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異世界召喚被害者の会。閑話集  作者: 中崎実


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18/19

そのじゅうなな(上):魔導卿と舞台衣装。

劇作家トマソン氏、割と容赦がありません。

 バーランで人に会う時はたいてい、こちらで(あつら)えた服を着ているのだが、何事にも例外はある。

 そして今日は特に例外中の例外だろう。劇中衣装の参考にしたいというトマソンの希望で、和服のファッションショーをやる羽目になっているのだから。


「絹、でございますね」


 トルソーに着せかけた着物に触れて(うな)っているのは、今回ついでに呼んだ仕立て屋だった。

 異国の服に興味を示したので呼んでみたのだが、どうやら無駄足を踏ませずに済んだようである。ちなみに服を着せるためのトルソーは、仕立て屋が持ち込んでくれたものだ。


「正装には絹をお使いに?」

「格式が必要な場合は絹ものを着る。それも、生糸(きいと)で作った布が最上級だったかな」


 私もあまり詳しくは無いんだが。同じ(カイコ)(まゆ)から作られた布でも、今着ている長着(ながぎ)のような(つむぎ)は日常着だったはず。


「黒一色の衣に羽織もの。脚衣もこれは絹ですか、柄もですが、織が異なるようですね」

「長着と羽織は羽二重(ハブタエ)という生地だ。脚衣は(ハカマ)というんだが、仙台平(センダイヒラ)という専用の生地なんだよ」

「ずいぶんとたっぷり布を使っておりますね、よほどの御身分でしたか」


 工業化が始まったとはいえ、こちらの布製品は基本的に高い。

 そして絹も生産されてはいるが非常に高価なものだ。出身世界(あちら)で19世紀に壊滅の危機に瀕したのと同じ欧州系統の蚕がいるとはいえ、絹の生産量は極めて少ない。王族貴族だけが晴れ着に用いる事が出来るような値段のものである。

 それがこれだけ使われているとなれば、勘違いするのも無理はない。

 とはいえ、あまり誤解させる意味もない。


「いいや?ありきたりな地主だよ」


 父の代で農家は廃業し、単なる土地持ちである。兄の不動産会社で父や私の持ち分も管理している、よくある首都圏の地主だ。


「お国では、郷士でも最上級の絹をお召しになるのですか……」


 なにやらますます誤解されたような気がするのだが。


「ちょっとした小金持ちなら手に届くものではあるな。王宮に安物を着ていくわけにいかないだろう」


 民族衣装として王宮に着ていくために、相応の格のものを用意しただけである。まさかポリエステルの安物というわけにはいくまい。きちんとした(いつ)(もん)を仕立てたから、材料だってそれなりのものだ。

 とはいえ、女物ほど高くはない。


「何を着たってバレないだろうに、君も律儀だよねえ」


 と、これはトマソン。


「どうせこっちの人間は、君たちの伝統なんか知らないんだし、胡麻化そうと思えばそうできただろうに」

「生産力の違いを見せつけるにはちょうど良いと思ってね」


 異世界人など農奴以下と思ってる連中に、製造技術の違いを見せつけるのにぴったりだっただけである。


 私の足の事を知りつつ、王宮に出てくるのに長衣(ローブ)とはなにごとか、正式な衣服を身に着けるべきではないか、などと求めてきた連中への当てつけも兼ねている。こちらで当時流行だった半ズボンは怪我した脚にやさしくなかったから、たまたま負担なく着られる正装だった和服を使った、というのが主な理由ではあったが。


「これだけの生地を惜しみなく使うとは、なんとも贅沢な事でございますね。黒以外の色は、どのようなものを?」


 仕立て屋がため息交じりにコメント。


「男の正装はこの色だよ。そう珍しいものでもない」

「とんでもないことです。絹を黒で美しく染めるのは、高い技術が必要でございますよ」

「そんなものかね」


 まったく詳しくないので知らないのだが、仕立て屋(ほんしょく)が言うならそういう物なんだろう。

 遠目からの見た目で侮り、近寄って品質に気が付いて顔色を変える、という反応は何度かお目にかかったことがあったが、染めにも特徴があったとは。


「紋章は個人のものじゃなくて、ファミリー・クレストだったっけ?」


 これはトマソン。


「そう。我が家のは割とありふれてるけどね」

「他家とかぶっているというのがなかなか面白いね」

「そういやそうだな」


 バーランでは紋章は個人に属するもので、個人識別用だから当然、デザインは被らないように配慮されている。私が爵位を受け取った際に作った紋章も紋章局に登録されていて、私が生きている間は他人が使うことは出来ないとされているし。


「花と剣の意匠だよね。なんと言ったっけ」

剣片喰(けんかたばみ)というデザインだな。片喰(オキサリス)の花と剣の組み合わせ、日本じゃ良くあるよ」

「こちらの紋章にも入れればよかったんじゃないのかい?」


 私がこちらで作った紋章は、旗印の代わりに魔術師の杖をあしらい、武人の盾ではなく知識を意味する巻物(スクロール)を土台にし、そこに現代魔工技術の象徴である咬み合わせた大小二つの歯車を描いたものである。バーランをはじめとする国の住人がこちらに流れ着いたのは紋章が体系化される前の時代だったらしく、欧州式のものとはルールがやや異なっていて、こちらのものはずいぶん素朴だ。


「ヨーロッパ式じゃないから、家系を示す必要はないだろ?」

「もう少し、複雑でも良かったんじゃないかと思ってね」

「めんどくさい」


 重複しないようにする必要があるので、後から作る者になればなるほど、紋章は複雑化するのが普通だから、シンプルな紋章を使っている者ほど早く登録したことになる。ごてごて飾らない紋章を使えるのは、むしろステータスだ。ただし私の場合、魔工技術を専門にするものが当時は他にいなかったから、被りようもなかっただけだが。


「これは染めの際にここだけ色を入れなかったようですね。縫い取りではないとは、また面倒なことを」


 そして私達の話をそっちのけで仕立て屋が見ているのはあくまでも製法であるあたり、やはり職人の視点である。


刺繍(ししゅう)にする事もあるそうなんだが、それをやると格が落ちるらしくてね。王宮に着ていくものだから、格を重んじたんだ」


 和服を仕立てた時に聞いた話なのでセールストークだった可能性はあるんだが、手を貸してくれた義姉(あね)が文句を言ってなかったから多分、妥当な話なのだろう。


「刺繍ならばあとで直せますから、一度染めればそれきりの物のほうが格が高い、という事でございましょうか」

「そうらしい」

「……ケンジ、君の家って普通の地主だと言ってたよね?」


 そしてトマソンがなんだか変な顔をしているのだが。


「普通の地主だな」


 別に名家でも何でもない、普通のいち地主である。


「貴族並みの拘りに見えるんだけど」

「男物だから、そこまで拘ってないぞ。正式な衣服だからルールは決まってるし、難しいことは考えてない」

「……東洋だねえ」


 変な納得の仕方をされた。


「で、これをアレンジして舞台衣装にするって?」

「出来ればそうしようかと思ってたんだけど、デザイナー次第だなあ……こちらで、似たような布は調達できるのかな」


 着物のあちこちに触れながらしげしげ眺めていたトマソンが言うのに、


「非常に困難でございますな」


 と、仕立て屋が即答していた。


「あちらから持ってきてもらうわけにはいかないよなあ」


 却下である。

 持ち込む本人が自分で使うか、召喚被害者に融通するだけならとにかく、こちらの産業のために何か物品を譲り渡すことは禁止事項に該当する。


「規則上も無理だし、言っとくけど、仙台平って今は値が張るからな?」


 仮にも王宮に顔を出すから格式張ったものを(あつら)えているので、けして安くはない。判る奴なんか高橋以外いないので手を抜いても良かったのだろうが、母国の技術力を見せつける意味でもちゃんとしたものを用意したのだし。


「そりゃ、君が着るなら相応の値段だろうさ。良くある生地ではない?」

「生産量的にはね。今はこれを作ってる工房が一つしかないんだよ」

「希少価値もあるわけか」

「希少価値があるから残った、という感じかな」

「ふうん。じゃあ、君が今着てるのも、希少価値がある?」


 トルソーに着せるだけでは動きがよく分からないというので、今の私の服装は長着に羽織という恰好だ。スラックスや半ズボンといったものと異なり、服を着る時に動かない脚で頑張る必要が無かったので、以前は自宅でよく着ていたものだった。


「いいや?これは自宅で着てただけだからね、そう高くもないし珍しくもないよ」


 少し肌寒い時期だが、洋服ならシャツの上に軽くなにか羽織る程度の室温である。見せるために羽織まで着こむことを考えれば、長着は(ひとえ)の夏大島で十分だ。いわゆる着物警察のお歴々には文句を言われそうな恰好だが、自宅用なので何だっていいだろう。どうせ、トマソンや仕立て屋に理解できるものではないし。


「素材はやっぱり絹?」

「絹だけど、正式な場には使えない平服用の生地だね。そこにかけてあるのはウールで、それも平服用だな」


 いずれも日本に戻る時にいったん持ち帰ったのだが、呼び出された後、再びこっちに持ってきたものである。自宅でもだらしない恰好をしていられない立場だが、そこそこ見栄えがするのに帯一本で着られる和服なら、面倒が無くて良い。

 襦袢(じゅばん)の類は手入れが面倒なのであまり着たくないのだが、資料として見せてくれと言われた都合上、今日はスタンドカラーシャツで手抜きすることはやめておいた。


「平服にも絹というのは、いかにも東洋的だね。身分による決まりはなかったのかい?」

「今は関係なくなってるよ」


 歴史的な話は私も詳しくないので、現代の事だけ話すほうが良いだろう。

 一生懸命メモを取っているトマソンの部下や、服のあちこちを手にしつつ一生懸命見ている仕立て屋の邪魔をするのも、私の好みではないし。


「失礼ですが御前、今お召しになっている上着の飾りも伝統ですか」


 トマソンの連れてきたデザイナーが目を止めたのは、羽織紐だった。

 魔石細工をあしらった比較的シンプルなもので、実は日本でも愛用している。


「どうだろうな、平服用は特に決まりが無いからね。舞台衣装に出来そうかね?」

「ええ、これなら衣装を一新できそうです」


 あまり良い予感はしなかったが、デザイナーが楽しそうなので構わないだろう、うん。

 都合が悪いものだったら、劇中の登場人物はフィクションだと主張すればいいのだし。

魔導卿(てらい)、諦めてネタにされるの図。

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