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三章・3

 「す、すごい! 車が、いっぱい!」


 「そこかよ。でも今は平日の昼間だから、車は少ない方だぞ」


 駐車場には十台程度の車が止まっていた。


 「こ、これで、少ない方……」


 「休日なら、駐車場に入りきらないほどの車が来る」


 「え、え、えー!」


 俺たちが遊園地の駐車場に入り車から降りると、美弥子は駐車場を見渡して驚きの声を上げた。駐車場には、せいぜい十台ほどしか停まっていないのに。


 「だが、それは俺が小さい頃の話だ」


 「え?」


 「最近は休日でもそこまでたくさん客は来ないだろう」


 俺が小さい頃は大盛況だった。父さんと母さん、それに妹とよく休日に来た思い出がある。今ではもうさびれてしまって、閑古鳥が鳴きまくっている。昔から知っているところがそうなっているのは、少し寂しいな。


 「まあ、ここで立ち話しているのもなんだ。行こうか」


 「はい!」


 俺と美弥子は連れ立ってチケット売り場まで向かった。


 「こんにちは!」


 係員の女性は昔と変わらない明るい笑顔であいさつをしてきた。


 「こんにちは。えっと……」


 俺は昔とはずいぶん変わって適当にあいさつを返し、料金表を見た。


 「大人一枚と……」


 あれ? 美弥子ってどれに当てはまるんだ?

 年齢で言うなら高校生だが、高校に通ってはいないだろう。見た目と胸なら小学生でも通りそうだが、美弥子自身が怒って否定するだろう。


 「おい、美弥子ってどれなんだ? ……って、あれ?」


 俺が振り返ると、そこに美弥子はいなかった。まさか、一人でどこかに行ったのか?


 「あ、ちょっとすいません」


 俺は係員にそう言うと、美弥子を探した。


 「ちっ……。どこ行きやがった」


 目を離したのはほんの少しだ。そこまで遠くには行っていないと思うのだが。しかしほんの少し目を離しただけで迷子になるとは、まるで幼児だ。


 「……あっ! み、美弥子!」


 「あ、つっきー!」


 「ああ? つっきー?」


 「んだよ、連れいんのかよ」


 俺は駐車場の一角で、若い男二人と一緒にいる美弥子を見つけた。


 「美弥子、何をしている?」


 「あ、あの、その、か、かっこいい、車が、あって、あの、そ、それで、近くで、見たくって……。つ、つっきー、顔、怖いですよ……」


 美弥子は怯えたように声を震わせながら言った。


 「ちっ。冷めたわ。行こうぜ」


 「ああそうだな。つかあの年の差犯罪じゃね?」


 若い男二人はそう言って車に乗り込み、そのまま駐車場を出て行った。

 残されたのは、俺と、俺の目の前でおびえた表情を浮かべている美弥子だ。


 「人は見た目じゃないけれど、ああいうのに声をかけられたらすぐに逃げるんだ。今は何もなくてよかったけれど、もしあのまま車に乗せられていたら危なかったんだぞ」


 俺の頭に、嫌な想像が浮かんできた。


 「はい……ごめんなさい」


 美弥子は下を向いて小さな声で言った。


 「あまり、心配をかけないでくれ」


 これでも俺は、いちおう大人として美弥子の面倒を見ようという責任を感じているのだ。だから、心配だってする。


 「はい……」


 美弥子はなおも下を向いたままだ。


 「ちっ」


 俺は下を向いたままの美弥子の右手を、左手でつかんだ。


 「え……?」


 「こうしていれば俺は余計な心配をせずに済む」


 「ふぁ、ふぇ!? ……は、はいっ!」


 そう言って俺を見上げた美弥子は、まぶしいくらいの笑顔だった。どうやら元気を取り戻したようだ。


 どちらかと言えば、そっちの表情の方が似合うし、俺だって気が楽だ。


 「あ、あの、つっきー」


 「何だ?」


 「ごめんなさい」


 「もう、いいよ」


 「それと、ありがとうございます。心配、してくれて」


 美弥子はそう言うと、ぎゅっと力を入れて俺の手を握った。


 「別に。……それより、チケット買いに行くぞ」


 「あ、はい!」


 「美弥子は小学生料金で通りそうだから、それでいいよな?」


 「なんでですか!? わたしは大人のレディーです!」


 「はっ、どこが」


 「は、鼻で笑いましたね!? 鼻で笑いましたね!?」


 俺たちは他愛もない言い合いをしながら、チケット売り場に行った。


 「お連れ様は見つかりましたか?」


 係員の女性はさっきと変わらない笑顔でそう言った。いつ来ても同じ笑顔だから、ロボットなのではと疑ってしまいそうだ。


 「はい。すいません。それじゃあ、大人二枚で」


 「かしこまりました」


 俺は財布を取り出し、二人分の料金を出した。


 「あ、待ってください。わたし、自分の分なら持っていますから」


 美弥子はそう言いながらその小さいピンクのカバンから、同じくピンク色の長財布を取り出した。


 「いいよ。しまえ」


 だけど、俺はそれを制した。


 「で、でも」


 「いい機会だから今言っておく。この先、必要な金は全部俺が出す」


 さいわい仕事を何年かしていたおかげで貯金はある。


 「美弥子のそのお金は、必ず要る物にじゃなくて、自分のために、無駄に使え」


 「無駄に?」


 「無駄遣いをしろ」


 「無駄遣い? そ、そんな、お父さんとお母さんからいただいた大切なお金を無駄になんて……」


 ずいぶんとできたやつだ。両親にもらったお金の価値を理解している。

 だけど、年相応ではないな。


 「いいか、美弥子。人間必要なものにだけお金を使うなんて間違っているんだ。必要じゃないものにお金を使うことで心を満たす。それが人間らしいお金の使い方だ。とにかく、今はいいから」


 「そ、そういうものなのですか。……わかりました」


 美弥子はしぶしぶといった様子で財布をしまった。


 「あの、つっきー」


 「何だ?」


 「ありがとうございます」


 「いいよ。このくらい」

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