2話 《暗闇の目覚め》
二人が安全圏に到着し、ケルバクアの死体を研究施設に引き取ってもらう頃には既に日付が変わっていた。
「まったくもう!なんでこんな遅いの!」
横では咲葵が怒っている。
正直、ここまで遅くなった原因は自分にあると早琥自身も自覚している。
早めに謝ったほうがいいかもしれない。
どんなに頑張っても休憩に休憩を重ね、めっちゃ重いケルバクアを運ぶ画期的な方法を探そうと廃墟を探索した挙句、もう野宿でいいやとつぶやきテントを本気で探し出そうとした失態は消えない。
まあ、仕方ないね。だって重いもん。
研究員の人、あの死体の重さ計ってたけど52kgっていう数字は見間違いじゃないと思うし。
「あーそのいろいろごめん」
しかし遅れの原因はあくまで早琥にある。謝らない訳にはいかない。
隣の咲葵はまだツーンと怒っている。
そして沈黙。
「……………シャワー使えたから許す。」
「は?」
実は食堂、浴場は既に閉まっていたのだが今回の作戦の成果(主にケルバクアの大きさ)が想定より多かったので特別に軽食と小浴場を提供してもらっていた。
さっきまでネイビオルの寛大さに感謝しつつどうやって咲葵の機嫌を直すか考えている最中だった。
別に喧嘩までいくとは思っていないが自分のペアとコミュニケーションが取れないのはやばいということくらい分かっていた。
しかし許してもらえたのが幸いだがその理由がシャワーとはどういうことだろう。
確かに小浴場を使えたのはケルバクアを運んだ早琥の功績が九割といってもいいかもしれない。
例えば自分なら長期の作戦の時の夜間の見張り役を交代でチャラ、みたいなことにするはずだ。
シャワーの重要さが結局分からなかったがペアの優しさとして無理矢理理解した。
「とりあえず許すっていってんの!じゃあね!」
そういうと咲葵は宿舎の方に走っていく。
ネイビオルは安全圏の中心に本部があり、それを囲むように色々な施設がある。
研究施設、生態実験施設、映写室…あまり詳しくは知らない。
早琥はあまりそういうところに行くことがないからだ。
さらにその周りに位置するのが宿舎、浴場、食堂などネイビオルの管理下で動く人々に提供している居住区だ。
そしてその周りに町がある。その町を囲むように守っているのはたった三重の柵。
有刺鉄線に電流を流したりしているものと聞いたことがある。
正直少し不安になるがこの柵が立ってからケルバクアが町の中に入ってきたという話は聞かない。
ネイビオルの管理下で動く人々というのは主に三つに分けられる。
一つは研究、解析を行うもの。作戦を立てるのもここで立てる。
二つめは、武装をして安全圏の外でケルバクアを掃討したり対人トラブルの管理もしている。
そして三つめは早琥達が属する特殊能力を持ち、比較的強力なケルバクアを討伐する役目を持つ人間だ。
特殊能力を持つ者は基本的に七人程度の隊を組む。
しかし早琥と咲葵は少し違う。
ペアで動き、常に同じ作戦を行う。
ペアだけでやることもあるし、他の隊の援軍として作戦に参加することもある。
その理由は早琥の能力が非常に強力な事と咲葵が能力を二つ持っていることにある。
この二人を隊に組み込もうとするとどうしても戦力の無駄が生まれる。
そのためこうした特殊な動き方をしているのだ。
そして早琥は一度部屋に着替えを取りに戻る。
一応、服はネイビオルから支給されているからいいもののケルバクアを運んできたせいで今着ていた服からはもう血糊が取れそうにない。
というか洗濯機の中が血の海になりそうで怖い。捨てるしかないようだ。
無駄遣いを嫌う早琥だが今回は諦めをつけた。
着替えをとると急いで小浴場へと向かう。特別に使わせてもらっているのだから早く出ないと流石に悪い。
脱衣所で素早く服を脱ぎ、体を流す。
頭と体をパパッと洗って血を落としてから湯船に浸かる。
全身が温められる。野宿なんかしないで良かったと心から思える瞬間だった。
風呂からでて部屋に戻るとおにぎりが置いてあった。
おそらく軽食として用意してくれたのだろう。しかし、早琥の中では食欲より睡眠欲のほうが勝っていた。
早琥自身も後で食べるつもりだったのだがいつの間にか深い眠りへ落ちていった。
目を開けて時計を探す。
そしてそれを見つけじっくりと見る。
八時十四分。
とにかく腹が減っている。思考を加速させる。
起床。新しい一日の始まりである。
寝る前に日付は既に変わっていたが。
とりあえず昨日食べ損ねたおにぎりに手を伸ばす。もちろんそんなものでは足りない。
早琥は寝巻きから普段着に着替えると食堂に向かう。
カレーがあると彼の嗅覚が教えてくれる。脳は完全に朝飯を決めてしまったようだ。
いつもなら少し重いが今の空腹なら問題ない。むしろ大歓迎。
少し遅めのこともあって食堂はだいぶ空いていた。ほとんど並ぶことなくカレーを手に入れた自分の体は言っている。さあ食え。すぐ食え。もちろん自分の意識も異論はない。
あっという間に食べ終わる。おにぎりがなかったら足りていなかったかもしれない。
「おはよ」
その時前から声が聞こえた。見るまでもなく誰か分かる。だって声、聞いたし。
そこには今起きてきたと思われる咲葵が立っていた。その手には、
「おはよ。ってお前もか」
やっぱりカレー。咲葵は躊躇することなく横の席に座る。
そうしてしばらくは咲葵と雑談をし、カレーを食べる咲葵を見ておかわりの四文字を考え始めた時、食堂の外が騒がしくなってきた。
外に出る。咲葵も食器を片付けて付いてくる。
近くにいた武装した人に何があったかを尋ねる。
少し狼狽えながら男が答えたその結果は驚きのものだった。
____第二小隊担当のケルバクア討伐作戦において、第二小隊のメンバー、全九人の死亡を確認。
これにより作戦は失敗と断定。尚、接触したケルバクアのその後は不明。
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