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異世界召喚被害者の会。閑話集  作者: 中崎実


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16/19

そのじゅうご:魔導卿と常識のおはなし(兄視点)

自分で仕事を増やしまくる魔導卿(おとうと)を見守る、寺井和亮(かずあき)視点でお送りします。

 いつものことだが、弟は放っておくとろくな生活をしない。


 妻にせっつかれて弟の自宅を見に行った寺井和亮(かずあき)は、予想通りの室内を見てわざとらしくため息をついて見せた。


「なんかあったか?」

「何もないのがどうかしてるんだよ」


 長年の習慣なのか、健司(おとうと)は自宅で仕事しているときも基本的に、身だしなみは整えている。Tシャツとハーフパンツという格好をしていてもどこかぱりっとした服だし、髭も剃っていて、だらしなさとは対極にいると言えるだろう。

 ただし、食生活に関しては別だが。


「なあ、最後にまともな飯を食ったのはいつだ?」


 キッチンに生活感があまりないことを確認してから、和亮はそう聞いた。


「え、今朝も食べたよ」

「何喰った」

「プロテイン」

「それは飯じゃないだろ」


 つまりそういう事である。


「必要な栄養素だけ補給すればいいと思うけどなあ。一日の中で帳尻合わせれば間に合うだろ?」

「餌以下だろうが。飯を食え飯を」

「大丈夫だって。夜はちゃんと食べるから」


 ちなみに、現時点で18時である。


「何を食うつもりだよ」

「ささみとブロッコリーとパン」


 栄養バランスはとれてるはずじゃないのか?なんぞと抜かす弟に、和亮はもう一度、わざとらしい溜息を聞かせてやった。


「人間の食事ってもんがあるだろ。うちのに言っておくぞ」


 そして妻のお小言でも食らっていればいいのであるが、


「何か言ってきたら既読スルーするから大丈夫」


 健司は相変わらず、良い性格をしていた。


「あとで説教されても知らないからな?」

「兄貴が黙っててくれれば大丈夫」

「もちろん言うに決まってんだろ。ダイエットでもしてるのか」

「いや、してないけど?」

「じゃあまともな物を食えよ」

「栄養には気を配ってるぞ?」

「あのな健司、ここは日本で今は平時だ。異世界で戦争してるわけじゃないんだぞ」


 まともな食事がとれる国で何をやっているんだか。

 自分の弟ながら、良く判らない精神構造だった。


「それに、食事もしないで何やってたんだ?今日は休みだろ」


 普段から在宅業務の多い弟だが、オンオフははっきりと区別をつけている。それが今日はオフなのに反応がなく、心配した妻が和亮をせっついたので、こうして見に来たわけだが。


「ああ、あっちのトラブル絡みでね……あ、そうだ。これ、ちょっと見てくれるかな」


 健司が指さしたモニタを見て、和亮は渋い顔になった。


「だからそうやって仕事を増やすなよ……なんだこの廃墟」


 一枚目の写真は、建物の外観だ。一部があきらかに沈下して傾きかけている。


「廃墟じゃなくて、一応まだ現役のアパートなんだけど」

「どう見ても人の済む環境じゃなさそうだけどな?」


 二枚目以降の写真はそれなりの解像度で、だからこそ歪んだ壁や隙間だらけの窓枠、床に散らばったゴミといったものが、くっきり写っていた。


「ゴミ屋敷だな」


 こちらでいう7畳ほどの部屋を、紐で吊るした布で仕切ってあるらしい。煮しめたような色のぼろ布で仕切られた空間には、何かゴミのようなものが()め込まれていた。


「で、これはいったいなんだ?」

「私の土地に建ってる違法建築」

「……お前がこっちに戻ってから建てられたわけじゃなさそうだな」


 健司が日本に腰を据えたのがこちらの時間で5年ちょっと前。あちらでは十年ほど経っているそうだが、それでも十年程度でここまで劣化するような建築物はないだろう。


「と、思うだろ。聞いてびっくり、築7年だ」

「……どんだけ環境の悪い土地なんだ、それ」

「区画整理まではちゃんとやってあったんだよ。上下水道完備のエリアなんだけどねえ……地下室なんか、この状態だ」

「水溜まってるじゃないか」


 異様に天井が低い、小さな窓が一つあるだけの部屋の写真には、床の水たまりが写っていた。


「しかもこれ、人が住んでるのか」


 水のないところにぼろ布らしき間仕切りが吊るされているところを見ると、これも居住エリアなのだろう。


「地下室に中二階を作って、上下に分けて住んでる部屋だよ」

「人間の住む場所じゃないだろ、これ」

「その通りなんだけどね、建てた奴らも又貸ししてる奴らもそんなこと考えてないんだよ」

「又貸し?」

「私が土地を貸した相手がこの建物を作って、そいつから部屋やフロアを借りてるはずの奴が又貸しして、そこからさらに同居させたりしてることになってるから、多段化してるんだ」

「それで良く借り手が見つかるな」

「だから文字も読めない、足し算もできないような貧困層が相手になるんだよ。日割りで払ってる連中は、この狭い区切りに普通のワンルーム以上の家賃を払ってる」

「ぼったくりだな」


 三畳一間のドヤよりひどい環境だ。


「で、これどうするつもりだ?早いところ退去させないと、地震かなんか来たら全員死ぬだろ、これ」


 室内から見ると壁には一応漆喰か何かが塗ってあったようだが、外観を見る限り、レンガ造りの建築だ。ただでさえ傾きかけているのだから、何かあれば一気に潰れるだろう。


「残念ながらあっちには地震が無いんだ」

「なんでそれが残念なんだよ」

「災害対策を理由に移住させられないからさ。とはいっても、法律では借家人の人数制限してあるんだけどね」


 健司がこちらに帰ってきた後、異世界(あちら)と行き来しながら色々整えていた法律の話だろう。

 あちらでは政治にも首を突っ込んでいたようだし。身内から見ると、これほど政治家に向かない人間もいないだろうと思うのだが、向かないなりに頑張ってはいたらしい。


「法律なあ。部屋あたりで最大人数を規定してないか、それ」

「あたり。ま、あとはお察しってやつ」

「面積あたりで制限しろよ」

「そこは指摘したんだけど、法律決める奴が富裕層だからね……」

「悪徳大家なら、そりゃ面積当たりなんて制限は嫌がるか」


 人を詰め込めば詰め込むだけ家賃収入になるなら、本来の居室に間仕切りした『部屋』を作って貸せばいい、という判断にもなるだろう。本来なら一部屋しかない住居も、4部屋に区切ってしまえば4倍の家賃収入になるというわけだ。


「こんなカーテンの仕切りしただけで『部屋』ですと主張されても通らないはずなんだけどなあ」


 健司のぼやきを聞きながら写真を見ていっても、まともな部屋はほとんど写っていなかった。


「行政指導入らないのか?」

「検査官は1階と2階しか見ていかなかったんだとさ」

「なんだそりゃ」

「そこそこ見られるところだけチェックして、検査を通してたって事。1階は小売店だし、2階は割と金のある奴が住んでるから本来の間取りで生活してる」

「……賄賂でも受け取ってるのか、その検査官」

「それ以外の利益もあるだろうね。それに、こういう部屋でも貧困層には贅沢だと主張して(はばか)らない奴もいるから、そういう連中の腰巾着をやってれば、見逃すだろうし」

「……これが贅沢?」


 現代日本人の感覚では、底辺中の底辺と言うしかないレベルに見えるのだが。


「昔ながらの貴族ってやつでさ。屋根があるだけ贅沢だの、寝台に寝られるんだから身分不相応だろうだの、そういう考え方する連中がいるんだよ」


 しかめっ面になっているところを見ると、健司も快くは思っていないのだろう。

 現代日本人の感覚は保たれているようで、何よりである。


「……そいつらが考える妥当な扱いって、どんなものか聞いていいか」

「路地の隅に寝てろ、と言ってた奴がいたね。自分の使用人には六畳程度の部屋にベッドを二つ用意して、その部屋に8人も詰め込むのが『十分な待遇』だと思ってる」

「それ、計算が合わなくないか」

「一つのベッドに3人ずつ寝かせて、残り二人は床で寝るんだとさ」

「なんだそりゃ」


 どう考えてもまともに寝られる環境ではないと思うのだが。


「労働環境なんか考える頭も無いんだよ」

「世も末だな」

「おかげで、まともな宿舎を用意するだけで、人材がより取り見取りだ」

「まとも、ってどういう条件だ」

「うちの場合、下働きだと二人一部屋で、各人にベッドとロッカー一つずつだね。それで好待遇だってあたりが頭が痛い」


 最低限の条件にしか思えないのだが、『あちら』ではそうでもないのだろう。


「今のドタバタが落ち着いたら、労働環境整備に口出ししないとなあ」

「またおまえは、そうやって仕事を増やす」

「やっておかないとまずいだろ?」

「おまえがやるべきことか?」


 あちらの連中にやらせればいい仕事に首を突っ込むのだから、人が好過ぎるのも考え物だ。


「採用希望者への対応が減れば、うちの家令が楽になる。他人のためってわけでもないよ」

「お人よしもたいがいにしろよ」


 呆れるしかないが、健司にとってこれが通常運転である。


「あっちの時間で20年ほど前に整備しようとして、妨害されてるんだよ。そろそろリベンジしたい」

「だから仕事の量を考えろ」

「あーうん、だから後回しだって」

「……なんとかは死ななきゃ治らないって、良く言ったもんだな」

「そこまで言わなくていいだろ」

「自分で仕事を増やす奴はバカで十分だ」


 身内としての率直な意見に、健司が苦笑した。


「それに、今はこれをどうするか、考えをまとめたいんだろ」


 モニタを指さしてやると、素直にうなずいた。


 健司が異世界(あちら)の事について和亮に話をするのは、たいていが自分の思考をまとめたい場合だ。言葉にして他人と話すことで問題を考え直したい時に、実の兄は重宝するものらしい。

 異世界(あちら)には文字通りの意味で敵が多いようだし、こちらでは事情を知る者がほとんどいないから、和亮くらいがちょうど良い落としどころなのだろう。

 和亮としても、弟にあてにされるのは悪い気はしない。


「で、これどうするんだ?」

「とりあえず関係者全員に責任取らせるところまでは算段が付いたんだけどね、問題はこのビルそのものなんだよな」

「壊すしかないだろう」


 まだ住人がいると言っても、さすがに住める環境ではないようだし。

 住民をどう退去させるかという問題はあるだろうが。


「退去のほうはなんとかなりそうなんだよ。あっちには福祉住宅というものを作ってあるから、そこに移らせる手続きは終わったし」

「じゃ、何が問題なんだ?」

「物理的にどう壊すかで悩んでる」

「業者、いるんだろ?」

「危険すぎて入れられない。解体し始めたら、途中で潰れそうで」

「……ああ」


 納得するしかない。


「金を積んでもらえばやる、という業者はいくつもいるんだけど、危険すぎてちょっとムリなんだよ」


 諸々微妙なバランスを保って建っているだけのように見えるし。どこかを壊すと全体があっさり崩壊しそうだと言われれば、和亮にも納得は出来た。


「……設計図は参考にならないか。崩れにくい解体手順、ないのか?」

「たぶん、というか絶対に設計図通りに建ててないんだ」

「それもそうか。厄介だな」

「最終手段が無いわけじゃないんだけど、なあ……」


 腕組みしたままの健司が(うな)るように言い、それから()()()()()()マグカップに手を伸ばした。


「おい、それはめぐみの前でやらないでくれよ」


 さっきまでダイニングテーブルにあったはずのカップを取りに動く手間すら省いたらしい。


「ん?」

「その超能力みたいなやつ」

「あー、うん、気を付けてるよ」


 健司の抱える身体的な問題を考えれば、おかしな力は使うなとも言いにくい。


 障害があって動きが制限される健司にとって、手を触れずにモノを動かす能力があることは、生活していく上での不便を解消してくれるものだ。普通なら靴下を履くのにも器具が要るのだから、異世界(あちら)で身に着けた異常な能力も役には立っている。

 障害を負ったのも異世界でのことだったから、歓迎すべきことでもないのだが。


「で、最終手段ってなんだ?」

「だからこれだよ」


 健司はマグカップから手を放して、空中でふわふわと上下させて見せた。


「……解体中のビルが崩れそうになったら使うのか?」


 空中の物を支えるのも大変そうだし、そもそも解体工事に付き合ってる時間もろくに無いだろうに。と思いながら聞いてみると、健司は首を横に振った。


「これで解体する」

「大変すぎないか、それ。動かせるの、2トンくらいまでじゃなかったか?」


 もはや常軌を逸しすぎて笑うしかない話だが、健司の()()はトラック程度なら止められる。

 とはいえ、ビル一つはいくらなんでも荷が重いだろう……と思ったのだが、


「ああ、こっちでは出力が低くなってるんだよ、これ」


 と、健司はなんでもないように言ってのけた。


「……2トンでか?」

「物を運んだことはあんまりないけどね。あっちでなら、ちょっとした要塞なら一撃で潰せる」

「……なんだそりゃ」

「繊細な操作を入れようと思うと、もうちょっと規模が小さくなるけど」

「十分すぎるだろ」

「市街地で、下水道を潰さないようにビルを破壊するのには向いてないんだよ」


 想定しているものが違ったようだった。


「何も考えずに全部更地にするだけなら、自力でどうにでもなるんだけどね。周りへの影響を考えるとなあ」

「……そこは頑張るしかなくないか、というか頑張れよ」


 なんのことはない、健司が頑張れば問題は解決する話だったんじゃないだろうか。


「できれば業者を使いたかったんだけどね、雇用にもなるから」

「でも業者じゃ危険すぎるんだろ。いっそ解体は健司がやって、片付けを業者に任せればいいんじゃないのか?」

「あ~、その手があったか」

「時間がかかるなら別だけど」

「壊すだけなら30秒もいらない」


 こちらの感覚だととんでもない破壊力だが、異世界(あちら)には魔法とやらがあるそうだし、そういう世界なんだろう。

 そんな破壊力あふれる連中がゴロゴロいるところで頑張ってきたのだから健司も大変だな、と和亮はのんびりしたことを考えた。


「だったら、頑張ってていねいに解体すれば良くないか、それ」

「廃材の片付けだけ業者に任せるか……」


 それなら仕事も作れるな、とぶつぶつ言い始めたので、ぽんと肩に手を置く。


「あのな、それよりも大切なことが有るの、忘れてないか?」

「なんかあるか?」

「まともな飯を食おうな?というか、健司の行動なんか予測されてるぞ。お前の分の夕飯も作ってあるから食べに来いとさ」

「今から?」


 あからさまに面倒くさそうな顔をされても、健司がまともなものを食べてないようなら連れて来い、と言ったのは妻である。


「あとで文句言われたければ、断ってもいいぞ?」

「……判ったよ」


 とりあえず小言を回避するつもりはあるようで、なによりというものだった。

和亮(かずあき)はもちろん、異世界での常識なんか知りませんので、魔導卿(けんじ)の力が常識外れだという事も理解していません。

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