親猫、小さな企みに嵌る
『魔導師は平凡を望む』の番外編になります。
微妙に本編の『魔王殿下、反省する』に関係した、年明け前後のお話。
※アリアンローズ作家有志による『新年短編企画』参加短編です。
――年末・騎士寮の食堂
もうすぐ年が明けるこの日、この時間帯。
城では夜会が開かれており、町には未だ多くの人々が溢れて賑やかだ。
いつもは酒場くらいしか活気がない時間帯なのだが、新年を祝うこの数日は別なんだとか。至る所に明かりが溢れ、人々が笑顔で言葉を交わす。この世界での新年はお祭りのようなもの、らしい。
ただ、そうなると当然、忙しくなる人がいるわけで。
騎士達は新たな一年を迎える雰囲気に浸りつつも、この数日は総出でお仕事です。
近衛達は城の警備をよりいっそう強化し――確実に王族の姿が拝める上、夜会には主だった貴族達も出席しているので狙われやすい――、その他の騎士達も町の警備に駆り出されている。
なお、アル達のような立場の騎士は、基本的に自分達を率いている王族の傍に控えている。
これは王族の警護という意味もあるけど、問題が起きた場合の対処に動くことがあるから。あからさまに近衛騎士が動くと客にもその混乱が伝わってしまうので、密かに動ける彼ら――率いている王族が一旦下がればいいだけだ――は最適なんだとか。
ま、騎士達は『頑張ってお仕事しなさいね』ってことだ。どうりで、最近忙しそうだと思った。
……そんなわけで。
各騎士寮は時間関係なく人が出入りし。基本的に、王族の皆様は夜会に出席しているはずなのですよ。
「……何故、ここに居るんですか? 魔王様」
「いいじゃないか、君を一人にできないんだから」
目の前には魔王様。勿論、ここは夜会の場じゃございませんよ。騎士寮の食堂です。
騎士達が食事や休憩に訪れるので、ここ数日は一日中騎士寮の食堂が開放されているのだ。これはどこも同じらしい。
予想外の仕事ができたりして忙しい人達もいるため、この数日は『他所の騎士寮で食事をしてもいい』ということになっているのだよ。自室がある騎士寮が遠いこともあるからね。
そこで暮らす騎士達が何人かは必ず待機している上、食堂の利用時間が各自不規則になってしまうため、こういったことが許されたのだろう。入れるのは出入り口付近にある食堂に限られているので可能とも言う。
だが、それだけで十分なのだ。つーか、その食堂こそ目的の場所なのだから。
この期間、各騎士寮の料理を味わえる唯一の機会なのであ〜る!
騎士寮の食事は予算が与えられるだけで、基本的にはそこに勤める料理人に任せる方針――腕によっては、栄転あり――らしく、皆同じというわけではない。それを利用しての『お遊び』なのだ。
いくら何でも、この雰囲気の中で騎士だけ働く……という状況は気の毒に思われたのだろう。忙しい騎士様達へのご褒美というか、密かなお楽しみが用意されているのだったり。
元の世界風に考えるなら、とある職業の方達がそれぞれの船自慢のカレーを披露する大会、という感じ。
……。
元ネタは似たようなものだろうな、これ。誰が始めたかは明確じゃないらしいけど、異世界人発案という気がしなくもない。たまたま来ていたグレンと共に話を聞き、揃って微妙な表情になったのは秘密だ。
勿論、こちらは大会ではないので、明確な順位などない。だが、どこの世界でもお遊び要素&料理人魂が触発される機会は歓迎されるものであって。
『うちの味が一番です!』とばかりに、競い合いたい人達が『ちょっと』本気を出してしまう数日間なのだ。
こういった機会は他にない上、普段は提供されない特別な料理が披露されることもあるので、騎士達は楽しみにしているらしい。この騎士寮の料理人さん達も気合いが入っていた。
よって、私はそちらには参加していない。私自身が監視対象なので、混乱や監視の手間を避けるためである。
ただし、テーブルのあちこちに『異世界人作・異世界料理の再現。ご自由にどうぞ』と書かれたプレート付きの大きな料理皿が置かれていたりするが。
食事じゃないよ、『ちょっと味見する程度』!
だって、貴重な機会じゃない……!
……実際は、魔王様に署名の束が来ちゃったからなんだけどね、これ。署名したのは他の騎士寮に暮らす騎士達と、そこの料理人の皆様。
一言で言うと『お前達ばかり異世界料理食べれるなんて、狡い。たまには食わせろ』。
未だレシピが流せないので、私が居る騎士寮しか異世界料理は出てこない。ぶっちゃけ、日々の食事にさえ出していることがバレたのが原因です! 『そこの料理人達、作れるようになってるじゃん!』と。
私が個人的に作っているだけなら却下しただろうが、料理人さん達も何品かは作れてしまえる状況なのだ。これで断ったら、私は各騎士寮へとドナドナが待っている。
『判った、ミヅキに伝えておこう。その期間は誰でもあの子が居る騎士寮の食堂に出入りできるからね。ただし、一人で作るから摘む程度と思ってもらいたい。興味がある者しか赴かないだろうから、全ては自己責任ということにしてもらうよ』
そんなわけで、この状況なのですよ。『食べるなら、あくまでも自己責任』ということを徹底しているのだ。
勿論、この数日は持ち場を離れられない料理人達からは抗議の声が挙がった。……が、そんな彼らには、ランチボックスを進呈することで話がついたようだ。ただし、材料や作り方の記述は一切なし。
食事という名の研究をする暇がない中での妥協案がこの状態……微妙に、彼らが騙されたような気がするのは気のせいか。
そう尋ねると、いい笑顔で魔王様はこう答えた。
『彼らの望みは叶えたよ? それに、どうせ君に習わなければ作れないじゃないか。今後のことを考えても、まだ適度に距離を置いておいた方がいい。今回は私が傍に居るから大丈夫だけど、異世界人に対する警戒心が完全に薄れたわけではないのだから』
魔王様は未だ、他の者達に異世界料理を伝える気はない模様。とりあえずは彼らのお願いを聞いた形になったので、今後暫くは大人しいと思われる。
料理人達や騎士達を信頼していないわけではないが、魔王様が情報管理を徹底させることが可能なのは、私が暮らすあの騎士寮のみ。それ以外は、魔王様の目が行き届かないのだろう。
己が利だけを求める商人や貴族に情報が流れても困る。警戒するのも当然だ。
「それにしても、色々作ったね」
「基本的に酒のつまみ扱いですからね、今回」
一通り盛った皿を魔王様の前に置くと、興味深げに魔王様は眺めた。軽食も当然あるけど、クラッカーや一口サイズの薄切りパンの上に色々と乗せるカナッペは見た目的にも楽しいので、お手軽な割に目を引くのだろう。
皆も気軽に手を伸ばしているので、結構な速度でなくなってゆく。揚げ物は料理人さん達に任せたので、それ以外を私が補充する感じなのだ。酒に強い人が多い上、仕事上がりならば飲む人もいるしね。
余談だが、王族・貴族は基本的に酒に強い。隙を見せない意味でも、嗜むのが普通だとか。簡単に潰されるようでは困るってことだろう。
「……で、話を戻しますね。何故、王族である魔王様はここに?」
ワインを注ぎながら尋ねると、魔王様は視線を彷徨わせた。誤魔化されませんよー、親猫様?
やがて私の視線に負けたのか、軽く溜息を吐いて魔王様は話し出す。
「ほら、私は無意識だろうとも威圧を向けてしまうだろう? だから、いつも挨拶程度でここに引っ込むようにしているんだよ。ここなら騎士達が常に何人かは控えているし、部屋に一人で引き籠もるよりも安全だ。それに私が居ると判っていれば、この騎士寮に住む者達以外は来ないからね」
「魔王様の体質は皆さんご存知だと思いますが」
「それは、そう……なんだけど。折角の新年を祝う夜会なのに、怖がらせることはないだろう」
「……」
「ええと、その、ミヅキ? 何故、じっと見つめてくるのかな?」
「……」
言いにくそうに告げる魔王様を、じ〜っと眺める私。『本当か? いや、それだけじゃないよね?』な感情を込めてガン見する私に、魔王様はばつが悪そうな表情になって再度溜息を吐いた。
「はぁ……うん、今となってはそれは言い訳だと思う。いや、そう思っていることも事実なんだけど。私はきっと、怯えられるのが嫌だった。視線と噂話、その二つはどうやっても気づいてしまうからね」
『楽しい夜会を』と思ったのも嘘ではないだろう。けれど、最近になって魔王様は自分の本心と向き合うことにしたらしいので、それ以外の理由にも気付いていたようだ。ただ、いきなり実行できるはずもなく。
アル達との間にあった壁を取り除くよう努力する姿からも、魔王様が変わろうとする姿勢は窺えるのだが……やはり夜会の様に多くの人の目に晒されるのは苦手なのだろう。
幼い頃から向けられてきた様々な『悪意』。それらに魔王様が傷付いていたからこそ、アル達は味方と認めた者以外を近づけようとはしなかった。
「それを口に出せるようになっただけでも進歩ですよ、魔王様」
「うん、そうだろうね。まあ、時間はかかりそうなんだけど」
思わず口にすれば、魔王様も苦笑しながら頷いた。最近は魔王様のそういった変化が知られてきたので、今後は周囲の人達にも変化が見られるだろう。
それに、ちょっと気になることもあるんだよねぇ……。
……。
『いつもこの騎士寮に引っ込む魔王様』に、『騎士ならば、誰でもこの騎士寮を訪れることができる機会』。それに加えて『異世界料理を食べるため』という目的を達成すべく、『署名までして許可を得た』、ね……。
何も言われてないけど、これってさぁ……。
ある思惑に思い至るも、それが『彼ら』が行動した結果だと密かに思った。ならば、ひっそりと彼らの『計画』を後押しするのもいいだろう。
私は親猫様が大事だもの。おそらく気づいていたアル達が止めなかった以上、お手伝いしますとも!
「魔王様、それは逆のことも考えられると思いませんか」
魔王様の前の席に座ってグラスを傾けつつ、妙に察しの悪い魔王様へと生温かい目を向ける。怪訝そうな顔になる魔王様をそのままに、私は言葉を続けた。
「魔王様が回りの目を気にするって気づいているから、そっとしておいてくれたとは思いません? 威圧の影響は慣れが全てですから、話しかけても表情に怯えが出てしまうでしょうし」
「! ………うん、そういう意味もあったかもね。最近になって、色々と思い違いをしていたことに気づいたし」
『距離を置く』とは『離れる』というだけではない。魔王様の場合、無自覚に怯える様を見せることが最も魔王様を傷つけるものだったのだから。
だから魔王様を傷付けないため、案じていた人達は距離を置いたのだと……そう、クラレンスさんから聞いた。
これは魔王様も気づいていなかったらしく、単純に『威圧に当てられたくないから、距離を置いている』と思っていたんだとか。まあ、実際に恐れる人達もいたことが原因ではあるのだろう。
現に、魔王様も私の言葉に納得できてしまうのか、少々顔を赤らめている。どうやら、未だに向けられる好意は苦手……というか、戸惑ってしまうらしい。見守られていたことも照れくさいというか。
不憫過ぎますよ、魔王様! お互いを気遣い過ぎて、距離があったなんて!
思わず涙を誘う話なのだが、ここはイルフェナ……行動してしまえる人達の巣窟である。
魔王様の誤解が解けたと知った人々は、その行動も早かったのだろう。それはもう、『魔王様に近づく第一歩』のため、異世界人を利用するほどに。
「ちなみにですね、魔王様。私がここに居るのは当然なのですけど、彼らからすると立派に『建前』と『理由』になるって気づいてます?」
「は?」
意味深な言葉を言えば、訳がわからないとばかりに首を傾げる魔王様。ええ、この単語だけでは意味が判りませんよね。ですが、そろそろ色んな人達が訪ねて来ると思うのです。
「おや、殿下。やはりこちらでしたか」
言いながら魔王様の隣の席に座ったのは、レックバリ侯爵。後ろにはいつもの執事さんを従えている。
「レックバリ侯爵、貴方はあちらにいるべきでは?」
「なぁに、儂はもう引退するつもりでしたからな。最低限の挨拶は済ませましたぞ? それに……こちらにいた方が面白そうですしなぁ」
そう魔王様に返すと、私の方をにこにこと眺めるレックバリ侯爵。すかさずグラスを渡し、ワインを注ぐと……レックバリ侯爵はワインの瓶に目を留め、楽しげに笑った。
「ほう、ルドルフ様からか」
「物々交換で入手してきました! 魔道具を渡す理由になったので、私としても丁度良かったのです。あ、量が多いのは皆への激励ですって」
「なるほどなぁ」
うんうんと頷くレックバリ侯爵は意味が判ったらしい。執事さんも微笑ましそうに魔王様を眺めている。
「ミヅキ? 君、何か隠してないかい?」
「ん〜……私『は』何もしていません。手助けしたのは魔王様自身ですから」
「はぁ?」
困惑する魔王様だが、私が言っていることは事実なのだ。ただ、あまり部外者にしておくのも気の毒だと思い、少々ヒントをあげることにした。
「あのですね、魔王様。異世界料理が私の担当になっている以上、私は確実にここに居ることになります。私が居るなら、魔王様だって監視の名目でここに居る」
「う、うん? まあ、そうだね」
「それが所謂『保険』なのですよ。ま、私は飼い主を留める鎖でしょうか」
「は?」
突然何を言い出すのか、という顔をする魔王様。楽しげな私とレックバリ侯爵に、何か企みがあるとでも思っている模様。警戒を滲ませた表情で、私達を窺っている。
「これまでもそうでしたが、これによって『魔王様は確実にここに居る』ことになります。『【それ】を目的にすると逃げられる』かもしれませんが、『別の理由で許可を得れば、直前まで気づかれない』んですよね」
「……え? ちょっと待ちなさい、君達は何を企んで……」
「先ほども言ったように、そのワインはルドルフからです。『最近、魔王様が変わる決意をしたらしい』って話したら、『景気付けに振る舞え!』という言葉と共に渡されました。そんなわけで、年明けにここに来た人達には仕事に支障が出ない限り、グラス一杯ずつ振舞うことになっています。いやぁ、酒の勢いって大事ですよね!」
隣国の王からのワインである。その理由を聞けば、意図するものは明白。はは、『魔王様との交流に酒の勢い(と隣国の王のお願い)を使う』なんて、ルドルフもやるじゃないか。
微妙に顔を引き攣らせる魔王様だが、私はにこにこと話している。そして、いつの間にか魔王様が座った椅子の背後には、レックバリ侯爵の執事さんがスタンバイしていたり。
「逃げられませんぞ、殿下。変わるのでしょう?」
「ま、待て! まさか、これって……っ」
「うふふ〜……何が、でしょう? 私は『魔王様に言われたとおり』に、お料理頑張りましたよ? 許可したのは魔王様ですよね?」
「ルドルフ様も応援してくださっているようですしな、覚悟を決められませんと……いや、覚悟を決めるのはこれからここに来る者達かのう?」
ここまでの会話で、魔王様はだいたいの事情を悟ったらしい。顔を引き攣らせるも、この場に居る騎士寮面子はにこやかに眺めているだけ。ここに魔王様の味方はいなかった。
いや、全員が魔王様の味方なのだ。もしも、くだらないことを言う輩が来やがったら、そっと肩に手を置いて寮の裏手までご同行願おうじゃないか。
きっと、誰かが助けてくれると思うの! ……『連れて行かれた(ことになった)私』を。
私とて、魔王様の話を聞くまで計画に気づかなかった一人。でも、飛び入り参加ってイベントにはよくあることだよね!
って言うかね、魔王様。貴方は王族、騎士が気軽に……個人的に話しかけられる機会ってないんだよ。
魔王様が人と向き合うことに前向きになったのは良いことだ。ただし、その機会が騎士達――魔王様の変化を一番感じ取っているのは彼らだろう――には滅多にない。
基本的にアル達が警護している上、話す機会があったとしても仕事関連のみ。威圧もあるけど、人の目がある以上は気楽に話しかけるなんて真似はできんのだ。
そこに、この毎年恒例のイベントがやってきた。彼らはこれを利用したのだろう。
「アル達が出払っている可能性もあるし、そうなると私のお守は魔王様一択! 私がこの場に居る以上、逃げたり、隠れたりもできないでしょうしね。そもそも、自分がここにいることを想定した上で、異世界料理を食べることを許したでしょうが」
「う……」
言葉に詰まる魔王様。ええ、部外者が来る以上、魔王様は私の傍に居てくれます。異世界人に接する機会とばかりに、色々と失礼な質問とかされかねないもの。
過保護気味な親猫様は、絶対に私を見捨てない。魔王様自身が許可を出したのだ、そういった意味も含まれていたはず。
「ここならば、多少は目を瞑ることもできますからな。殿下と向き合いたい輩は必ず来るでしょうなぁ……多少の怯えは許してやってくだされよ? ここに暮らす者達ほど慣れてはおらんのですから」
「レックバリ侯爵……この仕掛け人は貴方だろう!?」
「いや? クラレンスですぞ。まあ、仕掛け人というよりも、相談されたから意見を出した……というのが正しいようですが」
それを聞き、魔王様はがっくりと頭を垂れる。クラレンスさんはシャル姉様の旦那様ということもあり、魔王様を義弟達と同じように見ている節があるのだ。魔王様としては、ちょっと文句を言いにくい相手です。
そもそも、本当に文句を言うべきは『クラレンスさんに相談してきた人』。それは誰もが口を噤むだろうし、きっと誰かは判らないに違いない。意図的に隠されます。
そんなことを言っている間にも、どこか緊張した雰囲気の騎士達が食堂に入ってきた。彼らは騎士寮面子ではない……『計画』を知る者達のようだ。
うん、王族に話しかけるのは勇気がいるよね。判るぞ! だから、レックバリ侯爵が魔王様の横に陣取っているんだろうけど、レックバリ侯爵とて有名人だ。
ここは異世界産の珍獣が行くべきだろう。大丈夫、私には畏怖される美貌も地位もない!
「ようこそ〜! お疲れ様です、騎士様方。お食事ですか? それともイベント狙い? お目当ての料理もいいですが、目的は他にもありますよね!? お仕事に支障がないようでしたら、ワインをどうぞ!」
「お、おう?」
戸惑う彼らに、グラスを渡してワインを注ぐ。よし、グラスを受け取ったな? これでもう逃亡はできないぞ?
魔王様は私の行動に呆気に取られているけど、その他の人々は面白そうに眺めるばかり。
「いや、その、ミヅキ? 君、何をしてるの?」
「営業」
「え……営業?」
「ここの料理を勧めつつ、異世界料理をアピールしつつ、ルドルフ提供のワインを景気づけに振る舞って、魔王様の下に向かわせようとしています。つーか、ルドルフは『魔王様を含めた飲み会』を前提にワインを寄越したので、グラスを受け取った時点で拒否権なし」
『え?』
具体的に言えば、皆の声が綺麗にハモった。特にワインを注がれた騎士達は『隣国の王がこのために用意した』と知り、盛大に顔を引き攣らせている。
そうそう、友好国の王様からですよ? 拒否権はないぞ? どうせこのために来たのだから、目的に向かって突き進むがいい!
なお、ルドルフが参考にしたのは、私が日頃から『酒は美味しく、楽しく飲むものだ! 無礼講上等!』と言っていることだと思われる。お上品な会話などいらぬ、酒の勢いを借りて盛り上がるのも一興だろう?
「ミヅキ、それって強制って言わないかい?」
「言いません。それに、提案がルドルフってのも本当だもん!」
きぱっと言い切りながら、硬直している人々にも次々ワインを振る舞う。魔王様はジト目で見てくるけど、私は全く気にしない。その程度じゃビビリませんよ、親猫様?
私とルドルフは、騎士寮面子と魔王様が和気藹々とする切っ掛けになればと思っていたけど、こういった使い方をしてもいいだろう。大丈夫、ルドルフは私の親友。きっと賛同してくれる! ……半分くらい面白がって。
何より、この場に居た騎士寮面子は苦笑しつつも、咎めはしない。魔王様を訪ねて来る騎士達は魔導師である私の砕けた態度、そして普段は見られない魔王様の姿に唖然となってるけどな!
というか、王族がいる以上はご挨拶が必要じゃないか。ほれ、さっさと行け!
促すと、彼らは顔を見合わせて魔王様の下へ向かった。彼らとて仕事があるのだ、限られた時間を無駄にはできまい。
「あ〜……その、殿下、随分と普段とは印象が違いますね……?」
「ああ、うん、馬鹿猫が落ち着かないからね。ちなみに、そこで営業やらかしてる娘が異世界人で魔導師だよ。噂と実績はともかく、現実には威厳の欠片もない、ちまい生き物なんだ。怖がれという方が無理だけど、凶暴な面もあるから怒らせないようにね」
「は、はあ……」
……勇気を持って話しかけたのに、何故か私の取り扱い方を説明しているようだ。しかも、私は珍獣として紹介されている模様。
いや、騎士寮面子も笑いながら聞いてるけどさ。その紹介の仕方って酷くね!?
「ちょ、魔王様、もう少し言い方があるでしょ!」
「煩いよ、馬鹿猫。私の黒猫と呼ばれているくせに、魔導師と名乗ってさえ疑惑の目で見られているじゃないか」
「帰る頃には恐怖伝説を築き上げて、怯えられてるじゃないですか! ゼブレストだって、血塗れ姫という渾名がありますよ! ……誰も呼ばないけど」
「やり過ぎなんだよ、君は! 呼ばれないのは『姫』って言葉に無理があるからだろう? 猫が喚いているようにしか見えないんだから」
「く……リアル王族の余裕か……!」
いつもの遣り取りを、慣れた人達は生温かい目で眺めている。レックバリ侯爵、「相変わらずじゃな」ってのは、どういう意味だ。
そんな中、不意に外が騒がしくなる。
「ああ、年が明けたようだね」
首を傾げた私に向けられた、魔王様の言葉。なるほど、年明けを告げる何かの合図でもあったのか。
「殿下も変わる決意をなされたようですし、ミヅキもいる。今年はより楽しい一年となるでしょうな」
レックバリ侯爵の言葉に、騎士寮面子も笑いながら頷いていた。和やかな雰囲気の中、アル達も食堂に入って来る。どうやら新年をここで過ごすため、これまで率先して仕事をしていた模様。
彼らには公爵子息という立場もあるので、人脈の維持というか、付き合いのある貴族へのご挨拶も必要だったのだろう。引退願望のあるレックバリ侯爵は必要最低限で抜けてきたっぽい。
「遅くなりました、エル」
「義務は果たしてきたからな、これからはこちらに居る」
「気にしなくていい、君達にも必要なことだからね」
軽い言葉を交わしあうと、二人は当然の様に魔王様の傍に控えた。そんな姿を見ながら、これまで魔王様と言葉を交わしたかった人々に密かに同情する。
……。
この二人が両脇を固めていたら、一般人は魔王様に話し掛けられないわ。何というか、無自覚に『この場所は我々のものです、譲りません!』的な自己主張してるもん。ぶっちゃけ、迫力負けします。
どうやら様々な要因が重なって、『孤独な王子様』となっていた模様。これは騎士寮面子以外じゃないと気づかないかもしれない。彼らにとっては、二人が魔王様の傍に控えているのが『当然』なんだもの。
しかし、今はその雰囲気を壊すアホ猫がいるわけでして。
「今年も宜しく、魔王様!」
近づいてワイングラスを差し出せば、苦笑しつつも軽くグラスを合わせてくれる魔王様。澄んだ音が小さく響く。
「宜しく。……君はもう少し大人しくね」
「国に貢献するという意味では、すこぶる良い子ですが」
「……。うん、それはそうなんだけど。年頃の女性として、無駄だろうとも一応の努力をね……」
「最初から無駄って思ってるじゃないですか!」
突っ込めば、アルとクラウスが生温かい目を向けてくる。
「ミヅキ、こればかりはエルが正しいです」
「お前、己の行動を欠片も恥じてないだろうが」
「く……あんた達だって、似たようなものでしょうが!」
「やめなさい、三人とも。私から見れば、全員が似たり寄ったりだよ」
「「エル!?」」
言い合いをバッサリ切り捨てる魔王様。そんな光景は、魔王様を訪ねて来た騎士達にとって衝撃的だったらしい。ひそひそと「エルシュオン殿下って、あのような方だったのか?」「いや、それ以上にアルジェント殿達も……」といった会話が聞こえてくる。
「何かこいつらに夢を見ているようですが、この二人も基本的にこんなんですけど」
『え゛』
二人を指差して言えば、彼らは揃って二人をガン見。
「『素敵な騎士様』なんざ、幻想です」
「それは否定しないよ」
さすがに『魔術最愛の職人とMな変態です』とは言えず、暈して暴露。魔王様も深く頷いて否定しないので、私の言葉が正しいと嫌でも理解してしまった模様。
同時に私は『ある疑惑』を抱き、魔王様へと生温かい目を向ける。
魔王様……貴方、騎士寮面子以外にもそんな姿を見せられるんですね?
ってゆーか、マジで貴方の威圧だけが原因ではないのでは?
あの二人の過剰な警戒心が原因の半分ではなかろうか? 守られていたことも事実だけど、ちょっとばかり奴らが威嚇し過ぎたんじゃないかい?
そんな光景を見ていたレックバリ侯爵が笑い出す。皆の視線が集中する中、レックバリ侯爵は硬直していた人々を促した。
「はは! 新年早々、楽しいことですな。……お前達もくだらない先入観を捨てて、彼らと接するがいい。この遣り取りのどこに『恐ろしい者』がいるというのか。全ては慣れじゃぞ、慣れ!」
「ですよねー! いくら美形でも、中身はかなり残念……」
「ミヅキ、お前さんは馴染み過ぎじゃがな。と言うか、その残念な奴らはお前さんの守護役じゃろうが」
「一言多いです!」
突っ込むことを忘れないレックバリ侯爵に、さくっと言葉を返す。そんな姿と会話の数々に、誰の顔にも苦笑が浮かんだ。
いつもと違う顔を見せる魔王殿下に翼の名を持つ騎士達、煽るのは狸と言われる侯爵様に、どう見ても小娘な異世界人(一応、魔導師)。
意外過ぎる光景は、彼らの中のイメージを壊していったのだろう。その目は生温かくも、微笑ましく私達を見守っていた。……主に私を。
アホ猫投下により、一気にコメディ化した模様。緊張感? 何それ美味い?
いつしか彼らに残っていた警戒心は薄れていったようだ。訪ねて来た騎士達は魔王様だけではなく、騎士寮面子とも穏やかに言葉を交わし始めている。
「今年はこれまでとは違った年になりそうですね」
「いいじゃないか、楽しくて」
アル達のそんな会話を聞きつつ、私は軽くワイングラスを揺らす。
「当然でしょ! 私はまだまだ遊ぶつもり」
だって、私は『世界の災厄』こと魔導師だもの。自分が楽しむことに貪欲だったとしても、別に不思議はない。異世界人であることも、それに拍車をかける。
「こら、ミヅキ!」
……こんな風に諌める親猫様がいる限り、本格的な『災厄』にはならないだろうからね!
明けましておめでとうございます。
今年も宜しく御願い致します。
なお、『企み』は以下のとおり。
主人公&ルドルフ……酒の勢いと魔導師&隣国の王の脅迫の下に無礼講!
レックバリ侯爵&執事……緩和材要員&魔王殿下の逃亡防止。
企画を持ち出した騎士達……魔王殿下との会話に持ち込む。
騎士寮面子……魔王殿下の護衛をしつつ、馬鹿が出た場合の排除担当。
アル&クラウス……夜会にて挨拶回りをしつつ、魔王殿下に友好的な人々の見極め。
魔王殿下はこれらの企みによって外堀を埋められ、敗北。
余談ですが、主人公の『アルとクラウスが常に威嚇してたんじゃ?』という予想は
半分くらい正解です。
上層部はともかく、下級貴族あたりはかなり好き勝手なことを言っていたので、
結果的に『全ての人に対して』威嚇するような感じになってしまいました。