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そのいち:魔導卿のサラリーマン生活。

異世界の魔導卿こと寺井も日本に戻れば一介の技術系サラリーマン。

ヒマをもてあましている訳でもないのです。

そんな平凡な寺井さんのいつものお仕事ぶりを、周りの社員の目線でお送りします。

「しっかしお前ホント面白い奴だよな〜」

「あの寺井さんに、バカ正直に『傭兵だったんですよね』って聞くとか無いわ〜」


 同僚に笑われた井波(いなみ)杏樹(あんじゅ)はやや赤くなって、目の前にあるカフェラテに目を落とした。


「だって、気になってたし」

「だからって聞くかよ」

「酒の勢いでもなきゃ、聞けないでしょ」


 上目遣いで睨んでも、同僚2人は首を横に振った。


「酒が入っててもオレ無理だよ」

「あー俺も無理、怖すぎ」

「自分でも大胆だったとは思うけどさ、そこまでウケなくてよくない?」

「一番ウケてたの、寺井さんだけどな」

「あの人笑わせたんだから、井波っち才能あるって」


 同僚に言われるまでもなく、大胆すぎる質問だったとは杏樹も思っていた。


 寺井さんとは中途採用エンジニアの寺井健司の事だが、3年ほど勤務しているにも関わらず、今ひとつ掴み所がない人物と定評がある。

 採用当初は自宅勤務がほとんどの謎の人だったそうだし、前歴も喋らない。ロストジェネレーションと呼ばれる年齢だから、非正規雇用ばかりで食いつないでいたと見ても良いのだが、しかし海外で働いていたという情報もある。

 さらにはインドア派には絶対見えない鍛えた体格の上に、後遺症が残るほどの怪我までしている。

 裏で付いた渾名がゴ○ゴというほどの雰囲気も相まって、どう頑張っても普通のエンジニアとは思いにくい。


「でも結局さ、笑って誤魔化されたよね」

「そういやそうだね〜」

「たぶん絶対に教えてくれない気がする」

「まあそうだよね」

「立ち入り過ぎた気もするし。怒ってないといいなあ…」

「怒ってませんか、て聞きにいってみれば?」

「え、一緒に来てくんない!?1人で聞きに行くのやだし」


 井波が同僚を巻き込もうとしたところで、誰かが肩を叩いた。

 振り返ると、そこにいたのは同じプロジェクトチームの楠木(くすき)で、コーヒースペースの片隅を黙って指差した。


「……あ」

「……井波君、君、本当に面白いね」


 明らかに笑いをこらえながらそうコメントしたのは、当の寺井だった。


「寺井さん!?いつからいたんですかぁ~!!!」

「君らが後から来たんだよ」

「気が付かなかった……」

「オレも……」

「注意力が足りないねえ」


 にやりとした寺井と井波達を身比べて、楠木が吹き出した。

───────────────


「怖いと言われてもなあ。ただのオッサンだけどね、私」

「鏡を見てから言ってください」


 騒いでいた若手を追い出してから楠木がそうツッコミをいれると、寺井は


「どこからどうみても平凡なオッサンですありがとうございます?」


 と、ガラス窓に映る姿を見ながらとぼけてみせた。


「時々、さらっとボケかましますよね。滑ってますけど」


 声を荒げる事も無く常に淡々としているのだが、その気になった寺井が相手に与えるプレッシャーはハンパない。相当な修羅場を潜ったと直感出来る空気を纏っていて、おかげで仕様凍結後に項目追加を捻じ込もうとしたクライアントとの『おはなし』の場に寺井がいると、話はとてもスムーズにまとまる。

 あの威圧感で『平凡なオッサン』もないもんだ。


「滑ってるのか、体張ったギャグなんだけど」

「だから鏡を見てから言ってくださいって」

「いくらなんでもゴル◯はないと思うんだけどなあ、あんなに眉毛濃くないよ」


 顔じゃなくて雰囲気です、と突っ込まないのは、年長者へのせめてもの敬意という奴だった。


「知ってたんですかそれ」


 いくらなんでもそのまま過ぎるだろうと言う事で、隠していたはずなんだが。


「知らない事になってるから宜しく」

「色々バレてるな〜」

「オープンな空気のおかげだと思っておこうよ」

「寺井さん、迫力の割にそのへん大らかですよね」

「迫力の割に、て言葉が余計だよ」

「え、迫力はデフォルトでしょう、無きゃ困ります」

「なぜに」

「無茶ぶりクライアント対策最終兵器(リーサルウェポン)に迫力がなくてどうすんですか」

「誰が最終兵器かと」

「寺井さん」


 間違った事は言っていない。


「君もひどいよね」

「いえいえ、感謝してますよ?というわけで」


 苦笑した寺井に手を合わせてみせると、


「はいはい、次は同行するよ」


 いつもの答が返ってきた。

───────────────


「寺井君がスーツで出勤なんて、また何か揉め事?」


 多少揉めはしたがなんとか収まったミーティングから戻ると、なぜか専務の鈴木につかまった。


「皆さんの私に対する認識をお聞きしたいところですが」


 寺井が苦笑しているから、このすきに逃亡したい。と思っても、鈴木はそう簡単に逃がしてくれるわけがない。


「火消し役だと思ってるよ。楠木君、鎮火した?」


 会社もそう大きくはない上にITバブル崩壊以前からエンジニアだっただけあって、役員と言っても鈴木はずいぶん砕けた態度で接して来る。

 いくら砕けていても、めんどくさいことに変わりはないが。


「ああ、はい、一応は。項目追加は無しってことになりました」

「助かった。寺井君でダメなら、私が出なきゃいけないかと思ってた」

「むしろ営業部長の方が適任かもしれませんよ、あのクライアント」


 先方担当者が技術についてはまったく話にならない上に、コストカットばかり気にするタイプだ。金勘定でやりあうのが得意な営業部長のほうが、根が技術者の鈴木よりは向いていそうである。


「まあどっちにしろ、うちは追加分のコストを被らないぞで押し切るしかないわなあ。良くやった」


 楠木の肩を一つ叩いてから、鈴木は自分のスペースに戻って行った。

 ちなみに、寺井に対してはボディコンタクトするそぶりさえ見せていない。本能的に避けたのだろう。


「服装で業務が判るとは」


 避けられても気にする様子もなく、寺井が自分のスーツを見下ろしながら言った。


「会社に顔を出すだけなら、もっとカジュアルでしょう」

「確かに、社内の仕事だけならスーツは着ないからなあ」


 たまに寺井が出勤する時の服装は、たいていポロシャツかカッターシャツにコットンパンツで、楠木の目には地味でおっさん臭いとしか映らない格好をしている。

 目の肥えた女性陣によれば、どれもそれなりの値段がする物を着ているらしいのだが。ついでにいうと、ここしばらく着ているスーツもフルオーダーのものだと誰かが言っていたが、これも楠木の目にはさっぱり違いが判らない。せいぜい判るのは、ベストまできちっと着込んでいると、例の漫画のスナイパーみたいな雰囲気が強くなるということだけだった。


「あとは杖ですかね。この頃あんまり使ってないですよね?」


 寺井が右手に持っているT型ストックを見ながら、楠木は自分の推測を口にした。


「最近は、歩く距離が長い時だけだね。筋力も付いてきたし」


 今回のクライアントは駅から少し離れたところの会社だから、という事だろう。

 入社当初は両手が杖で塞がっていたが、今はリハビリも進んだとかで、オフィス内程度の距離で段差が無ければ普通に歩いている。走るのは苦手と言っているが、不可能だと言わないあたりが曲者だ。


「あ、帰って来た。寺井さんちょっとこれ見てもらえますか」


 パーティションから顔を出して、若手の一人である岸が声をかけた。


「どうした?」


 声をかけられて返した寺井を置いて、楠木は自分のスペースにもどった。

異世界召喚被害者の会。第12部「忍び寄る日常」( https://ncode.syosetu.com/n1418ef/12/ )で寺井の回想に出てくる、寺井をむせさせた若手が井波です。

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