五章・1
「おはようございます。つっきー」
「おはようつっきーお兄ちゃん」
「おはよう、つっきー君。ごはんできているわよ」
「どうしてその呼び名が浸透しているんだ? おはよう」
俺が眠い目をこすりながらダイニングの戸を開けると、そんなあいさつで出迎えられた。
三人は昨晩と同じ場所に座っており、テーブルには四人分の料理が並べられていた。三人とも料理にはまだ手をつけていないようだった。
俺は空いている席、つまり昨晩と同じ席に座った。
「待たせたみたいだな」
「あたしはさっさと食べたかったんだけど、美弥子ちゃんが待つって言うから」
「そうだったのか」
「それじゃあ、いただきましょうか」
母さんがそう言い、俺たちはそろって手を合わせた。
「一輝、今日はどうするの? 昨日は何も言わずに家を出て行ったけれど」
「今日は美弥子と動物園に行ってくる」
「お兄ちゃん、デート!?」
「そんな甘いものではない。美弥子、行ったことがないんだそうだ。昨日行った遊園地も、美弥子は昨日が初めてだったんだ」
「え、そうなの美弥子ちゃん?」
「はい、そうなのです。今までずっと病院にいましたから……。ですから、とっても楽しみです!」
美弥子は笑顔で言ったが、母さんと一咲子は真剣な表情を浮かべ、そして俺の耳元に顔を寄せてきた。
「お兄ちゃん、しっかりと楽しませないとだめだよ!」
「一輝、ちゃんとしなさいよ?」
「わかっているよ」
ちらりと美弥子を見ると、美弥子は幸せそうに料理を食べていた。
「わかってる」
俺が言うと、二人は元の姿勢に戻った。
「あ、そうだ美弥子ちゃん。お化粧したことある?」
「ふぉふぇふぉう?」
「うん、お化粧」
「もぐ……したことないです」
「じゃあご飯食べたらあたしの部屋に来て! お化粧してあげる」
「え、いいのですか?」
「いいに決まってるじゃん!」
「それじゃあわたしは、お洋服を見立ててあげようかしら? 一咲子のお古だけど」
「お、お願いします!」
○
「あ、あの、つっきー。お、お待たせしました」
「ああ、けっこう待った」
玄関で俺は手持無沙汰に美弥子を待っていた。
「あ、あの、どうでしょうか?」
美弥子は不安げに俺に聞いてきた。
「何が?」
「何がじゃないよお兄ちゃん」
「何がじゃないでしょ一輝」
美弥子を挟んで立つ二人が俺にそう言った。どうやら美弥子には弁護人が二人ついたようだ。実家なのにアウェーだ。あまりに不利だ。
「まあ、かわいいんじゃないの?」
美弥子は昨日の清楚な雰囲気とは違い、活発な女の子のように見えた。
一咲子が施した明るめのメイク。そしてそれを互いに引き立て合うかのような、明るい色合いのブラウス。ほっそりとした脚を強調するショートパンツ。
まあ控えめに言ってもかなりかわいいと言えるだろう。
「はうっ! あう、あう、あわわ……」
「よかったね、美弥子ちゃん!」
「……はい」
一咲子が美弥子の肩に後ろから手を置いて微笑んだ。
美弥子も恥ずかしそうに、だけれど嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、行ってきます。ほら、行くぞ」
「あ、はい……」
「気をつけてね」
「美弥子ちゃん、いってらっしゃーい! あと、お兄ちゃんも」
「い、行ってきます。あ、あの、お母様、一咲子さん」
美弥子は靴を履いたあと、振り返って言った。
「ありがとうございます」
「はい、どういたしまして」
「いいのいいの」
「ところで、一咲子」
玄関で満足げに笑っている一咲子に、俺はこう言った。
「なに、お兄ちゃん?」
「学校は?」
「……はっ!」
遅刻確定だな、受験生。




