9話 クラスメイトと手合せ
ダズは歩いて来る少年を観察した。
体に比べて、大きな剣を携えた活発そうな少年だ。
まだクラスメイトの名前はあまり覚えていないが、何となく名前が出てきそうだった。
(あ)
ダズは思い出した。
確か、ラーズという名の少年だ。
試験の時、一番最初に呼ばれていたはずだ。
ラウマという少女に負けていたはず。
ダズの近くに歩み寄った少年が見た目にそぐわぬ、ハキハキとした口調で話しかけて来た。
「空いてる?僕とやらない?」
「うん。やろうか」
流石に時間まで突っ立っている訳にもいかないので、多少相手をする必要があるだろう。
ダズ的には、ローと戦ってみたいのだが、彼は生徒の世話で忙しそうである。
ローへの未練を呑みこんで、ダズはラーズにぺこりを頭を下げた。
「ダズウェンです」
両親ばかりか、もっとも尊敬している兄にも「自己紹介は大切だよ」と言われているダズは深く頭を下げて名乗る。
「あ、僕はラーズ。よろしくね」
ラーズはその丁寧な態度に少し目を丸くしたが、ダズに少し頭を下げて名乗り返した。
後は簡単。
お互いに武器を持ち、少し距離を取る。
「いくよ」
ラーズが問いかけ、
「うん」
ダズが返事を返すと、ラーズが剣を振りかぶって踏み込んで来た。
その剣が届くまでの間に、ダズはラーズの詳細な実力を測った。
グラと戦えば、10回中7、8回は勝つ、と言った具合だろう。
つまりダズの相手ではない。
が、グラの時と同じく、ダズは受け続けることにした。
ラーズは身長の割に大きな剣を使っているが、あまり振り回されてはいないようだ。
ダズはひたすら受け続けると、ラーズの顔が段々険しくなっていく。
「……!」
見るからに、焦っている。
それもそのはず、ダズは実に涼しい顔をしてラーズの剣を受け続けているのだ。
ダズにまだまだ余裕があるということを、察しているのだ。
グラとは違い、よく観察している証拠である。
いよいよラーズが焦れて、大振りになったところを、ダズがひらりと回避して、軽く足を引っかけた。
「うわっ!」
するとラーズはあっさりとすっ転んだ。
その時点でラーズは諦めたようで、肩で息をしながら立ち上がって来なかった。
「ありがとうございました」
息一つ乱していないダズがラーズに頭を下げると、ラーズも悔しそうにしながら、頭を下げ返した。
「…ありがとうございました」
ラーズはグラと違うので、気絶させる必要はないのだ。
ラーズの呼吸が整うまで、軽く休憩を離さむことになった。
「ダズウェン。君は、上手いんだね」
ラーズが少し悔しそうに、羨ましそうに呟いた。
「父上とずっと練習していたので」
それにダズは、包み隠さず答えたが、ラーズは更に悔しそうに顔を歪めた。
「そっか…。僕も父上と練習していたんだけどなぁ。…もう一回、いいかな?」
そして立ち上がり、再戦を申し出て来た。
グラなら怒鳴って武器を構えているので、偉い違いである。
これくらいの態度なら平気で受けるのに、とダズは考えながら頷いた。
「うん。大丈夫です」
しかしそこで、声がかかった。
「ちょっと」
「うん?」
ダズが振り返ると、そこにラウマが立っていた。
ラーズとダズが打ち合うのを見ていたのだろうか、ラウマは瞳を輝かせてダズを見ていた。
「私ともお願いできるかしら?色々な人と手合せした方がいいでしょう?」
その瞳には、「私が負ける訳がない」と書いてある。
「えーっと」
ダズは戦う相手だったラーズを見た。
ラーズもダズとの再戦に未練はあったが、ラウマの言うことに一理あると考えたのだろう。
「……そうだね、その方が良いと思うよ。僕は他の人とやるよ」
再戦を諦め、「じゃあね」とダズに一言告げて離れて行った。
「えっと、じゃあやろうか」
それを見送ったダズが、切り替えてラウマと向かい合った。
「ええ」
ラウマも二本の剣を抜き放った。
そこで、裏返った声が聞こえた。
ダズとラウマが、同時に視線を向けると。
そこには、失神したグラを見て慌てているラーズが居た。
「うわっ?!せ、先生ー!!」
先生がすっ飛んで来た。
そして活を入れた。
(ああ…)
ダズが心の中で嘆息した。
目を覚ましたグラは、すぐにがばりと立ち上がると周囲を見回し、ダズをロックオンするとすっ飛んで来た。
「お前っ!俺と戦え!!」
「……」
ダズはとっても疲れた顔をした。
全く懲りていない。
これはもう、多少痛めつけてもいいのだろうかと、怪しい思考までし始めた。
するとダズの代わりにラウマが口を開いた。
「あんた、また負けたんでしょ?他の人とやりなさいよ」
ラウマも呆れ返った口調だった。
昨日負けて今日も負けたのに、また勝負を吹っ掛ける姿を見ているのだ。
それも当然だろう。
「んだとぉ!!」
頭に血が上ったグラが、ラウマに噛みつき始める。
ラウマは嘆息した。
「…いいわ、私が少し見てあげる」
そういうと、片方の剣を緩やかにグラに向かって突き出した。
「うわっ!?」
手加減されたその攻撃を、グラが慌てて回避し、思わずと言った体でハルバードを構えた。
「行くわよ?」
それを見て、ラウマが好戦的に笑い、襲い掛かった。
ラウマは少女だけあり、あまり力は無い様だ。
それでも、双剣に振り回されることが無い程度には鍛えられているようで、淀みなく左右の剣をグラに向かって叩き付ける。
威力は無くともその速度に、グラは一瞬で防戦一方となった。
「女のっ!!く、せ!にぃ!?」
出るのは、口からの文句だけだった。
「はっ!男の癖に弱いわね!」
売り言葉に買い言葉。
ラウマも剣を振りながら、グラを嘲笑した。
言い返されたグラの顔が真っ赤になった。
「くっそがああああああ!!あっ!!」
無理矢理に攻撃を繰り出そうとして、ハルバードを持つ腕を叩かれ、武器を落とす。
その首筋に、もう一本の剣が添えられた。
「はい、あんたの負け。これで分かった?大人しくすっこんでなさいよ」
「ぐっ!くっ……!」
流石のグラも、首筋に感じる冷たい感触に何も言えなくなった。
ただ顔を真っ赤に染めたまま悔しげに呻く。
「それにね、他の人たちと戦ったけどね、あんたより強い子も一杯居たわよ?まさか自分が強いと勘違いしてるの?」
更にラウマが、痛烈な一言を放った。
「っ!?」
その言葉に、グラの瞳が揺れた。
ラウマがまだまだ口撃を加えようとしたところで、カラム先生が割って入った。
「こらそこ、話し込んでるんじゃない!終わったらさっさと次の相手を探せ!」
それを聞いて、ラウマが剣を引く。
「……はい」
グラも先生からの注意には逆らわず、ふらふらと離れて行った。
先生からの注意問いよりも、ラウマの一言が聞いた様に見える。
ダズはちょっと気の毒そうにその背中を見送った。
一歩のラウマは、ふん!と息を吐き、その背中を一睨みしてからダズを見た。
「それじゃあ、やりましょうか」
今度こそ、と言った風に構え、好戦的に笑った。
「うん」
ダズも剣を軽く構えて頷いた。
同時に、ラウマが襲い掛かって来た。
ラウマは、やはりラーズよりも強かった。
多少毛が生えた程度だったが。
しかしダズにとって、二刀流は初めての体験だ。
暫く受けてみたが、速いが、軽い。
ダズの速度なら、余裕を持って二本とも受けることが出来る。
「……」
そして平気な顔で受け続けるダズを見て、ラウマが歯を噛みしめた。
「ぐっ!」
ラーズ同様、ダズに余裕があることを悟ったのだろう。
見る見る表情を険しくし、顔も段々と赤くなっていく。
それに伴い、剣を振る速度も増したが、ダズにとっては先ほどと変わらない。
むしろペースを乱した分、ラウマのスタミナが尽きるだけだろう。
頃合いを見て、ダズは動いた。
まず下段から切り上げ、片方の剣を弾き飛ばす。
「あっ!?うっ!」
そして、片方の剣を失ったことに驚いている隙に、もう一本も叩き落す。
最後に、喉元に剣を突きつける。
これでどうあがいても勝負ありだ。
ダズは剣を引き、頭を下げた。
「ありがとうございました」
しばらく呆然としてラウマは、我に返ってギリリと悔しげに顔を歪めた。
しかし、息を呑みこんで、バッ!と頭を下げた。
「…………ありがとう、ございました…」
そういうと、バッ!と音が鳴りそうなほどの勢いで頭をあげ、剣を拾いながらダズから離れて行った。
色々な想いをかみ殺したのだろうって感じだ。
ラウマはその後、八つ当たりの様に他の生徒たちに勝負を吹っ掛けていた。