第4項 状況開始
行治令(治安出動命令発令)を受けて、直ちに自衛隊は動いた。
自衛隊は“浮遊体”を「領空侵犯した、国籍不明の航空機」とし、これが周辺国による武力侵攻、もしくは操縦不能で飛来したものと捉え、各体制を準備した。
まず、航空自衛隊は不測の事態に備えるべく、老齢で退役目前のF-4EJ改戦闘機を百里基地に帰還させ、代わりに小松基地より第306飛行隊所属F-15J戦闘機4機を戦闘空中哨戒(CAP)に当たらせた。その他にも、首都防空のため数機のF-15Jが同部隊所属機が百里基地に飛来した。これらのF-15Jは改修対象機、所謂“J-MSIP”機であり、航空自衛隊においてF-35Aには及ばぬものの空対空戦闘能力は最強部類のモノである。
また、これに合わせて第1高射群が対弾道弾と対領空侵犯措置に必要な機材を除いたPAC-3及びPAC-2が汐留方向へ向けて発射体制を整え、一部機材が新宿御苑に展開するため移動した。
そして、E-767を浜松基地より急派することで、完璧な警戒体制構築を目指した。
次いで陸上自衛隊は、防衛大臣政務官が言った通り、練馬駐屯地より初動対処部隊が出動。汐留周辺に展開し、地上から浮遊体監視を行った。同時に、東部方面航空隊所属のOH-1偵察ヘリが立川駐屯地より発進。空中停止できる利点を生かした警戒監視活動に当たらせる。
これとは別に練馬、朝霞、市ヶ谷各駐屯地から港区役所、都庁、官邸に連絡要員を派遣すると同時に、前線指揮所設置のため芝公園、東京タワーに展開させた。正直、汐留上空が見えにくいことが問題ではあったが、浜離宮公園が近すぎること、築地市場が展開するにはあまりにも手狭なことや大きな混乱を招くこと、近傍で展開できる場所が狭すぎることもありここが選択された。
そして、東部方面総監は隷下部隊に対し、全力での対処を指示したため、第1師団は第1戦車大隊と第1特科隊を除いたほとんどの部隊を汐留近郊、もしくは都内周辺駐屯地、各自衛隊基地への待機を命じ、第12旅団も汎用輸送ヘリUH-60JA4機を派遣した。そして、万が一に備え木更津から第4対戦車ヘリコプター隊を立川駐屯地に移動。第2高射特科群も朝霞駐屯地を始めとした各所に展開している部隊に対し即応体制を取らせるため、中SAM(03式中距離地対空誘導弾)改が空を向いた。これらを総合的に指揮するため、第1普通科連隊長を団長とする「第1戦闘団(略称「1CT」)」を編成した。
また、これらとは別に陸上総隊司令部も中央即応連隊、第1ヘリコプター団、第1空挺団、中央特殊武器防護隊、対特殊武器衛生隊に出動待機を命じた。
海上自衛隊はひとまず、浮遊体が万が一横須賀基地への攻撃が発生した場合に備え、全自衛艦艇の出航を発令し、洋上退避を行わせた。また、治安出動命令は海上自衛隊にも発令されたため、海上自衛隊側は横須賀地方総監をトップとする対処部隊の編成を決定。東京湾警備のため第11護衛隊所属の『やまぎり』『ゆうぎり』と、第1護衛隊群から『むらさめ』を向かわせた。
そして、防衛省・防衛大臣は行治令に基づく“統合任務部隊”の編成を決定。東部方面総監をトップとした統合任務部隊「JTF-ハナミズキ」が編成された。
そして、全てのテレビ局が総理大臣・大河内漣の会見を放映した。例外なく、あの関東圏対象の、「緊急時でもアニメを流す」テレビ局も同様だ。
「本日、東京都汐留上空に、円盤型の飛行物体が出現しました。これの搭乗員とされる人物、もしくは関係者からの交信は一切確認されていません。政府としては、一刻も早く、この飛行物体の搭乗員、及び関係者との接触を図るべく、全力を尽くしております。国民の皆様には、大変なご迷惑を掛けると思いますが、できるだけ通常の生活を維持していただきたいと、政府は考えております。また、自衛隊に対し、治安出動を発令したのに関しましても、あくまで、警察力だけでは航空妨害に対しては対処が難しいものであること、常時監視が難しいこと、そして、領空が侵犯されていることを考慮しまして発令されたものでありますから、安心していつも通りの生活を送っていただきたいと思っております。私から以上です」
「それでは、質問を受け付けます。挙手の上、こちらかの指名後、最初に報道会社名と氏名を発言してから質問をお願いします」
「毎朝新聞の朝比奈です。治安出動に関しては自衛隊の出動ですし、今回は総理ご自身の判断で出動されたようですが、法制上問題はないのですか?」
「はい、自衛隊法78条により、私自身の判断であっても、20日以内に国会の可否を問う前提で、また政権内部でも意思疎通の上、全閣僚が同意した上で発令しました」
「フジビジョンの亀山です。国民のコンセンサスが不明瞭である以上、治安出動はあまりにも早すぎやしませんか?」
「災害出動を始めとした活動から、自衛隊出動に対する国民の理解は十分に得られているものと判断して決断いたしました」
「TBSTの武田です。今回の自衛隊出動、総理は如何程を想定していますか?」
「正直に申し上げて、浮遊体自体の飛行理由が不明確な以上、出動期間も規模も最大を考えてはおりません。国民の皆様の生活に影響をしないよう心がけますが、浮遊体の行動パターンや目的が不明な以上、現時点ではなんとも申し上げられません」
「朝日新聞の渡辺です。総理、現時点で攻撃を受けていないのに自衛隊出動はおかしくありませんか?こちらが先制攻撃を準備していると思われませんか?」
「自衛隊出動はあくまで、警察力の不足を補うための出動です。そのようなことは一切ありません」
「しかしですね、“彼ら”はそう思っても仕方ないのでは?」
「“彼ら”と言いましても、その存在が不明瞭な以上、なんとも申し上げにくいですし、国民の安全を第一に考えた出動ですので、出動は致し方ないと考えています」
「会見中失礼しますッ!!」
大きな声をあげて、内閣府の職員らしき男が総理に近づき耳打ちした。
耳打ちを受けた大河内は、会見中というのも忘れ驚いた声をあげた。
「なに!?誰か降りてきただとっ!?