召喚
「ここ、どこだ……?」
目が覚めた時、俺がいた場所は病院ではなかった。
ふかふかのベッドに白いシーツ。
ここまでは良い。
アンティーク系のレースが付いた天幕付きのベッドだった。
その天幕は薄いカーテンが巡らされて閉じており、ベッドの外は見えない。
「ん?」
起き上がってカーテンをずらして外を見る。
なんだ? 石造りの壁、アンティークな家具。
雰囲気重視の病室……と表現するには些か間違った認識だろう。
少なくとも俺の人生でこんな場所に来た事は無い。
「あ、気が付いたんですね」
声がした方向を見ると、今まさに部屋に入ってくる女の子がいる。
そこで俺は言葉を失った。
美少女だ。
色々な比喩的表現を重ねるつもりだが、まず第一印象に美少女と言う単語が浮かんでくる。
それも外国人の美少女だ。
日本人的な色合いでは無い。
まず肌。
白くてみずみずしく、柔らかそうな玉の肌。
次に顔。
目がぱっちりしていて、瞳の色は青い。
それでいて優しそうな笑みを浮かべていて、母性があるように感じる。
髪の色は赤の混じった金色……?
銅と呼ぶ訳でも紅茶と呼ぶ訳でもない不思議な光沢を持っている。
髪型はストレートで髪の色が映えるように感じた。
視線は胸へと向かう。
かなり大きい方に入るのではないだろうか? そこで服装が白衣みたいな……なんだ? 幾何学模様の刺繍が施された赤い白衣の様なモノを着ている。
四肢はすらっとしていて、外見年齢を推察するに17歳くらいだろうか?
「大変だったんですよ。召喚したら瀕死の重傷の人間が出てくるなんて」
女の子は俺に近付いて、手を左手で握り、右手で額に手を当てる。
「召喚? えっと……」
「あ、自己紹介がまだでしたね。私の名前はリーゼ=ウィラテス。ドラーク学園で魔導学の講師を兼任している学生です」
「ドラーク学園? 魔導学? え?」
「何があったかわからないけど、記憶喪失でしょうか? 大丈夫ですか?」
「い、いや。名前もどこにいたかも言える。ただ、君……が言った事が理解できなかっただけ」
「リーゼって呼び捨てで呼んでください。で、理解……? 何か難しいことを言いましたか?」
そう不思議そうに尋ねてくるリーゼと名乗った少女。
いや、難しいことって……何もかもがわからないぞ。
「そのドラーク学園とか魔導学とか……召喚とか」
「うーん……」
リーゼは困ったように眉を寄せて一歩下がる。
やがてその考えは一度置いておく事にしたらしく、表情を変えた。
「じゃあ俺の自己紹介もするよ。俺の名前は宮坂正治。正治って呼んで欲しい。職業は大学生だ」
「セイジさんですね。わかりました。大学とは何処の学校なんでしょうか?」
「何処って日本の三流大学で……」
俺の返答にリーゼが顔をしかめる。
……おかしい事、言ってないよな?
うん、言っていないはずだ。
もしかしたらここは日本じゃないとか?
海外からすれば日本なんて小国だし、知らないのかも?
……でも、そういうニュアンスじゃなかった気がするんだよな。
「……ちょっと待ってください。ニホンってどこでしょうか?」
俺の頬にイヤな汗が滲む。
もしかして……と思った時、リーゼも同様に理解した。
「なるほど、うすうすは思っていたのですが、どうやらセイジさんは私が異世界から召喚してしまったみたいですね」
異世界……聞いた事が無いかと言われればウソになる。
俺も極々普通にマンガやゲームで育ってきた男だ。
こういう展開に憧れた事が無いかと言われれば、ある。
とはいえ、ヒャッホー! と飛び跳ねられる程、子供でも無い。
何より、まだドッキリとかの可能性の方が高い。
「そう……なのか?」
「召喚の意味はわかるんですか?」
「まあ、なんて言うか……俺の世界じゃ使えない物なんだけどさ。もしかして、この世界には魔法とかある?」
もしも現代社会で存在しない魔法とかがあれば異世界だと実感できる。
俺の疑問に答えるかの様にリーゼは頷きながら答えた。
「ええ、ありますよ。見ててください」
そう言って、リーゼは手を前にかざす。
すると目の前に光の玉が出現した。
大きさは豆電球くらい。
俺はその光を凝視する。
どこから光が出ているのか不思議だが……いや、まあ、それが魔法なんだろうけど。
「簡単な照明の魔法です」
こうして俺はリーゼに日本とはどういう場所かを軽く説明した。
そしてリーゼが教えてくれた話によるとこの世界はやはり異世界という事になるようだった。
「異世界なのに日本語なんだね」
「それは……私が貴方を使い魔、あるいは使役魔、飼育魔として登録したからだと思います」
「使い魔? 登録?」
「ええ、学校の授業で使い魔を召喚して契約をするんです。使い魔の意味は……わかりますか?」
「一応は」
アニメとか漫画で出てくる、魔法使いの便利な駒として動く小動物だよな。
作品にもよるけれど人間も該当したりする物語を読んだ覚えがある。
その知識がどこまで通用するかは知らないが、多分認識としては同じはず。
「つまり俺はリーゼとは、その……使い魔として登録したという事になるんだね?」
「そうなります。そのお陰で言葉が通じるようになっているんです。結果的にですが、こうして話が出来るのは良いことだと思います」
「そっか……」
まだ夢を見ているような錯覚を抱く。
何度か頬をつねったけど、どうやら夢ではないようだ。
盛大なビックリをするにしては手が込み過ぎている。
少なくとも『演技でしたー!』とするにはタイミングを逃している。
「文字は理解出来ますか?」
リーゼは羊皮紙と羽ペンを取り出してインク壺に羽ペンの先を付けると書き始める。
で、俺に文字を見せてくれたのだけど、俺は読む事が出来なかった。
見た事の無い文字だ。
まあ俺がわかる文字なんてひらがなカタカナ漢字英語、高校の頃に習った選択教科の簡単なドイツ語位なもので、しかもそれだって、後半二つはほとんどわからない
「わからない」
「じゃあ会話だけなんですね……」
「それで……俺はどういう立場な訳?」
これはとても重要な事だ。
俺の知る物語だと使い魔にされた人間というのは奴隷の様に扱われたりするパターンがある。
このリーゼって子が貴族で偉そうにしているとか色々と問題がある可能性もあるな。
若干偏りがある気もするが、創作物の主人公はそんな感じだった。
「状況から察して私の責任ですし……私が保護する事になります」
おや? 思いのほか協力的だ。
「保護って?」
「セイジさんの衣食住の提供です。我が家だと思って元の世界に帰れるまで自由にしてください」
「はぁ……って」
ちょっと待てよ。女の子と一緒に同居する事になる?
棚から牡丹餅とはこのことだけど、それよりも俺の記憶が確かなら俺は命を救ってもらってしかも衣食住を提供してもらえていると言う事だ。
なんか非常に悪い気がしてきた。
元の世界に帰すとか理解もしてくれていて、話がとんとん拍子に進んでいる。
「じゃあ……凄く申し訳ないけど厄介になろうかな。元の世界に戻る手段もあるみたいだし」
「その事なんですけど……」
リーゼは非常に申し訳なさそうに視線を外しながら頭を下げた。
「ごめんなさい! 帰還させる手立ての見当が付かないんです! がんばって探してみますが……もしかしたら帰れないかもしれません」
……なんとなくそんな予感はしていた。
だって、もしも人間を召喚するのが失敗だったとしたら……。
人間を召喚しちゃった。
凄い重傷だけど傷を治しておけば意識が戻る前に元の世界に帰しておけばいいよねってなるはずだし。
そうしなかったという事はそれなりの事情があるんだろう。
「そっか……わかったよ」
「え?」
リーゼは頭をあげてきょとんとしていた。
もしかしたら俺が怒るかもしれない、とか考えていたのかもしれない。
怒らないにしても錯乱する程度は想定していたとか?
まあ……そういう感情を現す人の気持ちが理解できない訳じゃないが、それよりも……。
「元の世界に帰る為の手段を探してくれるなら……うん、怒れないし、こっちは命を救ってもらったんだ。感謝はしても文句は言わないよ」
なんせ、俺はあのままでは死んでいた。
凄く痛かったし、滅茶苦茶怖かった。
それを救ってくれて、傷も治してくれた。
言わばリーゼは命の恩人なんだ。
帰そうと努力してくれるなら、怒る必要は最初からないし、むしろ恩を感じているくらいだ。
あるいは、奴隷の様に扱われたら不満の一つ位抱いたかもしれない。
ほら、マンガとかであるじゃないか。
突然誘拐染みた召喚をされて、魔王を倒せ、みたいな話。
挙句、気に入らないから迫害とかされたらたまったもんじゃないけど、聞いた感じだとそういう気配はなさそうだ。
死にそうな所を助けてもらったんだ。
もしも帰れなかったとしても、あのまま死ぬよりは良いと思う。
「えっと……これからよろしく、でいいのかな?」
「はい、よろしくお願いします。セイジさん」