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異世界召喚被害者の会。閑話集  作者: 中崎実


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9/19

そのきゅう:いっつ・あ・すもーるわーるど。

日本にいるとわからない、贅沢のお話。

「で、今度はなんで喧嘩したんだ?」


 反抗期になって母親としょっちゅう喧嘩するようになった姪が、また押しかけて来た。

 一晩泊めるくらいは何でもないんだが、事前連絡する習慣が身についていないのが困る。


「予防接種しろって言われたから」


 年齢相応の子供らしいふくれっ面で返してきたが、いかにも日本らしい、贅沢(ぜいたく)な不満だ。


「やれるならやっとくものだろう。喧嘩する必要あるか?」

「だって、友達はやってないもん。注射嫌いだし」

「好き嫌いでやめるものじゃないぞ」


 こちらでなら防げる病気で住民が全滅したり、軍が壊滅する事態は異世界(あちら)では珍しくないことだった。


 戦線が膠着(こうちゃく)すれば、衛生管理の不備から下痢が蔓延(まんえん)して階級の低い者から戦病死。熱病が流行(はや)れば大人も子供もバタバタと死に、まともな埋葬すらできなくなって大穴に遺体を雑に放り込む羽目になる。そんなことが珍しくないのが、まともな医療のない世界だ。

 あちらの疫病を体験している帰還者は、苦悶(くもん)の表情をそのままに死んで腐りはじめていた遺体の山と、死体の上をうごめいていた(うじ)と、強烈な腐敗臭を知っている。


 こちらでは病死してもそこまで(ひど)い事にはならないだろうが、それでもあの体験のインパクトは強すぎた。


 私自身、疫病で町が全滅し、道端に倒れもがき苦しんで死んだと思われる遺体がそこここに転がっている、そんな陰惨(いんさん)な風景を目にしたこともある。

 あれは動乱期の事だったが、部隊を即時撤収させて、同じ召喚被害者のよしみで協力してくれたロバーツ医師の指導で町に入った兵を隔離し、町そのものは私が責任もってすべて焼いた。


 それでも兵に少数の被害が出るのは防げなかった。


 だから、流行(はやり)(やまい)の恐ろしさは身に染みている。

 予防接種が効くような病気となるとたぶん、人にうつって流行する類のものだろうし。注射一本で防げて死なずに済むなら、やっとけばいいだろう。

 日本(こちら)だって、安い医療が普及してるとは言え、治しきれない病気は山ほどあるのだし、病気なんかしないに越したことはない。


「でもワクチン怖いって言うし!」

「ああ、あれか。デマが出回ってるなあ」


 帰国した召還被害者の一人から、日本発のデマで迷惑しているという話は聞いていた。

 今は一つ二つの種類を拒否しているだけでも、いずれそれが拡大していく。やがて予防接種自体を忌避されるようになると、どんな病気が流行るか分かったものではない。

 脳裏をあの陰惨な光景がよぎるのも無理はないだろう。


「でも怖いじゃん!痛いのやだし!」

「おまえなあ、怖いってのは拒否の言い訳に使ってるだけだろ」


 姪の性格からして、デマに先に接して理屈で拒否してるわけではないだろう。

 ポイントは『みんなはやってない』『注射嫌いだからやりたくない』だと見た。


「お母さん人の話聞かないし!」

「珍しいな、なんのワクチンの話だ?」


 義姉(あね)が強硬な態度に出そうなものが一つ、心当たりがあった。


「子宮頸がんってやつ」


 ああ、やっぱり。

 麻疹(はしか)水疱瘡(みずぼうそう)などのように勢いよく広がる病気ではないが、私や兄夫妻には真剣になる理由がある病気だ。


「そりゃ、当たり前だ」

「なんで!」

「おまえのおばあちゃん、子宮頸がんで死んだんだよ」


 私たちの母のガンが判ったのは、兄と義姉が付き合い始めた後だった。

 義姉も、母の闘病生活は覚えている。だからこそ譲る気が無いのだろう。


「検査してれば分かるから大丈夫、て聞いたんだけど!」

「大丈夫じゃなかったわけだな」


 細かい話をしても仕方ないだろう。

 逆らいたいという感情に突き動かされているときに、理屈を説明して聞き入れる子ではないし。


「判って、手術して、再発して亡くなったんだよ」

「検査行くのさぼってただけじゃん、ジゴージトクっていわない?」

「それ以上生意気な口を叩くなら、怒るぞ」


 怒気はあてておく。

 忙しすぎて自分の事まで手が回らなかった母のことを、世間知らずの子供の基準で馬鹿にされるのは、許容できるものではない。


「……!」

「いいか、大人は忙しいんだ。おばあちゃんだって忙しかったんだ。中高生の子供がいて、仕事があって、それで自分の検査が後回しになってたんだぞ。おまえが我儘(わがまま)を言うのとはわけが違う」


 口がきけないようなので、怒気を少し緩める。


「……怒らなくって、いいじゃん……」

「涙でごまかすな。おまえが馬鹿にしたのは、私の母親だ。泣いて誤魔化すより先に、言うことがあるだろう」

「なに言うの!?」

「馬鹿にしてごめんなさい、だろう。おまえのおばあちゃんだぞ?」

「でも!ジゴージ……」


 もういちど怒気を当てなおした。

 反論するにしても、言ってはならない言葉というものがある。

 反省するまで、このままでいてもらうとしよう。


──────────


 結局、姪が『ごめんなさい』するまで30分ほどかかった。

 どうせ口先だけだろうが。


「その様子だと、おばあちゃんが死んだときのことは聞いてないみたいだな」

「……知らない」


 ふてくされてる時点で、謝罪が本気でなかったのはよく判るが、とりあえずスルーしよう。


「まず、ガンが見つかった時点で『手術ができる』段階だった。これの意味わかるか」

「判るわけないじゃん」

「じゃあ説明するか。ガンがあんまり広がってると、手術も出来なくなる。ガンがコンパクトにまとまってるうちに、まとめて取ってしまうのが手術だ」

「ネットに大した手術じゃないって書いてあったけど」

「おばあちゃんの場合、骨盤……お腹の下のほうだな、そこの中身をかなり取ったぞ」


 当時はろくに知識もなかったから『大手術だった』としか分からなかったが、戦争を経験する中で人体の構造も覚えた今なら理解できる。あれは大ごとだった。

 母も手術の後、排尿にも不自由し、浮腫(むく)んで形が変わった足を引きずって、それでも頑張って生きようとしていたのだが。


「なにそれ。ちょっと子宮の入り口削るだけじゃないの」

「そのタイミングで見つけられなかった、という事なんだろうな。おばあちゃんの場合は病気が少し進んでから見つかったから、大手術になったんだ」

「それでも再発するって、手術下手だったんじゃん」

「いちいち失礼なことを言うのは子供の証拠だな?」


 ちょっと(しつ)けたほうが良いぞ、これは。後で兄に言っておこう。


「コドモコドモって馬鹿にしてるのおじさんじゃん!」

「精一杯手術してくれた先生に、失礼なことしか言わない無知な子供を、子供と言って何が悪い」

「コドモってひどくない!?もう中学生!」

「子供扱いされたくなければ、自分の狭い価値観で人を(けな)すな」


 母の闘病生活を思うとさすがに、ここで手加減する必要は感じなかった。

 怒気を当てる量は調整したが。


「話を続けるぞ。手術しても、散らばって隠れてるガン細胞を取り切れないことはある。おばあちゃんの場合も、そういうガン細胞が隠れてて、再発した」

「そういうの取ればよくない?」

「散らばってて取り切れないそうだ。放射線や抗がん剤で潰すそうだが、それもうまくいくとは限らない」


 母の場合は、うまくいかなかった。


「マザー・キラー、母親殺しと呼ばれる病気だからな。昔からそれだけ、女性が死んでるってことだ」


 病気に限らず亡くなる若い女性を見送った経験はいくつかあるか、あまりやりたい事ではない。


「それ、あたしに関係ないじゃん」

「あるぞ。一生、処女でいるつもりか?」

「え、ちょ、おじさん!セクハラ!!」

「シリアスな話をしてるんだが?セックスしたら感染する可能性あるぞ」

「一人だけにしとけば感染(うつ)んないって言うし!ビッチじゃないし!!」

「その、最初の彼氏からうつされる病気だ」


 母の場合、男は父しか知らなかったそうである。

 当時は結婚するまで処女でいるのが普通だったそうだが、それでも感染して亡くなる人がいたわけだ。


「おばあちゃんも大手術して、体調悪くなって寝たり起きたりの生活が始まってな。そのあと再発して、しばらく入院してたけど亡くなったんだよ。おまえのお母さんも、おばあちゃんが亡くなるまでお見舞いに来てくれてたから、どれだけ大変かは知ってる」


 次第に元気がなくなり、食が細くなり、水が溜まって膨れた腹から水を抜く処置を繰り返し、やがて会話もできないほど弱って、亡くなった。


 実の娘があんな姿になるのを、見たいと思う親はいないだろう。

 今は少し治療も良くなっていると思うが、苦労するのは変わりないそうだし、防げるものなら防いでやりたいのも親心だ。


「それに、おまえの周りでは予防接種してないだけで、外国だとそうでもないぞ?」

「なにそれ」

「少し、外国の人に話を聞いてみるか?オーストラリアにちょうど良さそうな知り合いがいる」


 召喚被害者の一人で、帰国後に医学部へ行ったハーツあたりに頼むのが良いだろう。現役の医者だし、奥さんや娘もいるし。


「……英語、喋れないし」

翻訳(ほんやく)サイト使えば良いだろ」

「でも、相手忙しそうだし」

「私も忙しいんだが?今更だ、日程は私が調整する」

「でも……」

「いいから話を聞いてみなさい。海外の人と話をしたい、って言ってたんだし、ちょうどいい機会だろう?」

「いきなり、シリアスな話すんのも……」

「シリアスだと判ってるんなら、なおさら話しておきなさい。娘さんもいる医者だし、ちゃんと対応してくれるんじゃないかな」


 姪に一番必要なのは、自分と友達が作る狭い世界が、外から見たら贅沢(ぜいたく)な誤りに満ちたちっぽけな存在だと知る事だろう。

 これを機会に、少し視野を広げてくれれば良いのだが。


──────────


 なお、その後の週末にハーツとその奥さんが姪と話をしてくれたので、お礼に好物を送っておいたのは余談である。

いくら寺井でも、怒る時は怒ります。


注:

1)寺井の母が亡くなったのは20世紀の事なので、今と治療法が若干異なります。

2)感染経路についてはあくまでも「寺井の理解する範囲」です


姪っこは閑話集第2話 そのに:魔導卿と平凡なトラブル https://ncode.syosetu.com/n9074fa/2/ で出てきた子です。

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