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異世界召喚被害者の会。閑話集  作者: 中崎実


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19/19

そのじゅうなな(下):魔導卿と舞台衣装。(ウルクス視点)

部下からみた場合。

 独身の男が友人から休日の観劇に誘われること自体は、そう珍しい事ではない。

 ただし、演目がいささか問題な気がするが。


「君んとこの同僚の魔術官僚殿も誘えばよかったかねえ?」

「ハウィル?誘っても来なかった気はするよ」


 なんせ、友人に誘われた演目は『魔導卿』シリーズの最新作である。

 前作までは実物とかけ離れた老け役が主役を演じていたが、最近の魔導卿の写真が新聞に載った後なので、今作は本人の見かけに近い年齢の役者に主役が変更されている。衣装その他も一新されたと噂の作品だから、友人はもちろん、楽しみにしていた。


 ウルクス自身は、吹き出さない自信がないのだが。


「へえ、魔術官僚殿は演劇が嫌いなのかい?」

「というか、真顔で見られる自信がないだろうからね。ハウィルは僕より腹筋が弱いし」


 ハウィルはあれでけっこう、すぐに笑い出すたちである。演劇の最中に、筋と関係ないところで噴き出して顰蹙(ひんしゅく)を買う危険性は大いにあるだろう。


「笑うような話じゃないだろ?」

「ほら、僕らは実物の魔導卿を見てるからさ」


 当初こそ身構えもしたものの、実際の魔導卿は物語で良く知られる陰鬱な人物でも無ければ、冷酷な人物でもない。

 要らん茶目っ気を発揮して部下を振り回すこともあるが、なにかと面倒見の良い大魔導師だ。その面倒見の良さゆえに、自分で自分の仕事を増やしているきらいもある。

 たしかに力もあり色々物騒な発想をする魔導卿だが、恐れる必要はない相手だ、とウルクスは判断していた。


 だからこそ、演劇を見て実物との格差に笑いをこらえる覚悟が必要なのだが。


 そう思いながら開演前に雑談していると、場内にざわめきが広がった。


「お、誰か特別招待客がいるみたいだ」


 友人が興味津々でざわついているあたりを眺めていた。


「今の時期に?珍しいな」


 特別招待客というのはたいてい、初演からそれほど経っていない時期か、公演終了間近の時期に招かれることが多い。招かれる時間も、もっと遅いのが常だろう。公演期間の半ばごろの公休日午後は基本的に、平民向けの時間帯。特に丁重に遇される上流階級の人物なら、翌日の仕事など気にする必要はないと周りに見せつけられる、平日夜の観劇が定番だ。

 この日時で一等席を好んで選ぶのは、家族と共に観劇にやってくる中産階級の実務家だが、彼らは特別招待客になる階級ではない。


「南方の客人かな?変わった服だな」


 案内されてきた紳士客を見て友人が首をかしげていたが、ウルクスは吹き出しそうになるのをこらえるので精いっぱいだった。


「なんだい、いきなり。変な奴だ」

「……魔導卿だよ」


 友人だけに聞こえるようにささやいたのだが、友人の驚愕の声でその努力も台無しになった。


「ええっ、あれが」


 とっさに友人の口をふさいだのでまだ騒ぎが広がらなくて良かった、というべきだろう。


「しぃっ、騒ぎに巻き込まれたいのかい、君は」


 なにかもごもご言っているので手を放してやると、恨めしそうに睨まれた。


「君は毎日お会いしてるから良いだろうさ、僕は初めてなんだぞ。驚いたって構わないだろう」

「目立たないようにしてくれ」


 まあ魔導卿が目立ってるから、いささか格の低いここらの席のちょっとした声など、誰も気にしないだろうが。


「風変わりな服をお召しだな、ありゃ何だい?」

「さあ?僕も初めて見るよ」


 (くるぶし)まである長さのたっぷりと布を使った服の上に、同型の上着を重ねているのは分かるが、どこのものとも見当が付かない。そもそもウルクスは衣服のことなど良く知らないから、分からなくても当たり前ではあるのだが。


「お国のものかもしれないな」

「へえ、それはすごいな」


 友人が目を輝かせていたが、ウルクスは上司の顔を見て笑いをこらえるのに必死だった。


 どこからどう見ても、義理で出てきて居心地が悪い思いをしていると分かる表情だ。慣れていない者が見ればただの仏頂面だろうが、慣れていれば魔導卿は意外に判りやすい。隠す気になれば完全に隠しきることもできる人だが、今は隠さなくても構わないと判断しているのだろう。


「お、こっちを見た」


 友人がなんだか喜んでいるのを、ウルクスは聞き流すことにした。


──────────


 開演前の座長あいさつで特に頭を下げられた魔導卿がますます仏頂面になり、終演後に劇自体も面白かったがさらに上司の顔が面白かったなとウルクスが思っていたところで、劇場の係の者がちょっとした伝言に使われるカードを持ってやってきた。


「よろしければ、ご案内いたします」


 カードには劇作家のトマソンからの夕食への誘いの言葉が書いてあった。


「友人がいるんだけど」

「お連れ様も、よろしければご一緒に」


 ちらっと目線で問うと、友人が満面の笑顔でうなずいた。

 どうせ魔導卿がらみだろうが、友人が喜んでるならまあ良いだろう。


「そういうことなら、よろしく」


 案内された先は劇場関係者用の出口で、そこではすでに先客が待っていた。


「御前もですか」


 予想通り、待っていた一人は魔導卿で、もう一人は劇作家のトマソンだった。


「休日に付き合わせてすまんが」

(おご)りならありがたくいただきますよ」

「言うようになったな」


 ほんの少しだけ口元が緩んだ所を見ると、明らかに機嫌を直して面白がっている。


「君達の分は私が払うから、心配しないでくれ」

「ケンジ、君もゲストだよ」


 トマソンが肩をすくめて見せた。


「そういやそうだった」

「無理を言って来てもらったようなものだからね」

「まったくひどい奴だ。劇の感想は私に求めないでくれよ」

「おや、モデルになった御当人の感想くらい貰っても良さそうなものだがね?」


 からかっているトマソンは、実に胡散臭い笑みを浮かべていた。

 魔導卿の長年の友人だそうだが、この大魔導師と友達付き合いできるだけはある、実に良い性格だとウルクスは思った。


「ま、そのへんは後でゆっくり聞こうか。こちらへ」


 先導して歩き出したトマソンのゆったりとした足取りに、意外だな、と思ってから、気が付いた。

 魔導卿の足に合わせてあるのだろう。故国で治療したそうだが、少し特徴のある歩き方をする魔導卿の動きは、けして素早くはない。


「もう少し速くても、大丈夫だぞ」

「そうかね?」

「走るのはやめろと言われているが、普通に歩く分には問題ないんだよ。ほら」


 軽くついていた杖をひょいと上げてそのまま歩いて見せるのに、トマソンが少しうれしそうな顔になっていた。

 ちなみに、仕事中は短い距離なら杖無しで歩いていたりするので、ウルクスは割と見慣れている。

 友人はかなり驚いているようだったが、仕方ないだろう。魔導卿といえば片足を引きずった黒衣の魔導師、というのが物語の定番だし。


「無理はしないでくれたまえよ、君も若くないんだから」


 トマソンも魔導卿と同年代のはずなのだが。なお異世界人の常で、トマソンも魔導卿同様に若い姿を保っている。


「うむ、判ってるなら老人は労われ?ネタにし過ぎだ」

「おや、若い者に娯楽を提供するという慈善事業にも興味を持って良いんじゃないのかい?」

「なんで私を巻き込むかね」

「こんな面白い題材があるのに、使わない理由を探す必要はないだろう?」

「ひどい奴だな!」

「感想はしっかり聞かせてもらうよ」

「だから、若い奴から聞けよ。ジジイの感想なんか役に立つもんか」


 なるほど、それで巻き込まれたのか。

 今回の魔導卿を主人公に据えた一連の作品は、比較的若い観客にも人気が出ている。ちょうど良い若者がいるからと、感想を聞くために引っ張り出されたのだろう。どう見ても魔導卿がトマソンの質問攻撃から逃げるための、弾避けであるのはまあ、御愛嬌といったところか。


「もちろん、若い人にも聞くさ。ついでに、取材もさせて貰うとも」

「商魂たくましい奴だな!?」


 話ながら劇場外に出ると、馬車がすでに待機していた。

 馬車に乗るために足を止めたところで、老人二人が相変わらずの掛け合いを続けているのに、目を丸くしていた友人が


「意外と気さくな方なんだな、魔導卿って」


 と、そんな事を言ってきた。


「機嫌がいい時はだいたいあんな感じだよ。劇中人物とかけ離れてるだろ?」

「親しみやすい方で安心した」

「おかげで劇の間中、僕は吹き出さないでいる努力をする羽目になったぜ」


 ちょうどこちらを振り返った魔導卿が、ウルクスの言葉ににやりとしたが


「ウルクス君、行くぞ」


 と、声をかけてきただけだった。

旧友の部下が来てるなら、奢りがてら取材もしたいトマソン氏。ネタの発掘には余念がありません。

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このシリーズの本編はこちらです。
― 新着の感想 ―
もしアニメになるとしたら、魔導卿がヴィランとして活躍する本編(?)と、悲喜こもごもな現実を行き来する構成になるのか知らん……。 本編(?)の大活躍をみてみたい気も。 (高橋さん あたり、見た目いかにも…
こちらのお話はここで終わりですか? 完結済みになっていないのでいつか続きが出るかと首を長くして待ってます。 とても面白いので更新が再開される日を心待ちにしています。
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