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8話 授業風景

アレスがダズの元を訪れたのは、夕食が終わり、更にダズが自室で腹ごなしに剣を振っている時だった。


「お邪魔するよ、ダズ」


ノックと共に、アレスが部屋に入って来た。


「兄上!こちらにお座りください!」


ダズは、パッと顔を輝かせた。

あっという間に剣を収め、一瞬の早業で椅子まで差し出した。

途轍もない速度に、アレスは軽く目を見張ったが、すぐに微笑を取り戻して椅子に座った。


「合格おめでとう、ダズ」


ダズが対面に椅子を準備して座り込むと、まずアレスは弟を褒めてやった。


「ありがとうございます!」


ダズは嬉しそうに笑った。

そして体から撫でて欲しいオーラを発散し、きらきらと輝く眼でアレスを見つめるので、アレスは弟の頭を撫でてやった。

アレスは15歳、ダズは12歳なのに。

アレスは内心で弟の将来が不安になってきたが、それはおくびにも出さなかった。


兄弟の話は大いに盛り上がった。

アレスが居なかった3年間の話を楽しそうにダズから聞き、逆にアレスも学園生活について、ダズに話してあげた。

手紙だけでは話し切れない情報を伝え合うと、時間はあっという間に過ぎて行った。


「最近は父上からも、一本取れる様になってきたんです。あと一年あれば互角くらいにはなったと思うですけど……」


アレスは目を丸くした。

父フラムの実力は王都でも時々耳にするほどなのだ。

その父から一本取れるとなると、この中身の成長していない弟は、実は途轍もない実力を持っているのではないかと推測できる。


「ダズは凄いね」


アレスは率直に弟を称賛した。

するとダズは嬉しそうに、自信を溢れさせながら笑った。


「兄上の分も頑張ってますから!…代わりに勉強の方は兄上にお任せしますね?」


前半は良かったが、後半の情けないこと情けないこと。


「ははは。変わらないな、ダズは。でも、ある程度は勉強するんだよ?」


余りに変わらない弟に、アレスはしっかりと釘を刺してあげた。

兄故の愛だ。


「……はい」


ダズはしょんぼりと頷いた。


「…また暇が出来たら、勉強を教えてあげるよ」


これはやる気が皆無に近い、と察したアレスは先ほど刺した釘の上にハンマーを叩き込んだ。


「うっ!……お手柔らかに、お願いします」


ダズは更にしょんぼりとして俯いてしまった。

とても嫌そうだが、兄には逆らえないのだ。


「ははははは」


あっという間にしなびた野菜の様になったダズに、アレスは懐かしさを堪え切れずに笑ってしまった。


「うう……」


では早速、とばかりに、アレスはダズに勉強を教えてやった。

しかし夜も更けていたのですぐに終了となると、解放感に溢れる笑顔を浮かべたダズに、アレスはまた苦笑を浮かべた。




ダズにも授業がある。

基本的に実技メインの学部だが、当然の如く座学もあるのだ。

教鞭をとるのは、ルルカだ。


ダズの嫌いな嫌いな座学ではあったが、その内容はダズが既に知っている内容ばかりだった。

それもこれも、アレスのおかげだ。

弟が勉強が嫌いなことをよく理解している兄は、学園で授業についていけなくなることが無いよう、みっちりと予習をさせていたのだ。

流石のダズも、一度覚えたことは早々忘れはしない。

おかげでまったくボロを出すことなく、平気な顔で座学に対応できた。

が、知っている知識の為か、注意力が散漫になり、唐突にルルカに質問をされることがあった。


しかし、先の理由から、ダズはすらすらと答えることが出来る。

ルルカも感心したように頷き、


「流石はアレスの弟ですね。兄に似て、よく勉強も出来るようです」


と、誤解を受けた。

同級生の生徒たちも、感心したようにダズを見ていた。

もうすぐ剥がれ落ちるメッキではあるが。


「さて、先ほどダズウェンが答えたように、人に害をなす魔獣は沢山います。あなた達もこの学部に入ったからには、実戦を踏んでもらうことにもなります」


ルルカの講義は、座学とはいってもやはり、実戦向けであった。


「しかし、決して手を出してはいけない魔獣もいます。ダズウェン、分かりますか?」


ルルカは、すらすらと答えを返してくるダズを集中砲火だ。

授業が淀みなく進むので、とても指名しやすいと思われてしまったのだ。


「竜でしょうか?知恵のある方の」


ダズも、一拍おいてすらりと答える。

この辺りも少年の心をくすぐる内容なので、ダズも良く覚えている。


「はい、そうです。知恵ある竜。あれは正確には魔獣ではないでしょうが。…アレは魔獣とは比べ物にならない力を持っています」


ほとんどの生徒が納得顔だ。

目を丸くしているのは、ほんの数人。


「アレらが暴れた時、私たちには為す術はありません。アレらが暴れた時の被害は恐ろしい物ですが、幸いにもそこまで好戦的ではありません。決して、手を出してはいけませんよ。小さな攻撃でも、敵意があると知れば恐ろしい勢いで襲い掛かって来ると聞きます」

ルルカの言葉の合間を縫って、一人の少年が手をあげて質問した。

ダズがまだ名前を知らない子だ。


「国を挙げて討伐はされないのでしょうか?」


実に至極もっともな質問だ。

ダズも、父フラムに質問した記憶がある。

その為、返答も容易く予想できた。


「不可能なのですよ、ビリー。過去から現在まで、幾つもの国がアレに立ち向かいました。しかし、どれほどの英雄が居たとしても、たった一体の竜に、傷一つ付けることなく滅ぼされています」


名前を知らない子はビリーと言うらしい。


「……」


ルルカの返答に、ビリーはまだ得心がいかない顔をしている。

それを見たルルカが、更に続けた。


「ビリー、あなたはグラン・ヴィリアムを知っていますか?」


グラン・ヴィリアム。

この名前は実に有名だ。

この国が建国以来、最大の危機に陥った大戦争の際に突如現れ、並み居る敵を追い返し、国を救った英雄だ。

『大英雄』と言う絵本にもなって、市井に出回っているほどだ。


「はい、あの、『大英雄』の、グラン・ヴィリアムですよね?」


ビリーも当然、『大英雄』は知っていた。


「そうです。『大英雄』のグラン・ヴィリアム。あの物語には、続きがあるのですよ」


ルルカの言葉に、全員が反応した。

続きがあることは知らなかったのだ。


「え?!どんなのですか?」


ビリーが生徒を代表するように質問をする。


「竜と戦い、返り討ちに会いました」


「「「えええええ?!」」」


ビリーばかりか、全員の大合唱だ。


「その時に彼の英雄が戦ったのが『邪竜』ニーズ。知恵ある竜の中でも飛びぬけて強く、飛びぬけて狂暴な竜。神と邪神の戦いに介入し、その双方を食い殺したとも言われる恐るべき竜です」


ルルカは、ぽかーん、と口を開ける生徒たちに、言い含める様に続ける。


「他にも知恵ある竜はいます。『聖竜』、『深竜』、『天竜』が有名です。彼等の性質は基本穏やかです。『聖竜』は時々人に手を貸すこともあるそうです」


そこでまた別の生徒が手をあげた。


「『聖竜』には、会えるのですか?」


一度見てみたい、と言う考えがありありの顔だ。

ダズも同じ顔をしている。


「それは分かりません。とても気まぐれらしく、こちらから呼んでも姿を見せないそうですからね」


ルルカの返答を受け、質問をした生徒は残念そうに眉を下げた。


「さて、話を戻します。知恵ある竜は、『邪竜』以外は基本的にテリトリーを持っています。その為、避けることは容易です。しかし問題は『邪竜』。『邪竜』は勝手気ままに飛び回り、思いもよらぬところに現れることがあります。そしてこれが一番問題なのですが、戦いの気配を察知すると、襲い掛かってくるのです」


「…………」


全員が全員押し黙る。

どれだけ力自慢の少年少女達でも、先の話を聞けば邪竜と戦うのは無謀だと理解できる。

そんなものが、突然襲い掛かってくるかもしれないのだ。


「魔物を狩っていると、突然襲い掛かって来る。そんなことが、絶対にない、とは言い切れないのですよ」


絶句した生徒を代表して、また違う生徒が質問をした。

ラウマだった。


「どうすればいいんですか?」


至極もっともな意見だったが、それに対する返答は恐ろしい物だ。


「残念ですが、そうなると最早どうしようもありません。ただ、そんなことには早々なりませんよ。確認されているのも、過去500年の中でも2回。よほど不幸でなければ、一生出会わないでしょう」


滅多に遭遇することではないらしい。

しかし、0ではない。

そのことが恐ろしい。


「無いとは思います。思いますが、仮に竜を見かけたなら、決して近くでは戦わない様に」


ルルカはそう言って締めくくった。


「はい」


それに、ラウマは深く深く頷いた。

勿論、他の生徒たちも同様だ。




ダズ達の学科は当然実技もある。

というより、実技が主だ。

監督をするのは、カラムとローの二人の先生だった。


取りあえず初日ということで、簡単な体力づくりの後に、生徒同士で各自手合せを行う様に指示が出された。


「おい!お前逃げるなよ!」


すると、予想通りというか早々にグラがダズに絡んで来た。

ダズは一度ため息を吐いたが、しかし周りを見回してもダズの相手になるような生徒は居ない。

むしろこの中では、グラも強い方だ。


「……一度だけね」


誰と戦っても同じなら、一度くらいならグラと戦うことを了承した。


「行くぜええぇぇぇ!!」


グラは今日もやる気満々。

先日連敗したことなど意にも解さず、雄叫びと共に駆けこんで来る。

その心意気だけは買ってやりたいところだ。


グラを一撃で失神させることは容易かったが、ダズは少しだけグラに付き合ってやることにした。

どうせ早く倒しても、また次の相手になるだけだ。


よって、グラの攻撃を受け続けた。


「はっ!!」


体格と武器の重量を乗せた薙ぎ払いも。


「ぬんっ!!」


腰を良くいれた突きも。


「うおおおお!!」


石突を使った攻撃も。

抜き放った剣で、実に淀みなく受け続けた。


するとグラは段々と調子に乗って来た。

自分の猛攻に、ダズが反撃することすら出来ないと思い始めたのだ。


「もらったあああああッぎょぶっ!!」


調子に乗って大振りになったその脳天に、ダズが剣の腹を叩き込むと、グラはそのまま失神した。


「……」


ダズは、失神したグラの体を引きずり、部屋の端に安置した。

起きたらまた絡んで来るだろうことは楽に想像できるのだ。


「よしっ」


放っておいたら暫く目を覚まさないことを確認し、ダズはキョロキョロと辺りを見回した。

生徒たちは各々、武器をぶつけあっている。

空いている人が居ないかと探すと、同じことを考えていたのであろう、一人の少年と目があった。


一瞬視線が絡まると、その少年がダズの方に歩いて来た。

次の相手は、この子になりそうだ。

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