そのじゅういち:お仕事の適性。
前半は岸(寺井の勤務先若手)視点、後半は楠木(寺井の勤務先のシニアマネージャー)視点です。
寺井が出勤してくる日が増えたおかげで、職場の雰囲気が少し変わった気がする。
そう言ったのは同期の井波杏樹で、それは岸もまったく同感だった。
「なんていうか、緊張感増した気がする」
「きっしー、隣の席だもんねえ」
「席、替わってくんない?」
「えーやだ」
あっさり断られたが、わからなくもない。
「山野が出てきたから、もう少しの辛抱だとは思うけどさー」
在宅勤務が続いていた山野がようやく会社に戻ってきたから、また寺井の出勤頻度は落ちるだろう……と思ったのだが。
しかし現状はといえば、山野の入院中に寺井の出番が増やされていて、寺井は自宅勤務の日が減っていた。
誰にとっても迷惑な話である。
「そんなに嫌がらなくてもいいと思うけどな」
シニアマネージャーの楠木も苦笑気味だった。
「イヤってわけじゃないんですけど、なんか、迫力ありすぎて」
「慣れるしかないよ」
「まあそうなんですけど、難しいですよ」
「一人だけ雰囲気違うよね」
社外とのミーティングがある日は特に違う。たとえば今日とか。
さっき出かけて行ってくれたから良いが。
「あのゴルゴっぽいスーツが余計にね……」
身長もあってそれなりに鍛えた体つきの、いわゆる細マッチョの寺井だから、もともとスーツは似合うのだろう。しかも夏でなければきちっとベストまで着込んでいて、それが様になりすぎるほど様になっている。
結果、妙な威圧感が漂うわけだが。
似合うのも善し悪しである。
「あれでも、入社前に比べたら雰囲気柔らかくなったんだけどね、寺井さん」
楠木がはっきり苦笑するのに、井波と岸はそろって声を上げた。
「ええ~、あれより迫力あったってことですか」
「それってどんだけですか」
「にこりともしない人だったんだよなあ」
「うわ、怖」
岸の知る限り、寺井は自分の威圧感を理解してふるまってはいる。基本的に他人に対するときは穏やかな表情だし、圧を感じさせる急な動きを見せたりもしない。
努力しても威圧感が消えないのはどうかと思うが、それが無ければもっと近寄りがたいのは明白なのだから、努力してる意味はあるんだろう。
「入社前から知り合いだったんですか」
「知り合いじゃなくて、外部の開発者として紹介されたんだよ。寺井さんまだフリーランスやってた頃だけど」
「フリーでそれって、営業にならなかったんじゃ」
井波が思いっきりストレートなコメントをした。
たしかに、フリーランスでやっていくなら自分で営業する必要もあるだろう。今以上の迫力で、営業ができたとも思えないのは確かだ。
「うーん、特殊用途の開発してる人だったし、それなりにコネがあったみたいなんだよねえ。困ってる様子はなかったよ」
「あ、そうか、軍用なら顧客も決まってきますよね」
本人がはっきり言ったことは一回も無いが、寺井の前職はどこかの軍関係だろうと言うのが社員の共通認識だ。
「あれ?そういえば、採用の時に履歴書とか出しますよね?書いてなかったんですか」
岸がふと思いついた質問を口にすると、楠木がわずかに首を横に振った。
「履歴書の中身を説明するのはナシだ。プライバシーだから」
「あ~、そういうもんなんですか」
「そういうもんなんだよ」
「社内の誰かは、前職知ってるんですね」
「誰も知らない」
「え?」
「中身は察しろ、てところだね」
「……書いてなかったとか?」
「ノーコメント」
書いていなかったと暴露したも同然だが、とりあえず『言ってはいない』事に違いはないだろう。
「……詮索しないほうが、たぶん身のためだよ」
「……デスヨネー」
いささか棒読みになったのも仕方ないところだった。
──────────
「私も、そろそろ仕事を減らしたいところなんだけどね」
社外ミーティングから戻ってきた寺井が、コーヒー片手に苦笑していた。
「なんでか私に仕事が回ってくる」
「そりゃ寺井さんに出てもらわないと、抑えがきかないからでしょう」
楠木がコメントすると、
「営業を鍛えなおすしかないね」
まったく普段通りの口調で返した寺井に、担当営業の柳がビクっとしていた。
「柳君、君の尻拭いしてるんだからな?安請け合いする癖を叩き直さないといけないな」
「でも顧客の希望で……」
「うちが赤字を出してまで叶える義理は無い」
お調子者の柳が顧客の一人に迎合した結果、仕様変更が決まりかけたプロジェクトに、待ったをかけたのが寺井だ。
客先の、それもプロジェクトに直接かかわっているわけでもない中間管理職のご機嫌取りのために、納期も考えず仕様変更を持ち込もうとした時点で柳になんら正当性はないが。
「そもそも、先方だって戸惑ってただろう。君が変な相手にゴマをすったおかげで、あのままだったらうちは赤字だし、先方はバグまみれのシステムを使うリスクを背負い込むところだった」
「でも木下さんってお客さんの偉い人で」
「情報収集してないな?木下氏は社内でまともに関わってるプロジェクトを持っていないぞ」
「ええっ、でも」
「でも、じゃない。ゴマをする相手はちゃんと選べ、木下氏に良い顔した場合の金額を計算したのか?」
「えっと……でも、偉い人……」
「金にならない奴に価値は無いんだよ」
無表情に言い放つと、かなりの迫力である。
引きつっている柳の目の前に、寺井は資料を置いて軽くたたいて見せた。
「いいか、これは私が3時間で作った試算だ。エンジニアが3時間で作れるものなんだから、営業の君はもっと上手に作れるはずだ」
柳がうなだれた。
「木下氏にゴマをすっても、うちの今回の売り上げは減るだけだし、将来的にあの会社からうちが儲けられることにもつながらない。何の得にもならない相手なんだ、うまく切る必要がある」
「でも、偉い相手なのに……」
「横やりを入れてくる無関係な『偉い人』相手に腰が引け過ぎだよ。ああいうのを上手にかわす方法を部長に聞いてきなさい、いいね?」
ばっと顔を上げてなにか言おうとした柳が、なぜか急に口をつぐんでうつむいた。
「今日のところはここまでにしよう。あのまま実行した場合の推定損害額をもう一度、見直しておいてくれるかな」
「……はい」
資料を持ってとぼとぼと机に戻っていく柳に、楠木は内心でため息をついていた。
運動部出身らしく元気が良い柳だが、脳味噌まで筋肉なんじゃないかという思慮の足りなさが欠点だ。そんなお調子者の柳に付け込んで、客先社内の政治にプロジェクトを使おうとする奴がいるのも困ったものである。
そう、このトラブルはあくまでも客先の社内政治の問題だ。プロジェクトをひっかきまわして自分の存在を誇示したい老害が、軽薄なお調子者を操って、先方の担当者に味噌をつけたかっただけの話だった。客先担当者もこちらのプロジェクトチームも、いい迷惑である。
楠木のそんな感想に、寺井は
「そこまで考えられる頭はまだ無いだろう、彼は」
と、ずいぶん冷めた事を言っていた。
「考えてもらわないと困るんですけどね」
「これに懲りて考えるようになれば儲けもの、だなあ」
「期待してないわけですか」
「ペンギンが空を飛ぶことは無いからね」
教育的指導は心掛けているようだが、評価は辛辣だった。
伸びる見込みはないと思っているのだろう。ま、楠木も期待していないが。
「私が出てるコストの計算もさせてやらないと、ダメだろうね」
寺井が調整に動けば当然、その分のコストもかかる。
「彼はマネジメントなんか知らないですからねえ、出来そうにないですよ」
「営業部にちょっと話をしておくしか無さそうだけど、私から言うのもどうだろうな。私はあくまでも臨時要員だし」
元々アサインされていたのはたしかに別のメンバーだったが、あまり遠慮する必要もないだろうに。
「ずっとやる気、ないですか」
「無いよ。それに私の得意分野でもないし」
「寺井さんにエンジニアだけやらせておくの、なんか無駄遣いしてるような気がするんですけどね?」
ここしばらくの様子で判断すると、どう見ても寺井はただ開発をやっていただけのようには見えない。
そんな楠木の疑問に、無言の微笑だけが返ってきた。
どっちみち怪しまれることに変わりはない魔導卿でした。
仕事を増やさない明日はあるのか?




