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三章・4

 「わっわっわ! つっきーつっきー! なんですかあれなんですかあれ!? 見てください見てください!」


 「わかったから引っ張るな」


 美弥子はおもちゃを前にした小型犬のように興奮していて、俺の袖を無茶苦茶に引っ張ってきた。


 この遊園地はたいして大きいものではなく、遊園地として定番のアトラクションがいくつかあるだけだ。しかもどれもこれも規模は小さい。観覧車だけは特別で、とてもでかいのだが。


 「見えている順に左から、フリーフォール、コーヒーカップ、ジェットコースター、回転ブランコ、お化け屋敷、観覧車、メリーゴーランドだ」


 「何を言っているのかさっぱりわかりません」


 たしかに言われてみれば名前だけ聞いたってよくわからないものばかりだ。


 「……どれも説明するのは少し難しい。とりあえず、お化け屋敷以外全部乗り物だ」


 「なら全部乗っちゃいましょう!」


 「……いや、美弥子はさっき退院したばかりだ。だからあまり激しいものは体に負担をかけるのでよくないと思う。だからまあ今回は残念だけれど大人しめのものだけにしておこうか」


 つい昨日まで病院にいた人間が、あまりハードなものに乗るのはいかがなものかと思う。今日は平和的な遊具のみで楽しめばいい。


 「心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫です! 体はもう何の問題もありません!」


 「いやまあしかしだな」


 「さあ、行きましょう!」


 「はあ……そうかよ」


 テンションの上がり切った美弥子には、もう何を言っても無駄なようだった。


 「じゃあまずは、あれ!」


 美弥子が元気よく指差したのはジェットコースターだった。


 「すっごく楽しそうです!」


 「……そうだな」


 「行きましょう行きましょう!」


 美弥子に手を引かれ、ジェットコースターの乗り場に行った。


 「ようこそ! ではこちらに」


 空いているので待ち時間はゼロだった。係員に言われるがまま、俺たちは先頭の席に座らされた。……よりにもよって先頭か。


 「安全レバーを下げますね」


 「はーい!」


 「…………」


 安全レバーがゆっくりと下がってきて、俺の体をコースターに押さえつけた。これでもう逃げられない。


 「それでは発車までしばらくお待ちください」


 係員が立ち去った後、美弥子は顔を輝かせて言った。


 「どうなるのでしょうか? 楽しみです! わくわくです!」


 俺の横では美弥子が目をキラキラさせていた。


 「そう、かよ」


 「あれ、つっきー? どうしたのですか? 顔色悪いですよ」


 「そんなことはない。大丈夫だ」


 「そうですか」


 「それでは、いってらっしゃーい!」


 スピーカーから流れた係員の声とともに、ごとんとコースターが動き出した。


 「わあ! あはっ!」


 「んん……」


 コースターは徐々に徐々にレールを上っていき、最高点に到達した。


 「わあ! 高い! 高いですよ! つっきーほら、見てください!」


 「そそそうだな。高いな」


 こいつ、全然怖がっていないな。高いところが大丈夫なタイプか。

 一瞬止まるといういらない演出をしたコースターは、その後レールを、一気に下った。


 「わあああ! きゃあああ!」


 「うっ……わ、あ」


 美弥子は両腕をあげ、歓声を上げてはしゃいでいた。

 俺は大人なのでそんな歓声を上げることを良しとせず、泰然自若、がっしりとバーを握りしめ、目を閉じて思索に耽っていた。


 「こんなにおもしろいことが、この世界にあったのですね」


 美弥子は歓声の合間にそうつぶやいた。俺は目をつぶっていたので、どんな表情をして言っているのかはわからなかった。


 「知らなかった」


                    ○


 「わ、悪いが少し休ませてほしい」


 俺は近くにあったベンチに座りこんだ。


 「えー、どうしてですか?」


 「その、あれだ。あまり急いで乗りまくると楽しみがすぐになくなってしまうだろ? だから、いったん休んで楽しみをとっておこう」


 ジェットコースターを降りてふらふらの俺を、美弥子はあちこち引っ張りまわした。

 フリーフォールに乗り、回転ブランコに乗り、コーヒーカップをぐるぐると回し、そしてもう一度ジェットコースターに乗った。

 俺の三半規管は深刻なダメージを受けていた。


 「それに昼をまだ食べていない。あそこに入って休憩しよう」


 俺は園内にある小さなレストランを指差した。


 「そうですね。わたしもお腹がすきました」


 「じゃあ、行こうか」


 俺は美弥子の手を取りゆっくりと歩きだした。


 「何名様ですか?」


 レストランに入ると、すぐにウェイターがやってきた。


 「二人です」


 「それではこちらのお席にどうぞ」


 俺と美弥子は窓際の席にテーブルを挟んで座った。


 「このメニューを見て、その中から好きなものを選べ」


 「うわあ、すごい。種類が多いです!」


 美弥子はメニューをきらきらとした目で食い入るように見ていた。


 「うーん、うーん、迷いますね……」


 「好きなだけ迷え。悩め」


 さんざん悩んだ挙句、美弥子はオムライスを頼んだ。子どもっぽい気もするが、らしくもある。俺はあまり食欲がないので、コーヒーとサンドイッチを頼んだ。

 客が俺たちしかいないためか、料理はすぐに出てきた。

 運ばれてきたオムライスを、美弥子はまるで宝石でも見るかのような目で見つめていた。


 「た、食べてもいいですか!」


 「ああ、どうぞ」


 「いただきまーす!」


 美弥子ははじけるような笑顔で手を合わせ、オムライスを口に運んだ。


 「うわー! とっても美味しいです!」


 「そりゃよかった」


 「わたし、こうして食事をするの、初めてです」


 美弥子は一口一口をとても大事そうにして食べていた。


 「ずっと、病院食だったのか?」


 「はい。……それに、こうして人とお話しながら食べるのも、初めてです」


 美弥子は食べる手を止めた。


 「わたしはずっと個室でした。ですから、食事はほとんどいつも一人でした……」


 俺の頭に、病院の真っ白な個室で、一人で食事をしている美弥子の姿が浮かんだ。


 十五年、美弥子は食事の時間のほとんどを、ずっと独りで過ごしていたのか。


 「……美味いか?」


 「え?」

 

 「そのオムライスは、美味いか?」


 「はい、はいっ! とってもおいしいです!」


 「そうかよ」


 俺は自分の皿から、二つあるサンドイッチのうちの一つを美弥子の皿に乗せた。


 「これは?」


 「俺は一つで十分だ。悪いけれど、一つ食ってくれ。残したらもったいないからな」


 「それじゃあ、いただきますね。……つっきー」


 「何だ?」


 「ありがとうございます、つっきー!」


 「別に、腹がいっぱいなだけだ」


 そんなに礼を言われるようなことを俺は何もしていない。


 「それでも、ありがとうございます!」


 美弥子はそう言って、サンドイッチにかぶりついた。


 「おいしいです!」

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