どこかのリア充が冥界脱出を試みたようです。
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「私のこと、命かけられるくらい好きっていうんだったら私のために死んでよね」
ザクッ。
・・・・・・・・・・。
「・・・・翔太!?翔太だよね!?」
すぐ近くで聞こえる俺の名前を呼ぶ声。
大きい声ではないけど、本気で俺のことを心配しているような声色。
よく聞きなれた声質。
「・・・翔太!?目を覚まして!?」
俺はうっすらと目を開ける。
目の前には愛する彼女の顔があった。
「・・・・え?」
時はことが起こったときまで戻る。
今日は休日で俺は彼女を家に呼んでいた。
二人でお茶を飲みながら楽しくおしゃべりをしたり、ゲームをしたりしていたはずなんだ。
それなのに何でこんなことに。
それまでしていた神経衰弱が彼女の勝ちということで決着がつくと、彼女は徐に立ち上がった。
—お茶のお代わり、淹れてくるねって。
彼女は料理包丁を持ってすぐに戻ってきた。
ちょっとビビッた。
—なんだよその包丁、何かの冗談か?といった覚えがある。
それに対して彼女は言ったんだ。
—ねぇ、翔太。私の事好き?
俺はもちろんだよ、と答えた。
—どのくらい?
何を今更、と思った。
—もちろん、すごく好きだよって言った。
彼女はそう、と頷いて。
—命かけられるくらい?と聞いた。
俺はああ、もちろんさ、と言った。
そしたら。
そしたら持っていた包丁で刺された。
—じゃあ、私のこと、命かけられるくらい好きっていうんだったら私のために死んでよね、という言葉と共に。
急所とか、即死とか、出血多量とか、よくわからないけど俺は死んだ。
愛する彼女に殺された。
そして現在に至る。
目の前には俺を殺したはずの、ついさっきまで一緒にいた彼女。
・・・・・え?何で?
俺は彼女の名前を呼ぶ。
「鈴華・・・・?」
「そうだよ!私だよ!!よかった、完全に死んでなくて・・・!」
ぎゅっと抱きしめられた。
俺は混乱する。え?あれ?どういうこと?というか俺、死んだよね?何で意識あるの?
そんな俺に、彼女—鈴華は言った。
「翔太!二人でここから出よう!!」
「えっと・・・・?」
そう言われて俺は横になっていた体を起こし、初めて辺りを見回す。
暗い、石造りの壁に囲まれた場所である。
何故、俺が鈴華の顔を見分けられたかといえば、彼女が蝋燭を持っていたからである。蝋燭が消えれば、辺りは右も左もわからない、黒で塗りつぶされた世界になるだろう。
俺たち以外の人影はない。というか、狭い。正方形の部屋のようで、俺がやっと横になれるかどうかの幅である。
「鈴華、ここは・・・・?出ようって・・・?」
状況に頭がついていかない俺に鈴華は説明してくれた。
「ここはね、殺人事件などで誰か他の人に殺された人が天国に行く前に通る・・・なんていうんだろ、関所?みたいな場所なの」
「関所・・・・・?」
いまいちピンと来てない俺に鈴華はさらに説明する。
「他の人に殺された人ってさ、必ずしも被害者だけとは限らないじゃない?例えばだけど、過去に誰かを殺めてしまってその復讐に殺されてしまったとしたらそれは自業自得だよね?そういう人は天国に送るわけにはいかないんだって。だから、ここはそのために何故その人は殺されてしまったかということを調べて、天国行きか地獄行きかを決める場所なの」
「へー」
納得。
・・・・あれ?じゃあなんで鈴華はここに・・・?
その疑問をそのまま伝えると鈴華は困ったような顔をした。
「あ・・・あのさ、」
「うん」
「これから私が言うこと聞いても怒らない?」
「うん」
「私の事嫌いにならない?」
「うん」
「別れるって言わない?」
「うん」
「私の事、信じてくれる?」
「うん」
何を言い出すのかはわからないけど、俺は何を聞いても鈴華が好きな気持ちは揺らがない自身を持っている。
「あのさ、まず翔太・・・・私に殺された・・・よね?」
「うん」
あれは確かに鈴華だった。
その答えを聞いて鈴華は少しためらった後。
「実はね・・・・翔太を殺したのは私じゃないの—妹なの」
「・・・・・はい?」
ごめん、鈴華大好きだけど今の言葉はちょっと理解できない。
「だからね、翔太、多分私に殺されたと思ってるよね?違うの。翔太を殺したのは私じゃないの。死んだ私の双子の妹なの」
「えっ!?鈴華妹いたの!?」
「いたけど・・・・・14年前にね、死んじゃったんだ。五歳のときだった。おつかいに行った帰り道に通り魔にあっちゃってね・・・・本当は私がおつかいに行くはずだったの。でも私、そのとき熱を出しててね・・・。私が行くよ、って妹が・・・」
鈴華は悲しげに俯いた。
あちゃあ・・・・悪いこと聞いちゃったかな・・・・。
鈴華は優しいからきっとそのとき熱を出したことに責任を感じているんだろうな・・・・。
俺は鈴華の悲しむ顔は見たくない。話の続きを促す。
「それで、その妹が?何で」
「うん。なんでもその妹—恋華っていうんだけど、恋華、ずっと五歳で殺されたことを恨んでたんだって。犯人はもちろん、自分を一人でおつかいに行かせた私たち家族も」
「それで、幽霊になって出てきたの?」
「ううん。翔太が私だと思って今まで一緒にいた恋華は幽霊じゃないよ。ちゃんと実体があったでしょ?」
キスもできたよね?そういって鈴華は軽く笑った。
「恋華はね、蘇ったの。ずっと犯人や私たちを恨んで天国に行く気にもなれず、この場所にずっとい続けた恋華は何らかの拍子で蘇る方法を知って、蘇ったらしいの」
「なるほどなあ・・・・でも、じゃあどうして鈴華がここに?身代わりとか?」
「近い、かな・・・・・。あのね、恋華が突然私のアパートに現れたんだよね。そして『あのとき鈴華が死ぬはずだったんだから鈴華が死ねばいいんだ。大丈夫。私が鈴華の代わりとして生きていくから。あとは安心して任せて』って言って包丁を・・・・」
なるほど・・・・俺と大して変わらないな・・・・と思いかけたら。
「向けられたんだけど、私は恋華だってすぐわかって『恋華だよね!?』って言ったの。そして、『何でここにいるの!?今の、どういうこと!?どうして私を殺そうとするの』って聞いたの」
鈴華は問答無用で殺された俺と違ってまだ会話の余地はあったみたいだ。
「そしたら恋華ね、『・・・・何も知らずに殺されるのも可哀想だし、冥土の土産に教えてあげるか』って、今言ったようなことを教えてくれたの」
「それ、いつの話?」
「二か月くらい前かな。まあ、ここだとどのくらい時間が流れているかわからないんだけど、それくらいかな?翔太と私はもう付き合ってたよ」
だから、私が正真正銘翔太の彼女だよ。って鈴華は言った。
まったく、嬉しいこと言ってくれるぜ。
でも・・・それじゃあ・・・俺は・・・・。
「鈴華、ごめん!」
俺は鈴華の前に土下座する。
「俺、鈴華が恋華?と入れ替わってたのにも気づかず、ずっと恋華と付き合ってた!本当、ごめん!」
鈴華はそんな俺を見てくすっと笑った。
「気づかないのはしょうがないよ。だって私と恋華、まったく同じ外見だもん。恋華、五歳で死んだから、五歳の姿で蘇るわけにはいかないらしいから、私の姿で蘇ったらしいよ。でも同じ世界に同じ人間が二人いるのはおかしいから・・・・。それも私が殺された理由、かな—顔をあげなよ、翔太」
鈴華に言われて俺は顔を上げる。
「恋華は本当に私にそっくりそのままなったんだね。大丈夫だよ、翔太。私はそれはしょうがないことだと思ってるから—むしろ」
そこで言葉を切り。鈴華は目を伏せる。
「私の方こそ私がいた所為で翔太まで殺されたことが本当に申し訳ないよ」
「そんなことないよ!」
俺は土下座体制からがばっと跳ね起き、正座して鈴華に向き合う。
「俺はむしろ、本物の鈴華に会えて嬉しい!それにあれが本当の鈴華じゃないならきっといずれどこかで別れてたと思う!!」
「翔太・・・・ありがとう」
「よし!じゃあここから出よう!恋華が蘇れたのなら俺たちも蘇れるはずだ!!」
「うん、そうだね!」
とりあえずここは狭いからと、俺たちは外に出た。
・・・あ、出れるんだ。
外は部屋と同じく石造りの壁にかこまれた暗く狭く長い通路が一直線に続いていた。
幅は俺たち二人が何とか並んで通れるくらい。
はぐれたら危ないので手を繋いで歩く。
鈴華の蝋燭の明かりだけが頼りだ。
「翔太、足元気を付けてね。躓きやすいから」
「うん・・・っと、うわ!?」
「あーもう、言った傍から・・・・ふふっ」
「はは」
鈴華が笑う。連られて俺も照れ笑いをする。
二人でぽつぽつと話しながら暗い通路を進む。
「鈴華、ずっと一人でこんな暗いところにいたのか?何してたんだ?」
「私はね、ずっとさっきの部屋にいたんだ。死んでるからかな、お腹も空かなかったし喉も乾かなかった。意識はあるけどきっと私の肉体の生物としての機能は死んでるんだと思う。ま、動けるだけありがたいけどね」
「でもさ、鈴華暇じゃなかった?寂しくなかった?」
「暇だったし寂しかったよ。でもね、そんなときは翔太のことを考えてた。今何してるかな、ちゃんとレポート提出期限までに出してるかな、お腹出して寝てないかな、会いたいな・・・・って」
鈴華・・・・。
俺は何も言えなくなって、鈴華を抱きしめた。
「翔太っ・・・・だから私、翔太が私の部屋に現れた時、すごく嬉しかった・・・・。実はね、翔太が現れないかなって、あの部屋で少しだけ期待していたんだ。恋華、私を殺す直前に『そういえば鈴華、恋人とかいるの?もしもいたら私がぶっ殺してあげるね☆』って言ったんだ。だから、翔太がここに来たってことは恋華が本当に殺したからで。びっくりしたし、悲しかったんだけどでも・・・・」
嬉しい気持ちの方が大きかったの。ごめんね、私、酷いよね。最後の方は涙声で、そう言って鈴華は泣いた。
自分でも知らず知らずのうちに涙が出てたのだろう。
いきなりこんな暗闇に独りぼっちで放り出されて。
鈴華はどれだけ怖くて、不安で、寂しい思いをしたのだろうか。
俺は黙って何も言わず、鈴華をさらに強く抱きしめた。
鈴華が落ち着いてから、俺たちは再び手を繋いで歩き始めた。
進んでいくと他の人影もちらほら見えてきた。
老若男女いろんな人がいた。
「—チッ。リア充死ね」
敵意に満ちた眼差しでこっちを見てボソッと呟いた中学生くらいの少女もいた。
彼女も何か殺人事件に巻き込まれたのだろうか。
皆ゆらゆらと、俺たちの行く方へ向かっていく。
「なあ、鈴華」
「んー何?」
「俺たち、どこへ向かってるんだ?」
「えっとね、この先に行ったらその天国行きか地獄行きかを決める番人さん的な人がいるみたい。OKをもらえた人だけが船に乗って三途の川を渡れるんだって」
「詳しいな」
「へへ、だってあの部屋にこんなパンフレットがあったから」
そう言って俺に何かのパンフレットを見せ、悪戯っぽく笑う鈴華。
俺はそれを見る。
「えーとなになに・・・・『まるわかり!冥界までの道が明快にわかる!』・・・・」
・・・・・・・。
あまりのくだらなさに絶句している俺をよそに鈴華は続ける。
「これは恋華が言っていたんだけど、多分、そこにいる『鬼のジジィ』とやらなら何かわかると思うんだ。一人のときは何もする気が起きなかったけど、翔太と一緒なら行こうっていう勇気が出た」
「鈴華・・・嬉しい」
俺のおかげで勇気が出たなんて。
俺が鈴華の支えにちゃんとなってるなんて。
「もう、そんな大したことじゃないでしょ」
照れたように言う鈴華。
そんな会話をしながら。俺たちは長い長い暗い通路を歩いた。
どれくらい歩いただろうか、不意に視界が開けた。
三途の川だ。
俺たちの目の前にドーム状に丸く広がる奇妙な光景。
まず川。これは三途の川とみて間違いないだろう。
それからその川岸に止めてある二艘の船。そして、その船の前には二人の・・・・鬼?
遠くてよくわからないけど角が生えた人影が見えた。
あれが『鬼のジジィ』か。
そして、その人影から伸びている行列。
おそらく、天国行きか地獄行きかを判断してもらう死者の行列だろう。
俺たちはそのどちらにも行く気はないのでその行列を無視して、どんどん川岸に近づいていく。
「はーい押さないでくださいねー」
「二列にならんでくださーい」
近づくに連れ、何やら可愛らしい少女たちの声が聞こえてきた。
「あ、お客さん、それ以上行くと川に落ちてしまいますよー」
「きゃっ、もう、どさくさに紛れてスカートめくらないでくださいよお客さん」
何ということだ。
俺は目の前の様子に絶句した。
美少女。
鬼の角が生えた絶世の美少女が。二人も。甘い可愛らしい声で。露出度高めの衣装を着て。
ぴょこぴょこと忙しく動き回っていた。
一人は長いサラサラストレートヘアーの胸の谷間だけが見えるようにひし形の穴が開いた、袖なしのハイネックの、スカート丈の短い虎柄のワンピースを来た可愛らしい少女。
もう一人は段がついたショートヘアーの、キリッとした格好いいという印象を受ける少女。服装は、先ほどの子のワンピースのトップをおへそが見えるほど短くしたトップスに、これまた太腿がバッチリ見えるようなホットパンツ。もちろん上下虎柄。
もちろん二人ともスタイルは抜群で・・・・・お?
突然視界が遮られる。
「見ちゃダメ。目の毒」
どうやら鈴華に手で目隠しをされたらしい。
鈴華、俺より背低いのに・・・・
きっと頑張って背伸びしてるんだろう。
俺は鈴華以外の女の子なんか微塵も興味ないんだけどな。
そんな鈴華が可愛くて。
「鈴華もあんな恰好してみる?」
言ってみた。
「えっええ!?何言ってるの?え?・・・・ま、まあ翔太がしてほしいなら・・・ゴニョゴニョ」
動揺する鈴華。可愛い。
「冗談だよ」
そう言って手探りで鈴華の頭をくしゃっと撫でて、そっと鈴華の手を外した。
「俺は鈴華以外の女には興味ないから安心しろ」
それから二人で忙しそうにしてる女の子の一人—サラサラストレートヘアーの方に声をかけた。
「あのー」
「あーもう忙しい忙しい。まったく、何でこんなに死者が多いんだろう。まったく物騒な世の中ね・・・」
俺のかけた声は空しくどこかに飛んでいき、彼女は俺に気づくことなくどこかへ行ってしまった。
「最低な女ね。翔太を無視するなんて」
鈴華が隣でぼそっと言った。
「まあ、忙しそうだし、しょうがないんじゃないかな。あっちの子に声かけよう」
俺たちはもう一人のショートヘアーの子に声をかけた。
「あのーすみません」
「はい、何でしょうか」
よかった。今度は無視されなかった。
「あのーここから蘇って元の世界に帰る方法ってのはどうやるんですか?」
それを聞いてその少女は眉をひそめた。それから、俺の顔を見、鈴華の顔を見て顔色を変えた。
「お客さん、その件について私からお答えできることはありません。ご主人様に直接お聞きください」
それまでの優しく甘い声とは打って変わって冷たい声で言われる。
「えっとそのご主人様っていうのは・・・・」
「あちらにおられます」
彼女はそう言って、川岸に立つ鬼を示した。
その鬼は正真正銘、恐ろしい顔をした鬼だった。
「あ、あの、どちらの方でしょう・・・」
「どちらでも構いません。お好きな方に声をおかけください。ただ、横入りをすると他のお客様の迷惑になりますので、今日の分の仕分けが終わってから声をおかけください」
茫然とする俺たちを残して彼女は去って行った。
今日の分の仕分けって・・・つまりこの列全部だろ・・・・。
「どんだけかかるんだよ!」
「翔太、しょうがないよ。これも生き返るため。二人で待とう?」
「ああ、鈴華がいるなら100年だって一秒だ」
「それなら私は翔太といたら10000年だって一秒だよ」
「そんな10000年と言わずもっと一緒にいようよ」
「もうっ、翔太ったら・・・・」
そんな感じで壁の隅でいちゃいちゃしながら俺たちは列が途切れるのを待った。
やがて、だんだん列が短くなり、最後の一人に天国へ行く許可が下りたのか、最後の一人が天国行きの船に乗り込み、船が出発した。
それを見届けると、鬼たちは大きく伸びをした。
急に人がいなくなったため、それまでガヤガヤしていたのがうそのように辺りは静寂に包まれた。
あの少女たちもいつのまにかいなくなっていた。
死者たちと一緒に船に乗り込んだのだろうか。
鬼たちの会話がこちらの耳にまで届いた。
「今日の仕分けはこれで全部か?」
「そのようだな・・・しかし疲れた。毎日毎日一日中立ちっぱなしというのも辛いものだな」
「しょうがない。我慢せい。後で帰ったら湿布を貼ってやるから」
ずいぶん爺くさい鬼だなあ・・・だから『鬼のジジィ』か。
「マッサージも頼むよ・・・ややっ?」
あ、鬼の一人が俺たちに気づいた。
「おい、あちらにもう二人いるが・・・・?」
「ややっ。これは大失敗。もう船は出発してしまったし・・・」
そんな鬼たちに俺たちは近づく。
「お、おい近づいてきたぞ・・・。どうする?」
「儂の責任ではない」
「だからと言って儂の責任でもないぞ」
「知らぬ。儂は逃げるぞ」
あ、一人逃げた。
「ややっ。この裏切り者めが!二度とマッサージしてやんないからな!湿布も貼ってやらないぞ!!・・・や、やぁ。儂に何の用かな?」
取り残された鬼が俺たちに愛想笑いをする。
「こんにちは。あなたにお願いがあって来ました」
「な・・・・なんだね急に。儂はもう疲れてお・・・・る・・・むむっ?」
適当に返事をしようとした鬼が鈴華の顔を見て、動きを止めた。
「お主・・・・・まさかいつかの奴の姉か?」
「恋華のことですか!?」
鈴華が聞いた。
「恋華・・・そうか、奴はそんな名前だったのか・・・。如何にも。お主と儂が思い浮かべる人物は同じであろう」
「私たち、二人とも蘇った恋華に殺されたんです!何とかして、元の世界に戻る方法はありませんか!?」
「あるけど教えてやらない」
「「はぁ!?」」
「だって殺されたのじゃろう?それなら、それまでの人生だったということで潔く諦めて天国に行けい。幸い、二人そろって死んだのだし、天国でもずっと一緒じゃぞ?」
「そういう問題じゃないんだよ!!」
「私たち、まだ19歳なんですよ!?結婚だってしてない!まだまだやり残したことがいっぱいあるんです!どうしてですか!?恋華は蘇ったのに・・・・!」
二人して抗議する。
「そりゃあ誰だって蘇りたいさ。特に殺人事件や交通事故で思いがけず死んだ人はな。でも、そんな我儘をいちいち聞いてたら“あっちの世界”は元死者でいっぱいになってしまう」
「で、でも恋華は・・・・」
「ああ、もううるさいのう・・・・ほらほら、もう営業終了時刻じゃから、また明日じゃ。なあに。おぬしらはちゃんと天国行きの船に乗れるから安心せい」
しっしっ、と手で追い払われる。
なんだこの鬼。腹立つな。そう思ったときにはもう俺は動いていた。
「っざけんなよ、ジジィ」
ダン!
足を踏み鳴らす。
「俺たちは帰りたいんだよ。天国に行きたいわけじゃねぇ。さっさと教えないよその角折るぞゴルァ!!」
一瞬の沈黙。
やがて、鬼はため息をついた。
「まったく、失礼な小僧じゃわい・・・・。しゃーないの・・・ダルいがアレやるか・・・・・」
そう言って鬼は体を左右に捻り始めた。
なんだ、もしかして俺たち、帰れるのか?
鬼は数回体を捻ったり、伸ばしたりした後。
「ちょっと衝撃がくるでの・・・我慢するんじゃぞ・・・・あ、手繋いでおいたほうがいいぞ」
そういわれて手を繋いだ俺たち二人をひょいと、いとも軽く腕に抱え。
「その手を離すなよ・・・・よいしょっと・・・せーのっ・・・・」
数回かるくゆすった後。
「一昨日来やがれこのリア充めが!」
俺たちを力いっぱいぶん投げた。
—え!?
え!?何!?え!?
俺はとっさにぎゅっと鈴華の手を力強く握った。
本当は抱きしめたかったんだけど風圧でそれどころじゃない。
俺たちはドーム状の壁に沿って登って行き・・・・。
いやいやいや、死ぬ死ぬ死ぬまじで死ぬ。
あ、いやもう死んでるんだっけ?
え?今はスピードついて上に上がってるからいいけどこれ落ちたらマジで終わりだよ?
何か捕まるところとかないのか!?
俺より下の位置になっている鈴華を見るとぎゅっと目をつぶったまま動かない。
突然のことに頭がついていけなくてフリーズしたようだ。
俺は目の前をすごい速さで通り過ぎていく石造りの壁を見つめる。
これ、どっかに入れる穴とかないのか!?
スピードは落ちることなく、俺たちはどんどん上昇していく。
あんなに高かった天井がもう目の前に—はっ!?
手すり!?
壁に不自然に飛び出した手すりを俺は見つけた。
あれを掴む。掴む掴む掴む。絶対掴む。そうしないといろいろ駄目だ。終わる。
俺は手を伸ばし、その手すりに掴まろうとする。
あともう少し、もう少しで手が届く。
俺はタイミングを見計らって手すりを—すかっ。
え!?掴めなかった!?タイミング間違えた!?それとも距離が足りなかった?
頭の中が混乱しかけたとき。
ぱしっ。
上昇が止まった。
—え?
下降する感覚。
しかしそれはすぐに止まった。
鈴華だ。
鈴華が俺の代わりに手すりを掴んだ。
いつの間にか、目を開けて、俺と同様に手すりを見つけていたらしい。
鈴華は俺を見て、柔らかく笑った。
「翔太・・・私たち、命拾いしたよ・・・・」
しかし、その腕はぷるぷると震えている。声も苦しそうだ。
片手で自分と俺の体重を支えているのだから無理もない。
早く、鈴華を楽にしてあげたいと思い、俺は周りを見る。
手すりがあるってことは、何らかの意味があるはずだ。
・・・・ん?
なんか、手すりの周り、溝が深くないか?
もしかしたら、押せたりとかしないのか?
俺は鈴華に言った。
「鈴華、その手すり、押してみて」
「え?」
「ものは試しに」
「うんわかった」
鈴華は辛そうに、手すりを押す。
うまく押せずに引いたりしていたが。やがて手すりは僅かにうごいたかと思うと、そのままその周りの石と共にスッと内側に滑らかに滑りだしした。
軽いのか、車輪でもついているのか、それとも下が坂道なのか。
石はどんどん奥に滑って行ったらしく、それに掴まっている鈴華の体もずず・・・ずず・・・と奥に入っていく。
そして鈴華と手で繋がっている俺もどんどん上の方に体が動いていき。
遂に二人とも壁の内側に入った。
鈴華はまだ手を離さないので二人とも引きずられていく。
俺は叫んだ。
「鈴華!俺はもう大丈夫だから手を放せ!」
引きずられていたのが止まった。
鈴華が手を放したようだ。
鈴華はうつぶせになったまま動かない。
俺は鈴華の傍に駆け寄る。
「鈴華!?大丈夫か!?」
「ん・・・・・」
鈴華はのそりと起き上がった。
引きずられた所為で鈴華の服の前面はボロボロだ。
「翔太・・・・大丈夫・・・?」
腕一本で二人分の体重を支えて、なんだかよくわからないものに引きずられて。
痛くて辛かったのは鈴華の筈なのに。
それでも俺を心配してくれる鈴華が愛おしくて。
俺は鈴華を抱きしめた。
「俺は大丈夫だ。鈴華の方こそ大丈夫か?」
「平気だよ・・・・。ありがとう」
鈴華は抱きしめ返してくれた。
でもその腕に力はなく、ああ、すごく負担をかけさせちゃったな、という申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「ところで、ここどこだろう?っていうか何だろう?」
鈴華が体を離し、辺りを見回す。
蝋燭はいつの間にか鈴華が手から放してしまったらしく、明かりはなかったが暗闇に少し目が慣れてきたおかげであたりの様子はぼんやりとわかるようになった。
そこは今までいたドームや通路や、最初にいた正方形の部屋と何ら変わりない暗い石造りの部屋だ。
ただ一つ違うのは。
「ねえ、翔太。ここに何か書いてあるよ」
鈴華もそれに気づいたらしい。二人でそれを見る。
それは立てかけるタイプの大きな黒板のようなものだった。
ピンク色のチョークでこんなポップな見出しが書いてあった。
【未練残して死んじゃったな。生き返りたいな。そんなことを思っているそこのアナタ!ぴったりの方法があります!】
俺たちは顔を見合わせる。
「鈴華、コレって・・・・」
「続き、読も」
【蘇る方法は簡単!ただし、第一条件として男女のペアである必要があります】
俺は男。鈴華は女。第一条件はクリアだ。
鈴華もほっとした様子である。
【それでは早速蘇りの儀式を始めましょう。まずは、女性が荒ぶる鷹のポーズをしてください。※図1参照】
「え?荒ぶる鷹??何それ??」
鈴華が戸惑った様子で言う。
「下に図があるから、これのことじゃないか?」
俺は文字の下にあった人間がつま先立ちをして両腕と片足を高く上げているポーズとっている絵を指さした。
「あ、なるほど。それで?」
俺たちはさらに読み進める。
【男性は女性の前で荒ぶる鷹(跪きver.)をしましょう。※図2参照】
「まじか!跪きver.なんてあるのか!」
俺は両腕を高く上げ、跪いている人間の絵を見て言った。
【最後に、二人で同時に『我、今より北へ向かわん』と唱えましょう】
「「何でっ!?」」
二人同時に突っ込んだ。
意味がわからない。
まあ、それで帰れるのならいいんけどさ・・・・。
【これで儀式は終わりです。それではいってらっしゃい!※儀式はここでやってね↓】
黒板の矢印が指す床を見るとそこには何かの丁度人一人が寝れるような大きさの陣が書いてある。
これで終わりか。意外と簡単だな。
「よし、鈴華、やるよ!・・・・鈴華?」
鈴華は何だか考え事をしているようだった。
「・・・ねぇ。翔太」
「何?鈴華」
「あの鬼の人・・・・何でいきなり私たちを蘇らせてくれようと思ったのかな」
「あのジジィの気持ちなんか俺にはわからないよ。でも、理由はどうあれ、俺たち、無事に蘇れそうだし、ラッキーじゃん?」
確かに鈴華の疑問はもっともだし、俺もそれは思った。でもわからないものはわからないので、俺はそう言って鈴華に笑いかける。
しかし、それでも鈴華の表情は冴えない。
「それにね、翔太。この儀式、男女二人でやるんだよね。じゃあ恋華は誰とやって蘇ったのかな?」
「あー・・・・確かに。蘇った、ってことはもう一人いるってことだよな」
「でしょう・・・・?」
「まあ、そういうことは帰ったら本人に聞けばいいよ。ほら、鈴華」
俺は鈴華の手を優しく引っ張る。
「さっさとこんな辛気臭くて暗くて不気味なとこ、出るぞ」
「・・・・うん」
俺たちは陣に移動し、儀式を行った。
呪文(?)を唱えた途端、まばゆい光が俺たちを包んだ。
そのまぶしさに思わず目を瞑る。
そして、次に目を開けた時には。
「「「あ!?」」」
俺の部屋だった。
「っあ、あんたたちもう来たの!?嘘でしょ!?」
ソファーに座ってテレビを見ていたらしい、恋華が立ち上がって俺たちに言う。
その姿は本当に鈴華と瓜二つだ。まあ、鈴華の姿をとっているらしいから当たり前なんだけど。
「あの鬼のジジィがもう許可をだしたというの!?早い。早すぎる!!まだ二日目なのに!!私なんか10年以上もかかったのに!!あり得ない!!」
「恋華」
鈴華が恋華の名前を呼ぶ。
「何?」
「私、怒ってるんだよ?」
「は?」
「私を殺したこともあるけど、翔太を殺したことに。何でそんなことしたの?」
「いや、だって腹立つじゃんこいつ」
「何で?私はともかく翔太は関係ないよね?」
「鈴華の恋人ってことだけで十分腹立つよ。それにさ、いっつもことあるごとに鈴華鈴華って来て。最初はこいつまじで何なのって思った。私は鈴華じゃないのにだよ。恋人の中身が全くの別人なのに気づかないなんて。腹立つから殺した」
恋華の意見はごもっともだ。
確かにその件は俺が殺されても仕方がない。
鈴華にも悪いことしたし、恋華にも—
好きな人の中身が違っても気づけないなんて、俺は彼氏失格なんじゃないだろうか。
そんな俺をよそに尚も恋華は続ける。
「何よりも鈴華が愛されてるのが許せない。私が死んでから、鈴華はみんなの愛情を一人占めして生きてきたはず。私が死んだとき、きっと嬉しかったよね?」
「違う!それは違うよ、恋華!!」
「そうだよ。少しは思ったでしょ?」
「ううん、思ってない!!恋華がいなくて私は本当に悲しかったんだよ!!恋華!!前みたいにまた仲良しに戻ろう?私は、熱を出した私の代わりにおつかいに行った恋華の優しさ、よく覚えてるよ!」
「・・・それは昔のこと。人は変わるんだよ。死んでてもね。」
恋華がこちらにゆっくりと近づいてきた。
「私はあんたたちが嫌い。憎い。戻ってきたならもう一度殺すまでだよ」
「恋華!ど—」
「鈴華!下がってろ!!」
鈴華は何かをいいかけたが、俺は危ないと感じて鈴華を後ろに下がらせ、戦闘態勢になる。
「・・・・死ねリア充」
恋華はそう呟き、ポケットからカッターを出す。
「地獄に堕ちろ」
カッターが俺の首筋に振り下ろされる。
「駄目!!恋華!やめて!!」
よけようと思った瞬間、鈴華が割り込んできた。
カッターが鈴華の滑らかな白い肌を裂き、血が滲んだ。
「鈴華!」
「チッ狙いが外れたか。まあいいや、そのまま動かないでよ。今から殺すから」
再び恋華がカッターを振りかざす。
「待って恋華!!それでいいの?私を殺したら恋華は死んだ後、天国に行けないよ?」
「いいよ別に。私が死ぬのは何十年も後だし。この世で楽しめたのならそのあとはどうでもいい」
「恋華!そんな・・・・」
「でもよー、この世で楽しむってどうやってやるんだ?」
一瞬、沈黙が訪れる。
姉妹の喧嘩に俺が口を出したからだ。
本来こういうのって第三者がとやかく言うことではないと思うのだが。
しかし命に関わることだし。
どうしても気になることがあったし。
もしかしたら俺も鈴華も恋華も皆幸せになれる方法をおもいついたかもしれないし。
「楽しむってそりゃあ大学に行ったり、友達作って遊びにでかけたり、彼氏・・・とか、作ったりだけど・・・?」
いぶかし気に答える恋華。
「でもいきなり現れた戸籍もない人間にどうやってそんなことができるんだ?」
「・・・・・」
恋華は黙り込む。
「他にもいろいろ不便なことはあるぞ?何をするにも身元がはっきりしていないと」
「じゃあどうしろって言うのよ!」
「恋華は鈴華として生きればいいよ。鈴華は俺の家で暮らすから」
「・・・・」
「ちょうど結婚しようと思ってたところだし。ただ、俺たちが出かける時だけは家にいてほしい」
「そ、そんなこと勝手に決めないでよ!!」
恋華が抵抗する。
「いいアイディアだと思うけどな~。俺も幸せだし、鈴華も幸せだし、恋華も幸せ。万事解決!」
「・・・・・」
「いいね!それ!!」
それまで黙っていた鈴華が叫んだ。
「恋華!!それなら文句ないでしょ!?こっちの世界のこといろいろ教えてあげるよ!一から始めるよりそっちのほうがずっと手っ取り早いよ!!恋華が望むなら私たちは大切なことを教えたら必要以上には恋華にはかかわらないし」
「な、なによ!!私は別に・・・」
「じゃあ他に何かいい案あるか?俺たちを殺した方が不便だよ?」
「うーっ・・・・・!」
顔を真っ赤にして唸る恋華。何だこれ可愛い。
「恋華、素直になろう?」
鈴華が姉らしく微笑む。
「わっわかったわよ!!言う通りにすればいいんでしょ!?」
遂に恋華が折れた。
よかった。俺も鈴華も殺されずに済んだ。
「よし、決定決定~♪じゃあいろいろ準備しなきゃね」
鈴華が楽しそうに行った。
少し前までの緊迫した雰囲気が嘘のようだ。
「よし。じゃあ、まずは景気づけにパーティーしよっか!」
「おお、いいな!」
「か、勝手にすれば・・・・」
恋華はまだ素直じゃない。
まあでも。
これから決めなくてはいけないことや、やらなくてはいけないことがいっぱいあるけど。
なんだかんだで恋歌は鈴華が好きなんだろう。
鈴華と恋華はきっと段々昔みたいに仲良くなって。
恋華もせっかく蘇ったのだからきっとこの世を楽しめるだろう。
俺たちは仲良くやっていけると思う。
「じゃあまずは、かんぱーい!」
鈴華が音頭をとる。
「かんぱーい!」
「か・・かんぱい・・・」
続いて俺と恋華。
俺は、これから始まる鈴華との生活と、恋華の世話にワクワクしていた。
なんだかんだあったけど、きっとこれから始まるのはとても楽しい、刺激的な新しい生活。
後日。
俺と鈴華が同居を始め、恋華も大分こっちの世界に慣れ、俺たちとも仲良くなってきた頃。
友人について教えている最中、鈴華が不意に聞いた。
「そういえば、冥界から蘇るのって二人じゃないとできないよね?恋華、だれと来たの?」
「ああ、なんかテロリストのおっさん」
「「・・・え?」」
「なんか外人。日本語はぺらぺらだった。昔習ってたんだって。警察に射殺されたらしいんだけど。蘇ったら警察に目にもの見せてやるって言ってた」
「え?それ危険じゃ—」
鈴華が言いかけた時、つけっぱなしのテレビから焦ったようなニュースキャスターの声が聞こえてきた。
「速報です。ただいま入りましたニュースによりますと、アメリカでテロが発生したそうです。アメリカ警察は—」
俺たちは皆その場に凍り付いた。