22話 森を進む
牛人間に出会ってから、他の怪物にも出会うようになった。
恐らく魔物なのだろう、と推測はしたが、やはり見たことも聞いたことも無い怪物ばかりだった。
体力的な問題もあるし、血の匂いは獣を呼び寄せる。
ダズも可能な限り戦闘は回避したが、数回は回避しきれずに戦うことになった。
夜は当然ながら、一人で明かす。
不寝番が欲しいところではあるが、一人なのでどうしようもない。
せめてもの保険として、剣を抱え込んで身を潜めて寝ていたが、ある日、気配を感じて目を覚ました時には、既に逃げられる距離ではなかった。
もうかなり近いところまで来ている。
疲れが出始めているのだろう。
まだ姿は見えないが、複数に囲まれているのは分かる。
「…」
ダズは立ち上がって剣を構えた。
暫くすると、5匹の怪物がダズを取り囲む様にして現れた。
「グボア?いや…」
その背格好を見て、ダズは思わず呟いた。
しかし決定的に違うところがある。
そいつらは犬の顔をしていた。
更に手に持つのは木の棒ではなく、棍棒だった。
とにかく囲まれているのは不味い。
こちらを押し潰そうとしているのは良く分かったので、ダズはまず正面に向かって駆けだした。
すると正面に居た怪物は慌てたように棍棒を振りかぶり、周りの怪物は慌てて追いかけて来た。
しかし遅い。
ダズとは足の速度が違った。
「はっ!!」
あっさりと距離を開き、正面に居た怪物の棍棒ごと首を叩き切った。
こいつは弱い。
それでもあと四体居るし、殴られたら場所によっては痛いでは済まないだろう。
ダズは振り返ると、駆けて来る怪物の端から順番に仕留めて行った。
更に数日後。
「うっ」
ダズは突然激臭を感じて、手で鼻を塞いだ。
後ろから複数の気配を感じる。
ご丁寧にがさがさと音まで鳴らしている。
ダズは顔をしかめて身を隠す場所を探したが、あいにく立っている場所は木が無くなった小さな広場だった。
もう一週間も森を歩いているだろう。
人里は見えず、見るのは魔物と獣ばかり。
ダズは精神的に追い詰められ始めていた。
それでもダズは生きるために考えた。
今から引き返しても、身を隠す前に見つかるだろう。
かと言って進んでも、また森に入る前には見つかるだろう絶妙な距離だ。
ダズは覚悟を決めると、剣を抜いて振り返り、いつでも逃げ出せる様にじりじりと後ずさりながら何かが来るのを待った。
出来れば逃げたいが、ひたすら追われるのはごめんなのだ。
臭いがどんどんと濃くなってくる。
意識していないと勝手に顔が歪むほどの激臭の中で、三体の怪物が現れた。
人の様な化け物だった。
身長はダズと同じくらいだろうが、腹回りは3倍、いや4倍はあるだろう、でっぷりと脂肪をたくわえていた。
頭皮はつるっとしたものだ。
それだけなら肥満の人間と言えるだろうが、決定的に人と違う部分があった。
肌が緑だった。
口が耳まで裂けていた。
瞳には知性を感じず、どこかぼけっとしているように感じる。
それが三体。
そいつらはダズを目にするや否や、瞳をギラリと輝かせて涎を振りまきながらどしんどしんと駆けて来た。
舌なめずりまでしている奴がいる。
餌と認識されているようだ。
実力は、先日戦った牛人間ほどではない。
そう分析したダズは、扇状になって走って来るそいつらに向けて駆けだした。
まずは戦闘の怪物に向かう。
怪物はニタリと笑うと、そのぶっとい腕をダズに向けて伸ばしてきた。
力は強そうだが、遅い。
ダズは目前で横っ飛びに飛ぶと、そいつの横に居た怪物の前に飛んだ。
そいつにとってはダズが急に現れたように見えただろう。
一瞬びっくりした様子で、思わず体を硬直させたそいつの腹を切り裂いた。
きょとんとした顔で自分の腹を見たそいつは、血と内臓を垂れ流している自分の腹を見た後、のろのろとダズに手を伸ばしてきた。
ダズはそれを回避して、首を叩き落して飛び下がった。
これで後二匹。
残り二匹に向き直ったダズは、驚愕に眼を見開いた。
そいつらはダズを見ていなかった。
ダズが切り殺したばかりの仲間の体を見ていた。
そしてべろりと舌なめずりすると、かつて仲間だったものに飛びかかった。
「っ…!」
あんまりな光景にダズが呻き、その隙に残り二体の首を後ろから叩き落した。
蒼い顔をしたダズは急ぎ足でその場を離れ、森の中に駆けこみ、吐き気を無理矢理呑みこんだ。
何日も歩いたが、ある時を境に、木の密度が減って来た。
ダズは周囲を警戒した後、するすると木に登って周囲を見回した。
「あっ!!」
そして発見した。
森を抜けて半日歩いた程度だろう距離に、村があった。
村は全体を簡素なバリケードの様なもので囲まれており、時々煙も見える。
あそこには、人が居る。
そう理解したダズは、安堵と共にどっと疲れを感じた。
それも当然、ダズはこの森を二週間も歩き続けていた。
ずっと一人で警戒から食料調達まで。
熟睡などできるはずも無い。
浅い睡眠で、体を騙し騙し動かしながら進んでいるのだ。
そう遠くないであろう、訪れる己の限界に、焦燥を覚え始めている。
幾ら剣の腕が立とうとも、常人にはない『手』の力があっても、まだ17歳の少年なのだ。
ここまでこれただけでも、運が良かったと言わざるを得ない。
だからこの瞬間油断した。
「ッ?!」
気付いた時には、もう気配は目の前にあった。
一瞬チラリと見えたそれは大きな鳥だった。
鷲の様な鳥だったが、鳥の頭は無く、そこに収まっていたのは表情の感じない人間の顔だった。
怪鳥としかいいようが無い。
ダズは咄嗟に『手』を使って自分の身を守った。
そこに鳥が激突した。
「ぐっ!」
衝撃自体は、ダズの体の負担にはならなかった。
しかし、ダズが居るのは木の上である。
あっさりと空中に投げ飛ばされたダズは、真っ逆さまに墜落した。
「くっ、そっ!!」
ダズは空中で猫の様に体を回転させた。
そして足を地面に向けることに成功すると、歯を食いしばり、『手』で足を精一杯補強し、地面に墜落した。
着地と共に衝撃。
通常であれば両足が折れていただろう衝撃を『手』で相殺し、しかし咄嗟に全ては吸収しきれず、体が深く沈みこむ。
殺せなかった衝撃で足が痺れる。
そこに上空から怪鳥が襲い掛かった。
『手』で防ぐことは出来るだろう。
しかしそうしても踏ん張りがきかないこの足では地面に押し倒されるかもしれない。
そうなると後はじり貧だ。
ダズは震える足を叱咤し、『手』を使って無理矢理横に転がり込んだ。
ダズの居た場所を掬う様に、ヒュゴゥッ!と怪鳥が通過していく。
地面を転がったダズは数回転がり、片膝を立てて停止すると上空を睨み付けた。
ダズを逃した怪鳥は空中で大きく旋回すると、ダズに向かって再び急降下してきた。
落ちて来る怪鳥を睨み付け、ダズはぎりぎりで横っ飛びに飛んだ。
同時に『手』で手を支え、怪鳥の進路上に剣を振り切った。
ダズの横を通り過ぎた怪鳥は、真っ二つになって木に衝突して息絶えた。
それを確認すると、未だ衝撃に震える足を抱えて、ダズはへたり込んだ。
村を見つけた安堵で緊張感が切れた。
後で思い返せば運が良かったとしか言えないが、ダズは急ぎ足で森を抜け出ることが出来た。
森を抜けてしばらく歩くと、村の人もダズの存在に気付いたらしい。
慌ただしい雰囲気が広がったかと思うと、数人が馬に乗ってダズに向かって走って来た。
武器をしっかり手に持ち、剣呑な雰囲気の厳しい顔だ。
しかしその顔も、ある程度の距離に近づいてダズの顔が見れるようになると驚愕に見開かれた。
武器を収めて剣呑な雰囲気を収め、慌てた様子で駆けて来た。
「おい、大丈夫か!?」
先頭の男が叫んで来た。
それも当然だろう。
半月ほども着の身着のままで森を歩き、体中泥だらけ。
服に幾つも返り血が付着し、泥や汗だらけの顔は疲労に塗れて憔悴していた。
「あ、」
ダズは返事を返そうとして倒れ込み、意識を失った。




