第1項 事態発生
対馬警備隊は、普通科1個中隊を基幹に編成されている部隊だ。名前の通り対馬を警備・防護し、必要あらば対馬防衛のため武力を行使する。
そんな対馬警備隊が、対馬全土を使っての演習中に目撃したのは見慣れない飛行物体であった。
4月1日 総理官邸・総理執務室。国家安全保障会議(NSC)
「まぁ、エイプリルフールだからさ、それならそれで面白いけどね...」
楕円形で灰色の物体が映っている写真を手にしつつ、半笑いでボヤくのは、この国政治的トップであり、報道媒体が噛み付く人物対象トップでもある内閣総理大臣・大河内漣だ。
「しかし総理。これは紛れも無い事実ですし、自衛隊も確認しています。冗談では済まされません」と、嗜めるように語りかけるのは内閣官房長官・佐藤正敏。
「分かってるよ長官。それより防衛大臣、これを撮った状況は?」。
そう言われて手元の資料を手にしつつ、セミロングの髪を揺らして答えるのは防衛大臣・若宮晃美。
「はい。統合幕僚長からの報告によりますと、撮影した該当部隊である「対馬警備隊」が演習のため上県町宮原付近にて展開中、西方向上空、つまり韓国釜山方向に「見慣れない飛行物体」を確認したため、演習補助官として随行していた自衛官1名が撮影したものです。大きさは直径おおよそ10メートル以上、飛行高度20メートル以上。無音で、静止状態から移動し、消失するまで一切の音源を発さないとのこと。消失後、目立った環境変化はなし。当該空域を警戒している海栗島の航空自衛隊第19警戒隊は、レーダーに一切の痕跡を発見できず、対馬海峡を航行していた海上自衛隊護衛艦「とね」の対空レーダーにも記録は残っていません。ただし、「とね」の一部幹部を含めた乗組員のほとんどが「対馬方向に静止する不審な飛行物体」を目撃したことを艦長に報告し、対馬警備隊隊長も複数の隊員から「不審飛行物体」の報告を受けております。また、長崎県警対馬北警察署には「海上に浮かぶ飛行物体」に関する問い合わせが複数件寄せられたそうです。以上です」
大河内の頭には、ある思考で一杯だった。
「これは...俗に言う、“UFO”なの?」
大河内の脳内を見え透いたかのように、閣僚最高齢の総務大臣・釜屋弘が声をあげた。
「防衛省としては、あくまで彼我不明機として対処しています」と若宮。
「いや、それより...」と背もたれに深く預けていた身体を前のめりにしつつ、佐藤が口を開いた。
「そもそも、政府は“UFO”と呼ばれる飛行物体然り、存在を認めてませんよ。矢本君」
と指名を受けて、参加閣僚達の席から少し離れたソファに座っていた総理補佐官(国家安全保障担当)・矢本優貴が立ち上がった。
彼は、佐藤の大学の後輩で、佐藤の推薦で補佐官になった肝いり的存在だ。
「2007年、当時の福田康夫内閣にて「地球外から飛来してきたと思われる未確認飛行物体の存在を確認していない」とする政府公式見解が発表されてから、それ以来一貫して「認める」、もしくは「存在する可能性」を政府公式見解としては言及しておりません。故に、今回の一件を国民に公表するか否かな関わらず、現内閣として“UFO”の存在認識を共有するべきであると思います」
そこから、佐藤がNSC参加各閣僚一人一人に「個人な考えと、省庁担当大臣としての2つの考え」を問いただした。
多くの閣僚は「個人的には“UFO”が存在すると考えるが、省庁レベルとしては一切考慮していない」であるとか、「個人的にも存在するとは思えないし、省庁レベルとしても考えていない」と言ったものであったが、防衛省だけは違った。
「公式、非公式を含めて、防衛省しては“UFO”を「人知を超えた存在が操縦する飛行物体」として、学校レベル、本省会議レベルで検討しております」
「ちょっとまってくれ、“本省官僚会議レベル”って、官僚含めて検討しているのか?」と若宮の発言を驚くように大河内が反応した。
「はい。それこそ、福田康夫政権時の防衛大臣であった石破茂氏が、そう言った問題を注目した方でしたので、官僚レベル、自衛隊幹部レベルで話題にはなりました。と言っても、会議中の世間話やフリートーク程度の話し合いだそうですが」
「それでもいい。で、防衛省としては何か...その、対応策は思いついたのか?」
興奮したように大河内が若宮に聞いた。
若宮は一瞬、躊躇うように目を伏せた後、静かに答えた。
「対応策というよりは、そもそも「UFOが我が国に向けて、何らかの武器を活用した攻撃を行ってきた」という前提で話し合いが行われました。ですから、“UFO”がいるいないに関わらず、とりあえず「撃ってきた」という状況を想定してのものですので、今回のように「“UFO”が存在するか否か」ということまでは考えておりません。とりあえず人知を超える、「世間一般的な“UFO”」の攻撃を想定しただけですから」
若宮が話し終わった瞬間に、釜屋が質問、というより皆が基本的過ぎて、そもそも基本的過ぎたからこそ忘れてたことを挙げた。
「そもそも、「“UFO”が攻撃」って、やっぱり自衛隊即出動ですか?総理」
「何言ってんの?」と顔に書いた大河内が、「当然でしょう」と答えた。
「その法的根拠は?」と釜屋が聞いた途端、今度こそ大河内は「はい?」と顔に書いてある言葉と発した声が一致した。
「いや、総理。私は自衛隊出動には賛成ですよ。しかし、その法的根拠は?」
「そりゃ...防衛出動ですか。外部からの武力攻撃ですし」
だよね?という顔で大河内は矢本に目を向けるが、当の矢本は口を真一文字にしたまま表情を変えない。
彼は釜屋が言いたいことを理解しているのかもしれない。
「総理、そりゃ我々みたいな姿形をしているか、それとも取り敢えず科学力がありそうな図体やら戦術で、奴らが景気良くドッカンドッカン攻撃してくるなら、国民の総意なんか得なくても野党は防衛出動に納得するでしょう。しかし、それこそただ歩いたり、そこら辺のデモみたいに並んで歩いているだけなら「防衛出動」が成り立つと思いですか?。治安出動だとしても、具体的に何で持って「警察力の不足を補う」ことにしますか。それに、もし相手がアメーバみたいな、知的なのか無知なのかよく分からん生物だった場合、警察や消防に防護服着せて活動しても十分だと思うし、そもそもそれが「外部からの侵略行為」に値するのかもわからんし、それに専守防衛の建前、そこらへんにいたからといって唐突に攻撃するわけにもいかんでしょうし」
この場にいる全員をたしなめるように、釜屋がゆっくりと持論を言う。
「そういえば昔の映画で、火薬に強い宇宙生物相手に軍隊が攻撃したら巨大化して、最終的に消防車にシャンプー入れて、座薬みたいに注入して倒した話がありましたね」と懐かしそうに佐藤が呟く。
「...まぁ、それはともかく、人間が集団で、鳴り物とか騒音行為をしたり、ゴミを散らかしたり、テントとかで占拠している時は警察なのに、宇宙人かもしくは単に“UFO”の乗組員になったとたん自衛隊じゃ、ちょっと無理があると思うんだが」と釜屋。
「しかし、数年前の平和安全法制の際にそういった民間人か軍人か区別つかないようなグレーゾーン事態に対しては、総理判断で柔軟に対応できるように自衛隊の運用指針が改められています」と反論する若宮。
「それは若宮さん、尖閣とか離島を占拠された場合の状況でしょう。まさか渋谷とか原宿に出現したからといって、攻撃してもいないのに唐突に自衛隊投入は難しいでしょう。それが最良だとしても」とたしなめる釜屋。
「んじゃ警察ですか?」と釜屋に質問するのは、釜屋とは真反対に現政権最年少閣僚、経済産業大臣・徳重豊だ。
「まぁ、一発目はそうなると思うんだけど」
「ちょっと待ってください」と釜屋の一言に声を荒げるのは国家公安委員長・小沢和毅だ。事実上、警察を預かる小沢だが、その人相はどちらかと言うと「ヤクザ」以上の顔をしている。
「確かに、ただ練り歩くだけなら問題ないでしょう。人数にもよりますが、とりあえず機動隊を出して街を封鎖した上で交渉するなり、抑え込むなりすればいい。しかし、彼らが応戦した場合どうすればいいんです。ゲバ棒や火炎瓶ならともかく、映画みたいにレーザーやよくわからない武器を使われた暁には、大変なことになります。ましてや、自衛隊が敵わない相手にSATや銃器対策部隊が敵うはずがありません。ここは、最初から自衛隊を投入していただき、警察はもっぱら避難誘導に専念させていただきたいと思います。ましてや、“UFO”相手じゃ警察力では何もできませんよ。この点でぜひ、「治安出動」として当初から出動をお願いしたいです」
「防衛大臣。自衛隊なら何ができる?」と小沢の言葉を受けて、大河内が若宮に頼み込むような目で問うてきた。
若宮は矢本の隣に座っている、若宮に同行してきた防衛大臣政務官に答えるように言った。
「....場所にもよりますが、仮に新宿に出現、UFO搭乗員が降下、警察力による対応が不可能と判断され、何らかの出動命令が自衛隊全体に命じられたとすれば、まずは航空自衛隊が出動します。そもそも、UFOが新宿上空に出現した時点で我が国の領空が侵されているわけですから、命令如何に関係なくスクランブル任務として茨城県の百里基地、もしくは福井県小松基地より戦闘機が緊急発進し、対象機を包囲します。そして、これらとは別に練馬から陸上自衛隊の初期対応部隊が出動し、それでも足りない場合は第1普通科連隊が出動します。あとは、追い追いでしょうが、ともかく今述べた全てのことを命令を頂いてから40分以内に完了させます」
「それじゃ、自衛隊がやはり最初に行くべきなのか」とひとり呟く大河内。
「ただ、法制上を考えると警察か...、野党の声もあるし...。しかし...」と悩み続ける大河内であった。
「まぁ、総理。別に明日明後日、“UFO”が確実的に飛来すると言うわけではないんですし、ただ対馬警備隊が「不審な飛行物体を視認した」というだけなんです。まだUFOと決まったわけではありませんし、本日はここら辺にしておきましょう。そろそろ、委員会も始まりますし」
悩む姿を見て、佐藤が腕時計を見つつ進言した。
「...まぁそうだね。とにかく、UFO如何に関わらず、関係各省庁は不審な飛行物体の動向を探ってください」
少し安心した顔をした大河内が締めようとしたその時。
「失礼します!」とノックもそこそこに総理秘書官が飛び込んできた。
「汐留上空に円盤状の飛行物体が出現。すでにテレビでも報道されています!」
その一言で皆が騒ぎ出すのと同時に、佐藤が「誰かテレビを!」と叫んだ。
総理執務室の奥にある50インチのテレビには、汐留に本社を構えるテレビ局のお天気カメラで撮ってあるだろう映像が流れていた。その映像にほとんどの閣僚が、興奮して原稿を読み上げるアナウンサーの声を聞きつつ固唾を飲んで見上げだ。
楕円形の無機質な灰色の空中浮遊体。その飛行物体は紛れもなく、手元に置いてある写真のものと合致していた。
今まで全部中途半端に書いては飽きて、書いては飽きて、忙しくなっての繰り返しなのでこれも続くかわかりませんが、行けるとこまで行きます。