二話 師匠との出会い
スカイの魔力量が少ないことが判明したのは7歳の頃だった。
貴族の家では大体7歳を境に魔力量を測定しだす。
ヴィンセント家も例にもれず、スカイも二人の兄同様7歳になって初めて魔力量を測定した。
専門の調査員を家まで呼んでの一大事だった。
7歳時の魔力量は10歳時と比べてそれほど指標としては役に立たないのだが、それでも魔力量50以上が望ましいとされている。もちろん将来魔力量1000を超えるために必要な数値だ。
その時測定されたスカイの魔力量は、たったの5だった。長男が7歳の時は119。次男が7歳の時は107を記録したというのに。レース家のバランガに至っては同時期に魔力量348を記録して世間を騒がせている。
スカイは逆の意味で世間を騒がせることとなった。
伯爵家に魔力量5が誕生したのだ。7歳時の魔力量は後の魔力量成長にあまり影響しないとはいえ、かつてこれほどまでに低い魔力量を記録した貴族はいない。ヴィンセント家当主は何かの間違いではないかと測定を3度も繰り返した。5、5、5!! 魔力量5に疑いの余地はなくなった。
この日を境にヴィンセント家の人間はスカイから距離を置くようになった。
今まで受けいた厳しい教育も剣術の特訓も、この日を境に全てなくなった。
スカイは8歳を迎えたある日、森の中を散策していた。
魔力測定の日以来、スカイはずっと家に居づらい日々が続いた。
完全に放置されている身なので、少し危ない森に入ってもだれからも注意を受けなかった。
兄たちは専門の家庭教師をつけられて魔法や剣術を叩き込まれている。それが終わったら貴族の嗜みとして礼儀作法や馬術の訓練などもあるらしい。
自分の魔力量が多かったらあれに加わらなければならなかったのかと、スカイは遠い目でそれを見ていたりした。
魔力量が少ないお陰で自分は自由の身だ。
それを存分に活かさない手はないと、スカイは森をほとんど自分の庭として遊びつくしていた。
木から木へと飛び移るのも簡単だし、野生の動物を仕留めて簡単な飯にすることもできた。身体能力は普通に訓練を受けていたときよりも向上している気さえした。
家に帰っても昔のような豪勢な食事は待っていない。スカイの食事は使用人たちと共にするのだ。質素だが悪くない食事。しかし、成長期の身には幾分足りない次第である。
今日も唯一扱える魔法、魔力弾を使用して獲物をしとめるつもりだった。
ターゲットは森の上空を飛び交うヴィンセント鳥。この地方特有の鳥であり、焼いて食べると肉と脂のバランスが良く、病みつきになる。
掌に無色透明の魔力弾を作り上げていく。クルクルと魔力が回転していき、一瞬で丸い弾が出来上がる。
後は狙いをつけて飛ばしてやれば、ビンセント鳥の頭部に直撃して、獲物は一直線に森へと落ちてきた。
魔力弾というのは一番最初に習う魔法だ。魔法と呼べるかも怪しいものだ。
魔力を扱う初心者たちがその操作に慣れるために日夜魔力の弾を作るだけの作業だ。スカイの場合それを飛ばしているだけ。
ちなみに、魔力測定の日の後、ヴィンセント家を更なる絶望が襲った。
それは、スカイの魔力性質が”無”だったことだ。
一般的に、魔力量の後に、更に魔力性質も調べて優劣を決めるのだが、その序列というのが……。
火>水=土=風>光=闇>無
この序列は毎年更新されているのだが、数十年大きく序列が動いていないのも事実だ。
火の性質が優秀だとされるのは、魔力消費量が少ないにも関わらず強力な魔法が多いとされているからだ。無はつまり、その逆だ。魔力消費量が多いにも関わらず、威力の低い魔法が多い。
魔力量がカスだったスカイは、見事に魔力性質でもカスとされる”無”を引き当てた。
ヴィンセント家の絶望の深さはいかほどだったろうか。
スカイがまだ優秀な家庭教師から教育を受けていたころの名残が、先ほど使った魔力弾だ。
火の性質を持つ者なら魔力弾の色は赤色に染まる。無の性質だから、スカイの魔力弾は無色透明だ。
初めて教わったころと比べると、魔力弾の威力もかなり上がった。スカイの今の生活では、魔法はこれだけで充分だった。
木から木へと飛び移り、落ちた獲物の元へと移動する。
獲物を見つけて、木から飛び降りる。
その場で一回転して衝撃を殺し、獲物を拾い上げ、家路に着こうとした時だった。
木陰から拍手をしながら現れた男が一人。
フードを被り、痩せた顔に笑顔を浮かべていた。
旅人の装いだが、どこか不思議な凄みがあった。
一瞬で警戒態勢に入ったスカイだったが、すぐさま相手に手を向けられて違和感を感じた。
「魔法、使えないだろう? 」
訳が分からなかったが、確かに魔力が練れない。唯一の武器である魔力弾を封じられた。
「ごめん、ごめん。同じ”無”の性質を見つけて嬉しかったから、ついお手本を見せてしまったよ」
旅人の顔は笑顔のままだったが、スカイは汗が止まらない程の緊張感を感じ続けた。
結論から言うと、この人はスカイの人生を変えることになる人だ。
この後一年ヴィンセント領に居ついて、スカイの師匠をすることになる。
二人は焚火を眺めながら黙ってヴィンセント鳥が焼かれるのを待っていた。脂が爆ぜて、香ばしい煙が辺りを包む。
「悪いね、美味しそうな鳥を分けて貰って」
「簡単に取れるし、ここらはヴィンセント鳥が多くいるから別にいいよ」
先ほどのひと悶着から一段落して、旅人が空腹を訴えたため、二人はヴィンセント鳥を食すことにした。
「君は見た感じ貴族の子弟っぽいけど、そろそろ帰らなくていいのかい? 」
「いない者扱いされているから大丈夫。簡単に言えば、落ちこぼれってやつ。期待されていない代わりに、束縛も一切ない」
「あははは、随分と前向きだね。普通はもっと落ち込むような話に聞こえるけど」
実際その通りである。
魔力量が少なくて絶望し、自分で命を絶つ若者までいるほどだ。スカイほど明るく生きている例はかなり珍しい。
「森が好きだからね。別に落ち込む必要もない。それよりさ、おじさんさっきお手本って言ってたよね? 」
「ん? 」
「ほら、俺の魔法を封じた時。同じ”無”の性質だとか、お手本を見せたとか」
「ああ、言った気もする」
「てことはさ、俺も将来おじさんみたいな魔力を封じる魔法を使るようになるってこと? 」
旅人はしばらく考えて、どこから話し始めようか整理しだした。
「まずは私はおじさんじゃない。アンスっていうんだ。君の名は? 」
名前を名乗られて、スカイは初めてアンスの顔をはっきり見た。目鼻立ちのいい、俗に言ういい男って感じの顔だった。髪は特徴的な白色で、荷物は背中に背負った大きなバックだけだった。
「……アンスさんね。俺はスカイ・ヴィンセント。いや、もうほとんどただのスカイだね」
「かわいそうに。その年で家名を失うとは」
「いや、まだ失ってないよ。ほとんどだから」
人に言われると、どこか家名を惜しんでしまう。
「さて、質問に答えようか。私の魔力性質は君と同じ”無”だよ」
「やっぱり! じゃあ、俺もさっきの魔法を使えるようになるのか!? 」
「それもイエスだ。君も使えるようになる。ただ、実を言うとあれはそれほど便利な魔法じゃない。君が僕の存在に気が付いていなかったから驚かすために不意打ちで使っただけなんだ。実戦で使うには難しい魔法だよ」
スカイにはなんの話かイマイチ理解できなかった。
相手の魔力操作を封じる魔法なんて最強な気がするのだが……。
だから、頼みこむ。
「アンスさん、さっきの魔法を俺にも教えてよ。俺魔力弾しか使えないんだよ。この領にいる間だけでいい。俺は食事を提供するから! 」
「んー、それよりももっといい話がある。私がわざわざ君の前に姿を現した理由もそこにある」
もっといい話? 相手を即死させる魔法とか?
スカイは期待に胸を膨らませた。
教えてくれる相手がいなかったときは欲も出なかったが、目の前に格上の同じ魔力性質の男がいるのだ。欲が出ないはずもなかった。
「なぜ、私がさきほどの魔力を封じる魔法を勧めないかという話から始めようか」
ヴィンセント鳥の焼き加減を忘れるほど、スカイは集中して話に耳を向けた。
「先ほどの魔法は無の魔力性質を持つものが使える魔法、”魔力封じ”というやつだ。段階を踏んでいけば、君も初歩なら数年後に扱えるようになるだろう」
なら問題はないではないか、スカイの期待は更に大きく膨らんだ。
「ただ、魔力封じはには大きな欠点が二つある。一つ目、使用する魔力量が非常に大きい」
「あ」
スカイはここで一気に絶望の底へと叩き込まれてしまった。
忘れていた、自分の魔力量が一年前の測定で5しかなかったことを。5,5,5、5だ!
「ん? 話を進めるよ。魔力封じは消費魔力量が980と膨大だ。そこらの魔法使いじゃ一発撃ってそれで魔力は空っぽだ。無の性質に良く言われることだが、本当にコスパが悪い。魔力封じはその拘束時間たったの3秒。コスパの悪さ極まれりだね」
980にスカイは凍り付いた。5だ。自分は5である。980という数値が遥か高見にあるように思えた。
「なんだか青い顔をしているけど、大丈夫かい? 本当に重要なのはこの後の話なんだけど」
「ハイ、ダイジョウブデス」
「大丈夫じゃなさそうだね。鳥の焼き加減がいいし、ここらで先に食事にしない? 」
スカイは無言でカクカクと頷いた。
二人は塩がかけられただけのシンプルな鶏肉を頬張った。
空腹が助けて、二人ともそれなりに美味しくいただけた。
スカイの回復具合をみて、アンスは話を再開することにした。
「さっき言った、魔力封じのもう一つの欠点だけど」
「ああ、俺には一つ目で絶望だったけど、まだあるのか」
「そんなに落ち込むことはない。使用しなければいいだけの話だしね。ところで、スカイ君。魔力速度というのは知っているかね? 」
魔力速度。スカイは当然それを知っている。
貴族に生まれた家でまず教えられる魔力に関する基本知識だ。
魔力総量
魔力性質
魔力率
魔力操作
魔力速度
この五つの基本概念は魔法を学ぶ者が一番最初に叩き込まれる知識である。
「馬鹿にしないでください。見捨てられた存在とはいえ、7歳までは伯爵家の子弟としての教育を受けてきたのです。それくらいわかります」
「では、説明してみてよ」
どこか挑発的な態度に、スカイはムッとして答えてた。
「魔力速度とは、魔法が標的までに到着する速度であり、魔法によって速度が違うし、使い手によってもその速度に誤差がある。一般的に同じ魔法であれば、速ければ速いほど優秀な使い手とされる数値です」
アンスはパチパチと大きく響く拍手を贈った。
「ぶー、全然違います」
「は? ヴィンセント家は王都より優秀な家庭教師を招いて教育を施しているのですよ? 違うはずありません! 」
「平和な世が長く続き過ぎた今の世は間違った知識がはびこっている。その最たるものが魔法速度に関する知識だね」
アンスは脂で汚れた口元をぬぐって、再び話始めた。
「話を戻そう。先ほどの魔力封じ二つ目の欠点についてだ。魔力封じは、無詠唱で発動して8秒後に完成する。完成後、君に届くまでは先ほどの距離だと一秒もかからないだろう」
「だからその一秒が魔力速度でしょ? 」
「そう言われているけど、発動までかかった8秒はどうして考慮しないんだい? 」
「それは……知らないよ」
「例えば、他の誰かが8秒間守り切ればいいかもしれない。例えば先ほどの私みたいに隠れて詠唱して、現れると同時に発動すればいいかもしれない」
「その通りだ」
「でも、一体一で相対する敵は8秒も待ってくれないんだよね。実際は」
「それもそうだけど……、そんなことは習っていない」
「この世界が平和になり過ぎたせいだね。実際戦う場面になればいろいろやり方はあるんだけど、やっぱり8秒って言うのは結構致命的だ。他の性質の上級魔法の詠唱時間が6,7秒に固まっているのも痛い。一秒の差でこちらは焼かれ死んでもおかしくはない」
無の性質が不遇だと言われている理由が、少しだけスカイにも理解できた気がした。
「ここから更に大事な話。暗い顔をしているけど、別に僕は無の性質が悪いとは思っていないよ。むしろ最強の性質とさえ思っている」
「最強? 」
ちょっと言い過ぎでは? とスカイは思った。