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四章・1

 「今日は、どうだった?」


 「楽しかったです! とっても、とーっても、楽しかったです!」


 「そうかよ。それならよかった」


 「ありがとうございます。つっきー」


 「つっきー言うな」


 遊園地からの帰りの車内で、美弥子は手を振り全身で喜びを表していた。


 「さて、美弥子の家はどこだ?」


 「え? どうしてわたしの家の場所を?」


 「どうしてって、美弥子を家に送り届けるためだろ」


 「え? わたし、家には帰りませんよ」


 「は? じゃあ病院か? まだ荷物が家に届いていないとか、そんな感じか?」


 「いえいえ違います」


 「じゃあどこに帰るって言うんだよ」


 「つっきーの家に決まっているじゃないですか」


 美弥子は不思議そうな顔をして言った。


 「……ごめん。俺、聞き間違えたみたいだ。もう一回言ってくれないか」


 「わたしは、つっきーの家に帰ります」


 もう一度聞いたが、美弥子の返答は変わらなかった。


 「……何で?」


 「忘れてもらっては困りますね。あなたはわたしに外の世界を教えるためにわたしと一緒にいるのです。つまり、片時もそばを離れるわけにはいかないということです」


 「さっさと家を教えろ」


 「なんでですか!?」


 「ちっ……親御さんは?」


 「宿泊施設に別々の部屋をとって泊まると思っています」


 「ああそう。じゃあ……」


 「もういいじゃないですか! 決定です。これは決定事項なのです! わたしはこれからつっきーの家でお泊りするのです!」


 俺が他に理由を並べようとしたら美弥子は食い気味にそう主張した。


 「ちっ……どうなっても知らないからな」


 俺は説得を諦め、自分の家に車を走らせた。


                    ○


 「ただいま」


 「お、おじゃまします……」


 俺が玄関のドアを開け家に入ると、美弥子はおそるおそるといった感じで後ろについてきた。


 「あっ! お、お兄ちゃんお帰りー」


 すると妹の一咲子(いさこ)が玄関にとてとてと走って出てきた。


 一咲子は俺の顔をまじまじと見て、そしてその目線を俺の後ろに移した。


 「……ん? お、お母さーん! お兄ちゃんが誘拐犯になって帰ってきたー!」


 「おいこら変なことを大声で言うな」


 ご近所さんに聞かれたら面倒なことになる。


 「ほらほらお母さん、あの子」


 「あら、お帰りなさい、一輝。あら、そのかわいらしい子は?」


 リビングから母さんを連れて妹が戻ってきた。


 「あー、何か、まあ、いろいろ事情があって」


 「あらそう。わかったわ」


 この辺が我が母親のすごいところだ。こんな説明でも、何も聞かずに受け入れてくれる。この器のでかさに、何度助けられたことか。


 「こんばんは、お嬢さん」


 「こ、こんばんは」


 美弥子は俺の後ろに隠れながら言った。人見知りなのだろうか? 俺には普通に話しかけてきたくせに。


 「わたしはこの子の母親です。伊嶋 (いく)と言います」


 「あたしは妹の一咲子(いさこ)。十八歳の高校三年。あなたは?」


 「わ、わたしは三園 美弥子です。十五歳で、今年で十六になります」


 「やっぱり年下かー。ここまで来たならもう大丈夫。あたしたちが誘拐犯の手から守ってあげる」


 「だから違うって」


 身内をためらいもなく犯罪者にするのはやめていただきたい。


 「だってお兄ちゃんがこんなかわいい子を連れて来るなんて、もう悪いことしたとしか思えないじゃん」


 「兄への信頼は無しというわけか」


 「か、かわいいだなんて、えへへ」


 美弥子はなぜか照れたようにほほに手を当てて笑っていた。


 「おい美弥子」


 「呼び捨て!? そこまで!?」


 俺が美弥子に呼びかけると、一咲子が体をのけぞらせて声を上げた。


 「一咲子少し黙っていてくれ。話が進まない。美弥子、俺の勘違い妹に話をしてやってくれ」


 「わかりました」


 美弥子は俺の後ろから出てきて、母さんと妹の前に立った。


 「つっきーは悪い人ではありません」


 「家族の前でその呼び方は本当にやめてくれ」


 恥ずかしすぎるから。羞恥で死にたくなってしまう。


 「つっきーはわたしにこう言ってくれたのです」


 「聞いているか?」


 「美弥子の知らないことをいろいろ教えてあげるから俺の家に来い、と」


 美弥子がそう言い放った瞬間、玄関に、耳が痛くなるほどの静寂が訪れた。


 「一輝?」


 「お兄ちゃん?」


 「待て。俺はそんなこと言っていない。そんな誤解を招くようなことを俺は言っていない。そもそも俺の家に行くと言ったのは美弥子の方だ」


 「一輝、話があるからちょっと来なさい」


 母さんはそう言って仏間に入っていった。


 まずいな。小さい頃から、仏間での話と言うのは基本お説教だ。嫌だな。怖いな。


 「美弥子ちゃん、お腹すいてない?」


 「えっと、少し」


 「だったらご飯食べなよ。ほら、上がっておいで」


 「あ、えっと」


 美弥子は不安そうに俺の顔を見上げた。


 「行ってこい。俺の妹は少し馬鹿だが、決して悪いやつではないから」


 「なにそれむかつく。まーいいけど。ほら、美弥子ちゃん」


 一咲子は美弥子に手を伸ばした。


 「……それじゃあ、おじゃまします」


 美弥子はそう言って、一咲子の手を取った。

 二人は手をつないだままダイニングの方に歩いて行った。


 美弥子は少し人見知りなところがあるのかもしれないが、一咲子は距離の詰め方が上手いから、なんとかなるだろう。


 それよりも、俺は自分の心配をしなくては。怖いな。

 二人を見送り、俺は仏間に入っていった。


 「ここに、座りなさい」


 「はい……」


 俺は母さんの正面にあった座布団に座った。


 「あのね、一輝。お母さんは別に深い事情は聞かないけれど、十五歳の女の子に手を出しちゃだめよ。もう少し大きくなってからじゃないと。せめてあと五年は待ちなさい」


 「出してねえよ」


 息子の信用も無いに等しいようだ。


 「それに、出す気もない」


 「本当かしら。あなたのお父さんはね、十五も年下のわたしをお嫁にしたのよ? 一輝にもその血が流れているんじゃないかとお母さんは心配だわ。ねえ、あなた?」


 母さんはそう言って、仏壇の方に声をかけた。

 仏壇には、にっこりと微笑んだ父さんの写真が置いてある。


 「まあ、一輝ももう大人なのだからあまり細かいことはわたしも言いたくないのだけど、女の子を泣かせるようなことだけは、しちゃだめよ?」


 「わかっているよ。父さんから耳にタコができるくらいに言われ続けたから」


 絶対に、女の子を泣かせるようなことだけはするな。

 女の子には優しくしなさい。


 小さい頃、本当に毎日のようによく言われた。


 「なら、よろしい」


 そう言って母さんは立ちあがった。


 「一輝、ごはんまだでしょ?」


 「ああ、食べる」


 俺も立ち上がり、ダイニングに向かった。


 「へー、今日お兄ちゃんが個室で抱きしめてきたの?」


 「はい。それはもう力強く」


 「観覧車で美弥子が怖がったからだ。妙な言い方をするな」


 「あ、つっきー!」


 「だからやめろって」


 ダイニングに入ると美弥子と一咲子が隣り合って座っていた。きっとろくなことを話していなかっただろうが、どうやら打ち解けたらしいことがわかった。二人の間に温かな雰囲気が流れている。


 「あれ? もう食ったのか? 早いな」


 美弥子の前には食器も何もなかった。よほど腹が減っていたのだろうか。それならそうと言ってくれればよかったのに。


 「違うよ。美弥子ちゃん、お兄ちゃんが来るまで待ってるって言って食べようとしなかったの。一緒に食べるんだって。もう、本当にかわいいんだから!」


 「あう、あう」


 一咲子は美弥子の頭をわしわしとなでていた。


 「それじゃあ、二人分用意するわね」


 母さんはエプロンを巻いてキッチンに向かった。


 「悪い、待たせたみたいだな」


 俺はそう言って美弥子の正面に座った。


 「あ、そうだお兄ちゃん。聞いたよー。よく観覧車なんか乗ったね。高所恐怖症はもう治ったの?」


 「え? 高所、恐怖症?」


 美弥子が驚いたようにつぶやいた。


 「余計なこと言うんじゃねえよ……」


 せっかくごまかしていたのに。


 「つっきー、高いところ苦手なのですか?」


 美弥子は不安そうに俺に聞いてきた。


 「つっきーは高いところが苦手なのに、わたしが怖がっているから、我慢して抱きしめてくれたのですか?」


 「すっごーい。お兄ちゃんかっこいー」


 一咲子がからかうようにそう言ってきた。


 「ちっ……あの時は美弥子が震えていたから、仕方なかった。それだけだ」


 「照れてる照れてる。お兄ちゃんのそういうところ、あいかわらずだよね」


 「うるせえよ」


 「つっきー……」


 美弥子は何だか潤んだ瞳で俺を見つめてきた。


 「あら、もう少しゆっくり持ってきたほうがよかったかしら?」


 すると母さんが料理を乗せたお盆を持って来た。


 「お口に合うかわからないのだけど」


 「いえ、ありがとうございます」


 俺と美弥子の前に料理を並べ、母さんは俺の横に座った。


 「これが、家庭料理! 噂に名高いおふくろの味!」


 「あら、そんなに珍しいかしら」


 入院食しか知らない美弥子からしたら、まあ珍しいのかもしれない。


 「美弥子ちゃん、ちょっと変わってるね。でも、かわいいね!」


 「ああそうだ。美弥子のことで相談があるんだ」


 俺は母さんと一咲子に言った。


 「ふぁふぁふぃふふぉふぉ?」


 「美弥子は気にせず食っていればいい」


 「ふぁーい」


 「で、相談ってなに?」


 「美弥子をしばらくこの家に泊めてほしい。いいか?」


 「いいわよ」


 「いいよ。かわいいし」


 「ありがとう」


 二人はためらうことなく了承してくれた。我が家の女性は懐が深い。その代わりか、俺への信用が浅い。


 「ああ、あと美弥子はあまり常識というかそういうのを知らない。いろいろ支えてやってくれ。男の俺にはわからないこともあるだろうから」


 シートベルトの締め方も知らないくらいだ。他にもいろいろ知らないことはあるだろう。


 二人はすぐにうなずいてくれた。


 「それと、俺昨日で仕事辞めたから」


 「わかったわ」


 「わかったよ」


 「え! そんなあっさり!?」


 美弥子は驚いていたが、我が家の女性はちょっとやそっとじゃ動じない。二人とも、俺が美弥子を連れてきた時の方が驚いていたくらいだ。


 「美弥子ちゃん、着替えとかあるの? 見たところ持ってなさそうだけど」


 「あ、持ってきていないです」


 「それじゃああたしの貸したげるよ!」


 「え、いいのですか?」


 「いいよいいよ、気にしないで。お母さん、布団出しといてくれない? 敷くのはあたしがやるから」


 「わかったわ。一咲子の部屋の前に置いておくわね」


 「そういうことだから美弥子ちゃん。一緒に寝ようね!」


 「え、ええ!?」


 美弥子はすっかり我が家の女性のペースに巻き込まれてしまったようだ。

 俺は三人の姦しい会話を聞きながら、味噌汁をすすった。

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