十五話 生徒会長は見た
ソフィアに部屋まで押し入られ、バランガに呼び出された日以来スカイは平穏な日々を過ごすことができていた。
スカイにちょっかいを出そうとしていた他の貴族連中もいたのだが、どうやらスカイ本人がビービー魔法使いらしくなく強いという噂が広まって手を出す勇気が消え失せたようだ。何しろ倒した相手があの天才の呼び声高いバランガ・レースである。バランガは自分が返り討ちにあったことを隠そうとしたのだが、どうやら取り巻きのうちの誰かが外に漏らしたようだった。
漏れたら漏れたで、出るところに出てスカイから魔法での攻撃を受けたと訴え出たバランガだったのだが、それはなぜか揉み消されるどころかバランガ側に停学の処罰が下された。
とある有力な機関によるこの決定は、結構な波紋を起こしたのだが、スカイはまだそこのこと知らなかった。
そういうわけで、スカイ本人は以前と比べて格段に生活しやすくなった。
あからさまに嘲笑してくる相手はいなくなった。かといって気安く友達になろうとする人間もいない。静かな日々がやって来ただけでも十分だとスカイは思っていた。
いや、完全に静かではなかったか。
ガッと机がずれて、窓の外を眺めていたスカイの意識を引き戻す。
そこにはソフィアが立っており、彼女が机を軽く蹴ったようだった。スカイを一瞥すると彼女は教室を出ていった。このように日に2,3度彼女はスカイの物もしくはスカイ本人に対して軽く蹴りを入れてくる。あからさまな対抗心を持って睨みつけるところまでテンプレだ。
若干うざったい存在なのだが、相手は王女であり、被害が今のところイラッとくるだけのものなので特に対策を講じてはいなかった。
師匠が同じで、その師匠がスカイをやたら褒めていたというのがソフィアの怒りの原因だ。スカイにはどうしようもないことなので、今はただ耐えるだけ。
ソフィアは幼少期、そしてアンスが旅から戻っての数年、ずっと彼に専属の治療師として側にいて貰っていた。実際他の治療師だと幼少期のソフィアの命をとどめおけなかっただろうし、アンスが旅に出ている間もソフィアの体調は良くなかった。アンスが戻って来て以来、彼女の体調はすこぶるいいのでアンスの腕の良さがわかる。
命も助けて貰い、アンスから正しい魔法の知識も与えられ、魔力変換速度93%まで成長したのも全てアンスのお陰。ソフィアが彼を慕わないはずはなかった。
アンスにフィアンセがいると知ったときも逆上したのだが、お相手が聖母のような人だったのですぐに許したソフィアだった。
しかし、今回は話が違う。
師匠がやたら褒める伝説のラグナシがどんなものか見てやろうと思っていたのだが、ただの小便臭い小僧だったのだ。事実でなくとも、ソフィアにはそう見えている。そうに決まっていると思い込んでいる。
到底許せるはずもない。アンスは計画性のない男だとソフィアも知っている。旅の途中で変なキノコでも食べたのだろう。朦朧としていたに違いない。それ故、スカイがやたらすごく見えていて、誤解を招き彼ばかりを褒める。
いつかそんなスカイの化けの皮を剥がしてやろうと心に決めていた。
ソフィアに小便臭い小僧だと思われているとはつゆ知らず、スカイは随分とマシになった学校生活を満喫していた。
図書館では静かに本が読めるし、食堂に行けば飯が食える。寮の部屋は清潔にしておけば、いつでも綺麗なベッドの上で快眠が取れた。森での生活よりもはるかに快適だった。それでもたまに自然が恋しくなり、休日には学校の敷地を出たりもした。しかし、ここは王都。スカイが求めるような緑豊かな自然は早々ない。
今日も求める自然を見つけられずに、学校に戻ったスカイだった。
敷地内に入り寮の部屋へと戻る道中、スカイは嫌な光景を目にする。
複数の貴族連中が平民の男一人を囲み、なにやら良からぬことをしでかそうとしているようだった。
見るからにリンチの現場だ。スカイはため息をつき、少し考える。
それはほんの気まぐれだった。
別に助けてやる義理もないのだが、なんだかつい先日の自分を見ているようで放っておけなかった。平民の男がどうしようもない状態になるのなら手を貸そうと決めて隅から様子を伺う。
そもそも、この高等魔法学院は貴族連中の力が強すぎる。
生徒の半数以上が貴族の子弟であり、彼らは入学試験を受けずとも入学が可能だ。更に学校内の施設には貴族しか使えないものも多く、食堂などは平民とは完全に分けられていた。ちなみにスカイは金欠気味なので値段の安い平民用の食堂で食べている。
それを平民たちに白い目で見られているのだが、スカイはまだ気が付いていない。
学校内では生徒に特権が渡される各役員会などもほとんど貴族側が占拠しており、その横暴さがうかがい知れた。学校など世間の縮図なのだから仕方ないのかもしれないが……。
とにかく、そんな貴族の横暴が目の前でまさに今行われようとしていた。毎年ある光景だ。けれど、今年に限ってはビービー魔法使いが注目を集めていたこともあり、しばらく嘲笑の目はスカイに向けられていた。バランガを返り討ちにしたことで手出しができなくなり、時期遅れの平民いびりが始まったわけだ。
貴族連中の中心人物が命じて、取り巻きたちが平民の手足を拘束する。
あれでは魔法を撃たれればかわしようがない。
先日バランガもああいう戦術をとるべきではなかったのか? とスカイは思った。まあ、体術の心得があるスカイには通じなかっただろうけど。
身動きが取れず、助けを呼ぶ平民の生徒。
しかし、場所は校舎の隅っこ。偶然誰かが通るとも思えない。
仕方なく、スカイは手を貸してやることにした。
貴族の生徒が嫌な笑みを浮かべながら魔法の詠唱に入った。
土の性質、初級魔法ストーンボール。詠唱時間一秒。威力はおおよそ100程度。
相手が詠唱時間を開始して、スカイはしばらく待った。
2.5秒後に魔法が放たれる。魔力変換速度40%。
それに合わせてスカイは隠れた場所から魔力弾を打った。
ストーンボールと魔力弾がぶつかり、魔力弾の威力がまさったため、ストーンボールが砕け散り魔法を放った貴族の生徒に向かって砕けた石が無数に広がって撃ち返される。
「ぐあっ!? 」
はじき返された石が目や顔にも大量に当たり、苦痛の声をあげながら貴族の生徒はうずくまった。
無事防衛に成功してホッとするスカイ。相手の魔力変換速度もストーンボールの大体の威力もわかったので、次はもっとうまく合わせられると思った。
しかし、はじきかえしたストーンボールの当たり所が悪かったみたいで、貴族の生徒は逆上してしまった。起き上がるとすぐに叫び出す。
「てめー! 何しやがった」
平民の生徒に問い詰めるが、彼は首を横に振るばかり。
事実知らないのだから答えようもない。スカイの存在には誰も気が付いていなかった。
「姑息なことをしやがって。もう容赦しない。中級魔法をお見舞いしてやる! 」
姑息はそっちだろうと思いながら、そういえばバランガも似たようなこと言っていたのを思い出す。
自分の姑息さを棚に上げて、相手のよくわからない反撃を姑息と決めつけるなんて見下げた連中だと感じた。
そして疑問が生じる。貴族っていうのは得てしてああいうものなのか? と。なら自分はその貴族社会で育たなくて本当に良かったと改めて思ったスカイだった。
貴族の生徒が逆上しながら魔法の詠唱を開始した。
土の性質、中級魔法大地の息吹。詠唱時間5秒。魔力変換速度40%で実際の詠唱時間は12.5秒。威力は500程度だ。
秒数を数えながら、スカイは杖を構えた。相手が中級魔法なので一応準備しておいた。
貴族の生徒も杖を使っているので、威力は500以上とみていい。
大地の息吹が放たれるのに合わせて、スカイは魔力弾を2発撃ちこんだ。
一撃は綺麗に大地の息吹と相殺し合い、二発目は貴族の生徒の顔に命中して彼を吹き飛ばした。
取り巻き連中が急いで彼のもとに駆け寄る。
平民の生徒はそのすきに逃げ出したようだった。
無事彼を救えたので、スカイもその場を後にすることにした。
しかし、すぐに後ろから人の気配がした。手を掴まれそうになる。一瞬でその手を振り払って、掴まれるのを回避して一歩飛びのいた。
男が一人と、女が一人、いつの間にかスカイの後ろを取っており、危うく拘束されかけた。スカイのとっさの動きも素晴らしかったが、どうやら二人にも体術の心得があるようだった。先ほどの貴族連中とは無縁なことは明白だ。しかし、正体がわからない。いつからいたのかも。
男の方は細目が特徴的で、絶えず笑顔を保っている。女の方は対照的に少し開き過ぎな目でスカイを興味深気に眺めた。
「君、今のどうやったの? なんだかよくわからなかったわ」
「……手を振り払ったところですか? 」
「いいや、違うよ。魔法だよ。さっきの貴族連中の魔法を相殺したやつ。お姉さん全く見えなかったからびっくりしちゃったよ」
「何のことでしょう? 」
「しらばっくれるつもりね。いいわ、それでも。私は生徒会長のスルン・イストワール。彼は生徒会副会長のレンギア・ケスト。先日バランガ君と揉めた時、偶然レンギアが君たちのことを目撃していてね。彼が言うには君が随分と面白い能力の持ち主だということだから、しばらく君のことつけていたの」
言葉の最後にウインクが添えられたが、ストーカーの自白に違いはないので可愛くとも何ともなかった。
スカイは相変わらず警戒心たっぷりだ。
ずっとつけられたいたのに、気がつかなかったのが二人の実力を証明していた。
「いい趣味してますね。生徒会ならさっきのような現場を放置せずに助けるべきじゃないんですか? 」
生徒会の役目は学校生活の秩序を守ることにある、と学則で呼んだのを思い出してスカイは話を自分から逸らした。
「君が対処してくれると思ってね。そんなことよりも、魔法のことを話してくれるつもりはない? 」
「……ないですね」
「そっか、じゃあ取り合えず君は強制連行と行こうかな。もっと静かなところで話し合おうよ」
強制連行と聞いてバトルが始まるのかと警戒したが、どうやらそのつもりはないらしい。
「君、さっき学校の敷地内で許可なく杖を使用して魔法を行使したね? 」
「ええ、僕も見ました」
会長スルンの追及に副会長のレンギアが言葉を添えた。
「高等魔法学院学則12項。許可なく魔法を使用して私戦を行った者には罰則を与える。内容は教師もしくは生徒会が決めるものとする。いいかい? まだここに居たいなら黙って付いてきなさい。悪いようにはしないから」
この学校での生徒会に与えられる権力の大きさは話には聞いていた。それ故、多くの生徒の在学中の最大の目的が生徒会への加入らしい。下手に逆らえば、本当に学校にいられなくなるかもしれない。退学になろうが知ったこっちゃないが、実家にいる父が憤慨するのは目に見えている。それはそれで面倒だった。静かに暮らしたいだけなのに、どうやらそれは敵いそうにない。
やっかいな連中に目をつけられたとスカイは気を重くした。
「杖を使って魔法を行使したのはさっきの貴族連中も同じだ。俺だけ罰則ありってのはフェアじゃない」
「そう、この世界も生徒会もフェアじゃない。君に罰則を与えるつもりはないし、彼らは後でボコボコにする。フェアじゃないだろう? わかったら、黙ってついてきなさい」
そういうことなら、仕方ない、とスカイは黙って歩き出した二人に付いていった。