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7話 入学

実技試験が終了した。

勝者が自信にあふれた顔で、敗者が不安に押しつぶされそうな顔で待つ中、監督を行った3人の先生が部屋に入ってきた。

そして先ほどと同じく、真っ先に女が口を開いた。


「全員合格です」


その言葉を聞いて、部屋に喜びの声が爆発した。

わいのわいのと騒ぐ子供達を数秒眺めた女は、パンパンと手を叩き、再び注目を集めた。


「はい、静かに。今日から私たちが皆の指導を行います。私はルルカ」


試験官がそのまま先生だったらしい。

ダズは改めてルルカ、と名乗った先生を見た。

30歳手前と言った見た目の女性だ。

多少厳しそうな、神経質そうな顔をしている。


「私はカラムです」


次に、グラが騒いでいる時に怒鳴り込んで来た先生が。


「ローです」


最後に、ダズが強いと感じた先生が名乗った。

ダズは3人の名前と顔を記憶した。

二人が名乗ると、またルルカと名乗った先生が口を開く。


「他にも先生方はいますので、分からないことは逐次、先生方に質問してくださいね」


その言葉に、各々が真面目な顔で頷く。

その様子を確認したルルカは、そこで全員を見回し、最後に微笑んだ。


「さて、今日は一旦ここまでです。詳しい話はまた明日。今日は先輩方に、学園の案内をしてもらいます」


「「「はい!」」」


ルルカを始め、カラムとローも子供たちの元気のいい返事に一度頷き、


「では皆さん、良い学園生活を」


そう言って、部屋を出て行った。


「あ、ありがとうございました!」


その背に、子供たちがしっかりと頭を下げる。


すると、入れ違いで上級生が一人入って来た。

そこに居た人を見て、ダズは瞳を輝かせた。

尊敬する兄、アレスが立っていた。

数年ぶりに見た兄は、以前よりもぐっと身長が高く、顔つきも大人っぽくなっている。

しかし、ダズが肉親を間違える訳が無い。


「ようこそセトラ学園へ。在校生を代表して歓迎します」


実に丁寧に、柔らかな物腰で挨拶をするアレス。

ダズの近くに居た人は、目を丸くしてダズとアレスを見比べていた。


「兄、ッ上!」


ダズは思わず、『兄様』と呼びかけ、慌てて訂正しながら、兄に駆け寄った。

慣れるにはまだ時間がかかりそうだ。

するとアレスは家族に見せる微笑みを浮かべて、ダズに囁いた。


「久しぶりだね、ダズ。でも、今日はまずみんなの案内だ。話は後でね」


その微笑みを見た数人の女子のハートがノックアウトされたが、そんなことに気付く人は居ない。


「はい!」


ダズは聞き分け良く返事をし、一歩だけ下がった。

まだまだ近いが、ダズはこれ以上離れる気はなさそうだ。

犬のようだ、とアレスは苦笑を浮かべかけたが、表情を戻してダズの後ろにいる新入生達の案内を始めた。


アレスの説明は分かりやすかった。

教室、食堂、演習場など。

アレス自身は武芸関係とは関係ない学科に通いながらも、落ち度一つなくすらすらと案内していった。


最後に寮の案内となったが、流石に女子寮はアレスが案内する訳にはいかない。

寮の前で男女別れると、数人の乙女の悲痛な声を出したが、女子は女子寮から現れた女の先輩に連れて行かれた。

そして男子寮でも同じく簡単な説明を続け、最後に締めくくった、


「何か分からないことがあれば、私でも良いし、他の先輩方に質問するんだよ」


「「「はい!」」」


これからの学園生活に瞳を輝かせた少年達は元気良く返事をし、各々割り当てられた部屋に向かった。


そんな中、ダズだけは部屋ではなく、忠犬の如くアレスにひっつこうとした。

が、


「ダズ、私はまだこれから用事があるからね。また夜に会いに行くよ。それまでゆっくりしていると良い」


アレスは忙しいらしく、申し訳なさそうにそう言った。


「はい。また後ほど」


ダズの返事は即答だったが、肩が残念そうに落ちている。

懐きたくて仕方がなかったらしい。


「うん」


弟は両親に似たのだな、とアレスは苦笑した。




ダズは一度割り当てられた自室に入った。

が、すぐに退屈になって、散策をすることにした。

アレスの案内ルートをぐるりと一周した、また寮の前に帰ってくると、たまたまだろうか、グラに絡まれた。

そういえば、剣で戦うと約束していたな、と思い出したダズは、約束を果たした。


体当たりの代わりに、剣の腹で頭をぶん殴ったのだ。

グラは頭を抱えて、数分悶え苦しんだ。

勝負はついたはずだが、グラは、立ち上がって叫んだ。


「も、もう一回だ!」


ちょっと涙目だった。


「え?でも、見えなかったんでしょ?意味ないと思うけど」


ダズは親切にもそう指摘したが、やった相手が言うべきではないだろう。


「うるせぇ!!いくぞ!」


グラは当然ヒートアップした。


「ぎっ!!」


これはラウマの言った通りかも、と判断したダズは、今度はグラを気絶させた。

目を覚ますと、多分また絡んでくる。

そう悟ったダズは、放置すべきか悩んだが、一応医務室に連れて行こうと思った。

しかし、遠い。

グラはダズよりま大柄なのだ。

一人で運ぶには、『手』を使わなければ難しいだろう。

そこで、歩いてくる人影を発見した。


「……あ、せんぱーい!」


とても知性的な顔の男だ。

試験の時に見なかったし、腰に剣を吊っているので、たぶん同じ学部の先輩だろうと当たりをつけたダズは、物怖じせずに叫んだ。

そして突然声をかけられた男は、しばらくキョトンとしていたが、自分が呼ばれたと気付いてダズの元にも歩み寄ってきた。


「おお?騒がしいと思ったら新入生か?何……やってんだ?」


そしてダズの足元に転がるグラを見て、呆れたように呟いた。

この先輩、知性的な雰囲気を完全に裏切るような、ワイルドな口調だった。


「先輩、私はダズウェンと申します。すいません、医務室まで運びたくて、」


一応自己紹介したダズが、先輩に対してとっても厚かましいことを頼もうとしたが、先輩が遮った。


「いや、待て。何やったんだよ?」


だいたい想像は出来ているのだろうが、大事があっても大変だ、と質問しながら、倒れるグラの様子を確認する。


「手合せをお願いされたので。気絶してるだけですよ?」


ダズの言葉と、額のたんこぶ以外怪我はない事を確認して、ほっと安堵の息を吐いた。


「あー、はいはい。そういうことね。ああ、俺はリーグだ。こんなもんすぐ直るよっ、と」


そしてあっさり活を入れる。


「あ」


ダズが制止の声をあげる間もなかった。


「……う?あ?ああ?て、てめぇ!!もう一度だ!!」


目を覚ましたグラは、すぐに目の前に立っていたダズに噛みつき始めた。

案の定、まったく懲りていない。

ダズがとても面倒そうな顔をしたのを見て、リーグも過ちに気づいた。


「……あ、こういう奴ね。わりぃわりぃ。…おい、後輩」


そして尻拭いのため、背後にいた為にリーグの存在に気づいていないグラに声をかける。


「へ?あ?あ、せ、先輩?」


グラは慌てて振り返り、どう見ても年上の男が立っていることに驚いた。


「おうそうだ。先輩だ。俺が審判してやるからよ。負けたらそこまでだ」


「え、でも」


「お前よぉ、さっきまで失神してたんだぞ。こいつにやられたってことだろ?目を覚ましたらすぐにまた勝負挑むなんてよぉ、アホのすることだぞ?せめて訓練してからにしろよ」


リーグは実に正論を放った。


「……」


不満がありありの顔で、しかし先輩には面と向かって反論出来ないグラが黙り込む。


「まあそう言っても、お前みたいなやつは納得しねーわな。だから俺が審判する。負けたら、しばらくこいつに勝負挑むな。分かったな?」


しかし、その不満も想定済みだったのだろうリーグが譲歩案を示した。


「……はい」


グラは不承不承ながら、頷いた。


「つーわけだ。わりぃが、もう一回だけやってくれや」


それを確認したところで、今度はダズに顔を向ける。


「はい」


ダズもあと一度で終わるなら、と頷いた。


「うーし、じゃあ準備はいいか?-始めッ!!」


グラが立ち上がり、ダズと向かいあったのを確認し、リーグが号令を放つ。


「ふぼっ!!」


その瞬間、グラの脳天を剣の腹が打ち据え、グラは再び失神した。


「…あー、…そこまで。よし、ダズウェンだったな?こいつは俺が運んどく。お前は適当にぶらついてろ」


あまりにも呆気ない幕切れに、しかしダズの動きに目を見開いたリーグは制止をかけた。

そして、これではまたこの気絶した後輩は噛み付くだろうと確信した。

実力の差も分からぬうちに倒されているのだ。

これは仕方あるまい。


「はい。ありがとうございました」


ダズはリーグに頭を下げると、寮の中に入って行った。

かなり時間を潰せたので、そろそろ兄が来るかも知れないし、こなくてももうすぐ夕食の時間なのだ。

小腹が空いてきたので、食事を取るまでは省エネで過ごそうとしているのだ。

そしてそれを見送ったリーグは、ポツリと呟いた。


「……まじかよオイ」


リーグには、ダズの剣筋が見えなかった。

しかし、すぐに、頭を切り替えると、失神しているグラを抱え上げて医務室に運んだ。

気付けをすると、また騒ぎ始めることは容易く予想できるからだ。

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