1話 《五年後の世界》
ケルバクアという存在が認識されて八ヶ月ほどが経過した頃。
人類はこの驚異に対して居住区域の削減、制限とともに僅かながらの安全圏に固まって生活していた。
そんな中、人類にある『力』がもたらされた。ケルバクアに襲われ、重傷を負った一人の男性が不思議な能力をつかえるようになったのだ。
この出来事から今まで微塵も気にしていなかったケルバクアの生態に関する調査と研究が行われた。
その結果、ケルバクアに傷を負わされた他の生き物の体内、血管内に特殊な物質が混入することがわかったが、それが結局何かは判明しなかったと言う。
この物質が特殊能力に関与していると思われたが原因も含めていろいろなことがわからないままだった。
原因が分からないのなら無闇に利用出来ない、これが当初の考えだった。
しかし日に日に削り取られる安全圏に人類はある決断をした。
特殊能力をもった人間を人為的に作り出し、ネイビオルが管理、ケルバクアを掃討する。
ケルバクアに蹂躙され尽くした人類が、その計画が実用に移すまでにそう時間はかからなかった。
ケルバクアの出現から丁度一年、人類の最初の討伐作戦が決行された日である。
___それから四年の月日が流れる……
廃墟となった建物の群の中を二つの人影が宙を舞っている。
「こちら、珀翼早琥。目標と思われるケルバクアを発見。現在、狩氷が誘導中」
自らを珀翼早琥と名乗った少年は小型の端末にそれだけ報告を済ませるとすぐ走りながら構えをとる。
少年は黒髪、黒い目をしてして、黒い服を着込んでいる。
少年はペアで行動しているのだった。
今はそのペアと事前に決めた作戦の通りの場所に移動している最中だった。
決めた場所に着く。
ここで待っていて少年はとどめを刺す。そういう役回りだった。
その時、近くから爆音が聞こえてくる。
それを合図に少年に向かってケルバクアが飛んできた。
いや、吹っ飛んだといったほうがいいか。
凄まじい縦回転をしながらぶっ飛んできたそれは、当たれば少年ごと吹っ飛びそうだが、これはケルバクアの意思によるものでは無いだろう。
その証拠にケルバクアは絶叫にも聞こえる雄叫びを空中であげている。
どっちにしろ殺すとはいえ、お気の毒だ。少年だったら精神が持たない。
それはペアのもう一人のほう、狩氷咲葵の能力によって起こしたものなのだがこれがさっき少年が報告した誘導だとしたら少し荒っぽすぎではないだろうか。
目標の位置に誘い込むというよりは強制的に押し込むという感じがする。要は力づくなのだ。
まるで結果的に決まった位置にいさせればいいとでも言うように。実際そうなっている。
しかし、そんな事は少年からしたら慣れっこだ。
慌てずに自分の能力を発動させる。
【 喰獣 〜グラール〜 】
少年がそう唱えると真っ黒な龍の頭のようなものが少年の右肩から生えてくる。
龍といっても鱗も目もない真っ黒なものだが。
右肩から生えてきた『それ』は素早くそして的確に、飛んできたケルバクアの頭をその真っ黒な牙と顎で喰いちぎる。
頭を失ったケルバクアは、すぐ別の頭を生やし……
何てことは全くなく、そのままのたうちまわる事もなくあっさり死んだ。
「作戦完了」
少年がそう報告していると廃墟の影から少女が現れる。
薄く透き通るような青色の髪していてその目は黄金色に輝いている。
彼女が少年のペア、狩氷咲葵だ。
「ふ〜お疲れ様〜〜」
汗を拭いながら少女はそう話しかける
「おう、お疲れ」
少年はそれを落ち着いた様子で返す。
問題なく作戦が完了して少しの達成感を味わう。
しかし、ある意味これからのほうが大変である。
討伐したケルバクアは研究に利用するため持ち帰らなければならない。
だが、普通の獣となんら変わりのないそれはなかなか重い。結構重い。
それに加えて死臭と流血のせいで他のケルバクアを呼び寄せてしまう事もある。
もちろん少女が死体なんか持てる訳も持ちたがる訳もなく。
結果として少年のほうが持っていくことになる。
それを思い出し、少年は大きくため息をついた。
安全圏への帰りの途中で休憩をとる。
今日ケルバクアを討伐した廃墟から安全圏までは中々遠いし、ケルバクアを持ったまま移動しているのも疲労の原因だ。
ちゃんと道路が舗装されているだけマシだったが。
人々が居住区を放棄したといっても5年やそこらで森になるなんて事は当然ない。
むしろ廃墟となった町もそれらを繋ぐ道路も結構綺麗な状態だったりする。
その辺のコンビニでも漁れば消費期限切れのパンが見つかるだろう。
しかし道路が綺麗ということが即、車を使えるという事には直結しない。
そもそもケルバクアの攻撃に耐えるような装甲車は大体、静かに走れない。
いくら攻撃が効かなかったとしてもケルバクアを呼び寄せまくって百鬼夜行のようになりかねない。
車の燃料であるガソリンや電気も無限という訳ではない。
自転車という手段もあるにはある。それでも咄嗟の襲撃に対応出来ないし、重量級のケルバクアの運搬は不可能だ。
結果的に特殊能力を持っているか武装した人間が集団で歩いたほうが効率的とされた。
そう分かっていても愚痴をこぼさずにはいられないのが人間だが。
「………………だるい。」
錆びて茶色くなったガードレールに腰かけて早琥はそう言う。いや愚痴る。
それもまた本当の限界ではなくただただ疲れただけという様子であるが。
けどそれも結構仕方ないことだったりするのかもしれない。
今回の作戦で討伐指令がでていたケルバクアは猪のものだった。
そのくらいの大きさのケルバクアは能力を使っているわけでもない少年一人の力ではやはりキツいのだろう。
もちろん愚痴をこぼしたところで何が変わる訳でもない。
しかしそれで少しだけ楽になってしまうのも又、人間なのだ。
咲葵はただ愚痴るそんな自分のペアを見て、
「せめて荷台だけでも持ってくればよかったのに。」
ズバッと正論で返す。
ネイビオルではケルバクアを運んだり人が負傷した時の為に荷台を貸し出している。
使わない場合はただの邪魔になってしまうので今回は持って来なかったが。
「うん。普通にいらないと思ってた。こんな大きいとか思ってなかった。舐めてた。つかめんどかった。」
早琥は反省しているのか言い訳しているのか分からない口調でそう言う。
とりあえず後悔しているのだけは分かる。
「やっぱ片手じゃキツかったかぁ…」
未だに後悔をやめない早琥の右腕は、いや右腕があるはずのところには常人が持つような肌色のそれも、ケルバクアの頭部を喰いちぎった真っ黒い龍の頭もなかった。
彼らはネイビオルの中でエースと呼ばれ特殊能力を駆使してケルバクアと戦う人類の新しい力である。
___ケルバクアに世界を壊されてから五年、まだ人類はこの世界で生き続けていた。
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