三章・5
「時間的に次乗るのが最後だ。何に乗る?」
日もかなり沈んだ。そろそろ閉館の時間だ。
「それじゃあ、あれに乗りたいです!」
美弥子はそう言って観覧車を指した。
「そうかよ。まあ最後だし、いいか。じゃあ行くか」
「はい」
すると美弥子は突然俺の手を自分から握ってきた。
「えへっ!」
「やるじゃないか」
俺と美弥子は、園内がだんだんと暗くなっていき明かりがぽつぽつと点いていく中、観覧車の乗り場に向かった。
「はい。お二人ですね。それではごゆっくり」
係員の開けてくれたドアから、少しずつ動くゴンドラに乗り込む。俺が先に乗り込んで中から美弥子の手を引いてやった。
俺たちの乗ったゴンドラのドアがバタンと閉められた。
「すごいです、すごいです! 昇っていっています!」
俺の正面に座った美弥子は窓に張り付くようにして外の風景を見ている。
「あ、ああ、そうだな……」
「ほらほら外見てくださいよ!」
言われたので仕方なく外を見てみる。
すると下には、煌々と明かりをつけて回るメリーゴーランドや、園内に飾られたイルミネーションが見えた。病院の屋上から見た車のライトを俺は思いだした。しかしそれとは違って、下に見えたそれらは、きれいだと思えた。
「まるで、星みたい……」
美弥子は優しげなまなざしを外に向けていた。
「きれい……」
俺はなぜか、うっとりとそう言う美弥子の横顔をまじまじと見つめていた。
ゴンドラがずいぶん進み、もう少しで最高点に届こうかというところで、突然、ガクンとゴンドラが揺れ、そして止まった。
「な、なに? なんですか?」
「た、た、たまに観覧車は、と、止まることが、あるんだ。乗り降りで手間取ったりとかな。だ、だから――」
だから大丈夫だ、と言おうとしたとき、美弥子が椅子から立ち上がった。
「お、おい、立ったらあぶな……!」
立ち上がった美弥子に注意しようとすると、美弥子は俺に正面から抱きついてきた。
「な! な、何をして…………美弥子?」
「つ、つっきー……」
美弥子の体は、震えていた。
それに気づいた途端、俺の中から恐怖感が消えた。
「怖いのか?」
俺が聞くと美弥子は首を縦に振った。
「高いところがか? でもジェットコースターとかは大丈夫だったじゃないか?」
「あ、あれは、バーがありましたから」
美弥子の声も、体も震えていた。
「これは、何もない。わたしを守ってくれるものが、何も。それに、足元が揺れて、不安定で」
「動いているときは平気そうだったじゃないか」
「動いているときは、動きが安定していたじゃないですか」
違いがよくわからないが、怖がっているということは確かだ。
「……そうかよ」
俺は美弥子の体を、ぎゅっと抱きしめた。
力強く。
安全バーのように、しっかりと。
「つ、つっきー?」
「これならどうだ? 大丈夫か? しっかりと支えていてやるから、安心しろ」
「は、はい……」
美弥子の体の震えは、収まった。
それと同時に、観覧車は再び動き出した。
「おい、動いたぞ」
俺が言っても、美弥子は俺を離そうとしなかった。
「おい」
「少しだけ」
「ん?」
「少しだけ、このままで」
「……少しだけなら」
美弥子は結局、ゴンドラを降りる直前まで俺を離してはくれなかった。
抱きしめた美弥子の体は、病院暮らしが長かったせいか、細くて、小さくて、力を強くしたら折れそうなくらいで、そして、次の瞬間には消えてしまいそうなほど、儚かった。