そのなな:帰る場所
召喚被害者につき物の問題、それは「帰る場所があるかどうか」。
高橋書記官の場合。
3月に訪問するのはここ何年かの恒例行事となっているが、高橋の師匠は変わらずお元気だった。
「なるほどなあ、今年は直接出かけたのか」
「ええ、まあ」
高橋の関係者で、本当の事情を知ってるのは師匠である及川さんお一人である。
古武術、主に槍と刀を使う武術を伝えている人だそうだが、武術音痴の私でも判るのはこの人の肝の座り具合くらいだ。なにしろ接触し始めた初期に事情説明代わりに魔力を使って見せたら(出力は1%未満になるが、補助があればこちらでも使えないわけではない)、目を輝かせて手合わせをと言ってきたくらいである。
預かってきた手紙を渡すと、今年はその場で読むのではなく、テーブルの上にそれを置いていた。
「高橋君は変わりなかったのか」
「相変わらずでしたよ、和菓子持って行ったら喜んでました」
これまではさすがに東京近郊で調達した菓子だったから、次は仙台で何か見繕って行ってやるのがいいだろう。とはいえ私もあまり詳しくないから、このへんは高橋の妹弟子さんに頼ることになりそうだが。
「そうしてやってくれるとうれしいね。ところで高橋君は稽古はしてるのかな」
「素振りくらいはしているそうです」
日本では考えられないことだが、あちらでは高橋の剣術は『実用』に供されるものだ。
それで素振りがどこまで役に立つかは判らないが、練習はしていると言うことだろう。
「ああ、それと、これを見ていただきたいと」
預かってきた刀を渡すと、抜いて刀身を確認して、なにやらため息をついていた。
「研ぎに出さないとダメだね」
費用はいつもどおり、いったん私が建て替えることにして、手配をお願いした。
日本刀の研ぎは色々と指定があるらしく、どうせ私にはわからないし、及川さんに丸投げである。
「今はもう一本を使っていますので、しばらく時間がかかっても大丈夫との事です」
「時間はこっちで決めるものじゃないと言っておいてくれるかな。注文つけて早くできるようなものじゃないよ」
刀をそっと鞘に戻してから、及川さんがあきれたように言った。
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「墓参りに来る気は……無いよなあ」
一通り相談事が終わったところで、及川さんがぼそっと言った。
「まだ決めかねてるみたいですね」
高橋の両親と兄は、東日本大震災直後の津波で亡くなっていた。
「あそこまでひどい扱いされてれば、亡くなったからといって手を合わせる気になるかどうかだよなあ」
及川さんも、高橋を責める気はないだろう。
召喚被害にあった者のうち、帰国を選択できた者は2割に満たない。
我々の調査にも当然漏れはあっただろうから、あちらで人知れず亡くなった被害者も居ただろう。それを考えれば1割を切っているかもしれない。あちらで生存している者であっても、こちらの世界情勢の変化で帰るべき場所が失われていた者も居れば、被害者本人の身体的理由で戻れなくなったものもいる。
だから家族が積極的に存在を消したがった高橋は、割と特殊だと言える。
最短時間で失踪宣告が出されているところから考えても、そもそも家族に待つ気がなかった事例だ。召喚直後から、行方不明になったのを幸いとばかりに高橋が当時所属していた大学院に退学届けを出し、すべての荷物を処分し、そこで高橋所有の日本刀について及川さんと散々揉めていたので、及川さんも家族の強引なやり口には腹に据えかねた面があったようである。
帰還可能性調査に使った興信所の報告は、極度に甘やかされた長男とそれをおかしいとも思わない両親が、次男をその嗜虐心のターゲットにすることで家庭内の繋がりを固める、珍しくはないが非常に歪んだ家族の形を伝えていた。
「我々としては、情報をお伝えしないと選択したご家族でしたからね」
不意に居なくなった兄弟姉妹や息子娘の身を案じ、生死を問わず行方を知りたいと願う家族でなければ、情報を伝える事は困難だ。そもそも異世界召喚なんて寝言にしか聞こえないのだし。
召喚被害者連絡会が掌握している103名の死者についても、家族とコンタクトを取れた人間はわずか30人。もしかしたら生きているかもしれない、という望みにすがって生きているご家族も勿論居たから、そういう方々には当然お伝えしていないので、伝達した割合は高くない。
そして高橋の家族、ご両親とお兄さんは、主に人間性の面で、情報を伝えて良い人間とは判断できなかった。
高橋と面識のある元義姉と子供は、関東地方に引っ越して無事に暮らしているが、こちらも元夫に関わるあれこれで煩わされたくはないだろうと連絡の対象にしていない。高橋の兄夫妻の離婚理由は家庭内暴力 だったそうなので、性的経済的DVを続けて悪びれもしなかった元夫や、離婚成立後も夜中のアパートに殴り込みをかけた元夫の両親の事など、思い出させるのもまずいだろう。10年以上経ってはいるが、触れないほうがいい事もある。
「せめて、失踪宣告さえなければなあ」
及川さんを含め何人かが高橋の父や兄と壮絶にやりあったらしいのだが、うまくいかなかったと言う話だった。
兄よりも良い大学に進学する我侭を聞いてやったのに、勝手に家を出て行くような『生意気な』次男は気に食わなかったのだ、居なくなったのならこのまま消えてしまえばいい、とまで罵ったというのだから、相当だ。
「及川さんが努力してくださった事は、高橋も知ってますから」
「力及ばず、だよ。あのご家族と高橋君が関係修復出来たとは思ってないけど、帰る場所までなくさなくて良かっただろうに」
「あちらで、居場所は見つけたようですよ」
調査報告書にあった『近隣住民は家族が次男を殺害した可能性も噂している』のくだりを読んで、冷笑できる程度には精神的に安定している。
「奥さんもずいぶん良い子みたいで、安心してはいるんだけどね」
「ちゃんと高橋を尻に敷いてるから大丈夫ですよ」
「そうかあ、なら良いけど」
ため息が出るのも仕方ないだろう。
「こっそり遊びに来るなら歓迎すると伝えてくれるかな」
「判りました」
帰る場所がすべて失われたわけではないのは、良い事だった。




