6話 試験と諍い
ダズが王都セトラに到着したかと思うと、そのまま学園まで運ばれた。
そして、同じ訓練を受けると思われる子供たちが集まった部屋に通される。
ダズは周りを見回してみた。
同じ様な貴族っぽい子供から、キリリとした眉の軍人っぽい子供。
普通の平民っぽい子供まで、多種多様な子供が揃っていた。
しかし全員に共通で言えることは、皆武器を持ち、どこか自信にあふれている、と言うことだろう。
キョロキョロと辺りを見回すダズも、こっそり注目を集めていた。
剣を帯びているとはいえ、どこか王子様風の少年なのだ。
母の遺伝子が大勝利した結果なのだが。
(……かっこいい)
と思われるばかりだけでなく、
(あんな奴が受かるのかよ…)
と言う視線まである。
一方ダズは、周囲を伺う視線の種類を変えた。
集まった子供たちの、実力を測り始めたのだ。
(う~ん?)
が、誰も彼もが弱い。
とても弱そうだ。
数人は他よりはマシかな、と思えるくらいの子は居たが、実の父と毎日鍛え、魔物や獣と命のやり取りをしていたダズにとっては、誰も彼も五十歩百歩だった。
ダズは早々に周囲から興味を失い、別のことを考え始めた。
(兄様。ーあ、兄上か。元気かなぁ)
以前、手紙で、『流石にこの年で兄様呼ばわりは止めておくれ』と言われたこともあり、ここに来たのを機に、呼び方を変えることにした。
ちなみに、父と母にも、父上母上と呼んでみたが、父は何も言わなかったが、母はじわりと目に涙をためたので、慌てて母様と呼び直した。
母の涙腺スイッチは謎だ、とあらぬ方向に思考を巡らせ始めた。
そこからも思考を次々と脱線させていくうちに、部屋に大人の男が入って来た。
多少、強そうだ。
しかし父には及ぶべくも無い。
ダズがそんな失礼なことを考えていると、その大人がパンパンと手を叩いて注目を集め、声をあげた。
「では、試験を始めます。名前を呼んだら、あちらの扉に向かって下さい」
そう言って、男が入って来たのとは違う扉を指刺した。
「では、ラーズ・グリンド」
「はい!」
体に比べて、大きな剣を携えた活発そうな少年が、その雰囲気通りに元気な返事をあげて扉の向こうに向かう。
男は続けて名前を呼んだ。
「ラウマ・ロマ」
「はい」
今度は、綺麗な顔の、しかし勝気な瞳をした女の子が扉の向こうに消える。
彼女の腰には、細く短い剣が二刀吊り下がっていた。
「他のみんなは、名前を呼ばれるまで少し待っていて下さい」
どうやら二人ずつ呼ばれるらしい。
これは時間がかかるかもしれない。
そう考えたダズは、壁にもたれ掛かって目を閉じた。
再び、ダズは思考の海に潜った。
今度は、一番大きな問題の勉強の内容だった。
(勉強大丈夫かなぁ。あ、でも兄上に教えて…もらおうかなぁ……)
考えている最中、実に優秀な自慢の兄の顔を思い出したが、続けて笑顔のスパルタ方式を思い出してうんうんと悩み始めた。
(あれ?)
ダズは、すぐに気付いた。
ラーズ、ラウマの二人が消えた扉の向こうから、何かを打ち合う音がする。
つい先日まで聞いていた音だ。
ダズが聞き間違える訳がない。
金属を、打ち合う音だ。
つまり扉の向こうでは、恐らくあの二人が戦っているのだ。
それに気づいたのはダズだけではない。
他の子供達も、すぐに気付いた。
途端に場の空気が張りつめた。
それも当然、この中の誰かと戦うことになるのだ。
急激にギスギスしはじめた空気に、ダズも目を開け、もう一度全員を見つめる。
が、すぐに目を閉じる。
ダズの相手になる人間は、この中には居ない。
正直に言えば目をつむっていても勝てるレベルだ。
うぬぼれでも何でもなく、これは事実だった。
ダズが目を閉じると、すぐに扉の向こうからの音が止んだ。
軽い音が、リズムよく響き続けていたことから、ダズは勝敗を察した。
(女の子が勝ったな)
そこからも、槍を持った子が、剣を持った子が次々と呼ばれる。
ダズは、音で勝敗を察知することで暇を潰していた。
「ダズウェン・ドレス」
そうこうしているうちに、ダズの番が来た。
「はい」
壁から背を離し、扉に向けて進む。
「グラ・ガラ」
「はい!!」
ダズは扉を潜る前に、ちらりと相手を見た。
大柄な少年だった。
その大柄な体に相応しく、子供用のハルバードなどを背中に着けている。
グラもこちらをちらりと見た。
そして、ニヤリと笑った。
勝利を確信したのだろう。
ダズは気にせず、扉を潜った。
扉を潜った先も、同じ様な部屋だった。
しかし、先ほどまでいた部屋よりも広い。
そして、大人が三人こちらを見ていた。
男が二人と、女が一人。
そのうちの一人の男を見て、ダズは一瞬で興味をそちらに奪われた。
(おお)
強い。
父ほどではないが、自分と同じか、少し弱いくらいではないか?
戦えば、良い勝負が出来そうだ。
ダズがそう思うと、その男もこちらを見て、ピクリと眉を跳ねあげた。
そして、続けて入って来たグラを見て、気の毒そうな顔をした。
ダズとグラが三人の前に並ぶと、女の人が口を開いた。
「今から二人に戦ってもらいます。ここで見せてもらうのは現在の実力です。勝敗は関係ないので、決して無茶をしない様に」
「はい」
「はい!!」
その他、軽く説明を受け、ダズとグラが向かい合った。
グラは既に、鼻息も荒くハルバードを構えているが、ダズは剣を抜く様子も見せない。
「では、始め!!」
女の人が声をあげた。
同時、グラが大きく気勢を上げてハルバードを振りかぶった。
「っしゃーぶッ!!」
その胴体に、ダズが肩から体当たりをぶちかました。
体格はグラに劣るダズだが、タイミングが完璧だった。
グラが一歩足を踏み出そうと、足をあげたその瞬間に、みぞおちに強烈なタックルを喰らったのだ。
グラは面白いくらいに吹っ飛んだ。
「ッ!?そこまでッ!!」
女が慌てて静止した。
続けて叫ぶ。
「ロー先生!」
『やっぱりな』、と言った顔をしている男が、失神しているグラに駆け寄り、様子を見る。
どこも打っていないので、ただ目を回して居るだけなのだが念のためだろう。
「ダズウェンはあちらに」
「はい」
ダズは、あの強そうな男の人が『ロー先生』であることを記憶し、扉を潜った。
そこには、先に呼ばれた子供たちが集まっていた。
しかし、空気が完全に二分されている。
勝者か、敗者で、だ。
入った瞬間、両方の陣営からから『お前はどっちだ?』と言う目がダズを襲った。
「……」
ダズは大人しく、勝者の陣営に加わっておくことにした。
するとしばらくすると、ふらふらとグラが部屋に入って来た。
足取りが怪しい。
それはショックからなのだが、ダズはどこか負傷してしまったのではないかと推測し、心配そうに駆け寄った。
「大丈夫?」
グラの反応は見ものだった。
蒼白だった顔が、見る見るうちに真っ赤に染まった。
「…お前っ!あんなの、卑怯だぞ!」
そしてダズを怒鳴りつけた。
「…なんで?」
ダズは突然言われた言葉に、心底不思議そうに首を傾げた。
『始め』は言われた。
先に動いたのもグラだ。
ルールは守っているのに、何が卑怯なのか理解できなかった。
「剣使えよ!」
不思議そうな顔を浮かべるダズが、一層癇に障ったのだろう。
グラは唾を吐き散らしながら叫んだ。
その叫びにダズが答える前に。
「剣を使うまでも無くやられた、でしょ?」
ダズの後ろから、声が聞こえて来た。
「……どいつだ?」
グラは唸る様にダズの背後をねめつけた。
「今言ったのは、どいつだ!!」
そしてすぐに、大声で怒鳴りつけた。
しかし気の強い者が多いのだろう。
怯えを滲ませたものは少なく、誰も彼もが平気な顔で肩を竦めていた。
その中から、二刀を腰に下げた少女が進みだしてきた。
一番最初に呼ばれた女の子だ。
(確かラウマ、だったっけ?)
先ほどまで怒鳴られていたダズは、グラの興味が自分から逸れたのをいいことに、その少女の名前を思い出すことに思考を費やした。
その間にも、ラウマは眉を鋭く吊り上げ、グラに捲し立てた。
「私よ。何よ、聞こえていたわよ?『しゃー、ぶー!』、何ておかしな声あげてやられたの、あんたでしょ?」
ラウマは、グラをさげずんだ目で嘲笑した。
「こぉんのっ、女ぁ!!」
グラは、今にも掴みかからんばかりの剣幕だ。
「五月蠅いわね。負け犬は引っ込んでなさいよ。聞いてなかったの?先生方に騒がしくするなって言われたでしょ?」
しかしラウマはどこ吹く風。
実に正論で切り返した。
「ぶっ潰す!!」
グラの堪忍袋が切れた。
グラが掴みかかろうとし、ラウマが瞳を剣呑に光らせて対処しようとしたところで、ダズがグラの肩に手を置いた。
「まぁまぁ。ここでは駄目だって。ほら、次は剣を使うからさ」
ダズがグラに進み出るが、
「使ってあげるから、ってことでしょうよね」
ラウマが火に油をぶっかける。
「てめぇ!!」
グラの顔が、いよいよ赤から黒に変色し、遂にハルバードに手をかけようとしたその時。
「五月蠅いぞっ!!失格にされたいか!!」
扉が開かれ、『ロー先生』ではない、もう一人の男が怒鳴り込んで来た。
『失格』と言う言葉は実に良く効いたようで、
「ぐっ!!す、すいません…」
グラは慌てて謝った。
「ふんっ」
ラウマは一度鼻を鳴らすと、もはやグラには興味が無い、と言った風に背を向けた。
「……」
ダズも、すごすごと元の位置に戻った。
すると、ラウマがダズに話しかけて来た。
「気にすることないわ。ああいうやつはね、剣を使って負けたら、また別の文句を言って来るものよ」
グラに聞こえる様な絶妙な声で。
ピシリとグラの額に血管が浮き出るが、今回ばかりは大人しくしていた。
この少女、かなり良い性格をしているようだ。