二十八話 使い魔覚醒
フルミンをなんとか呼び止められたので、今一度落ち着いて彼女がなぜ学園に残りたがっているのかという話をしてみた。
「この高等魔法学院を卒業した生徒には華々しい進路が用意されていることは有名な話ですが、その中でも公式戦30位以内で卒業ができた生徒には国から特別報奨が送られるんですよ」
「そうなんだな」
「はい、最終的に30以内で卒業で来たら一番いいんですけれど、とりあえず今は父の説得のための10勝が必要です」
「なにか欲しい報奨とかでもあるのか? 」
特別報奨の話題を出したということは何かしら要望があるのだろうと考えて話をふってみる。
「実はあります。私は望む仕事につく権利を貰いたいんです。使い魔治療師って知っていますか? 」
「使い魔治療師? 」
スカイが戸惑うのも無理ない。
ドラゴン族のように傷ついても、使い魔の世界に帰してやれば数日で回復することができるのだ。あえて人の手で癒してやる必要性はないように思えた。
「ぷぷ、スカイさんって生徒会役員なのにあまり知識豊富じゃないんですね」
「む」
確かに自分はそういう世間的な知識に疎い気がするとスカイはちょっとだけ自覚させられた。
「使い魔治療師っていうのはですね、私が作ろうとしている仕事でして――」
気が付いたらスカイはフルミンの顔面を手で掴んでいた。
「じゃあ知る訳ねーよな!! 」
「ぼ、ぼ、暴力反対です! 」
禁忌魔法の魅力にひかれてフルミンを呼び止めたことを今更後悔する。
このままじゃ話が進まないので、再度落ち着いてここは自分が大人になろうと決意した。
この女と普通にやりとりできる人間なんているのだろうか、とスカイは疑問に感じていた。
「ほっ、放して貰えて良かったです」
「使い魔治療師の話はわかった」
「わかってないですよ。まだ説明をしていません」
「……」
「使い魔治療師とは、私の能力を活かして使い魔が抱えるストレスや悩みを解決するお仕事です。けど、あまり需要がありそうにないのが欠点です。なので特別報奨で国にこの仕事を作ってもらえれば、私は生涯国のお金で仕事ができるのですよ」
「そういうとこはしっかりしているんだな」
「わたしはいつでもしっかりしています」
そうか、とスカイは話を流して本題に戻ることにした。
「あんたの目的はわかったよ。じゃあ、取引に入ろうか。俺はあんたに10勝させる。あんたは使い魔と対話できるその禁忌魔法で俺の奇術師ピエロの力を呼び覚ます。これでいいだろ? 」
「はい! じゃあ、早速10勝する方法を伝授してください」
「いいや、使い魔の力を呼び覚ますほうが先だ。話が怪しすぎる。まず実証してみせろ」
「いいですよ」
ごねるかと思われたが、意外にも彼女は素直に頷いた。
まずはスカイに使い魔を呼ぶように指示する。
言われたままにスカイはピエロを呼び出した。
「ヒャッハー! またまた呼び出してもらえて俺様嬉しいぜ! 」
今日も陽気な調子でピエロは亜空間から飛び出してきた。
フルミンの側を飛んでいるピクシーのユンに気が付き、すぐに鼻の下を伸ばしていた。
「これがスカイさんの使い魔ですか。随分と陽気な使い魔ですね。キモイです」
「オブラートに包めよ」
キモいのはスカイも同感だが、他人に言われるとなんか嫌だった。
「キモいけど我慢しましょう。その使い魔の力、早速覚醒させてあげてもいいんですか? 」
「聞きたいんだが、覚醒するのは能力なのか? それとも本体そのものが強化されるのか? 」
「個体によります。やってみないとわかりません」
どちらにしてもマイナスにはなりそうになかった。
「やってくれ」
GOサインを出す。
わかりました、と返事してフルミンは目をつむった。
一瞬で彼女の周りの空気だけが静けさに満ちた。なにやら神秘的な現象だった。
魔法の詠唱とはまたどこか違う。
目を閉じたフルミンの額の上にまばゆい光が集まっていく。
淡い光から、徐々にはっきりとした光源へと変わっていく。
そのタイミングで目を開き、光源を彼女は指で操りだした。
ピエロを呼び寄せるとそれをピエロの体の中に吸い込ませていく。
「ふう、これで完了です」
「もう覚醒したのか? 」
「ええ、そのはずです」
見た感じピエロに変化はなかった。
声も見た目もいつもどおり下品なおやじだ。
「おいピエロ。何か変化を実感するか? 」
「いいや、何も。それよりあのピクシーを紹介しやがれ」
本当に何も変わっていなさそうだ。
となると、変わったのは能力面。
今すぐトリックメーカーを構築してみたかったが、目の前のはフルミンがいる。能力をあまり知られたくはなかったが、これから彼女に付き合う機会も増えるためそのうち知られることにもなりそうだと考えた。そして、やはり興味心は止められずいまここでトリックメーカーの構築を試みる。
「ピエロ、魔力波のトリックメーカー構築がまだだったな、いまここで頼む」
「いいぜ、後でピクシーの連絡先聞いとけよ」
スカイの魔力波は無の性質初級魔法に分類される。詠唱時間1秒で、威力は100程度。ダメージ量が少ないが、この魔法は相手との距離をとるために使われるのでその点は心配ない。そして今の段階だと、接近してきた相手を5メートル吹き飛ばせられる。
接近戦に優れた相手の場合、この5メートルというのは少し心もとない。
スカイはこの点を改善しておきたかった。
「魔力波の吹き飛ばしの距離を伸ばして欲しい。出来れば今の倍くらいには」
「もちろん可能だぜ。その代わり……」
ここまではトリックメーカーの能力通りだ。この後奇怪を要求してくるまでがトリックメーカーの能力だ。
どうやらピエロはだいぶ悩み込んでいる。
少し様子がおかしい。
「そうだな、吹き飛ばしの距離を倍にして、更に威力も倍にしようか」
「は? 」
威力が半分ならいつも通りだ。
しかし、ピエロは間違いなく威力も倍だと答えた。
すぐに了承する旨を伝えたところ、ピエロもから構築完了を知らされる。
新たなトリックメーカー『吹き飛ばしてバイバイ』が構築された。
これが、覚醒の力と見て良さそうだった。
覚醒によって、トリックメーカーがいっきに化け物じみた能力になってしまった。
次いで魔力弾の構築もし直そうとするスカイだったが、ピエロはそれを拒否した。
「ダメだ、もうしばらくトリックメーカーの構築はしたくねー」
覚醒にはそれ相応のエネルギーが必要と見て良さそうだった。
それでも十分な成果と言える。
一人満足げ気に笑うスカイに、フルミンは不気味なものを感じた。
「なに一人で笑っているんですか? キモイですよ」
「オブラートに包めよ」
「なんかペチャクチャ言ってましたけど、上手くいっていました? 」
フルミン自身には成功か失敗かの判断はまだ付いていなかった。ピクシーを覚醒させたときもそうだったのだ。彼女はあくまで力を行使するのみ。
「成功だ。禁忌魔法というのに一層興味が湧いたな」
幸い高等魔法学院の図書館は書物が大量にそろっている。
しかもここは王都だ。国中の書物が集まるナッシャー図書館もある。
禁忌魔法というものにもっと触れる必要がある気がした。
金が必要になりそうなら、それも準備するつもりでいた。
それほどに禁忌魔法というのはスカイを魅了していたのだ。
「フルミン、お前と出会って最初は本当に後悔した。けど、今は魔法の新しい可能性が見えてきて嬉しい。感謝しているよ」
「後悔してたんですか!? 」
「10勝の件は俺に任せておけ。いいや、30位以内が良いんだったよな」
「は、はい!! 」
高揚した気分のスカイに釣られて、フルミンも気持ちが昂る。
「まずどこから始めようか。んー、そうだ。また公式戦を挑まれているから、とりあえずそれを見に来い。勝ち方を見ておくんだな。Aクラスなんだから、前の席から見られるだろ? 」
「予定あるかも」
「そこは来いよ! 」




