学園追放の悪役令嬢、転校先は男子校
よく聞く話である。
前世でやっていた乙女ゲームの世界に転生。
しかも悪役令嬢だったとかいうパターン。
儚さ皆無の凛とした美人だと自分で分析している。
公爵令嬢だったから学園の生徒は寄ってきたが・・・
普通の貴族なら遠巻きレベルのちょっと近寄りがたい人だろうな。
「セシア嬢、貴方との婚約もこれで破談だ」
高らかに宣言する見目麗しい男。
うん、よくある展開だ。
「わかりました」
感情的になるでもなく、思うところもない。
淡々とした返事を返す。
前世の記憶があって、
なんかやったことのあるゲームの世界で、
見覚えのある登場人物がたくさん出てきて、
しかもデルク第二王子の婚約者になってた。
完全にフラグ立ったと悟ったね。
とりあえずヒロインはデルク王子の横で儚げに目を伏せている。
確かリリーナ男爵令嬢。
かろうじて名前を知っている程度で接点はなく、もちろん嫌がらせとかもしていない。
これでどうやって悪役令嬢になるのだろうと様子見していたが・・・
身に覚えのないことを捏造されていて、断罪劇場が開幕していた。
ゲームのシナリオ通りの罪状だ。
まぁ、こうなるだろうとは思っていたさ。
「では、私は退学ということで」
救いは、悪役令嬢は退学になるということだけで、その後については一切触れられていない。
逆に言えば、自分次第でどうにでもなるということだ。
ならば、さっさとこの場を立ち去ろう。
「えっ、ちょっと・・・」
私の言葉に慌てたのはデルクとリリーナ。
無実の人間に勝手な罪を捏造して着せたのだ。
言い訳や反論が当然あると思っていたらしい。
この2人、基本的にお人好しの部類だと私は考えている。
たぶん、言い訳や反論すれば、温情みたいなものを用意しているのだろう。
後ろめたさからだろうな。
良心が痛むのなら、最初からやらなきゃいいのに。
リリーナ嬢がデルク王子と一緒になりたいのだと私に話してくれれば、のし付けてあげたものを。
どうせ小さい頃に親同士が勝手に決めた相手だ。
未練などあろうはずもない。
なのに相談もせず、いきなりこんな方法を取るのだから、面倒な人達だ。
いや、違うか。
ここはゲームの世界で、シナリオに抵抗できなかっただけだな。
「これだけの騒ぎを起こして、私が学園に残れるわけありません」
この断罪劇場に参加したのは、王子はもとよりヒロインの取り巻き達。
名門貴族や将軍、司祭のご子息達だ。
傍観者に至っては学園のほとんどじゃないだろうか。
温情とかで学園に残り、明日からまた普通に登校しろとかは無理な話である。
「それでは皆様、ごきげんよう」
私はめったに見せない・・・いや、学園では初めてか・・・の、とびっきりの笑顔で別れを告げた。
そのまま呆然と立ち尽くしている皆様を横目に、颯爽と学園を出ていく。
学園退学となった翌日・・・
なんと私は有名魔法学院の生徒になっていた。
実は婚約破棄の展開は前世乙女ゲームで知っていたため、偽名を使って前もって学院の転入試験を受けていた。
国の最難関と言われる魔法学院。
不幸人生与えた詫びか知らないが、転生者チートがついていた。
この世界の魔法使いは男性中心なのに、なぜか上等な魔力があったよ。
勉強はもちろん、魔法面も楽々クリア。
問題だったのは、性別くらいだろうか。
ここは男子校だからね。
長い髪をバッサリ切ってしまえば、私の凛とした雰囲気は抽象的な男の子でも通せたから良しとする。
名前や身分、性別まで偽って入学できるものなのか?
はい、できるんです。
強力な協力者がいますから。
この国の最高権力者という、無敵の協力者が。
王様は息子が婚約破棄するのを、とっくに予想済。
で、私の新しい婚約者が誰になるかが問題らしい。
お父様は私を居心地悪くなったこの国から出して、他国の貴族にでも嫁がせて平和な人生を送らせようと考えているようだが。
それに焦った王様。
私の魔力は王家が欲しいらしい。
じゃあ第三王子でとか言い出したので、お父様大激怒。
まぁ、そりゃそうだろう。
第二王子と第三王子は同い年の異母兄弟。
気まずいにも程がある。
困り果てた王様は、それでも何とか私をこの国にとどめるため、突飛もない提案してきたのだ。
この魔法学院は国の将来を担う若者が集う場所。
将来約束されているようなものだ。
もちろん第三王子も在籍している。
王様の魂胆見え見えだが・・・
男装して潜入し、好きなの選べと言われた。
じっくり日常生活を観察して納得いく相手を決めろと。
そして、相手を決められないようなら、やっぱり第三王子の婚約者になってくれと懇願された。
それから2ヶ月。
右を見ても、左を見ても、男ばかり。
救いは頭脳派の集まりなので、筋肉バカやムサイのが少ないことだろう。
最初は面白そうだと王様の提案に乗ったけど・・・
さすがに辛い。
「華が欲しいな」
再び周囲を見回して、盛大にため息をついた。
「なにため息なんてついているんだよ、シア」
いきなり背後からかかる声。
ついでに首に回される腕。
「甘いわ」
すかさず背後の人物に肘鉄を食らわせ、足払い。
首に回されかけた腕を軽くかわす。
私が避けたことで、背後の狼藉者はバランス崩して倒れてきた。
「ルオみたいなのがいるから、ため息が出るんだよ」
シアは私の偽名だ。
本名セシアで、偽名がシア・・・安直であるが、気にしない。
ルオは私がこの学院に入るにあたり、王様がつけてくれた護衛らしき存在。
もともとこの学院の生徒で、父親が王様の側近らしい。
あんまり成績が良くないらしく、私の護衛を引き受ける見返りに、成績に少々色つけてもらうそうだ。
うん、こういう人間は嫌いじゃない。
「私はルオみたいにタフじゃないんだから気を付けろ」
何か言いたげな顔をしている。
言いたいことはだいたいわかるのだ。
ルオがこうやって多少手荒に接してくるから、女だと疑われずに済んでいるのだと。
とりあえず次の授業場所は魔法の練習場なので、始業のチャイム前までに行ってないといけない。
「わかったら行くよ」
私の声にため息ついて、ルオが立った。
ペラリと広げた紙。
そこに書き出された数人の名前。
(どうするかな)
目の前では魔法技能テストの真っ最中。
「あ、失敗だな、あれは」
聞こえてくる呪文の詠唱。
少しオリジナリティを混ぜたらしいが、構成が1箇所間違っている。
案の定、魔法は不発。
(バツ・・・と)
手に持ってた紙。
たった今、失敗したばかりの彼の名前にバツを付ける。
「何それ、シアから見た優秀者リストでも作ってるのか?」
突然かかる声。
見上げてみると、いつの間にか近づいてきた一人の生徒が立っている。
「そのわりに俺の名前が無いみたいだけど・・・」
不服そうに見下ろしてくる顔。
憎たらしいほど整った顔立ちにうんざりする。
(うざい!)
米神に浮かんだ青筋。
あからさまに不機嫌な口調と表情を取り繕いもせずに紙を握りつぶす。
「成績優秀、容姿端麗、将来有望な王子様という存在そのものが嫌味なあんたを個人的に入れたくないだけだ」
王様一押しの第三王子をひと睨み。
場所を移そうと立ち上がった。
「そんなに褒められても困るんだけど・・・」
「今のがそう聞こえたなら、医師に聴覚を検査してもらってきな」
きっぱり言い切る。
「セルト」
嫌味のない笑顔を返される。
「俺の名前、セルトだよ。いい加減覚えてくれてもいいんじゃないかな」
不覚にもその笑顔に一瞬見惚れてしまった。
その事実を認めたくなくて、視線を逸らす。
「とっくに覚えてるよ。あんた有名だし」
3拍子そろって、それを鼻にかけるところがないんで、学院じゃ好意的な噂によく名前が上がる。
「これで名前覚えられないほどバカに見られるのは心外だね」
とっととこの場を離れようと歩き出す。
「あんたじゃなくて、次から名前で呼んでくれよ」
投げられた言葉。
(それができるくらいなら・・・ね)
とっくにこの紙に名前書いている。
やたらと構ってくる第三王子がうざい。
王様あたりから私の正体聞いていて、試されているんじゃないかと疑いたくなる。
もしそうならお父様が黙ってないだろうから、その可能性は低いか。
くしゃくしゃに握りつぶされた紙を開いて、きれいに折り直す。
背後ではセルトの名が呼ばれている。
次は彼のテストの番らしい。
足は自然とテスト風景がよく見える場所へと向き、腰を下ろす。
「おい、セルトと何を話していたんだ?」
すぐ隣に居たらしい、ルオとクラスメート数人が話しかけてくる。
「・・・ここにいたのか?」
そういえば姿を見なかった。
というか見ようとしなかった。
「お前、それ酷過ぎないか?」
苦虫をかみつぶしたようなルオ。
確かにそうかもと苦笑してしまう。
他人の実力を見るにちょうどいいテスト。
どうしても成績上位者にしか目がいかなかった。
自分に反省。
「で、お前はセルトと何を話していたんだ?」
「もしかして、楽にテストをクリアするコツとか?」
「シアも成績いいものな。そこのところ是非教えてくれよ」
あっという間にルオ達に囲まれる。
(鬱陶しいな、もう)
これじゃセルトのテストが観察できない。
そう思ったとき、試験現場が光、歓声が上がる。
どうやら成功したようだ。
(見損ねたじゃないか)
一発頭でも叩いてやろうとして・・・
いきなりドカッと落ちてきた岩片。
ルオ達と自分の間わずか20cmを狙ったように降ってきた。
「・・・・・・・・・・」
一瞬にして沈黙がおとずれる。
「シア悪い、大丈夫か?」
遠くでセルトが誠意のこもらない謝罪をしてくる。
「大丈夫じゃねぇよ。危ないだろ?」
我に返って怒り出すルオ達。
「・・・もう嫌だ」
そうつぶやいて、体中の空気を吐き出すようなため息をつく。
ため息ばかりの学院ライフ。
ある意味学園に居た頃は平和だったと思う。
感情を表に出す機会がほとんどないほどに日々の生活に変化がなかった。
あの頃がちょっと懐かしく思えてきた。
「次」
試験の教官が叫ぶ。
あ、私だ。
そう思って、魔法を使うための媒介の石を置いておいた場所を見る。
そして体中の血の気が引いた。
「シア、大丈夫なら次はお前の番だ」
教官の声。
「・・・大丈夫じゃないです」
そう答えて、苦笑を教官に向けた。
「石、壊れてます」
校舎から少し離れたところにある大きな泉。
ここには学院の守護精霊が居て、その力で魔法の媒介を清めてくれる。
そこに自分の割れた石を投げ入れた。
「ごめんって謝ってるじゃないか」
自分の後をくっついてくるセルトのせいで怒りは静まらない。
「世の中、謝ってすまないことだってあるんだよ」
魔力を使うには媒介が必要である。
自分にとって相性の良い石を使うのが常識だ。
しかしセルトのせいで石は割れ、予備も持っていなかった。
おかげでテストを失格になりかけたのだ。
「ルオがいなかったら、私は順位を下げていたんだぞ」
ルオが咄嗟に、飲料用の水が入った筒を投げてくれた。
事情を知る人間の存在がありがたく思えた瞬間だ。
媒介は必ず石とは限らない。
水を媒介に的の岩を完膚なきまでに粉々にしてきた。
新しい的が来るまではテストは一時的に中断となる。
これで今日は授業ができなくなるから、石が無くてもやりおおせる。
「しかしシアは水も使えたんだな」
感心したようなセルトの声。
これにも腹が立つ。
「本来、私の媒介は水だよ。四大元素のひとつが直接媒介になるということがどういうことかわかるか?発動する力が強すぎて、コントロールが効きにくいんだ」
強い力を持ちながら、コントロール出来ないなら、危険人物でしかない。
「石くらいすぐに代わりを用意してやろうか?俺の責任だし」
何気なく言った一言に、腹立たしさを通り越し、呆れてしまった。
「これだからお坊ちゃんとは親しくなりたくないな」
きっぱり言い切ると、不思議そうな顔をされた。
また、ため息が出える。
「わからない?他の人間はそう言えば喜んでくれたのか?もしそうなら、友達はちゃんと選びな」
まったくわかっていないセルトの顔。
仕方なしに教えてやろうと思ったとき、視界の端に黒猫の姿をとらえた。
(戻って来たんだ・・・)
さっきまでの腹立たしさや呆れなどはすべて吹っ飛び、思わず微笑みが浮かんだ。
こうしちゃいられない。
すぐにでもこの場を離れて、部屋に行きたい。
「私はあの石がいいんだ。だからこの泉の力を借りて直す。もう気にしないでいいから」
さっさと話を切り上げて、走りだそうとした手を掴まれた。
(なに?)
急いで部屋に行きたいのに、邪魔しないで欲しい。
「友達なんていないさ。みんな王子という俺の肩書を利用してくる奴ばかり。対等に向き合ってくれるのはシアだけだ」
あまりに真剣に見つめてくるものだから、思わず視線を逸らしてしまった。
どうやら、ぼっちが取り巻きでないライバルに独占欲を持っているらしい。
厄介な。
思わず頭を抱えたくなる。
さて、どうしよう。
「セルトは私と友達になりたいのか?」
ストレートに聞いてみると、困惑した表情。
「よくわからない」
そうつぶやき、掴まれていた手が緩んだ。
それをさっと解いく。
「なら、わかったら教えてくれ」
そのまま部屋に駆け戻る。
全寮制のため、どうしても一人一部屋とはいかない。
しかしエリート校は実力主義。
上位の成績さえ維持していれば一人一部屋を確保できる。
だから絶対に成績を落としてはいけない。
「ほんと今日は焦った」
万一成績を落としても、きっと王様あたりから圧力がかかり、私は一人部屋を確保できるとは思うが、そんな特別待遇から女だとバレかねない。
バレた時点で学院も退学になる。
相手が決まらないまま退学になると、間違いなくセルトが次の婚約者になってしまう。
「やめやめ、今日も無事乗り切ったし、忘れよう」
クローゼットから取り出したのは、純白のワンピース。
一番のお気に入りだ。
それを身に着け、自分の髪で作ったロングヘア―のカツラを被る。
シンプルにかつ上品にセレクトしたアクセサリー。
ワンピースとお揃いの靴も履く。
最後に髪飾りを付けて、カツラを固定する。
『女の子であることを忘れないで』
この学院に来るとき、お母様がそう言って持たせてくれた髪飾り。
水を媒介にする私のために、アクアマリンの石をたっぷり使ってある。
授業で使う石はこの髪飾りの石を一つ拝借している。
代わりなんて無い
お母様の優しさが詰まった石。
「さて、行きますか」
泉に住む学院の守護精霊のところへ。
普段は忙しそうに国中を巡っている守護精霊。
たまに学院に戻ってきては、学院長に調査報告や各所からの要請などを伝えて、遅くまで打ち合わせをしているらしい。
それから王様からの依頼で、私のことも目にかけてもらっている。
学院に戻って来た時は、学院長との打ち合わせ後、夜の泉で婚約者候補について、いろいろ意見をしてくれるのだ。
なぜ泉かというと、この学院で一番守護精霊の影響力が強い場所であり、秘密の相談には都合がいいそうだ。
そして条件がある。
それが、きちんと女の子の恰好をすることだ。
一度忙しくて、普段の男装のまま行ったら、会ってくれなかったことがある。
だから何においても、恰好だけはきちんとしないといけない。
なにせ、守護精霊に相談できないと、活動状況が王様に届かず、活動なしイコールじゃあ、婚約者は第三王子でいいよねになってしまう。
それに女の子に戻れる唯一の時間は結構楽しみでもある。
黒猫は精霊の使い。
相談会の開催を知らせてくれる。
ここは寮の最上階の部屋。
その窓から外へと飛び出す。
門限過ぎの脱走。
いつも通り慣れたものだ。
アクアマリンのおかげでふわり地面へ降りる。
そのまま泉に向かって駆けだした。
泉のほとり。
いつの間にか用意されていたテーブルと椅子。
テーブルの上には、温かな湯気が立ち込めるティーカップが並んで置かれている。
どこから出してくるのだろ。
いつも思うが、聞いてもはぐらかされるので疑問のままだ。
「いらっしゃい、私の天使」
私を見つけて微笑む美しい女性。
名画から抜け出したようなこの女性が泉に住む学院の守護精霊。
「シリル様、お久しぶりです」
ワンピースの端をつまんで、丁寧にお辞儀する。
「ああ、ムサイ男子校に舞い込んできてくれた私の天使。あなたに会えるのは私の癒しよ」
長いことこの学院に居て、本当に男ばかりでうんざりしていたようだ。
初めてこの泉で守護精霊を見たときは本当に驚いた。
いきなり抱きつかれたのだから。
「では、さっそく始めましょう」
そう言って、いつもの紙を出すように促すシリル様。
ポケットからくしゃりと握り潰された紙を出す。
「どれどれ」
目つきを厳しいものに変えて、受け取った紙に目を通していく。
そしておもむろにバツを付けていく。
「ええ、何でですか?」
自分でも良く調べて、魔力、性格、家柄に問題なさそうな婚約者候補を選んだつもりだ。
恋愛でとか思わなかったのは・・・この世界の貴族は政略結婚が普通で、その考えに染まってしまったからだろう。
「こんなんじゃダメよ。シア、妥協は認めないわ。あなたはこんなに美しくて才能があるんですもの」
前世ではこういう存在を姑というのだったか?
どうでもいいことを考えて、ため息を付く。
この学院にいる間に相手を見つけないと、第三王子が婚約者になってしまう。
つい先日まで、兄の第二王子だったのに、ダメなら弟の第三王子とかありえない。
「女だってバレて退学するまでに決めないといけないんですよ」
卒業まで残れるとは思っていない。
ちょっとしたハプニングなんて日常茶飯事だ。
ルオと学院長と王様とシリル様しか私の性別を知らない。
そんなに長い期間隠し通せるとは思っていないのだから、自然と焦りが出てしまう。
ある程度は妥協しないと決まらないのだ。
「セルトでいいじゃない」
シリル様の言葉に絶句する。
「だってセルト、第三王子じゃないですか」
だから嫌なのだ。
それにセルトとは対等でいたいと思ってしまった。
この紙に名前を書きたくなかった。
「セルトは・・・嫌だな」
ポツリと漏れた一言。
うつむいていたから、シリル様が微笑んでいたことに気づかなかった。
「あら、お茶が冷めちゃったわね」
ちょっとしんみりしてきた場の雰囲気を変えようと明るく言うシリル様。
「あ、大丈夫です」
そう言うと、慌ててカップに口を付ける。
「・・・あれ?」
急に襲ってきた眠気。
「シアは婚約者を決める前に恋をしてみて。あなたはもうちゃんと選んでいるもの。特別な人を」
眠ったシアを木の幹へ寄りかからせて、シリルは泉へ消えた。
そこに通りかかったセルト。
シアがここに投げた石を拾いに来た。
考えてもわからなかったから、まずは自分の力で石を直して返したかった。
なのに・・・
石を見つける前に精霊を見つけてしまった。
純白のドレスの美しい精霊。
泉に住むという守護精霊だろうか?
存在は知られているが、生徒の前に姿を見せたことはほとんどないらしい。
ただ、目撃証言では皆口をそろえて美しい精霊だったと言う。
眠っているらしく、小さな寝息が聞こえる。
風が吹くたびに、シャラシャラと鳴る髪飾り。
とても幻想的な光景に目を奪われた。
閉じられた瞼の奥の瞳は何色だろう?
気になって、顔を近づけてみる。
寝息のもれる唇に視線が釘つけられ・・・思わず口付けてしまった。
ふと我に返って、そんな行動をとった自分に驚く。
(あれ?)
慌てて離れ、髪飾りが視界に入った。
見覚えのあるアクアマリン。
「まさか」
同じものを持っているクラスメートを思い出し、とっさに口を手で押さえた。
よくよく精霊の顔を確認してみる。
「シア・・・だよな?」
なんでこんな格好で、こんな所に寝ているのか?
いや、そんなことよりも
「男に俺は・・・」
足元から崩れ落ち、打ちひしがれる。
「う・・・ん・・」
シアの声にびくりと体が揺れた。
起きるかもしれない。
ハッと口元押さえて、みるみる顔が赤くなる。
どんな顔して会えばいいのかわからず、慌ててその場を走り去った。
セルトが走り去ってすぐ姿を現したシリル。
「シアも鈍いけど、あの子も相当鈍いのよね」
呆れたように苦笑して、未だ眠るシアを優しく見下ろす。
意識が浮上し、目を覚ましたシア。
泉にいたはずが、なぜか自分の部屋に戻ってきていた。
「何が・・・」
どうなっているのかわからないが、どうやら相談の途中で寝てしまったらしい。
「そういえば昨日、水を媒介に魔法を使ったんだ」
強力なだけに体力の消耗が激しい。
自分で思うよりも、疲れていたのかもしれない。
ひとり納得して起きると、もそもそと制服に着替える。
守護精霊が帰って来ているのだから、昨日割れた魔法媒介の石の修復は完了しているだろう。
授業が始まる前に、回収に行かないといけなかった。
結局、寝付けなかったセルト。
とりあえず、何かに頭を使っていたかったので、昨日のシアの問いについて考えてみる。
友達になりたいのかと聞かれた。
「違う気がするな」
ポツリともれる声。
友達とはシアとよくじゃれているルオみたいな関係をいうのだろう。
なら、ルオが羨ましいと思わないのだから違う。
むしろルオには腹立たしさを感じる。
何故だろう。
そういえば、同い年の兄・デルクが言っていたっけ。
想い人が親しくする相手を腹立たしく思うのだと。
「想い人か」
この場合はシアになるのだろうか。
恋愛経験無いため、イマイチわからないが、恋は兄をバカにした。
親が決めた婚約者を勝手に破棄して、男爵令嬢を選んだのだから、派手な親子喧嘩がひそかにあった。
結局親バカな親父が折れたが。
「バカになるか」
自分の行動を振り返ってみるセルト。
十分バカになっていると思う。
盛大にため息を付く。
さすがに男を選ぶと、兄以上の親子喧嘩に発展しそうだと悩む。
が、まぁ、仕方ないかとも思う。
じゃあ、この気持ちを諦めようとも思えないのだから。
なら男でも構わないかと自分を納得させた。
完全な寝不足である。
まともな思考回路が働かない状態で出した答え。
方向性がおかしいことなど全く気付かなかった。
「さて、どうしたものか」
まずは友達になり、余計な虫を追い払いつつ、手に入れた方が良さそうだ。
そう結論に至った。
魔法媒介の石を回収すべく泉に来たシア。
「探査」
頭の中で周辺のマップがイメージされる。
そこに目的の物の位置が光っている感じだ。
「回収」
その座標を意識しながら、目的の物を手の平に移動させる様を思い浮かべる。
それが現実となり、シアの手にはアクアマリンの石が転がった。
「相変わらず、短い呪文で正確な魔法だな」
シアがここに来るだろうと思って、待ち伏せしていたセルトが顔を出す。
シアの一連の魔法の流れを全て見て、思わず感心した。
魔法は発動させる力を表した言葉を構成して出すもの。
しかしシアは全てを無視して、結果だけの短い呪文で魔法を発動させる。
言葉での構成の代わりに、イメージで構成しているのだが、他人にはわからない。
「なんだ、いたんだ」
いるかもしれないなと思っていたので、あまり驚かないシア。
「昨日の返事をしに来たのか?」
友達になりたいのかとシアが尋ねて、わからないと答えたセルト。
わかったら教えてと言ったのはシアだ。
「まぁね」
そう答えたきり無言になるセルト。
あまり気にするでもなく、回収した石を確認するシア。
「波紋」
おもむろに唱えると、泉に小さな波紋がいくつも浮かんでいく。
それを満足そうに見た後、シアは小さく笑う。
「仕方ないな」
お試し魔法に問題はなく、無事に石は修復できていた。
余計なおせっかいなど入れずに、黙ってそれに立ち会っていたセルト。
自分の過ちをお金や権力で解決してしまうような取り巻き対応はやめたらしい。
なるほど、対等な関係を望むということか。
「友達になってやるよ」
それをセルトが望んでいるのなら、構わないと思えたから。
シアの返答にセルトは微笑むだけ。
転入してから初めて見る、セルトの雰囲気に小さく浮かぶ疑問。
何かを吹っ切ったような、すっきりした感じが、少し怖いような気がした。
遠くで聞こえるチャイムの音。
「ヤバイ、急がないと遅刻じゃないか」
せっかくの早起きが無駄になる。
「ほら、行くぞ」
焦るシアより少し早く走りだしたセルトがシアの腕を引く。
そのまま校舎へと猛ダッシュする2人。
その後ろ姿を見つめるように、そっと姿を現した守護精霊。
「シア、ちょっとチョロ過ぎるわね」
心配そうに見つめる守護精霊のそんなつぶやきなど、シアの耳に入るはずもなかった。
思い付き、勢いで書いちゃいました。
話とか練ってないので結構雑です。
すみません。
この話の続きの方が書きたかったメインです。
学園ものや恋愛ものとかに挑戦したかったんですよね。
フルスイングで空振りしましたが。