一章
久しぶりの投稿になります。
心温まる作品になっていると思います。ぜひたくさんの方に読んでほしいと思い、投稿しました。
よろしくお願いいたします。
「あなた、死ぬのですか?」
「あん?」
突然後ろから、十代くらいの女の声が聞こえた。
振り返ってみると薄暗がりの先に、入院着に身を包んだ小柄な少女が立っていた。
街の夜はあまり暗くない。だからその少女の顔も、ある程度はわかった。十代前半、といったところか。まだまだあどけない顔立ちをしている。
「そこから飛び降りて、死ぬのですか?」
少女は一歩ずつ、こちらに近づきながら聞いてきた。
「……まあ、そのつもりだ」
俺は少女の問いかけに、一応答えてやった。
フェンスの外側から。
病院の屋上のフェンスの外側から。
下を見やれば、ライトを煌々とつけた車が何台も行きかいしている。夜も十二時を回る頃合いだというのに、せわしないものだ。
少し調べてみたのだが、この日本と言う裕福な国では、一年間に二万人とも三万人とも言われる人数が、自殺で命を絶っているそうだ。
多いと取るか、少ないと取るか……。
「どうしてですか?」
そんな有象無象のうちの一人に加わろうとしていた俺に、少女は小首をかしげて聞いてきた。
「……何で、そんなことを言わなくちゃならない?」
「興味があるからです」
「人が死にたがっている理由に?」
「はい」
ここは普通の病院で、心の病は扱ってなかった気がするのだが。
「そうかよ。……まあ、どうせ死ぬんだ。話さない理由はないな」
話したくない理由ならいくらでも思いつくが。
「大学を出たところでろくな就職先は無かったし、やっとの思いで入社したところはドブみてえにクソな職場だったし、一緒に入社した親友は過労で死んだ。おまけに三年間付き合っていた彼女に突然振られた。朝起きたら携帯に『ごめん。あなた、やっぱり無理』ってメッセージが入っていた。大学を出て三年でこれが全部起こった。……これで死にたくならない人間、いるか?」
自分でも驚くほど、悪いことが重なった。男の厄年っていつだっただろうか。
「一番の原因は何ですか?」
こいつ、こんな話を聞いてまだ聞くか。引いたっておかしくないだろうに。やっぱりここは精神病院か何かだったようだ。
「一番は……彼女に振られたことかな」
我ながら、これが一番だなんて、女々しい、みみっちい。
「本当に好きだった。あいつは、俺の生きる意味だった」
「生きる、意味……ですか」
少女はそうつぶやき、顎に手を添えて何やら考えていた。
「まあそんな訳で、生きる意味やその他諸々を失った俺は死ぬことにしたわけ。何でこんなところにいるか知らないけど、早く戻れよ。風邪ひくぞ」
本気で少女の体を心配して言っているのではない。少女に人が死ぬところを見せるのが、心苦しいからだ。人が故意に落ちるところを見るなんて、トラウマものだろう。
「あ、ちょっと! 待ってください!」
少女は慌てたように言った。
「……何だよ」
「生きる意味があれば、あなたは死なないのですか?」
「そんなものが都合よくあればな」
それこそ、神様がぽんっとプレゼントしてくれるのなら、どれだけ楽か。
少女は胸の前で手をぎゅっと握り、大きく息を吸ったり吐いたりして、そして俺の目をまっすぐに見て言った。
「じゃあ、わたしが、生きる意味を与えてあげます」
「はあ?」
「わたしに、外の世界を教えてください」