「はい、玉をこちらへ」

アンスに手渡すと、彼は急いで玉を覗き込んだ。

そして、すぐさま喜びの声をあげる。

「うおおお! 素晴らしい! 魔力波1.052秒。魔力変換速度95%だよ」

前は確か93%だった。たったの一か月で2%縮まったのだ。

スカイはちょっとだけ喜び、対照的にその凄まじさを理解しきっているアンスは小一時間騒ぎ続けた。


しばらくして落ち着きを取り戻すと、もう二つの玉の結果も知らせた。

「練度は11、まぁこんなものだね。魔力変換率は……おお! 凄いじゃないか! 98%ある。えっとー、君は神に愛された天才なのかな? 」

「はい? 」

何が何やら、わからずスカイは適当に応えた。

つい一年前まで、自分は神に見捨てられた存在だと思っていたのに、今じゃ神に愛された存在と言われている。人生って不思議だと、スカイはつくづく思った。


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