そのじゅうに:手紙(大島視点)
戻れなかった被害者の家族との交流もあるわけで。
今日は休日だというのに、寺井ときたらまた仕事をしていたようだった。
「寺井君、少しは休みも取りなさい」
顔を合わせていきなり小言もどうかとは思うのだが、しかし年長者としては言ってやりたくもなろうもんである。
なにしろ寺井ときたら、室内からエントランスの鍵を解除した後は『玄関は鍵を開けておくので勝手に入ってください』と言い放ち、玄関前でインタホンを鳴らしても出ようとさえせず、仕方なくドアを開けてみれば言っていた通り鍵は開けっ放しで、声をかければ作業しながら『入ったら鍵かけてください』と遠慮なく人を使っているのだし。
少なくとも、そんなに根を詰める仕事は休日にやることじゃないだろう、とは言いたくなる。
「私もそうしたいのはやまやまなんですがね、火消しに回ってるとどうも仕事がたまるもので」
営業の若手がやらかしたせいで、先方との交渉に寺井が駆り出された一件のことだろう。
そう思って
「ああ、営業がへまをやったそうだね」
と問うと、
「あれは採用した奴の責任を問うべきでしょう」
と、あっさりした答えが返ってきた。
件の炎上未遂は元々、先方の社内から横槍が入った事が原因だったが、それをトラブルにまで拡大したのは営業の若者である。異常発生からそう経たずに寺井を含む上級メンバーが投入されて事なきを得たが、下手を打てば赤字プロジェクトになるだけでは済まず、リリース後のトラブルに対して損害賠償が発生した可能性すらあった。
「君が辛辣な評価をしたとは聞いてるよ」
「私の部下じゃないので、コメントまでですがね」
この対応は、自分の権限の範囲をわきまえている……というだけではないだろう。
下手に首を突っ込みすぎて、仕事が増えるのを警戒しているだけだ。もちろん、上手く行っているとは言い難い。
「君も立ち回りが下手だなあ。休憩しよう、何か飲むか?」
「あ、コーヒーなら勝手に淹れてください。菓子はいつもの場所です」
「少しは手を止めたらどうだ?」
「もうちょっとできりがつくので」
しょっちゅう顔を出す大島にとって勝手知ったる他人の家とはいえ、客を放置しすぎじゃないだろうか。
とはいえ、こうなった寺井は飲食を忘れるのもよくあることだから、休憩させるにはこちらで準備してやる必要があるわけだが。
男の一人暮らしには稀なくらい整頓された台所には、飲み物と軽食だけはしっかり準備されている。湯を沸かして、まだ買ったばかりらしい深煎りを遠慮なく使ってコーヒーを淹れ、手土産代わりに持ってきた焼き菓子を用意した。
「ほら、休憩だ休憩」
「えーあともうちょっと」
「早くしなさい」
「もうすぐ終わりますんで」
「コーヒー、冷めるぞ」
「はいはい」
こうなると待っていても仕方ないので、大島は勝手にくつろぐことにした。
──────────
「だから言っただろう、淹れなおしてくるから」
寺井が作業を切り上げる頃にはコーヒーはすっかり冷めており、一口含んだ寺井は納得できないといった顔をしていた。
表情の変化は小さいが、慣れれば読み取るのもそう難しくはない。寺井が長年あちらで難しい立ち回りを続けてきたことを考えれば、ずいぶん素直に表現するとさえ言える。
「いえ、これも飲めるので大丈夫です」
「どうせ二杯目も飲むだろう?」
「それはまあ」
次はコーヒーポットに作り直すことにして、湯を沸かす。
淹れなおしてリビングに戻ると、寺井はもそもそとマフィンを片付けているところだった。
「朝飯は食べたのか」
「そういや忘れてましたね」
「もう11時だよ。ついでに聞くけど、昨日の晩飯はどうした?」
「面倒だったので抜きました」
「……あちらで管理してもらって生活したほうが良いんじゃないか?」
女中頭はかなりしっかりしていたと記憶している。
「たしかにあっちなら、時間になれば食事が出てきますがねえ……」
心配性の家令としっかり者の女中頭がいるのだから、自堕落な生活はさせてもらえないだろう。用意されれば寺井もちゃんと食べるから、家の者たちも寺井があちらにいる限り心配はしていない。
「もしかして、ジャハドに何か言われましたか」
「心配してたよ」
大島があちらの誰かと連絡を取る場合、寺井家の家令であるジャハドが仲介することも多い。
ジャハドもそれを嫌がることは無いし、むしろ主に小言を言える立場の人間と直接話せる機会として、有効活用している節すらある。意外にずぼらな所もある寺井をよく理解しているからこそ、主をくれぐれもお願いしますと頼み込んでくるのだろうし。
「あれは昔から心配性なんですよ」
「君が目の前で死にかけたりするから、トラウマになったんだろうに」
寺井はまったく覚えていないそうだが。
そして覚えていないゆえか、
「いつまで言われるんですかね、それ」
と、本人だけが呆れている状態だった。
実に気楽なものである。
救援到着まで一人で戦線を維持していた事すら覚えていない以上、呑気な反応も仕方ないのだろうが、最後の最後で砲の直撃を食らった砦を目の当たりにした関係者は、そろって青ざめていたものだ。救出後の治療に当たった故ロバーツ医師は厳しい顔で、二度と目が覚めないかもしれない、とまで言っていたのだが。
「関係者が全部死ぬまで、だろうな」
覚えている限り、誰かしらは五月蠅く言う事になるのだろう。
「みんな年を取って、しつこくなりましたかね」
「君が能天気すぎるんだよ」
本人が覚えていないからこそ、周りの人間が口うるさく注意するのだし。
「まあそんなことより、今年もカードが来てましたよ」
不利を悟ってか、寺井は強引に話を変えてきた。
召喚被害者連絡会としてこちらでも被害者や家族のサポートをしていたから、その関係者からのものだろう。まったく接触を断ってしまう者もいたが、こちら側の連絡会を解散した後も連絡を取り続ける者もおり、寺井は元代表者としても元被害者やその家族とコンタクトしている。年末年始ともなれば季節のあいさつにカードを送ってくる者もいるから、それのことだろう。
とりあえずこれ以上の小言を言うのはやめ、大島は開封済みの郵便物を受け取った。
差出人名を確認すると、ほとんどはいつものメンバーだったが、一つだけ新しい名前があった。
「これはどなただろう?」
「パーカーの御母堂ですよ」
「……ああ、遺品を届けたんだっけな」
かなり前に死亡の連絡をした被害者の遺族だった。
「関係者宛になってますので」
封筒の宛名書きは寺井あてでも、中身は関係者全員へのメッセージになっていた。
少し大きめの二つ折りカードには、空白がほとんど残らないほどびっしりと文章が書き連ねてある。カードそのものも時候の挨拶用ではなく、"Thank You"と大きく書かれた汎用のものだ。
そして中身は、10年以上たってようやく気持ちの整理がついたとの説明と、これまで不義理をしたことへの詫びが書かれていた。
「話が聞きたい、か」
本当に心の整理がついたのだろう。改めて話を伺いたいと、そう手紙には記されていた。
「オンライン通話で良ければと思ったんですが、どうやら機器の扱いが苦手なようで。パーカーのお姉さんと連絡を取って、なんとか繋げないか確認してもらってます」
「一昔前なら、直接行くしかなかったんだがなあ」
「時間があれば、直接伺っても良いんですけどね」
残念ながら、今は寺井も旅行に行っている暇はない。
「パーカー君の事は、私はあまり知らないからなあ。代わりに行ってやるのは無理だな」
「私もそんなに知ってるわけじゃないですよ。看取っただけですから」
亡くなった被害者には珍しくないことだが、パーカーもまた、病気が原因で亡くなっている。
不当に監禁されていたのを被害者連絡会メンバーの手で解放したとはいえ、監禁中の劣悪な環境で弱った被害者が、病気や栄養失調で亡くなるのは珍しい事ではなかった。
「どこまでお聞かせすべきか、悩ましいところですね」
「そうだなあ」
救出から死亡までの記録は残っているが、遺族とはいえそれをどこまで話すべきか。
心の整理がつくまで10年かかった母親が相手となると、話も慎重にするべきだろう。
「遺族も年を取るか」
大島が思わず呟くと、寺井が少し困ったようにうなずいた。
寺井が負傷したのは「少しの昔話と、若手官僚の疑問 ( https://ncode.syosetu.com/n1418ef/30/ )」で少し説明したラトルーガ戦役になります。
覚えてない本人は呑気なものですが。




