夜明け
「夜明け」
A WHITE DEEP MORNING/BRAHMAN
は、と思ったときにはそこにいた。どうやってここに来たかは分からない。というか何処だここは。
横になっていた体を起こす。床には曼荼羅か何かが描かれたタイルが敷き詰められている。顔を上げると、引くほど広い空間にいることが分かった。この星新一的な状況が異常すぎて、変な溜め息が出た。
けれども深呼吸をすると、直ぐにこれが何かを理解した。ああ、なるほど。明晰夢ってこれか。スゲー。しかし何故だろうか、全くテンションが上がらない。こんな時はもっと、弾ける物だと考えていたのだが。
ふと、左の手首が重くて、何だろうと目をやった。昔の戦隊物の変身アイテムが巻き付いている。何レンジャーだったか、取り敢えず小さい頃欲しかったものだ。夢の中だし、変身出来たりするのか、と適当にいじってみたが、正に玩具然としたチープな音がぴろぴろ鳴るだけだった。つまらん。――左手をきっかけに、全身を見てみる。高校の制服を着ていた。これ、三年ぶりだったか、かなり懐かしい。ただ所々泥で汚れていて、少し勿体ない気もする。
兎にも角にもこのままじゃあ何も始まらない。そう思って歩き出すと直ぐに、それは出てきた。ぬっ、って感じで。オレンジ色の小さなジャングルジムが、目の前に表れたのだ。幼児用の、本当に小さな物。家の庭に置くようなやつだ。ほう、と思い何となくそれに手を掛けてみる。よいしょ、と登ろうとして驚いた。……出来ない。いや、いくらなんでもそれは無いはずだ。俺、これ、登れない。二十歳を越したのにも関わらず、登れない。運動神経、そんなに悪かったっけ?段々と焦ってきて、思わず手を離してしまった。ぶわ、っと汗が吹き出た。
「お前、こんなんも出来ないの?」
何処からか聞こえてくる。
「うるせえよ」
び、っと左手首に痛みが走る。ええ、と変な声が出て一人で赤面し、変身アイテムを外した。手首に突然出来た切り傷から、血がこちらの顔を覗いていた。何だこれ、やっぱり夢だからか。苛立ちながらももう一度変身アイテムを手に取り、左手首に巻いた。ぴろぴろ。側面のボタンを押すと、チープな音がやはり流れた。
また歩いていくと、ジャージを来た妙な鬼みたいなのが出てきた。鬼太郎に出てきそうな、変な顔をした鬼。そいつが自転車を漕いでやって来た。きき、と甲高い音を立ててそいつは止まる。
「あうやいええう、おおい、いううあー、ええあいあう」
こちらを一瞥するなり鬼は、体を揺らしながら何かを言い出した。何なんだよ、こいつ。気味が悪いが、何処か見下してしまう。
「何」
思わず鬼を睨みながら、そう言った。ぞっとするほど排他的に響く。しかし鬼はそれを聞くと、笑いだした。嘲笑とかではなさそうだ。穏やかなのだが気の抜けた、生ぬるい笑い声。
「だから、何」
それを聞いて、また笑いだす。ムカついて、軽く鬼を小突いてしまった。すると鬼は大袈裟によろめき、自転車を倒した。
「うあああぁ!いあいぃ!いあいいぃ!いあいいぃ!」
鬼は怯えたように大声を上げ、自転車を立て直してそれで逃げてしまった。もしかしたら、悪いことをしたのか。そう思ったとき、また手首が痛んだ。変身アイテムを外してみると、切り傷が二本になっていた。
また歩く。よく見ると地面に何かが落ちていて、拾ってみた。それは子供用の楽譜の本だった。懐かしい、小学校の時配られたやつだ。パラパラとページを捲ると、いくつか覚えている曲もあった。あー、あったなー、こんなん。色々眺めていくうちに、よく覚えている曲を見つけた。平和の鐘、だ。そうだ、この曲、好きだった。なのに一度歌ったっきりで、残念に感じたのだ。また学校で歌いたいな、とか。そう思っているとピアノの音が流れてきた。丁度いい。歌ってやろう。どんどん歌パートは迫ってくる。さあ、というところで声が出なくなった。あれ、と思った正にその時、手首が痛んだ。アイテムを外すのも面倒臭くなってずらして見ると、三本目の傷が走っていた。
「またか……っ?!」
さらに手首が痛む。見てみると、さっきまでなかった四本目の傷が、血を滴らせて笑っていた。
「何だこれ……何で?」
幸いなことに、それ以降傷は出てこなかった。その時は。
次に出会ったのは、岩だった。
「岩?」
意味もなく、声に出してみる。勿論、返事だとかは無い。つつ、と近寄って観察してみた。苔むしていて、よく見ると露が降りている。触ってみると、ひんやりしてみた。どれ、と岩を持ち上げて。
「う、うわぁ!」
後悔した。曼荼羅タイルと岩の間には、虫がうじゃうじゃいたのだ。そりゃあそうだ。湿った岩の下には虫。これは幼稚園生の頃から理解していた、この世の理だ。あー、もう、思わず尻餅をついてしまった。と、女の子の声が何処からか聞こえてくる。
「虫、嫌いなの?」
岩を見ながら、うん、と答えた。
「ふーん。変なの。似た者同士なのに」
「酷い、お前も虫みたいなもんじゃん」
と、女の子の泣き声が聞こえた。
「あー、泣かしたー、あやまれー、あやまれー」
「あやまれー」
「あやまれー」
うるせえよ。
「あやまれー!」
ああ、もう。はいはい、ごめんなさいと大きな声で叫んで、さらに歩みを進めた。手首が痛んだが、結果は分かるので無視した。
本当に気が付いたら、なのだが、友達の晴彦が背中から抱き付いていた。
「――何だこれ」
「え、何って?」
どうせ夢だ、多分話も通じない。少し気持ち悪いが、俺はもう諦めてそのままにしておいた。
「てかさ、いや、意味わからんと思うけどよ……変な夢だな、これ」
ごうごうと、風の音が聞こえてきた。
「さっきから流してたけどさ、色々出てきたし、何かよく分からんも聞こえてくるし、手首怪我しまくるし……いや、夢に整合性もへったくれも無いのは分かるけど、さぁ?何か……なぁ。」
「おう。」
ごうごう。風の音がより激しくなる。
と、晴彦が大きな声を出して、聞いてきた。
「で、どうなん?」
俺も負けないよう、大声を上げる。
「はい?」
「いやよ、夢なのは分かるけど、そいつらどうだったの?」
その内、エンジン音のようなものも聞こえてきた。
「夢なの、分かんの?!意外だな。そんでどうだったってさ――ムカついた。し、……悲しくなったわ。いろいろ」
「ふーん」
エンジン音は、大きくなる。晴彦がそれに負けじと叫ぶ。
「でも、あいつら、お前だぜ?自分の夢だろ、自分の脳内の具現化なんだぜ、これ。俺も」
「いやまあ、そうだけど!――なんかよー、開き直って来るわ。お前と話すと。自分の頭の中覗いたら、こんなにぐちゃぐちゃだったって。自分で自分が嫌になるわ」
「そっか!でもさー、変な話、俺、お前のこと好きだぜ?」
「お前、BLか!」
ふと気付くと、いつの間にかオレンジ色の光が当たっていた。直感的に、朝日だと分かった。
「そんな訳ないわよ!――いや、冗談抜きで、友達としてだよ!分かるだろ!確かにこの体勢ってのは怪しいけど!お前のこの感じ、良かったぜ?」
と、エンジン音、それと風の音が止んだ。小さく、サイレンが聞こえてくる。晴彦は抱き付くのをやめて、離れて伸びをした。
「汗臭くなかった?こんな男に抱き付かれちゃたまらんかったろ。まーともかく」
ふぅ、と晴彦は息を吐き、真っ直ぐこっちを見た。
――どうだ?
――行こう、かな。
晴彦の問いかけに対して、口が勝手に動いた。不思議と、満足感に溢れてくる。
「よしゃ、んじゃ俺行くわ!もう朝だしな?んじゃーな。」
晴彦は、何かを口ずさみながら何処かへ消えた。
「ああ、俺も。行くか。」
――先生、脳波が戻りました!
――彼はもう無理だが、この男の子なら助かる!頑張ってくれ!
――あ、良くなってきてます!
――生食!生理的食塩水、もっと持ってきてくれ!それと君、患部に……
After all
明けて 深く白い空を叩いて
光 闇 赦しの旅を告げて……




