十二話 やたら強いやつがいるらしい
侯爵令嬢といえば、蝶よ花よと大事に育てられて、男子と関わることすら禁じられ、温室の中でぬくぬくと成長するものだと普通は考えられている。
タンガロイ家には娘が一人いて、今年15歳になる。タンガロイ領の人間は、その一人娘の美しさを想像しては酒の席で妄想を語り合い、酒の肴にしている。
けれど、実際はそんな存在どこにもいやしない。
彼らが噂している隣の席で肉にかぶりついている女性こそが、タンガロイ家の一人娘にして長女であるアエリッテ・タンガロイその人だ。
まさかそこにいるとは思わないし、彼らの想像ではアエリッテは輝くようなきめ細かい肌をしており、ブロンドの髪をなびかせて、頭には花で作られた輪っかを乗せているのだ。
実際は、脂にまみれた口元を気にせず肉にかぶりつくような女性なのだが。
アエリッテの顔は美しい。しかし、口元に脂をべっとりとつけていればその美しさが影をひそめるのも無理ない。
「ああ、たまんない。このジャンキーな味」
たまにほしくなる星屑亭のジャンキーな味を楽しみながら、アエリッテはそうつぶやいた。
もうすぐ高等魔法学院に通うため、領地を出なくてはならない。最後に思う存分星屑邸のジャンキーな味を楽しみつくしたかったのだ。
だから、父に怒られることを覚悟しながらもこうして一人で肉にかぶりつく。
そのうち執事にバレて家に連れ帰らるのだが、家に帰っても父から簡単な説教があるだけだった。
あまりうるさく言わないのには、それなりのいくつか理由がある。
アエリッテはそもそも侯爵令嬢らしくない。ずっと子供の頃からそうだった。
同年代の娘たちがオシャレや、音楽を楽しんでいる間も、アエリッテは一人野山を駆け回っていた。
そして、もう一つ父親が強く出られない理由があって、それはアエリッテが稀代の天才魔法使いだったからだ。
15歳になったばかりの先日、叩きだした魔力総量は28000。歴代魔法使いでも最高値だった。
魔法の性質は火で、魔力率は100%。
魔力操作、魔力速度もA級と申し分ない。
更には、若干15歳にして火の魔法100種を全て使うことが可能だった。
天才の中の天才。もはや侯爵令嬢の枠に収まりきらない娘だったため、父は事あるごとに手を焼かされても娘をきつく縛ることができなかった。
その娘が15歳を迎えて、高等魔法学院に通うことになる。
いよいよ手の届かないところに行ってしまうと、不安にお腹を痛めていた。
「アエリッテよ、父からのお願いだ。お前が自由奔放なのは知っている。知ってはいるが、王都であまり目立つことをしてくれるな。お前は侯爵令嬢の身なのだ。間違っても、冒険者ギルドなどにはいくな。あれは貴族が行くような場所ではない。我が領だから目をつむっていたのだぞ」
アエリッテは常々魔法の使い場所を求めており、魔物を狩ることでお金まで貰える冒険者ギルドは持ってこいな場所だった。父にバレたときは卒倒しかけていたのを思い出す。
その冒険者ギルドから、優遇されるゴールドカードを渡されたと知ったらどうなるだろうかと、心の中でほくそ笑んでいたりもした。
「わかっていますよ。王都の冒険者ギルドには行きません。高等魔法学院に通うために王都へ行くのですから」
「絶対だぞ。アエリッテ、信じているからな。冒険者ギルドにだけは行ってくれるな。高等魔法学院で大人しく勉強をするのだ」
「はいはい、わかりました」
アエリッテはこの数日後に領地を旅立った。王都にある高等魔法学院へ向けて。
そして、王都に着くなり、人を捕まえて尋ねた。
「すみません、冒険者ギルドはどちらでしょうか? 」
父との約束はとうに忘れ去っていた。
高等魔法学院の入学には、まだ数日の猶予があった。
その数日を使って、冒険者ギルドを介して魔物を何匹か仕留める予定を組んだ。
慣れた足つきで冒険者ギルドに入り、若干服装を崩す。ここの連中が貴族をあまり好まないことも知っているアエリッテだった。
冒険者ギルドの中はやけに賑わっていた。
王都だから冒険者の数が多い。タンガロイの冒険者ギルドより繁盛していてもおかしくはないが、それにしても随分な賑わいだった。
受付でゴールドカードを提示して、事情を聴きだす。
自分の歳でゴールドカードを持っていることに驚かれるが、すぐに冷静に説明してくれた。
どうやら、今朝がたA級魔物が討伐されたらしい。王都郊外に潜む魔物で、討伐されたのは一か月ぶりとのことだった。
「ああ、そう言えばあなたと同じくらいの年頃でしたよ。ゴールドカードも持っていましたし、毎年この時期って若くて凄い使い手が何人か現れるんですよね」
と、職員が説明する。
なるほど、と思った。アエリッテには大体の想像がついた。
どうやら自分と同じ、高等魔法学院に通う生徒だろうと見当がつく。毎年例があるのなら、先輩方にも凄い使い手がいるのだろうと思った。
A級の魔物を一人で狩ったとしたら、そうとうな使い手だ。
相性にもよるが、稀代の天才と言われるアエリッテでさえソロでA級を狩ったのは数回しかなかった。
アエリッテは予定を変更して、A級魔物を狩った男を待ち伏せすることにした。
受付嬢曰く、A級を狩った後に、また依頼を受注したらしい。それもA級の魔物とのこと。
一日にA級二体の討伐となると、自分以上の才能かもしれない。是非一目会っておきたい、とアエリッテは思った。どうやら今朝受注した依頼も数時間で討伐したらしいので、待っていれば会えるんじゃないかとの情報がある。
確かに数時間待つと、冒険者ギルドがまた一気に騒がしくなり、どうやら目的の人物がやって来たらしかった。
間違いなくアエリッテと同年代だった。
今年高等魔法学院に通う生徒なのは間違いなさそうだ。
手続きを終えて、お金を受け取った後、その男は周りからやたらと声を掛けられていた。その取り囲みが散ったのを見計らって、今度はアエリッテが近づいた。
「こんにちは」
「ああ、どうも」
銀色の杖を腰辺りに二つ浮かべている。体つきからして体術の心得もあると見えた。
「あなた高等魔法学院に通う生徒? 」
そう聞かれて、男は辺りを見回した。あまり貴族だということをバラしたくなったらしい。
「ばれても大丈夫よ。どうせちょっと嫌われるくらいだから」
「そうなのか? 俺の師匠は袋叩きにあうと言っていたから」
「大げさね。A級の魔物を狩ってくる相手をどうやって袋叩きにするのよ」
「それもそうか」
少し抜けている印象を受けたアエリッテだった。
「わたしはアエリッテ・タンガロイ。侯爵家の人間で、今年から高等魔法学院に通う生徒よ」
「ああ、そうか。俺は……あまり名乗りたくないんだが、いいか? 」
「ダメね。侯爵家の人間が先に名乗ったのよ、失礼ではなくて? それにどうせ同じクラスで3年か共にする仲になるだろうし、隠したってすぐにバレるわ」
「そうなのか。俺はスカイ・ヴィンセント。父親にあまり目立つことをするなって言われているから、ここに来たのは内緒にして欲しい」
「ヴィンセント家って言えば、伯爵家じゃない。ばれるとまずいのはわたしも一緒だからお互い様ね。それにしてもA級を一日で2匹も狩れるだなんて随分な実力ね。魔力総量はいくらほどなのかしら」
魔力総量と言われて少しだけ口ごもるスカイだった。
あまり自分の恥ずかしい魔力総量を口にしたくない。
ヴィンセント家の三男坊といえば、ビービー魔法使いとして有名なのだが、どうやらアエリッテはそのことを知らないご様子。
「ふーん、魔力総量を隠すとは、随分要人深いわね。首席争いはどうせわたしたちでしょうから、懸命な判断かもね」
黙っていると、アエリッテの方が勝手に勘違いをしてくれた。
ビービー魔法使いだといきなり揶揄されずに済んだとスカイはホッとした。
「あなたも持っているんでしょう? ゴールドカード。こんな一生懸命に励んでいるってことは、更に実績を積んでブラックカードへの昇進をねらっているのかしら? 」
ブラックカードのことなんて一切知らないスカイだった。
父親に在学中あまり関わってくれるなと話したら、生活費も送ってくれなかった。あのくそおやじと罵って、自分で生活費を稼いでいる途中だっただけだ。
そしてゴールドカードは提示すれば買取金額が1.1倍になるので、提示していただけのこと。
「そういうわけじゃ……」
また口ごもるスカイ。
「いいのよ。隠したって。どうやらあなたとは冒険者ギルドでもライバルになりそうね。ふふふ、楽しみだわ。これまでの人生で張り合いのある相手なんて一人もいなかったから、ようやく相手をしてくれる人がいそうで愉快だわ。よろしくね、スカイ・ヴィンセント」
「ああ、こちらこそ」
その後、アエリッテは依頼を受注することなく高笑いしながら冒険者ギルドを後にした。
変な奴に出会ったとスカイは思っていた。タンガロイ家の侯爵令嬢は全く令嬢らしくない。どこか憎めない相手だったが、いずれは彼女も自分のことをビービー魔法使いと罵ってくるのかな、と思うとなんだか気が重い。魔法学院に入ったのは間違いだったかな、と今更ながらに思うスカイだった。