5話 狩りの日と勉強
そして狩りの日。
集まった男達の前に、ダズを引き連れたフラムが立った。
「今日からこの子も参加だ。まだまだ幼いが、先日私から一本とってな。戦力としては十分だろう」
「よろしくお願いします」
目を丸くする男達に、ダズはぺこりと頭を下げた。
命のやり取りをする場に、こんな子供を、しかも領主の息子が参加することで、流石に周りが心配したが、フラムが「私が責任を持つ」と言ったことで落ち着いた。
基本的に三人一組で行動をする。
フラムとダズは当然同じ組で、もう一人は年季の入った猟師のお爺さんだった。
バムズと言う名のその老人は、人生経験が豊かなこともあり、このあたり一帯にもとても詳しかった。
「あの草は?」
「スリ潰せば打ち身に良いですな」
「これは?」
「触ってはいけませんよ。毒です。もし触ったら、すぐに水で洗ってくださいな。後々、腫れてしまいます」
ダズは勉強以外では、実に貪欲に知識を集めることが出来る様だ。
しかし質問相手が父でなく、この日知り合ったバムズであることに、フラムはこっそり落ち込んだ。
「…ダズ!」
突然、バムズが押し殺した声を上げた。
顔を上げたダズが目にした父の顔は、見たことがない程に真剣で、張り詰めていた。
獣か、魔獣がいるのだろうか。
バムズはゆっくりと、しかし流れるような動きで弓を取り出し、ダズも慌てて剣を抜いた。
ガサッ、と音を立てて現れたのは、小さな生き物だった。
ダズより小さく、しかし二足で歩いている。
動物の皮を纏い、手には木の棒。
グボア、と呼ばれる魔獣だった。
魔獣とはいえ、最も弱い生き物だ。
それが続けて二匹、都合三匹も現れた。
小柄なグボアは基本的に一体では動かない。
小さなグループを作り、そのグループで行動するのだ。
『ギギィ!』
先頭に立つグボアが、耳障りな鳴き声を鳴らして駆けて来た。
狙いは一目瞭然、小さなダズだ。
ダズを攫い、今夜の食事にしようと考えているのだろう。
しかし、
「ふんっ!」
フラムは、するりと地面を滑るように動き、先頭のグボアの首をはねた。
フラムのその動き、その気迫を見て、ダズはごくりと唾を呑み込んだ。
今の父は、毎日剣を打ち合わせている父ではない。
父から、一本を取り、こっそりと浮かれていたダズは理解した。
今の父には、勝てない。
そして、これが本当の父の力なのだ、と。
残る二体のグボアに至っては、突然仲間の首が落ちたように見えた。
『ギ!?ギャッ!!』
そして、慌てた様子で身を翻しかけたところで、その眉間に矢が突き立った。
バムズがやったのだ。
『ギ、ギギ…』
あっという間に二体の仲間を失った最後の一体は、慌てた様子でキョロキョロと周囲を伺った。
逃げようとしているのだ。
しかし、魔物は逃がすわけにはいかない。
「ダズ」
フラムがダズに声をかけた。
「はい」
その言葉に込められた意図を察知したダズは、一人グボアの前に歩み出た。
殺し合いがどういうことか、父の姿から、朧げながらも把握したダズは、油断無く構えた。
迷いなく『手』を使い、体の補強まで行う。
そして冷静に冷徹に隙を伺った。
グボアは、破れかぶれか最後の希望か、ダズに向けて突貫しようとした。
その瞬間に、まるでそう来ることを知っていたかのようにダズは地を蹴り、グボアに切りかかった。
『ギ…ギャブッ!!』
父と同じく、一刀で首を切り落とした。
グボアの首がごろりと転げ落ち、胴体が力無く崩れ落ちた。
ダズはそれを見て、全身の力を抜いて、大きく息をはこうとした。
そこに、フラムの厳しい声がかけられた。
「ダズ。油断するな。まだ生き残りがいて、今襲われていたらお前はどうなっていた?」
ダズは吐きかけた息を飲み込み、再び体に緊張を漲らせた。
「…恐らく、やられていました」
分かっているなら良い、とフラムはそれ以上は何も言わなかった。
初めて、命のやり取りをしたダズも、先ほどまでの雰囲気はなく、厳しい顔で周囲を伺っていた。
それは既に、戦士の顔だった。
一部始終を見たバムズは愕然としていた。
フラムも、バムズの気持ちは分かる。
年齢からは考えられない剣の冴え、初めての実戦にも関わらず、全く怯まず実力を出し切った。そして、今見せる油断のない顔。
本来であれば、どれもが一朝一夕で身につくものではない。
(この子は…)
剣の才能だけではない。
殺し合いの才能がある。
幸いに、命を奪ったことに溺れては居ないようだ。
このまま、決して道を踏み外すことの無いよう祈らざるを得ない。
以降も、ダズは狩りに参加することになった。
フラムの願い通り、ダズは血に溺れることなく、粛々と戦った。
ダズはやはり勉強よりもこういう作業を好むようで、狩りの無い日にも、時々バムズの元を訪れ、猟師の仕事を手伝ったりもしていた。
バムズは、心底弟子としてダズを欲しいと思ったが、流石に領主の息子を弟子に取るわけにもいかないと、残念に思ったそうだ。
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ダズが十一歳になった。
父との訓練では、既に刃を潰した剣を使い、並行して毎日魔法も使っているが、まだ限界が見えてこない。
今では、骨折すら治せる様になった程だ。
定期的に狩りにも参加し、戦力的にフラムとは違うグループに別けられるようにもなった。
当然の如く、獣や魔物に苦戦することはなかった。
しかし決して油断することなく、粛々と命を奪っていた。
ある意味では充実していた生活ではあったが、その生活に陰がさした。
来年はダズも十二歳。
つまり、学園である。
ダズは当然、小難しい学問を習う気はなく、剣を振るような学科に進むつもりであった。
しかし、そちらにも、学力の試験はあるのである。
つまり、試験勉強が始まった。
ダズは、外見上は優雅に椅子に座り、儚い顔で窓から外を見つめていた。
「……」
とても絵になる光景ではあった。
目の前に問題集さえなければ。
「ダズウェン様、現実逃避しないでください」
監視役のマトラが苦言を飛ばす。
本日3回目だった。
「……うん」
ダズはとても悲しそうな顔をして、再び問題集と見つめあい、うんうんと唸り始めた。
それを見て、マトラはこっそりため息を吐いた。
剣を振っている時はあんなに凛々しいのに、今の顔の情けないことと言ったら、と顔に書いてある。
しばらくは、不定期に文字が書かれる音と、ページをめくる音が部屋を支配した。
やがて、ダズは大きなため息を吐き、更には大きな伸びまでした。
「…マトラ」
「はい」
呼ばれたマトラは、問題集の答えを持って答え合わせを始めた。
マトラも余り学には詳しくないが、答え合わせくらいは出来るのだ。
しばらく確認していたマトラは、八割以上は正解していることを確認して頷いた。
「はい、よろしいようで」
やれば出来るのに、何故なかなかやろうとしないのだろうか。
マトラは、最近毎日そう思っている気がした。
そして、解放されたダズは脇に置いた剣を引っつかんで、生き生きと立ち上がった。
「よし!行ってくる!」
そのまま部屋を飛び出そうとしたところで、その背中にマトラの言葉が突き刺さった。
「また夜に復習しておいて下さいね」
これはダズの兄、アレスの指示だ。
手紙越しに、そうするように、と告げられたのだ。
「……」
ピタリと停止せたダズが、無言のままそろそろと逃亡を図り始めた。
夜には監視役がいなくなるので、復習する気は無いということだ。
実に分かりやすい。
よってマトラは、トドメの一言を放った。
「奥様にも伝えておきます」
ダズはガックリと肩を落とした。
「…うん」
急上昇させたテンションを、また急下降させ、すごすごと部屋を出て行った。
主がいなくなった部屋で、マトラは先ほどまでダズがかじりついていた問題集を手に取った。
「…さて」
そして開く。
ダズの監視役兼、答え合わせ役を仰せつかったマトラは、合法的にこうして勉強させてもらうのだ。
マトラは、勉強は嫌いではない。
もしアレスが居たなら、話があったかもしれない。
役得役得、と考えた思考は、すぐに記憶に費やされることになった。
ダズの狙う学部には、実技もある。
なんでも良いから得意武器を形だけでも使えるようになっておけ、という話だ。
ダズは当然剣だ。
昨年、命のやり取りをして以来、更に開花したダズの才能は、既に一日に数本、フラムから勝利をもぎ取るまでになった。
『手』を使わなくてもそれである。
既に、『手』を使った打ち合いは行っていない。
実技試験など余裕である。
既に軍の猛者や、魔物狩りのハンターの熟練者とでさえも互角に戦えるだろう。
それでもまだまだ飽きもせずに剣を鍛えつづける。
これでもまだ身体が出来上がっていないのだ。
フラムは、この剣技に力が追いついた時のことを考えると、一体いつまで父の威厳を保てるのか、戦々恐々としている。
せめて学園に行くまでは。
あと一年は勝ち越していたい、と願う父の心を知らず、ダズの体はすくすくと成長していった。
そして、十二歳になった時。
学力試験にダズが合格し、実技試験のため王都セトラに向かう際。
実技試験に落ちるなど、天地がひっくり返ってもあり得ないことをよく理解している両親は、兄の時同様に涙で顔をくちゃくちゃにした。
そしてダズを見送ったフラムは、しかしこっそり安堵の息を吐いた。
何とか、勝ち越しで終えることが出来た。
父は強い